JK8FNQのブログ…バイク、中国、ジープにアマチュア無線…

還暦を過ぎた北海道赤平市のアマチュア無線局。8月から中国暮らしです。

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 写真は、2月10日午前7時の滝川方向。市街地全てを霧、というか雲、というかが、すっぽり覆っています。赤平からよくこの雲、見ます。どういう自然現象なのかわかりません。滝川市が雲に覆われているように見えますが、実は空知川が覆われているのかもしれません。
 
 尊敬し信頼する社会科学が専門の学者さん、小熊英二さんの最新図書を読みました。きっかけは前作「平成史」をいわた書店さんで発見し購入、おおいに感銘を受け、次作も、と思って購入したものです。
 2001年に小泉が首班指名を受け、規制緩和という名の財界奉仕政策をつぎつぎ打ち出しますが結果的に日本国民の多くが幸せにはならず(この幸せ、という言葉の定義は必要だと思いますが)2009年には自民党は敗退、民主党に政権が移るがたくさんの公約不履行が国民の目に明らかになり、また政権は自民党に回帰する。でも自民党そのものの体質が変わっての支持の復活ではない。(もっと悪くなっているかもしれない)いったい日本はどこへ行くのだろう、自分は高校の教員として3人の子どもの親として一体何を語ってきたのだろう、という大きな不安があったのでした。
 ある程度、前進する、前向きに物事を考える元気が出ました。
 小熊さんは、判断停止、コミュニケーション停止を脱し、語りかけよ、すぐそばにいる人に働きかけよ、と、説きます。肩の力を抜き、まず「その人を変えよう」「支配しよう」とは思わぬことだ。語ること、言葉を共有すること。
 東京の片隅から始まった生協運動にしても水俣病告発の社会運動にしても、初めに集まったのは地域の住民の3%だ。3%の人の共感をまず得られれば、運動は広がってゆく。
 私は正直に申し上げて、運動しようと思ってこの書籍を読んだのではありません。不安だから、誰かと一緒に考えたかったのです。そして同様の不安は必ず、多くの人が抱いています。東北地方のこれからのこと、いうまでもなく原発のこと、中国との関係、政治と経済について。
 2014年7月に中国から帰ってきたら、すでに私は63歳になっていますが、やっぱりその時点で、共にものを考えてくれる人を、探すことになるでしょう。砂川の書店さん、その人のもとに集う人、赤平のお寺の住職、そして……。
 
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 あきれるほど何度も何度も、読み返す書籍があります。
 村上龍『すべての男は消耗品である』です。
 最初の刊行から読みはじめ、現在も読んでいます。最初の頃は著者は自分のことを『オレ』と呼び男女のことばかりを書いていたのに、現在は政治経済と国際関係、それにサッカーやキューバ音楽をまじえるという内容になってきました。それでもタイトルは『すべての男は消耗品である』。かわりません。
 書き始めの頃から読んでいると、この国の何が変わり何が変わらないか、よくわかります。
 同時に不思議です。
 「自民党の統治能力にかげりが見えるのは何か深刻な失政があったからではなく、単純に税収が減り、その配分が以前のようにはできなくなったからだ。公共事業という形で地方に金をばらまくことができなくなった。地方議員と国会議員の意志の疎通も以前のようにはうまくいかなくなっている。」
 「この国は明らかに変化の時を迎えているが、政治家もメディアも教育もそれにうまく対応できていないように見える。」
 村上龍氏がこのように書いているのは2001年春、つまり小泉政権が誕生する頃です。10年以上前にこのように指摘する小説家がいたのに、そしてその感想は村上以外にも多くの人が同じ感想を抱いたに違いないのに、今まで私たちはいったい何をしていたのだろう、若者に何を語ったのだろうと考えると、愕然とします。
 変化の時代だということはみんな気付いていた、だから『変人』というふれこみの小泉が何かをしてくれるに違いないだろうと期待した。(その時私は自民党に投票しなかったけれど)彼がやったことは郵政民営化と雇用を含む規制緩和だった。首相在任中に衆議院選挙が行われ、自民党は圧勝した。しかし労働者の給料は減り続けた。1997年から2010年までの間に15%も下落したわけだから、小泉が在任中に給与所得は減ったといってよい。あっというまに自民党の支持率が下がり、メディアと自民党はあわてて小泉と竹中のせいにしようとしたが、2009年の選挙では民主党に政権の座を明け渡すことになった。
 ここまでは私にも整理できます。
 で? たくさんの約束を民主党が守らず沖縄基地の移転をめぐる失策もあって(私はアメリカが仕組んで鳩山と民主党を『はめた』と思っているが)たった3年で民主党は壊滅する。そして2012年12月の選挙では、3分の2の議席を、自民党がとる?
 
