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			<title>夢みる爺の昼と夜～もみの木山荘にて～</title>
			<description>那須の標高1000メートルにあるコテージの冬季の寒さは想定以上でした。思い返せば二冬の間だけでも勤労感謝の日（11月23日）は2年連続大雪だったし、12月中旬には給湯管（外部配管／断熱材による養生していた）が凍結して破裂と洗面台下の水道管（断熱材で覆われている）。湯小屋（ログハウス）の混合水栓も破裂したし、二回連続して年末から新年に掛けても雪は降り続き積雪は50センチを越え、急斜面での車両コントロール不能による事故の被害者になったり、加害者になったり、呼んだＪＡＦのトラックが滑り落ち車にぶつかってきたり、坂を登ろうとした救助車両（車載車）が滑りバックで突っ込んできたり・・・散散でしたが、寒さが楽しいこともあるのです。

別荘地の『管理人曰く「那須は避暑地ですから・・・・」』の投げやりな言葉には[都会者が！・・・]という軽蔑を含んでいると感じたのはひがみでしょうか？
若いころは冬山登山もこなし、雪中ビバークの経験もある私ですが、家の設備や車に対して厳寒対策がどうにもできないもどかしさや、自分のことだけではなく来客者の安全も確保ができない現実に唖然としてしまったのです。

冬の厳しい現実と、凍結した急斜面の道路で転んだ後の腰痛（寒さで痛みが増す）もあり[やはりここは避暑地か！]と観念して、コテージの通年利用をあきらめたしだいです。
こんなこと、あんなことがあり、11月中旬から3月末までの期間の過ごし方について考え始めたのは、2009年正月を過ぎたころからでした。

パートタイマー就労者の私ですが、仕事から完全に離れられない事情もあったので、新幹線を利用すれば1時間ほどで東京に帰ることができる那須にコテージを設けた（2007年5月）のは自然の成り行きだったし、終の棲家と考えていたのですが・・・・寒さに負け「冬場をどう楽しむか？途方にくれた」状態が続き、せめて冬の間の1ヶ月間だけでも常夏の南アジアやニュージーランド、オーストラリア、太平洋の島々やカリブ海の島で過ごすことなども真剣に考えていたのですが・・・・
2008年秋から始まった経済情勢の悪化は日増しに深刻になり、やはり仕事から離れられなくなってしまったのです。こんなことから冬季の「大人のおもちゃ」としてキャンピングカーに目が向いたのです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>夢みる爺の昼と夜～もみの木山荘にて～</title>
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			<description>那須の標高1000メートルにあるコテージの冬季の寒さは想定以上でした。思い返せば二冬の間だけでも勤労感謝の日（11月23日）は2年連続大雪だったし、12月中旬には給湯管（外部配管／断熱材による養生していた）が凍結して破裂と洗面台下の水道管（断熱材で覆われている）。湯小屋（ログハウス）の混合水栓も破裂したし、二回連続して年末から新年に掛けても雪は降り続き積雪は50センチを越え、急斜面での車両コントロール不能による事故の被害者になったり、加害者になったり、呼んだＪＡＦのトラックが滑り落ち車にぶつかってきたり、坂を登ろうとした救助車両（車載車）が滑りバックで突っ込んできたり・・・散散でしたが、寒さが楽しいこともあるのです。

別荘地の『管理人曰く「那須は避暑地ですから・・・・」』の投げやりな言葉には[都会者が！・・・]という軽蔑を含んでいると感じたのはひがみでしょうか？
若いころは冬山登山もこなし、雪中ビバークの経験もある私ですが、家の設備や車に対して厳寒対策がどうにもできないもどかしさや、自分のことだけではなく来客者の安全も確保ができない現実に唖然としてしまったのです。

冬の厳しい現実と、凍結した急斜面の道路で転んだ後の腰痛（寒さで痛みが増す）もあり[やはりここは避暑地か！]と観念して、コテージの通年利用をあきらめたしだいです。
こんなこと、あんなことがあり、11月中旬から3月末までの期間の過ごし方について考え始めたのは、2009年正月を過ぎたころからでした。

パートタイマー就労者の私ですが、仕事から完全に離れられない事情もあったので、新幹線を利用すれば1時間ほどで東京に帰ることができる那須にコテージを設けた（2007年5月）のは自然の成り行きだったし、終の棲家と考えていたのですが・・・・寒さに負け「冬場をどう楽しむか？途方にくれた」状態が続き、せめて冬の間の1ヶ月間だけでも常夏の南アジアやニュージーランド、オーストラリア、太平洋の島々やカリブ海の島で過ごすことなども真剣に考えていたのですが・・・・
2008年秋から始まった経済情勢の悪化は日増しに深刻になり、やはり仕事から離れられなくなってしまったのです。こんなことから冬季の「大人のおもちゃ」としてキャンピングカーに目が向いたのです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu</link>
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		<item>
			<title>旅の回想（１０）マタガミ</title>
