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“Macy Gray”
アルファベットが空に浮かぶ。
日本から見る空に。日本人のアタマに。
アルファベットが空を流れる。
身体が知覚する。風に、身体が冷える。
ほんま しかし
ほんま しかし
つづりは、あんなんやったかなあ。
品川の夜に
綴りでしかない彼女が、
たしか彼女が、
あんな綴りで幻視されて、
ついに
彼女の歌声が、鳴り響く。
ああ
ヘッドフォンが震えている。
「明るくしなくてはいけない。」光があふれる。
「切り刻み、分け隔てなくてはならない。」ビルが立ち並ぶ。
「囲んで、守らなくてはならない。」しゃべりかけない。しゃべらない。
残った空とアスファルトは真っ黒く
集まってくるのか、放たれていくのか、帰っていくのか、漂っているのか
あふれかえる人が
そこを むこうを あんなところを そんなところを
ここを
どんどん通り過ぎていく街で、
響きわたるのは、彼女の歌
ビルの谷間で乱反射して
ここにいない 彼女の歌う声が
響き、跳ね、わたる。
そして吸い込まれ
雑踏に消える。
時が、過ぎていく。
なにをしているんだかわからないが、過ぎていく。
つまり
消えるまでに、時間がある。
ヘッドホンが外れてぶら下がり揺れて
ようやく活動し始める意識。
聞こえる音に意味を見つけると、日本語で
必要な情報を過不足なく伝える自ら客引く声だった。
“オニーサン、マッサージ、3千円。安いね”
「やすいね」あいづち、打つやろ?
彼女は笑っていた。
俺はおどろいた。
笑顔だとわかる。
なぜ、わかる?
化粧の無い肌。
30代後半と思われる皺とたるみ。にじんでいた汗。
現れる一瞬の熱帯。
シンガポールの空港
湿潤な黒林の侵食を防ぐのか、ガラスの自動ドア。
雑草に覆われ割れ崩れるコンクリが見える。
自動ドアが開き、熱帯に包まれる。息苦しいほどの熱気。
それでも踏み入る身体。開く毛穴を止められない。開くのは毛穴だけではない。
つつまれる人でないもの。こと。におい。
ときほぐされていく、人のつくるもの。
彼女は笑っている。
笑顔になる物語を作るまでもなく。
俺はそれを笑顔だと思える。
笑顔が、わかる。そう思い込む。
一杯奢って俺も一杯。
そんなことをできるわけもない臆病な中年オヤジが、
求められないモノゴトは
求めるものの伏線でしかないだろうと「時間無いねん」と笑顔で断る。
“ん、もう!”を表すボディ・ランゲージ。
顔は笑っている。
すぐ信じられる。
笑顔に共感できる。
思いついた物語を
忘れるまで
消えるまで
夢に生きて
一家二晩の食費を守り、彼女と別れる。
つまらない俺の
通る理屈
ふっとばされずに、彼女と別れた。
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