 わからない。
 目の前で起こったことなのに、理由がわからない。「ばらまきはやめるべきだ。従来型の公共工事は見直す」と言ったのは麻生ではなかったのか? その同じ男が副総理になりその自民党が大規模な公共工事を復活させ、更にそれを有権者が「待望する」。
 
 わからない。
 私には本当にわからないのであります。なにが、どう、変わって、たとえば2009年の時より税収が倍増したとか、地下に巨大な原油床が発見されたとか(といっても日本が産油国になることなんかアメリカが絶対に許さないが)オバマが「日本も大震災とかあって大変だろう、海兵隊はこっちでグァムに引き揚げるよ」とでも明言したとか、そういうことがあって、日本の外形が劇的に変わったとか、そういう好材料があって自民党に支持が回帰したのか?
 
 で、写真の小熊英二編著『平成史』。
 いくらかはわかります。ポピュリズムというものへの不信感は増すばかりだけど、ある程度はわかる。
 しかしそれでもわからない部分は、以前よりいっそう不明がひどくなる。
 本日、砂川市内で勉強会があります。
 
 
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 もう、古い古い話になりました。1970年代なかば、九州は長崎県、佐世保市出身の、たった24歳の小説家が、麻薬とセックスと暴力をモチーフとして小説を書いた、それが芥川賞を取ったと聞いたとき、私は大変に興奮したものでありました。
 芥川賞の選考委員の1人が「このような作品が芥川賞なら自分は選考委員を降りる」と言ったのも、皮肉なことに何かが始まり、何かが終わった、(あ、文章表現として逆だ)そのことを強く印象づけることになりました。
 で、大学の生協でこれを買って。生協の書籍コーナーを歩いて出ながら、もう本を開いて読み出して、京阪電車深草の駅まで読みながら歩いて、もちろん電車の中でもずっと読んで。
 途中から私の手は震えだし、ひきむしるようにページを繰りながら、ついに一度も書籍を手から離さないで、最後のページまで読みました。書籍を「ぱたん」と閉じ、その音を聞き、顔を上げると、京都市東山区のへんてつもない古い町並みがそこにあります。どうして錆びたレールの単線鉄道が雑草に覆われてそこにないのか、わかりませんでした。「絹の肌を持つ東洋の女王よ」と歌う黒人兵士、ジャクソンがそこにどうしていないのか、わかりませんでした。
 作品世界からすぐには帰って来られなかったということです。
 そこにある風景が全く以前のようでなく、書籍を読む前と読んでからと、あらゆる事物が違って見えたのを、覚えています。新鮮な、あまりに衝撃的な体験でした。
 すぐに東京の友人から電話が入りました。大阪市立大学を卒業し大修館という教科書会社で働いていた友人は私よりよほど落ち着いた男でしたが、それでもかなり興奮していました。
 「おい、読んだか」
 「読んだ。たった今、読み終えた。ちょっと椅子から立ち上がれないでいる」
 今の今まで新人賞をめざして習作を重ねていた若手作家(の、たまご)は、明日からはたぶん1枚も書けないだろうな、と言ったのは、さて大修館の友人だったか、私だったか。
 私の感想の中に、やがてシンプルなワンフレーズが混じることになりました。
 「芥川賞というのは、こういう作品に対して、与えられるものであるのだ。」
 もう一度、あの感動を味わいたい、眼前の風景が丸ごと変わるあの瞬間にもう一度出会いたい、と思って、芥川賞はずっとフォローしてきました。
 で、今回の『abさんご』。
 75歳という『新人』も斬新なら、ヨコ書き、常識的に漢字表記するべき単語をひらがな書き、カタカナは一切使わずそこにもひらがなを使用するというのも斬新かもしれない、と思いました。
 としたら、斬新なのは表記法だけでは、まさかないだろう、何らかの表現要素が強くあって、その作者の中にあって表現されるのを待つ世界なり世界観なりが、斬新な表記を求めているのだろうと、私は思い、おおいに期待したのでありました。
 で、読んでみて。
 なるほど、斬新では、ありました。いったん漢字表記で縦書きし、それをひらがな表記で横書きする、という一種の『翻訳』も、この作者にとっては必要だったんだろうなと、思いました。そうやって突き破らないといけない『閉塞』の歴史は、でも読者は誰も求めていないのにな、と思いました。そう考えたとき、1974年の村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の文体は何かしらの『閉塞』を打破しようとして生み出されたものではない、という当たり前のことに気付きました。初めからあの文体でないと表現できない世界だったということです。
 今回の75歳の『次作』はなんでしょうか。もうあの文体は使えません。『一つずつ』を『一つづつ』と意図的に書き間違えるというようなあざとい工夫で語り手の人生のたどたどしさを演出するという手法も、もう使えません。
 それ『のみ』が表現要素だったとしたら、この作家は次作に向けてどのように船をこぐのだろうと、思いました。
 
