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ゆらゆらゆらっと、揺れている。




どこまでも、いつまでも、続いているような揺らめきが、傾げた首で見下ろして見る光だとわかる。
吸い取れるものは吸いあげて、使い切り萎れてはいるが、まだ、腐敗してはいない死体の腕。
そんなのっぺりとした老いた肌を、プラズマ・ディスプレイの光が照らしている。
ゆらめくだけで足りず、光の明滅は記号として「だれかが、だれかのことを話していた」と伝えようとする。
だれかが現実を切り取ったかのように見せて事件を作り、だれかが誰だかわからない社会人や自称自由人の社会人、自称別世界の住人である社会人に支給される夕方のニュース。
ぐるぐる回して丸められ、固まって千切られ欠片になって、放り出された脳。

食えたもんやない。


数本目。缶ビールのプルトップを親指で開ける。いい音がして、口付け、仰ぎ見て想像するのは喉を流れる冷たさ、はじける炭酸の気泡。流れる。飲み込む。落ちていく。
「渇きを潤している」
そう見えるに違いない。

テレビのスイッチを切る。「夜に任せる」そう見えるだろうか。

予想もしない機能が与えられている、我が家の電化製品の電源を断てば、残るものは静けさと暗闇。
厳禁とされ、ソグワナイといわれる、水や土、草や虫にまみれ働く昭和のセントラル・ヒーティングを思い出す。
あれも電気なんだろう。ボイラーとはなんだ。石炭や薪ではないのか。
リフォームされる昭和の家から、金を払って、鉄くずとして持ち出された。

俺の脳のイメージ。



ニュースは走り去った。
時代に遅れをとるとは、こういうことをいうのだろうか。
もう、追いかけても追いつかない。
追いかけようもない気がする。
けして、追いかけても、追いつけてもいなかったが、スイッチを切るだけで、目に見えて遅れることができる。



ようやく

薄闇の中、窓の向こう、

一本のもみじの木が、目に映る。



そうか。
外は、ガキのころなんにも気にせず遊んでるうちに
なんだかどきどきしてくる明るさで、それは、闇だ。



予感。

「どまんなか」ではないが、的を外してはいないなにかを思い出す。
それは、目の前で、緑の葉を茂らせて垂れる一本の紅葉に、いつだったか、小さな鳥のつがいが巣を作ったこと。
ゆきわたるように子が育ち、巣立つために、守り、戦う二羽の親鳥と、巣立っていった子鳥たちの姿、声。
それと、忘れてはいなかった、土と水、木と虫と鳥。そこにない森の印象。

今も、なんという名の鳥か知らない。
だからではないと思うが、娘たちは、勝手に、四羽の子鳥に名前を付けた。

チェキとラッチョとサンチョスとヨンチョス。

よんちょすはないやろと笑っていたが、娘の説明では、いつまでも小さく、どうしようもなくおいてけぼりだから1,2,3,4の4がぴったり。だからヨンチョス。身体の大きい順に名付けたからこそ生まれた愛くるしい名前だ。当然、名前のことなど気に掛けることなく、ヨンチョスは、兄弟たちと一緒に巣の中でふくらんでいた。
当然、名前の順にますます身体が大きくなって、チェキとラッチョとサンチョスは、そうすることが当然なのか、飛べないままに巣を飛び出し、枝をつたい歩きだした。
そして、カラスに襲われた。

ぎーぎ、ぎーぎとなく親鳥の声。
見たこともない早さで羽ばたいて、そして飛べない小鳥たち。
ぎーぎーぎーと鳴きながらカラスを追って飛ぶ親鳥の姿。
「力の限り」ニュースにはならない。
後日、数軒隣の家に暮らす少年が、春草の生い茂る住宅街の空き地に死体を見つけたと教えてくれた。

自ら巣立つと当然のように考えていた。
目の前では、カラスに襲われ、巣を追われ、野に放たれた。
授かったモミジの木の上で。

最後に残ったヨンチョスは、まんまるに膨らんで、紅葉の緑の葉の中で眠っていた。

それは覚えている。

いつのころの姿なのか。
俺の壊れていく脳がねつ造した姿は、もう、チェキとラッチョと、サンチョスとヨンチョスを区別しない。
感じるものは、親と子が、みんなでさえずるにぎやかな歌声。
巣に餌を持ち帰る親の羽ばたき、我先に迎える子らの騒がしく小競り合う声。
もう失われて消えた、ひとつの家族のもみじにまつわる思い出。
そのとおりのことがあったのかどうか確かめようはないが、チェキとラッチョとサンチョスとヨンチョスの誰かが、大きくなって「グルメシティーの横の公園におった」
そう、娘が教えてくれた。
生き残ったのが誰かは、知らない。
誰かが生き残ったのか、わからない。

ただ、みんな生きた。

さえずる声が、喜びで

ぎーぎ、ぎーぎとなく声は、泣いているんだ、怒っているんだ、叫んでいるんだ、

そう、わかった。


みんな、生きた。

それが、わかる。



エディ・マーフィーのビッグ・スマイルをマボロシに見て、ドクター・ドリトルはこういう意味で可能だと考えてから、テレビを点ける。


副作用として、だれかが、だれかのことを話し始める。

リビングを明滅する光が、そう伝える。




ニュースが与えられる。

なにもわからないまま、安心する。


A=B

B=C

C=A


理屈が合う。理解できる。

だからだろう。


安心し、忘れる。

レトリックが、安心をつくる。

そんな社会に、望んで参加する。

正しければ、忘れられる。


なにを忘れたいんだろう。

わからないから

過去を葬る。丁重に葬る。



気が付けば、

キッチンが見え、冷蔵庫の前に立っている。
冷蔵庫は何のためにある?
ビールを冷やすためにある。
だから俺は、缶ビールを手に取り、プルトップを引く。
いい音がするんだ。
だからかもしれない。俺は飲む。そういうことにする。


