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歌は、この映画の場合、とても大事なモチーフです。
その歌がとてもとても見事です。
20年前の子役達も、現在の、つまり青年になってからの合唱も、すばらしい。
子役は、コーラスのできる子ども達を選抜したんだろうけど、大人の歌は松田龍平さんや宮崎あおいさんたちが実際に歌っているんでしょう。どんな専門的なトレーニングをしたのか、実に実に綺麗です。
♪歌を忘れた、カナリアは、うしろの山に、捨てましょか……
……コーラスが綺麗にきまらないと、確かにこの映画、映画にならないんですよね。
歌だけじゃなくて、演技が真に迫って迫力、あります。あれ? この人、こんなに演技、うまかったっけ? というかんじで、ずっと観てました。勝地涼さんなんて、「ハケンの品格」の時は、へぇぇ、て感じで観てましたけどどうしてどうして、とてつもなく立派な映画の、俳優さんです。小池栄子さんはもともと、うまい。それに演技の質が、濃い。
吉永さんの綺麗さ、若さ、堂々とした存在感、流れるようなしぐさの自然さ、もちろん評論なんかするべきじゃありません。日本の映画界の宝というか、もうこんな女優さん、でないんじゃないでしょうか。
原作についてはとやかく言う人もいるそうですけど私は読んでないし、そもそもこの映画しか、知らない。とてつもない完成度の映画でしたよ。現在も北海道じゃぁロードショー中ですけど、たくさんの人が観ればいいなぁ。
滝川映画サークルさん、ありがとうございました。
でも、でもでも。
私が役者さん達とはべつに感心したことがあります。
劇中のほとんどのミュージックエフェクトを、川井郁子さんが作曲している。
冒頭の『慟哭の海』と言うタイトルの小曲にしてから、もういきなり、すごい迫力です。
たたきつけるように弓を弦にぶつけて(実際はそうじゃないんでしょうけど)バイオリンを泣かせる、歌わせる。
すごい曲です。すごい迫力です。結果的に映画にまとまった時の効果が絶大です。
でも……2回見ようという人、いるかな……。
重厚さが半端じゃなく、見終わって呆然としてしまいました。体力も必要な、観賞行為でした。
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映画の感想
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札幌市北区、駅のすぐ北側(といっても徒歩5分ほどは離れている)にある映画館『蠍座』さんで、コロンビアの映画を観てきました。私は『ミニシアター』という言葉の定義を知らないのですが、少なくともハリウッドの元気良く騒々しい映画より、ヨーロッパ古典系の静かで地味な映画が好きです。
コロンビアの山岳地での内戦をモチーフにした『スクワッド・荒野に棲む悪魔』は、地味な映画ではありませんでした。
同国内部のゲリラとの戦闘中に通信不能になった(と、思われていた)政府軍部隊を援護するために9名の特殊工作隊員が戦闘地に乗り込むのですが、実は敵はゲリラではなくて……という映画でした。
怖かったです。臨場感ありすぎ。消えた政府軍先発部隊の兵士達の謎、人影が絶えた無線基地にたった一人残されていた女の謎、……疑心暗鬼にかられた9名の部隊員は次第に精神の安定を失ってゆき……。
こ、怖っ。
間もなく中国に戻りますから札幌で映画は観られなくなりますが、7月に帰ってきたらまたここや、狸小路のキノさんに行きたいです。
そして、蠍座さんの中にあるコーヒーショップのアメリカンは絶品です。オーナーさんが自分で入れてくれるんですけど、1杯1杯ドリップしてくれて、それで250円。それを飲みながら上映を待つ。
映画を見終わって都市間高速バスで赤平に帰ってインターネットをチェックしたら、本州のどっかで「うるせぇ、バカ、ハゲ、死ね」という生徒の発言の非をただそうとして失敗した中学校教員が、生徒16名を平手打ち、という記事を見つけました。
コミュニケーションが不全となっている現場では、たたこうと怒鳴ろうと説得しようと哀願しようと、何も伝わることはないでしょう。
私も33年の教員生活の間じゃぁ、色々なことを言われましたよ。上の4つをいっぺんに言われたことはないですけど、それぞれのパーツを別な暴言につなげてなら、それはありました。殴るほどのことはない、と思いました。きっかけは本当に些細なことです。寝ている生徒に声をかけて起こしたとか、土足で教室に入っているのを注意したとか、そういうことです。私もコミュニケーションの能力を持たない教師だったわけです。
どうすればよかったんでしょうね。