 
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 砂川市内の書店さんが企画された新年会に、参加してきました。中国での日本語授業に関することについては、
 で報告しました。それ以外の、感じたことについてこっちで書きます。
 まず聞きたかったのは、「文学シーンはどうなっちゃったんだ」ということで、あります。
 私は「時代の転換は新しい文学シーンが誕生するモチベーションである」ということを堅く信じています。1946年1月1日に坂口安吾が発表した『堕落論』は敗戦と焼け野原をどのように乗り切ろうと考えていた当時の人々(特に若者)を、どれだけ励ましたかしれない。書く順番が違うけど、明治維新から2つの戦争にいたる時代の激変期に二葉亭四迷をはじめとする一連の新文体模索者はあらわれ、カウンターとしての樋口一葉も生まれてそれなりの活躍をした。(それなり、なんていったらバチがあたるかもしれない)明治から大正、大正から昭和へ、軍備拡張の躁病期には夏目漱石や芥川、そして天下の重病人太宰治も生まれた。彼らはあるいは警告、あるいは不安の共有を文体化し、りっぱに「考えた」し「考えさせ」た。
 時代が変わるときには文学がそれを予兆するか、描写するか、少なくとも象徴しないといけない。かつてはそうだった。
 なのになんだ。
 シリン・ネザマフィの『白い紙』のつぎは?
 野間井淳の『骸骨山脈』の次の作品はなんだっけ? 私の大好きな戦後の作家、石川淳からペンネームを借りたのなら、自分のその行為に責任を持てよ。
 楊逸さん、中国のお料理のことなんか書いている場合じゃないでしょ、『時が滲む朝』(なんという題名だ)に与えられた賞は、芥川賞だったってこと、忘れちゃいかんよ。知らないふりを続けてたら龍之介が化けてでるよ。
 苦役列車? ゲテモノを描けるのは清らかな世界観をベースに持っている者だけだという常識を実践したのは偉い。でも講義はもういいから。 作品は?
 百歩譲って、たとえば『冥土めぐり』が一つの世界観を持っていたとして。持続性は? 村上龍が『海の向こうで戦争が始まる』あるいは『コインロッカーベイビーズ』を書いて、自分自身が『限りなく透明に近いブルー』で与えた衝撃の大きさに立派に責任をとったように、純文学を書くなら書くで持続性までを含めてトレーニングしていないといけないだろう。
 なのになんだ。
 ……という不満を持っていたのですが、新年会でぶつけることができました。理解は……出版事情についてはわからないこともありましたが、少なくとも『限りなく透明に近いブルー』が「過去」になってしまったということは、わかりました。それが過去になったということの理由は、わかりません。少なくとも、求めているのは私だけじゃないだろう。
 時代が変わるときには文学者がそれを「予兆」しないといけない。その思いは変わらない、私の中で。
 プラザ合意からどんどん上がり始めた円の価値。それは日本の産業(雇用も)を根こそぎ変えた。
 1989年に中国・北京で起こった人類史上に汚点を残すような大事件。
 1995年には神戸で5000人が亡くなる大惨事、その年の3月20日には地下鉄に殺人ガスが撒かれ、きっちり2年後、またもや神戸。この際の震撼を、私は終生忘れない。
 文学はこれをどう予兆したか、あるいは象徴したか。村上龍の『寂しい国の殺人』だけ? 今年の6月には私は中国の大学生にこれを紹介する予定だ。反応が楽しみである。
 文学は「いらなくなった」のではないだろう、まさか。
 予兆しあるいは象徴する力を失った? それは個々の文学者の責任かもしれないしテレビゲームが一生を思索で過ごす幸福を約束しないということを警告をはらんで子どもに教えられなかった私たちオジンの責任かもしれない。
 ……こと、小説ということに関しては不満や不安がいっぱいあります。でも、小熊英二さんの『平成史』のような、今年1年これだけでもいいやと思えるような名著にも、出会えました。
 いわた書店という存在の、偉大さです。
 