休日の今日。社会は、俺に年齢を問う。
それは、既に人生の半分を過ぎたと教えてくれる。
半分だといいながら、今、脳幹に位置する血管が破裂するかもしれない。
血栓が心臓の動脈を詰まらせて、機能しない臓器にしてしまうもしれない。
半分で終わるということかもしれない。

例えば癌細胞が増殖する俺の知る人は、医者にただ楽にしてくれと乞う。
まだ俺は医者に注文することはないが、それは身体が苦しみを知らないからだろう。
ただ、医学を学び、医者として人を見る、先生と呼ばれる人たちは、俺が突然に死ぬと見立てる。
突然でない死とはなにか。
ゆっくりと死んでいくというのであれば、すべての生がそうだ。
では、特にどんな死が突然でない死か。
死に向かう生をいうのか。死の確信から覚悟で捉える死をいうのか。
考えどころではあるのかもしれないが、一般に、余命の知らされる死をいっている。
突然の死とは
病院のベットにたどり着いたときには、もう既に腐敗が始まっているということだ。
身体が違うから、同じく死を予告される身分にあっても、個体別に死の様相が違う。
しかし、社会は計る。測れるものは数値にする。計りようのないものまで数値にする。
医者と患者、患者の親族、病院関係者にマスコミが、体の故障に対処する際利用する共通のことば。社会の成員同志いざこざは絶えないが、この社会を維持する仕組み。

ただ、狭い世間に生きてなんのことやらよくわからない数値に身を宿しても、患者には、ここにあると主張する身体がある。
俺にもそんな体がある。たしかにここにある。そう感じる。
病気に向き合うだけでなく、社会人として誰かと向き合うだけでなく、まだ、患者はもみじの木をつたい歩く。俺もつたい歩く。
ふくらんで、羽ばたく。
そして、風を知る。木陰を知り、太陽を知る。親を知り、兄弟を知る。巣を知り、枝を知る。揺れる葉を知り、動く虫を知り、声を知る。
まだまだふくらんで、羽ばたく。
飛べると知る。落ちると知る。飛ぶ。落ちる。
カラスを見つけ、聞いたことがない家族の声を知り、目の前を覆う大きな黒と羽ばたきを知る。
自分の体になにかが刺さり食い込んで締め付けられる。身体の不自由を知り、食われる。

グルメシティーの隣の公園でなにと出会うのか。なにをするのか。わからない。

だからふくらんで、羽ばたく。

そのうちにいずれ死ぬ。

食われるか、焼かれるか、すべて細胞が活動しなくなればそれで最後。だと思うが、まだ生きているからわからない。当然、死がわからない。
ただ、身近に感じる。触れているようにすら感じる。
いや、実際に外に出て
ちょっとハラッパに座ってみれば、そこらで、みんな、生きたり死んだりしているとわかる。触れることができる。
死が、身近に感じられる。

その証拠に、夕日がきれいだと思う。
これまでも十分きれいだと思っていたはずだが、このころ感じる夕日は、もはや夕日ですらない。
こう言うともうだいぶ個性的で、血の繋がったチャンジーチャンバーなら泣きながら抱きしめてくれそうだが、キチガイではない。
まぁ、それはどうだかわからないが、病院に送られることはない。

ただ毎日、薄暮の頃には、驚くことができるだけ。
だからだ。


なだらかな尾根にかかる夕日。雲が、時間を止めるように流れる。
遠く高い雲まで吸い上げられるように、吹く風に、平衡感覚を失う。
上を向きすぎている。
きれいだかなんだかわからないが、違い過ぎると思う。

違うからだ。

これまで同じものだとしたことを不思議に思いながら、酒が、指を動かし、概ね正方形のプラスティックを叩く。
カチカチカチ、トトン、トン。
聞こえる音、光を吸収する黒を文字だと見る。
言葉だと了解する。
チチチチチチ、トトットトン。
「違うものを同じだと了解すること」


だれかに、理解される。

だれかが、誤解する。

だれかが、何か感じる。

だれかが、目を閉じる。

だれかが、通り過ぎる。

だれかが、笑う。

だれかが、涙を流す。

だれかが、愛してくれる。



そうか。救いを求めているのか。



社会の仕組みを利用しながら、わけだけしかわからない希望を持ち、金が無い、と傷を深くし、金を稼いで、痛めつける。
言葉が無い、と傷を深くし、言葉を使って、傷めつけ、言葉にすがって、救いを求める。
欲を欲と見せない方法。



ただ、よろこんで苦しむ。



裏返せば、
癒すものでない死に至る傷には、忘れさせる物語が必要だという考えだ。
ひっくり返せば
なにかあると想い描くから羽ばたき、巣に留まらず枝をつたい歩き、飛び出す。
そんなふうにしかできない。


死にたくない。でも、生きたい。


であれば、傷はなめて癒せば十分の筈だ。それ以上の癒せない傷は、癒すものではない。


まだ体が痺れる春の海に泳ぎ、つめたさに痺れながら、磯の香と味で全身を洗い、砂浜にあがって温まり、痺れがジンと身体の中にゆきわたってから、砂浜で眠り、始めればいい。
そうだと、体が知っていたように思う。



暗闇で、

握りつぶしたアルミ缶を枕に、痺れる体が、海の冷たさのせいだと感じて、眠りにつく。


ビールのノドゴシに力を借りた、子守唄という物語。
これで眠れれば、俺の知らないオレが生きるハズだ。

この身体で。
なにかのために。あるがままに。






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