学校というものの持つ役割が、自分が学校生活を送った頃とは根本的に違っている、ということにまず気付くべきでしょうね。1960年代の学校というのは時に散漫な行動も示す日本の若者に、社会、世間への適合をうながすフォーマットの場だったんだけど、そういう役割も消滅していますしね。
終身雇用、年功序列制賃金、国家による生涯にわたっての扶助制度(つまり生活保護や年金、医療システム)みんな崩壊のふちにあるんだから。その『国家という共同体』から権威を借りて成立していた授業を再点検しないと、いけないと思ったわけですよ。平手打ちが有効なのはコミュニケーションがその本来の意味において機能している場だけです。
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1950年代の終わりから70年代のはじめにかけて、いわゆる北朝鮮への『帰国事業』が盛んであったことは、私も知っております。
1951年に京都で生まれた私ですが、小学校の教室には数名の朝鮮人生徒がいました。ごく普通に、仲良く遊んだものでありましたが、そうした友達が突然、姿を消すのでありました。担任の先生は、「お父さんの仕事の関係で転校しました」という風に説明することもありましたが、大人は「北朝鮮へ渡った(あるいは、帰った)」と解説してくれました。
彼ら彼女らが日本での差別に苦しみ、北朝鮮にはバラ色の暮らしが待っているという情報に接して希望を持ってそこへ渡ったのだということを知るのはずっとあとのことであります。
映画『パッチギ!』の安青年もそうして北朝鮮へ渡ったのでしたが、今回の映画『かぞくのくに』の主人公も、16歳で単身、渡航(あるいは、『帰国』?)したのでありました。
で、25年ぶりに両親のいる日本へ、帰国。現代の日本、東京であります。帰国の理由は北朝鮮の病院で脳に腫瘍が見つかり技術の進んだ日本の病院で治すため、というものでありました。
ものすごく久しぶりに兄と再会するというので興奮する妹。静かに、しかしこころうち深く喜びを噛みしめる両親。
なぜ、この4人家族の長男だけが帰国事業に参加したのか、それはわかりませんでした。私の子ども時代(つまり1960年前後)の『帰国事業』では一家全部、というのが普通だったのですが。
長男、帰国の、その日。静かに、しかしたしかに喜びを噛みしめる母親役の宮崎美子の演技がとてもいいです。
日本の病院の検査では、脳の腫瘍は良性とも悪性ともすぐには判断しかねるが滞在許可の期間中ではとても治療は無理、というものでありました。家族は総連を通じ滞在期間の延長を申請しようとするのでありますが、それがかなうかどうかはわかりません。
そして長男には24時間、監視がついています。この監視役の朝鮮人は非常に冷酷冷淡な男として描かれます。単純に兄を愛して止まない妹はいちどこの監視役に食ってかかるのでありますが、もちろん耳を貸しません。
いろいろ、重苦しいできごとがあって……。秘かに高校時代の在日『仲間』が同窓会を開いたり、かつての恋人が現れたり……。
突然、まだ本来の目的である治療も始まっていないのに、北朝鮮本国は帰国を命じます。その理由は明らかになりません。しかし完全にあきらめてそれを受け入れ淡々と帰国(北朝鮮への)準備をする主人公の背中を見ながら妹も、両親も、どうにもできません。
「よく、こういうこと、あるんだよ、あの国では」
結局、主人公が北朝鮮でどんな仕事をしているのか、どんな地位についているのか、結婚はしているのかしていないのか、家族はいるのかいないのか、そんな単純なことも日本の家族は知らされないままです。
理不尽な、あまりに理不尽な悲しみをそのまま受け入れるしかない家族ですが……。
ラストシーン、あきらめきった表情の主人公が空港へ向かう車の中で、『白いブランコ』の歌を口ずさむシーンは印象的です。
本当のところはどうなのでしょうか。こういうことは現実に起こっているのでしょうか。
妹役の役者さん、実に達者です。私はこの映画が初めてですけど。
高校時代の同窓生、オカマのスナック経営者、すごい演技力です。
かつての恋人、京野ことみさんも。
それぞれの演技が確かなだけに、いっそう映画全体の悲しみが、つよまります。
題名の意味は……。
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札幌の映画館で、『東京家族』観てきました。
瀬戸内海に浮かぶ島に住む老夫婦が、成人して家庭を持ち立派に自立している子ども達に会いに、東京へやってきます。揃って東京暮らしを選択した3人の子どもは忙しい中、心をこめて上京した両親を歓待します。それぞれの配偶者も献身的に尽くします。
