|
今回は先日撮影した熊本城の夜の写真をご紹介します。
普段の夜間は天守前は閉鎖されていますが
この時期の熊本城では週末に限り夜間開放しています。
春、夏、秋と夜間解放されており、夜に天守を開放している城としては
日本で一番夜間開放の機会が多い城ではないかと思います。
またイベントも多く行なわれていて、先日訪れた際は、
九州新幹線の開通前のプレイベントが開催されていました。
また熊本城では往時の姿を復元する事業を行なっており
その事業に寄付した人を一口城主として迎えるなど
来場者を増やそうという努力をされているようです。
その成果として2009年の入場者数は日本一だったそうです。
(フジテレビのめざましテレビでの特集による)
熊本城の夜間開放についてはこちらをご覧下さい。
一口城主についてはこちら
そんな熊本城ですが、天守は残念ながら
築城の名手、加藤清正公の築いたオリジナルではありません。
戦後に復興された天守であります。
もともとの天守は明治維新まで建っていましたが
明治10年、西南戦争で西郷隆盛率いる薩摩軍と官軍の攻防戦の舞台となり
その際の原因不明の出火によって天守は焼失してしまいました。
政府軍4,000人の立て籠もる熊本城に対し西郷軍は1万4,000人。
人数で勝る西郷軍は簡単に落とせると見ていたようですが
熊本城の強固な石垣の前についに一兵も侵入させることができず
陥落させることができませんでした。
その時西郷隆盛は「わしは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとたい」
と言ったそうです。本当に言ったのか真偽の程は不明ですが
いずれにせよ清正公の築いた熊本城の堅固さが証明されたわけです。
その後長いこと熊本城は天守なしのままで続きますが
戦後の1960年、一般からの寄付も募って鉄筋コンクリートで復興されました。
ですから今年復興50年という節目の年に当たります。
その熊本城の夜の姿をご覧下さい。
天守東側より
天守西側より
宇土櫓と月(西南戦争で唯一焼け残った櫓です)
恐ろしいほどの高さの石垣です
ここから下は一眼レフによる撮影。
宇土櫓(左)、大天守(右)、小天守(中央)
復元された飯田丸五階櫓と天守
備前堀に映る飯田丸五階櫓と天守
|
熊本城
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
10/16に熊本城を訪問した際の夕暮れの写真です。
一眼レフ(Canon EOS40D)の広角レンズが故障したため
予備のコンパクトデジカメ(CASIO EX-Z550)で撮影しました。
販売価格2万3千円ほどでしたので
ごく一般的なコンパクトデジカメだと思います。
思いのほかしっかり撮れていて安心しました。
まずは2箇所のアングルから時間を変えてご紹介。
初めは晴れて夕日が輝いていたのが次第に灰色の雲が近づき険しい空の色に。
戦国屈指の大名の居城にふさわしい威容をより一層際立たせてくれました。
|
全1ページ
[1]




