JK8FNQのブログ…バイク、中国、ジープにアマチュア無線…

還暦を過ぎた北海道赤平市のアマチュア無線局。8月から中国暮らしです。

怪談シリーズ

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 あさってから東京暮らしです。
 13日(日)から2週間の研修を東京で受け、その結果によって9月以降の中国行き可/不可が決まります。
 送られてきた書類を見てびっくりしました。
 中国語の研修なんてないんだぁ。ほとんどが日本語教授法。
 中国語は自分で勉強しろということでしょう。
 まぁもうやってますけど。といっても毎朝ラジオ講座聞くだけだけど。
 
 ウォ・ジャオ・チュン・コヮン・シン、ウォ・シー・イーベンレン。
 
 ほぼ5月末まで続く派遣者向け講習はいいのですが、「この講習を受けた全員が中国へ派遣されるわけではありません」と、しっかり書いてあります。あくまで、中国からの招へいがないとだめです。
 基本は健康状況でしょう。
 
 別に派遣がなくてもかまいません、この2週間の研修も意味があるものとなるでしょう。
 
 ところで、怪談の内容。
 父は、64歳で亡くなりました。私が29歳の時です。
 わははは。今日の怪談は面白いですよ。しっかりと、実話ですよ。
 繰り返します、私が29歳の時、父は64で、亡くなったのです。
 貧乏だったので、私は父の衣類をそっくり引き継ぎました。
 顔と体格が、非常によく似ているのです。まぁ少し私の方が背が高いですが。
 私は父の服装で、地域のお店で買い物をするようになったわけです。
 あっというまに噂が立ちました。
 「今熊野にノブさん(父の名前)の幽霊が出る」というものです。
 この噂、母親が聞きました。
 オレも見た、オレもノブさんが歩いてるところを見た、という人が続出している。
 母は黙って、私の引き出しをあけ、父の古着を処分しました。
 
 この話は終わりません。
 用事があって、母親と、今熊野神社というところへ行きました。尾竹さんという神主に、ある渡しものがあったのです。
 尾竹神主(思いっきり実名)母親と私の顔をしげしげと見て、
 
 「三千子はん(母の名前)あんた、ご主人亡くなったって聞いたけど、ちゃんと生きておいでやすやん」
 
 ……繰り返しますが、実話です。どんなに信じられなくても、実話です。
 
 わははは。書いてて、自分で笑いがとまらない。
 
 
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 その年齢に見られたことがありません。
 十代のなかば、バイクに乗っていて警官に止められたのですけど、私に向かって、
 
 「ご主人」。
 
 まだ、メイド喫茶が出現する前です。
 
 30代の終わり、別な高校につとめる教師に用事があって会いに行きました。彼は私と2つほどしか違わないのに、
事務室の女性が館内にかけた放送が、
 
 「松原先生、松原先生、職員玄関にお父様が来られてます」。
 
 40歳頃に映画館へ。窓口で、「シルバーですか?」
 
 赤平の相馬病院へ行ったとき。受付嬢さん「生年月日を」。もちろん私は、「26年7月3日」と返答。すると受付嬢さん私をじっと見つめて、
 
 「昭和の年号で言ってください」。
 
 
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 サラリーマン生活を、ほんの数年ですけど、体験しました。
 今はそんな商売はしないでしょうけど、学校や生保レディーの詰め所、金融機関、そんなところに飛び込みで押しかけ、幼児向けの英語セット教材なんかを売るのです。
 我ながらよくそんな商売を続けたものだなと。どのように自分をながめても向いているとは思えない。
 短期間しか勤めない、という人が多かったです、ほんの数ヶ月、数週間、数日。
 商品はというと……。
 磁気帯のついたカードに動物の絵が描いてあり、それを機械に通すと、機械から『A Lion』という声が流れる仕掛け。
 そんなもので英語を覚える子どもがいるわけ、ないじゃないですか。
 何にも売れないで寂しく社に帰る日の方がもちろん多く、かなり落ち込みました。
 売れた日はもっと落ち込みました。どういうわけか、お金が有り余ってますよという人はそんなの買わず、なけなしのお金で苦労してタバコ屋を営んでます、亭主はパチンコばかりして家にはお金ありません、今日も背中に赤ん坊しょって、みたいなおかみさんが熱心に私の話に耳を傾け、買ってくれたりするのです。
 原価を知ってる私が、落ち込まないわけ、ないじゃないですか。
 
 でも、売る人は売る。すごい。私なんかの何倍も売る。私みたいに土日であろうが祝日であろうが休日出勤して売る、みたいなことしない。ちゃんとウィークデーだけ仕事して、ちゃんと私の数倍を売る。
 
 毎月1日は会社の屋上で立体点呼。その前の月の最高売り上げ者をマネージャーが発表し、みんなで、「いよっ、セールスの鑑!!」と唱和するのです。だいたい、トップセラーは決まってるんですけどね。数名が順繰りに表彰されるだけ。私なんかビリかその上ぐらい。
 私にできることは、大きな声で、「いよっ、セールスの鑑!!」と唱和して励ますくらい。
 
 ある時。
 マネージャーが、「それでは☆☆プロモーターを讃えて。いよっ、セールスの鑑、はいっ」と言った瞬間、その「セールスの鑑」の声に紛れて小さく、
 
 「人間のくずっ。」
 
 この『怪談シリーズ』全部実話なのでありました。
 この会社の後私は某料理屋さんに拾われて、板場修行をするわけであります。あ、写真は雪の消えた赤平。
 
 
 