			<description>旅の回想（１０）トロントからマタガミ（matagami QC）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オンタリオ州の地図（ケベック州の一部も掲載されています）を眺めているとき「マタガミ」という地名を発見したのです。（カナダインデアンの言葉・地名には日本語と同じように母音がつながる言葉が多いようです、後に行くことになる「アガワ渓谷」のアガワも日本の地名にありそうですね）日本的な地名「又神？」「股上？」を連想する発音でしたから、下に「温泉」がつけば最高などと連想していたのです。どうしても行きたくなり出かけたのは1984年の秋でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マタガミはトロントから約700阻未任后&lt;br /&gt;
記憶ははっきりしませんがサドバリーだったかノースベイで一泊して、翌日は一路北北東に向かってのドライブでした。&lt;br /&gt;
途中野生のブルーベリーやラズベリーを発見して当然のように胃に収めたのは言うまでもありません。&lt;br /&gt;
途中どこだったかはっきりしませんが、白い砂の小高い壁が見渡す限り続いているように見える景色（台地）に遭遇して、砂山に上ってみるとまさに大砂漠でした。その砂漠は人工的なものではなく、地球から砂が噴出して堆積したようにも見えました。紅葉と白い砂とくぼ地にたまった水（池）が印象に残っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マタガミは石綿採取の鉱山でしたが、アメリカ・カナダの石綿全面禁止で操業は縮小していて輸出用に細々採取されているとの事でした。その後、日本の企業が買収して事業拡大して大量の石綿を日本に輸出したと聞いています。アメリカ・カナダで石綿の健康被害が確認され使用禁止されていながら、日本企業が日本への輸出を目的に買収したことを聞き、怒りを覚えたものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宿泊は予約していませんでしたが、マタガミから南に10キロか20キロの地点の湖畔に面するモーテルに泊まることができました。湖面にはモーテル所有の軽飛行機（湖面に着水、発進できるフローティングがついた飛行機）が係留されていたので、交渉して翌日はその飛行艇をチャーターして釣りに行くことにしたのです。「来週になればムースの狩猟が解禁になる」と言う時期で「近くまでムースの大群が移動してきている」との情報もあり、上空からムースの大群が見られることを願って早寝としました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌日は早朝から、ランチ・飲み物・釣り具・双眼鏡を積み込んだり、カメラには望遠レンズ（300ミリ）を取り付けるなどの飛行機旅行の準備に取り掛かり、午前8時前には出発となったと記憶しています。&lt;br /&gt;
飛行艇がスロットルを全開すると機体は水面をすべる・・・すべる・・・・、速くすべるのですが、なかなかノーズアップとはならず心配したのですが、離陸（離水）したときはほっとしたものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
機内の騒音（エンジン音）でパイロット（モーテルのオーナー）の言葉も十分に聞き取れなかったのですが、眼下のツンドラ帯は平坦な地形に褐色に染まった低木・コケの地帯、ところどころに生える潅木、蛇行する川は脳内血管のように蛇行し絡み合っているかのように見え、まさに前衛芸術の絵のようでもあり、昔どこかで見た景色の様でもあり、興奮しているのか記憶がゆれていました。&lt;br /&gt;
パイロットは遠くを指差し「ムースが見える」と言うのですが、始めは識別できませんでしたが、やがて細い帯に見える線が動いているのが目に留まりました。飛行機のエンジン音に驚きムースが逃げているのだとのことでした。それ以上接近することはできないとの事でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
徐々に高度を下げ湖面に着水です。岸に作られたデッキに接岸して飛行機から降りると、適当な場所を見つけて釣りとしゃれ込んだのですが、ズブの素人丸出しで、リールやルアーの使い方も様にならず、魚にもミスカレタのか？獲物はゼロでした。釣りをしていると、どこからともなくバギーに乗った若者が現れたので手を振って挨拶、パイロット氏の友達でこんな僻地で暮らしているとのこと・・・自然を満喫して（パイロットは風を気にしていました）帰りのフライトは午後３時を回っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
来週ハンティングに来ないか？との誘いもあったのですが、以後行けずじまいです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1631535.html</link>
			<pubDate>Fri, 29 May 2009 10:00:41 +0900</pubDate>
			<category>飛行機</category>
		</item>
		<item>
			<title>我慢できないもの</title>