長男である西村雅彦は開業医となっており、その妻、夏川結衣さんも自然な演技でとても良いです。長女は中島朋子、『北の国から』の『蛍』と違ってメガネをかけていて、最初誰かと思いました。毎日をバタバタと暮らす、美容室経営者です。彼女もいっしょうけんめい、両親に尽くします。でもどこかドライで合理的です。
末っ子の妻夫木聡は演劇関係の仕事。舞台美術を専門とするアーチストです。身のこなしがとてもいいです。実際に裏方さんの仕事をしたことがあるか、あるいは研究したのでしょう。
ドラマの山場は、老いた母親が妻夫木の恋人に会う場面に設定されています。彼女とは、東北大震災後のボランティア活動中に知り合ったという設定もいいし、その恋人に結婚の申込をしたときの思い出を母に語る妻夫木さんの演技が、もうとてもとてもいいです。母を演じる吉行和子さんはそれを聞きながら、語る息子を見ながら、幸福そうです。また実際に登場する恋人が蒼井優なのですから、監督が山田洋次でなくもう少しヘボでも、じゅうぶん映画になるでしょう。
直後に母親は脳梗塞で倒れ、あっというまに死にますが、それは息子の将来に安心を覚えたさなかですから、観ていて悲しいことは悲しいですが救われます。吉行さんはこころから東京へ出てきて良かった、全てが良かった、と思いながら死ぬのです。そう思わせる蒼井さんも妻夫木さんもたいへんな演技力を持つ役者さんです。
更に、そのあと、妻夫木さんの号泣シーン。
吉行さんは東京の病院で早朝、息を引き取りますが、橋爪功さんはたんたんとそれを受け止めます。そして泣き崩れる3人の子どもをよそに、「ちょっと外の空気を吸ってくる」といって、屋上へ行ってしまいます。それを追うともなく追う、妻夫木さん。そして屋上で、父と子は二人きりになります。
朝焼けをバックに。
橋爪さん、ゆっくり、かみしめるように、
「ショウジ、かぁさん、死んだぞ」
妻夫木さん「うん」
橋爪さんの背後に回り、妻夫木がここで号泣します。
なぜ、橋爪さんはそんなことを言ったのか。吉行さんが死んだことはみんなが知っています。橋爪さんはぼけたのではありません。ゆっくり息子に語ることで、自分自身に、妻は死んだ、ということを納得させたのです。3人の中で一番出来の悪い、自立が一番遅かった末っ子に言うことでしか、妻の死を現実の出来事として受け止めることができない。
その弱さを理解した妻夫木にとって、ここは母の死の念押しではなく、父から息子への『世代交代』の場となった。だからこの号泣は、妻夫木の、観ている私たちにとっての、『希望』なのです。
妻夫木さん、やっぱりすごい役者さんです。見終わって、なんか自分の体内を流れる血が、綺麗になったような気が、しました。あの演技、今の日本の映画界で、あなたしか、できません。
写真は、霊によって映画と関係、なし。我が家の台所の窓から新十津川スキー場がよく見えます。
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映画を観るというと、札幌です。
もちろん滝川でも観るのですけど、年に1回の映画サークルの定例会のみ。それも現在は中途脱会中です。中国から帰ったら今度は永久会員として(そんなのあるのかな)貢献したいと考えております。
配偶者様と一緒に札幌へ出かけ、気になっていた映画何本かを観て参りました。
まずは、アンディ・ラウ主演の『桃(タオ)さんの幸せ』。
タオさんは、60年も同じ家に仕えた家政婦さんです。
家のことは何でも知っていて家族の味の好みも気質も知り尽くしている。何より愛情が深い。
最後にタオさんが育てた男の子は、新進気鋭の映画監督としてアメリカの映画界で活躍中です。彼は使用人であるタオさんのことが大好きで、香港に帰ってくる度に会いに来るのですが、そのタオさんはある日、脳卒中で倒れます。
老人ホームで暮らすようになってからもアンディ・ラウは忙しい仕事の時間にこじ開けるように隙間をつくり、アメリカから香港にやってきます。
60年をひとつの家族に捧げたタオさんの人生。
それは「愛したぶんだけ愛された」理想的な日々を与えられ、穏やかに、幸せに、終わります。
素敵な、こころ暖まる映画です。
タオさんが収容される老人ホームの人々の描写が、いいです。
退屈な日々をトランプと麻雀に費やすしかない、家族の訪問がとだえがちな人々。
その中で時に、何かのきっかけで噴出する爆発的な悲しさ、寂しさ。
正月だというのに1日も家族の元に帰らず老人ホームでケアの日々を過ごす、献身的な若い独身女性介護士「主任」の、決して他人には語らない「家庭の事情」。
枯れ果てたように見える老人の中に息づき、頑固に自己主張をやめない、若い女性への関心。
いやぁ、中国映画おそるべし。
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