 本当にあったことです。
 北海道の北空知には、黒板の字に難のある教諭がいました。授業は楽しくて生徒も一生懸命勉強してくれたのだけど、黒板の文字にはコンプレックスがありました。ゆっくり濃く書くのだけど、どうも他の先生のようには書けないのです。でもその学校の生徒はむやみに優しく、「いいよ先生、ちゃんと読めるよ」と、言ってくれるのでした。ためしにノートを提出させてみると、どの生徒も黒板の文字よりはるかにきれいに、順序もはるかにわかりやすく、とってくれるのでした。
 
 ある時その教諭は、職員室内にある行事黒板に字を書く仕事を1年間担当することになりました。真っ青になりました。順番での担当ですから、自分だけイヤだというわけにはいきません。職員会議で翌月の行事予定が確定するたびに板書するのがルールです。
 「どうしましょう」と相談すると総務部長は、「かまわないですよいつもの字で。まさか行事がわからない、ということはないでしょう」
 「そうでしょうかねぇ」と、私。ためしに書いてみると周囲にいた先生の口から「おお」という声が漏れました。なんの「おお」かはわかりません。でもある先生が「大丈夫ですよ、1年も経てば慣れますよ、先生の字に」
 慣れる? 1年かかると、私の業務は終わっちゃう。
 
 今更でしたが、千葉県に住んでいる、ひらがな毛筆で文部大臣賞を取ったことのある人からペン習字のお手本を送ってもらい、一生懸命字の練習を始めました。それはそれは立派なお手本でした。ちなみにひらがなというのは素人にとっては、漢字よりよっぽど難しいのです。
 1週間ほど経つと、自分の字が変わったのが自分で確認できました。教諭は、「よし、次の職員会議までに間に合うかも知れないぞ」と、勇み立ってなお練習に熱を入れました。
 
 授業に臨みました。最前列の生徒が不思議そうに言いました。ちなみに成績が前回の考査でトップだった生徒でした。
 「先生、何かあったの? 黒板の字、とってもヘンだよ」
 
 
 
 
 本当にあったお話です。また、出てくるホテル名や個人名も実在です。
 京都には、『東山閣』というホテルがあります。ここに投宿中の若い夫婦の奥さんの方が、真夜中、フロントに駆け下りてきて、「私1人で別のホテルに移動する。今すぐタクシーを呼べ」とわめきました。
 どうする? とフロントのナイトクラーク達は目配せしました。明らかな夫婦げんかなのだから、なだめてもとの部屋に戻すのが正着です、円満です。
 すぐに、夫婦の部屋から電話がありました。もちろんダンナです。「今、おかしな女が血相換えてフロントに行っただろう、タクシーを呼べとか言うだろうが絶対に呼ぶな。部屋に戻るように言え」
 ……と、おっしゃっていますが、というと、奥さんは電話をひったくりました。「もうこりごり、あんたにはがっかりよ。すぐにタクシー呼んで市内の別なホテルに泊まりますからね」
 受話器からは、弁解とも威嚇ともとれる夫の怒鳴り声が聞こえます。奥さんがしっかり耳に当てていても、聞こえてしまうのです、それくらい大きな声です。
 電話のやりとりは、数分間続きました。フロントにいた他のお客が目を丸くして観ていました。
 
 ついに、今回の事件のキメ言葉を、奥さんが叫びます。
 
 「あなたは豆投げ男よ!!!!!!」
 
 彼女の発言をそのまま書くと、You are a bean thrower! です。これを叫ぶと彼女は、呼んでくれないならいい、自分でタクシー止める、とフロントに捨て台詞を残し、夜の道に駆けだしていきました。夫はなおも電話で「彼女を止めろ!」と叫んでいましたが、いきさつを説明し、止める間もありませんでした、と弁解すると、意気消沈しながらも納得してくれました。
 さて、静かになったフロントで。
 クラークA「女性を侮辱する男、という意味で、アメリカには『豆を投げる』という言い回しがあるんですね。」
 すると、領事館に勤務した経験もある出口さんが「聞いたことはないなぁ」
 クラークC「アメリカの、特定のカウンティでしか使わない表現じゃないかなぁ」
 ……と、ちょうどその時、ゲイリー・ピーコックというジャズミュージシャンが帰ってきました。当時このアメリカでも超有名なベーシストは、ホテル東山閣に長逗留していたのです。ちなみにこのホテルは妙にアメリカのジャズミュージシャンに愛されていて、パット・ランディという歌手も長逗留しています。
 出口さんが流ちょうな英語で、ゲイリーに訊きました。
 「アメリカには、女性を侮辱する男、という意味で『豆投げ男』という言い回し、あるんですか?」
 するとこの愛すべきハンサムなベーシストはキースジャレットの弾く「ステラ・バイ・スターライト」のベースラインを探すときのような真剣なほとんど求道的といっていい顔をして数秒考えた後、
 「知らないな。ボクは聞いたことも使ったことも言われたこともないようだね」
 そりゃそうでしょう、あなたは紳士だもの、とクラークみんなで言い、なごやかな笑いが広がりました。
 
 電話が鳴りました。奥さんに逃げ出された、例の男性の部屋からです。
 「寝たいが、ちょっとトラブルがあって部屋を片付けないと寝られない。済まないが掃除とベッドメーキングに、2人ほど寄越してくれないか?」
 承知しました、と電話を切って、私と、同じぐらいの新米が部屋に向かいました。
 掃除用具を持って男性の部屋に入って。
 
 ベッドの上一面、豆が散らばっていました。
 
 

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