			<description>国会議員の野次&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の党首討論を聞いていてモーがまんができないと感じたのは議員たちの怒号、野次です。野次を飛ばす議員連中は討論を本当に聞いているのか？それとも党首討論を聞くに値しないとでも思っているの？実に情けない。&lt;br /&gt;
国会内で暴力を振るい、恐喝まがいの言動で騒がせた連中が自民党の要職についてきた歴史から考えると、こんな連中も結構重宝されてきたわけですから結局のところ自民党とはこの程度の連中の集まりだったのかと思わざるを得ない・・・恥ずかしいと思わないのか！&lt;br /&gt;
もちろん自民党ばかりでなく他党の国会議員も同じようなものだけれど・・・&lt;br /&gt;
野次る自由とか発言の自由は民主主義というお題目はあるのかもしれないが、モー許せないと感じるのは私だけでしょうか？やじる奴らを隔離するとか、野次を禁止するなど党派を超えて真剣に考えてほしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聞きたくても聞けないし、見るに見れない就労タイムの午後3時に党首討論をやると言うのは、恥ずかしくて見てもらいたくないとでも思っているのか？それとも国民を無視しているのか？疑問に感じる。党首討論をＴＶのゴールデンタイムに1対１で行い毎週でも毎日でも放映してほしいと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1601402.html</link>
			<pubDate>Thu, 28 May 2009 10:34:45 +0900</pubDate>
			<category>国会</category>
		</item>
		<item>
			<title>我慢できない国会議員の野次・怒号</title>
			<description>国会議員の野次&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の党首討論を聞いていてモーがまんができないと感じたのは議員たちの怒号、野次です。野次を飛ばす議員連中は討論を本当に聞いているのか？それとも党首討論を聞くに値しないとでも思っているの？実に情けない。&lt;br /&gt;
国会内で暴力を振るい、恐喝まがいの言動で騒がせた連中が自民党の要職についてきた歴史から考えると、こんな連中も結構重宝されてきたわけですから結局のところ自民党とはこの程度の連中の集まりだったのかと思わざるを得ない・・・恥ずかしいと思わないのか！&lt;br /&gt;
もちろん自民党ばかりでなく他党の国会議員も同じようなものだけれど・・・&lt;br /&gt;
野次る自由とか発言の自由は民主主義というお題目はあるのかもしれないが、モー許せないと感じるのは私だけでしょうか？やじる奴らを隔離するとか、野次を禁止するなど党派を超えて真剣に考えてほしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聞きたくても聞けないし、見るに見れない就労タイムの午後3時に党首討論をやると言うのは、恥ずかしくて見てもらいたくないとでも思っているのか？それとも国民を無視しているのか？疑問に感じる。党首討論をＴＶのゴールデンタイムに1対１で行い毎週でも毎日でも放映してほしいと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1601373.html</link>
			<pubDate>Thu, 28 May 2009 10:32:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>旅の回想（９）アルゴンキン州立公園</title>
			<description>旅の回想（９）トロントからアルゴンキン州立公園へ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月を迎えると旅は北に向かいます。トロントは南側にオンタリオ湖、北はハドソン湾を経て北極まで続くほぼ平坦な地形の南端に位置します。北の大地は氷河に削られた爪あとが無数の湖を形成している湖沼地帯になっています。冬は北極から直接吹き込んでいるのではないか？と思うほどの寒さと風ですから、5月中旬ともなれば夏を迎える準備のスタートになります。週末ともなれば北に向かう道路はどこも渋滞が発生するほどの込みようになります。ベッドマッドを屋根に積んだ乗用車、家具や農具を積み込んだトラック、トロリーが北のコテージに向かう様は春を喜んでいる虫たちと同じように感じます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トロントからほぼ北に向かうハイウエー４００でバリー→オリエラを通ってハンツビルまで行き、ルート○○（番号は忘れました／オタワに向かう道路です）を東に走行するケースとトロントからハイウエー４００の東側ルートを通ってほぼ真北に向かいレイクシムコ（ケスウィック）まで行き、北東に進路を変えてグレイブンハーストを経てルート○○に合流したら東に向かうケースが一般的で、これらの場合アルゴンキン州立公園には西側から入ることになります。時には４０１またはハイウエー７を東に向かいピータブロから北に向かうルートや遠回りですが観光の都合でキングストンやオタワまで行ってアルゴンキン州立公園の東側から入るルートも走ったことがあります。