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1981年〜82年頃、私はすっかりY.M.O.の音楽にはまっていて、その周辺のレコードは おおよそ聴きました。その中にかなり不思議な異彩を放っていたシングル盤がありました。 坂本龍一とコラボレーションしたPhew(フュー)の「終曲/うらはら」です。 言葉遊びのような不思議な歌詞と決して上手とは言い難い歌声が、なんとも言えない雰囲気を醸しだしています。それを極めた感のある1stソロアルバム「Phew」でいっそう深みにはまりました。 ♪ ココロ アル ヒトニ ムチウチ チュウブラリンノ クウチュウ ブランコ イッシンフランノ ハナレ ワザ ♪ このアルバムはドイツのプログレ系ロックバンド「can」のHolger Czukay 、Jaki Liebezeit、 Conny Plankとともに制作されました。 その後、2ndアルバムを心待ちにしていたのですが、82年から4年間まったく音楽活動をしていなかったようです。 私は83年〜84年頃、もはや近所や市内のレコード専門店でも探しているレコードが見つからず、 通販の事もよく知らなかったので、お盆と年末年始は東京の友人を訪ねるついでに、ディスク・ユニオン なんかを物色しに行きました。(後者がメインだな・・) で、ふと、目に留まったアルバム「Aunt Sally」です。 「アレ?コレPhewに雰囲気似てるな・・・」 と思ったのですが、すでに他店でしこたまブートレック等の輸入盤を買いこんだ後だったので 後ろ髪引かれつつその場は諦めました。 後日、本屋である音楽雑誌を立ち読みしてた時に愕然としました。 「エ〜ヤッパリそうだったのか〜・・・( T_T ) 」 アーントサリーとはphewがソロになる前のバンドだったのです。 しかもインディーズだった為、限定500枚プレスしたものがあっというまに品切れになり、 かなりのプレミアがついたと言う代物。それの再版500枚のうちの一枚だったのです。 地団太を踏むとは正にこの事。 半年後、再び東京を訪れ、真っ先にディスク・ユニオンへ 「ア〜〜まだあった〜・・・」うれし涙を流すのであった。 教訓 「欲しい物は迷わず買え」 2年後、突如2ndアルバム「view」が発売される。 1stと比べるとトゲトゲしさはやや薄れたものの、歌詞に深みが増したような感じです。 4年後、名古屋パルコのliveスペース、クラブ・クワトロにて、初めてphewのライブを観る。 感動しますた。phewはmcが苦手らしく、曲紹介も無く淡々と歌う。 この時ミニアルバム「songs」発売。 歌いこんでます。 2年後、再びドイツで元CANのメンバー等と「Our Likeness」発売。 独自の歌唱方がイイですね。音も良いですよ。 さらに3年後、phew独自のレーベル「ALIDAレーベル」から「秘密のナイフ」発売。 パンクロックバンド「アーント・サリー」のジャケットと比べてわかるように、 すっかりオトナのしっとりとしたイイ雰囲気になってますね。 しかし、この中の曲「ひとのにせもの」でしっかりパンクは生きてます。 すでに一児の母となったphewは2000年からもっとも音楽活動が活発化します。
続きはまた次回。 |

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はじめまして。
phewいいですよね。
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よろしくお願い致します。
2009/12/23(水) 午後 4:36 [ きよ ]