 ・・・書いてること、散漫。海より深く反省。写真は、今年またつぶれそうになっている子ども部屋。もう子どもはいないけど。去年の夏、屋根に新しくペイント塗ってもらったのに、雪落ちない。自分でやると命をなくすし。
 配偶者様と、「つぶれたら改築してお茶室にしましょう」と、言っています。
 
 
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 全く今日性のない話題です。
 莫言氏のノーベル文学賞受賞を知ったのは10月、もちろんそのとき私は中国におりました。
 深夜、遼寧省の大学に通う男性からメールがあり、「中国人として嬉しいが私は村上春樹作品は全部読んでいる。正直、複雑な気分だ」とありました。ちなみに彼は、莫言さん受賞は嬉しいが作品はこれから読む、と書いてきました。
 メールは思いの外もりあがり、彼は村上龍氏の『無限近似于透明的藍』もすばらしいと書いてきました。私はそのメールに同感の感想を返し、「作品もそうだけど映画は相当にスティミュラスだよ」と書きました。「本当ですか、いちどそのDVD観たいです」と彼は返信してきましたが、中国の大学構内にあるアパートでそんなの上映して大学生に見せたら私のクビはとぶかもしれません。
 それはそうと。
 砂川のいわた様から、「莫言作品いくつか送りますか?」とのメールを受信したのですが、「帰国してから読みます」と、返したのでした。
 で、帰国して読んでみて。
 重厚だけどあっというまに読めてしまう、不思議な作品でした。モチーフは1930年代の中国東北部の抗日運動ですからシリアスなのですが、登場人物が行動も心理も本当に活き活きと躍動していて臨場感抜群なのです。手に汗握る、というのはこのことでしょう。あっけなく人は死に思い出の中で再生しまた死に、という風に時間軸が単一方向でないというのもこの作品の重厚さをましています。
 人は戦争中でも酒を飲みます。コーリャン酒を造る必要があります。その作製シーンは微に入り細にわたり、まるで堅い木をノミで削って彫刻にするように描写されます。読みながら、酒の香りがいま、ここに漂っているような不思議な感想を味わいます。
 抗日戦争のシーン。
 莫言氏はもちろん中国人、日本兵を『鬼子』と呼びその殲滅を自分の希望として描いてはいますが、奇妙にどちらの命にも、共感と悲しみが感じられます。そういう文章です。思えばこの作品を執筆した時、彼はまだ30歳そこそこだったのだ。
 う〜むすごい。
 これほどの作家が中国にいたのだ、という驚きでありました。奇妙に、村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』を、思い出すシーンもありました。井戸の話はもちろん出てきませんけど。
 別のブログに書きましたけど、ノーベル賞を誰に与えるか、誰に与えないか、というのは明確に政治的です。財団の人が日中関係に配慮しないわけがない。佐藤栄作の平和賞、オバマの平和賞ももちろん政治的、そして文学賞もそうです。武装蜂起を呼びかけて割腹自殺するような作家に財団が受賞を決意するわけはないし、村上春樹氏のイスラエル講演「タマゴを壁にぶつけると割れるが……」を財団が詳細に検討しなかったわけがない。
 ノーベル賞が莫言さんで、よかった。
 村上さんがノーベル賞をとらなくて、よかった。
 皮肉ではなく本当にそう思うのです。
 
 

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