いずれのコースを通っても湖水地帯を通るわけで、ドライブ中は左右に次から次に湖を見ることができます。湖水の密度は北に行けばいくほど高くなります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルゴンキンと言う名前はカナダインデアンのアルゴンキン族が住んで生活圏としていた地域で、広さは静岡県の広さに匹敵します。ビジターセンターにはアルゴンキン族の歴史や生活ぶり、開発の歴史、野生動物が紹介されています。展望台からの展望は森の深さを感じることができます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルゴンキン州立公園の中での宿泊はアロホンパインとキラニーロッジがお勧めです。特にアロホンパインはアルゴンキン州立公園内にある最高のロッジだと思います。すばらしい自然と静けさを満喫できます。アロホンパインもキラニーロッジも団体客の予約は取ってないようですから個人旅行ドライブする旅行者以外は行くことも困難です。&lt;br /&gt;
公園内のキャンプ地は州が管理していてシーズン中は相当前からの予約が必要です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遊びはカヌーイングかトレッキング、ボートでの旅（湖から湖を繋ぐ水路を経由して数日から数週間のボートやカヌーでの旅行が楽しめます）、釣りなどですが、誰もがのんびりしている様子は伝わってきます。（「誰もがのんびりしている」という辺が日本と異なる最たるところと感じています）&lt;br /&gt;
ポタージュセンター（カヌーイストの基地／ポタージュとはカヌーを担ぐ（ポーター）人の意味で）近くを省けば、カヌーでどんな湖水に乗り出しても多くの時間は自分（自分たち）だけになれます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トレッキングルートはかなりの数がありますが、完全に整備されていてスタート地点（駐車場が完備されています）ではガイドマップを入手することができます。そのコースのほとんどは同じ道を行って、帰ってくると言うのではなくループ（周遊コース）になっています。ビーバーダムを見ることができるコースや岩山の頂から見渡す限りの原始林の大地を望むコースもあります。時間と興味と天気（時期）と体力にあわせ歩いていただきたいコースばかりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野生動物の観察は季節と時間、天候に左右されますからあまり期待しないことです。私は10回以上行っていますが、まだ（アルゴンキンで）ヘラジカにめぐり合ったことはありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
季節の変化は早く夏を感じられるのは7月末までで、8月になると秋の気配を感じます。（ダウンジャケットが必要になります）、紅葉は9月中旬からで、すばらしい紅葉に包まれることができます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1600434.html</link>
			<pubDate>Thu, 28 May 2009 09:21:46 +0900</pubDate>
			<category>散歩</category>
		</item>
		<item>
			<title>旅の回想（８）ジャマイカ</title>
			<description>旅の回想(８)ジャマイカ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行ったのは、松田聖子の『渚のバルコニーで・・・』の歌がはやっていた頃で、『ピーコック』と言われたＬＰレコードをはさんでプレーする携帯のレコードプレヤーがソニーから売り出されたころですから、1981年か82年の２月だったと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トロントからのチャーターフライトでオチョリオス(ジャマイカの北側のビーチリゾート)に直行しました。トロントを離陸した飛行機はすぐにニューヨークの北で大西洋に出て南下、海の難所バニューダ海域を通過してフロリダ半島をかすめるよう飛行し4時間ほどでオチョリオスに到着しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飛行場からホテルに向かうのは送迎バスですが、バスが止まるたびに団体さんがゴソゴソッと降り、最後にバスに残ったのは私達3人だけとなり、最後のホテルが滞在するホテルでした。オチョリオスの一番東に位置する二階建ての古くこじんまりしたホテルで小さなプールとプールサイドのバーに厨房が隣接していて、持って行った「揖保の糸」を茹でてもらったことを思い出しました。ビーチは崖下でしたが、プールサイドからも部屋からもカリブ海が見渡せ、さわやかな風を終日感じることができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キングストン（ジャマイカの首都）観光を含む、島一周（ジャマイカ国一周になります）のドライブ旅行も1日のドライブで可能です。ホテルの斡旋でチャーターしたドライバーは、自己紹介の後「あなた方の安全は私が守ります。