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こんばんは。
昨夜は会社の飲み会があったので
今朝は昨日のコメントへのお返事だけで写真は夜に更新です。
最近急に気温が下がって冬のような感じですね。
秋をすっ飛ばしてしまったかのようです。
そんな季節の変わり目の時期の写真をご紹介です。
写真は松山城天守。
坂の上の雲の主人公、秋山兄弟や正岡子規、
教師として赴任してきた夏目漱石が見ていた天守です。
松山城の初代城主は賤ヶ岳の七本槍の一人、加藤義明。
関ヶ原の戦いで家康についた義明は伊予半国20万石を受領し
慶長7(1602)年から26年間にわたって築城します。
天守の完成は、寛永4(1627)年に義明が会津に国替えされた後に入った
蒲生忠知(氏郷の孫)の時代です。
しかし、忠知が寛永11年(1634)年に死去し蒲生氏が断絶すると
家康の甥、松平定行が伊勢桑名から入部し
以後、松山は明治まで15代続く四国の親藩となります。
天守は定行の時代に、創建時に5層だったとされるものを3層に改築されていて、
現在の天守が基礎部分の大きさの割りに低く感じるのはそのためです。
改築されたのは基礎部分の地盤が脆弱で保全する必要があったためだとされています。
その改築後の天守は天明4(1784)年に落雷により焼失し
しばらく天守不在の時代が続きます。
しかし幕末の嘉永5(1852)年に三十年余りの時間を費やして天守が再建され
これが現在見る天守となっています。
幕末の竣工ゆえに現存する十二天守の中で最も新しい天守となっています。
ですから正岡子規や秋山兄弟は竣工間もない天守を見ていたわけですね。
撮影日 2008年12月14日
天守前広場から松山の夕暮れをのぞむ
松山城の城山と街の夜景
松山空港に着陸する飛行機の航跡が光のラインを描きます
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松山城
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重文現存天守の第二弾、愛媛県の松山城です。
現在の天守は1853年の幕末に落成で、現存する天守の中では最も新しいものです。
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