私の指示で行動してください」と言い、運転席のシート敷物の下には拳銃、車のドアーの内側にはライフル銃、腰にはコルトを挟み「にっこり」でしたが、危険な目に会う前から緊張してしまったことを思い出します。ホテルのボーイ、テニスのコーチに見送られ出発です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドライブ中、道路脇で「何か」を売っている露天があったので車を停めて、売っているものを聞くと、・・・魚のスープのようでしたが、固形物がない完全に解けてしまったスープでした（私は材料が分からないものは食べない）から買わずに立ち去ろうとすると、近くにいた男が近づいてきて噛んだ後のチューイングガム状で色はモスグリーンの物体を親指と人差し指、中指で捏ねながら「買わないか？」と聞くのです。何だと聞くと麻薬だとのこと、タバコも吸わない私ですから麻薬などには興味なく逃げるように立ち去ったのです。簡単に手に入る事を知りちょっとびっくりでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
目のない魚が住むという洞窟湖、小さな湖面に小船が繋いで在り乗ったのですが、水の黒青さと不気味さにゾーとしたものです。旧支配者の屋敷とバナナ農場と奴隷の小屋は息が詰まります。ハリウッド映画「パピオン」（ステーブ・マックイーン主演）を撮影したのがジャマイカだった事もこのとき知ったのですが、ワニ園と赤く染まった水が満ちる沼は神秘的というより不気味で湖畔の森から飛び立つ鳥たちの羽ばたき、鳴き声に恐怖を感じたものです。キングストンからブルーマウンテンを回ってホテルに帰着したのは夕暮れ後になっていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オチョリオスにある有名な渓流下りの場は楽しかったですね。渓流くだりと言ってもゴムボートに乗って渓流を下るのではなく、スイミングパンツ一枚で渓流（部分的に滝になっているところもある）を下ってくるのです。渓流の岩・底は流れに磨かれ角はなくパンツが破れることもなく、２０分程度でガイドが待つ広場にたどり着くことができました。テキサスから来たという高校生やシカゴから来たという女性たちのグループに混ざりキャーキャーわいわい・・・ここは楽しく1週間の滞在中2回行きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ビーチでの遊びも記憶に鮮明で「初めてジェットスキー」と体験しました。いまどき見かけるジェットスキーと違い、一人乗りで、腹ばいでスタートして立ち上がるのが難しい小型のものでした。岩場ではウニが沢山いて食べてみましたが日本と変わらない味でした。シュノーケリングで見る浅瀬には鮮やかな魚が豊富で手掴みできそうなほど密集して泳いでいました。ホリデーインの前の海には豪華客船が停泊していて、優雅に海を見つめるお年寄りの姿が思い出します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜になれば、小船でジャングルのクリークを進みレゲの会場に行きました。これが楽しかったですね、当時私が知っていたジャマイカの音楽はハリー・ベラホンテだけでしたから、ハリー・ベラホンテの歌がいかに洗練（アメリカ受けできるように編曲されていた）されていたものか、このとき思い知らされたのです。森の中にしつらえた会場でほとばしる汗と奇声は激しく、まさに本物のレゲでジャマイカの土着の音楽だったのです。まさに感激でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一週間の滞在中、日本人に会うことはありませんでした。&lt;br /&gt;
バナナの料理や色とりどりの果物、海の幸（イセエビも）美味しかったです。&lt;br /&gt;
あれから30年弱、ジャマイカはどのように変わっているのでしょうか？最近行かれた方があれば、最新のジャマイカ情報を教えてください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1570928.html</link>
			<pubDate>Wed, 27 May 2009 09:53:15 +0900</pubDate>
			<category>ラテンアメリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>旅の回想（７）カンクン</title>
			<description>2003年1月の避寒旅行&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寒さが厳しいトロントでは避寒休みを取ってカリブ海などに出かけるのは、庶民でも普通であり珍しいことではありません。タイムシェアーホテル（1週間単位の利用権を購入する）のオーナーになって毎年同じ時期に同じところに行くというファミリーも多く見受けます。カンクンやジャマイカなども1週間の滞在で航空運賃を入れても500ドルから1000ドルぐらいでパッケージ旅行に参加できます。（距離的に考えると日本からグアムやサイパンに行く感覚です）&lt;br /&gt;
滞在はホテルゾーンの中心に位置するロイヤルリゾート（タイムシェアーホテル）でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飛行機からタラップ（階段）で滑走路脇駐機場の地面に降り立つと、包み込むような暑さと湿気で（トロントの寒さから）開放された気分になります。入国審査はきわめて簡単でランダムに表示される数字に該当する人（ほとんど該当しないように数字が表示される）だけがチェックされるようですが、私が見る限りチックされる人はいませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
迎えのバスに乗りロイヤルリゾートに向かうのですが、20分程度のドライブで到着です。&lt;br /&gt;
ホテルロビーの奥はプール、サウンドビーチが広がっています。見ると穏やかなカリブ海の風に誘われるかのような波が砂浜に消え、ヤシの葉も音も立てずに揺れていました。この湿気と陽光を求めていたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
色鮮やかなフルーツ、見た目にも南国らしいさまざまなカクテルはビーチサイドでは欠かせないものになりました。夜になればメキシコの音楽とスパイスが効いたいくつもの料理（名前は忘れました）を堪能しましたが、魚のフライ（かなり大きな魚を油で丸揚げしたもの）やセビーチェ（魚介の酢漬け）は気に入りの一品になりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
セビーチェは店により味付けが異なり、素材も蛸であったり、白身魚であったりで1週間の滞在中ほぼ毎日食べていましたが、飽きることはありませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「チチェン・イツァ」はマヤ文明のピラミッドですが、階段状であり正面からてっぺんまで登ることができます。登るのは勇気も度胸も補助具もいりませんが、下りが怖いのです。足がすくみ正面（下方）を見て悠然と歩く人はまずまれです。後ろ向き（登る方向を見て）下る人やロープをつかんで下りる人、ジグザグに斜めに歩く人などがいました。ピラミッド正面を背にして右方向にはサッカー場といわれる巨大なスタジアム状の遺跡があります。どのようなスポーツが行われていたのか？それともローマの遺跡のようにライオン（マヤにはライオンはいませんが）と戦わせていたのか？どのような劇が演じられていたのか気になるところです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「トゥルム」は海岸にある遺跡ですが、「チチェン・イツァ」のような巨大建物があるわけでもなく、勉強不足な私にはよく分からない？遺跡でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ツェルハ（ＸＥＬ－ＨＡ）」は自然の入り江と森を利用した海洋公園で入場料が必要ですがダイビングやシュノーケリングが可能で、ファミリー向けだったとの印象があります。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1542009.html</link>
			<pubDate>Tue, 26 May 2009 11:23:28 +0900</pubDate>
			<category>旅行</category>
		</item>
		<item>
			<title>長期政権の弊害</title>
			<description>＜選挙／与野党逆転＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
選挙権行使（投票）を国民の義務として棄権を罰則する法律をもつ国（オーストラリアなど）の制度を研究して成立を期待します。さらに、投票者に対して交付金の支給はいかがでしょうか？自民党選挙対策本部長の古賀氏は「投票率は少ないほうがいい」などとたわけたことを言っている現状ですから、投票率アップを図る政策は今の政権では不可能でしょうが・・・論議する異議はあると考えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
60年間政権与党が変わらない国は、中国と日本ぐらいしかありません。中国は共産党独裁であることを自他共に認めているところですが、日本の自由民主党は独裁を認めない長期政権ですから始末が悪いのです・・・自由選挙による国民の意思と民主主義の御旗と、官僚組織は自由民主党の馬鹿さ加減と悪さ加減を知っていますから腐敗を腐敗と思わない傲慢になり民主主義は機能しなくなっているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシア／プーチン政権幹部が長期政権維持の方法を日本に学んでいると聞いていますが・・・劇薬でもプラシボでも仕込んでみてはいかがですか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1513296.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 15:54:26 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>政変期待</title>
			<description>＜世相／政変期待＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新聞、ＴＶは毎日　破綻　低迷　インフルエンザのニュースばかりで息苦しくなりますね、それらは今や世界共通または世界基準ですが、政権がスタートしたばかりのアメリカ／オバマ大統領には期待しますが、パニックを奇禍とした麻生政権の状況には「もーいやだ」という感じです。スポーツ新聞しか読まないと言った首相（岸首相）、漫画しか読まないと言い放った麻生首相になにも期待できません。政治的には大型補正予算も対症療法の薬と同じで数週間しか持たないでしょう。思い切った変化（与野党逆転による早期の手術／官僚による官僚のための政治の打破・変革）がなければほぼ症状固定状態に陥ってしまいます。もし症状固定してしまった後は大災害、クーデター、戦争（海外に不満のはけ口を見出す）がなければ、日本はビッグバーン状態に陥り、収拾つかなくなる気がします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さいたま市長選挙の結果を国政選挙にスライドするのは愚かです。60年の長期政権が作り出した官僚組織（検察を含む）を侮ってはいけません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1513218.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 15:50:35 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>五福天命</title>
			<description>＜五福天命＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古来中国では五弁の梅花の開花は五福を開くという言葉で愛でられたそうです。五福とは人生の五種の幸福、すなわち長寿、豊かなこと、健康なこと、徳を好むこと、天命を持って終わることだそうですが、これらの福とはどうやら貴族階級（裕福な特権階級）とか権力者（政治家）の願望のようですね。&lt;br /&gt;
権力者ほど偽善と身勝手／自己愛が強いのはいずこも、いつも同じと言うことでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長寿を願う貧乏人はいないし、多くの若者に職がない、働いていても住むとところがない、お年寄りがぽっくり死にたいと巣鴨地蔵尊にお参りするという状況の日本は本当に豊かと言えるのか？みんなで真剣に考えなくてはなりません。精神の健康をも含め考えるとクォーターピープルに健康は望めないし、徳を施せとはふざけた話です。天命をもって終わるより肉体（動物とか生き物）としての自己生存能力を失ったときに断つのが天命と考える私ですが間違いでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今私が願う幸福とは唯一「穏やかであること」です。食事・料理も「素食」で満たされます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1513146.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 15:46:37 +0900</pubDate>
			<category>家族</category>
		</item>
		<item>
			<title>無いものは、失わない</title>
			<description>＜所有しなければ失わない＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
得なければ失わない・・・ないものは失わない・・・これは当然ですよね・・・しかし、所有してなくても失うものは多々ありますよね・・・たとえば恋とか愛・・・時として片思いなど、感情は時としてその対象だけでなく自らをも見失うことがあります。&lt;br /&gt;
若いころはそのような「喪失感」を満たしてくれるのは「一生懸命」とか「夢中になる」・・・「汗を流す」ことでしたが、クォーターピープルになった私の喪失感を満たしてくれる対象・行為は見出せません。帰らざる河のようです。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
失うことは自然であり、それをそのまま受け入れられる歳になりましたが、楽しむことはまだたくさんあります。&lt;br /&gt;
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5月22日、23日　嶽温泉、小金崎不老ふ死温泉入湯し、太宰治記念館「斜陽館」に行き若いころ夢中になった太宰を思い出してきました。金木の「津軽三味線会館」で津軽三味線の演奏を聴き、その歴史の一端を知りました。高橋竹山や三橋美智也の系譜や功績を知ることができました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/iderishasu/1509066.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 May 2009 11:30:58 +0900</pubDate>
			<category>詩</category>
		</item>
		</channel>
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