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今年の課題は
王羲之の蘭亭序」から「天朗気清恵」楷書
行書は「観音経」から「福聚海無量」
草書は蘇軾の「春夜」から「春宵一刻値千金花有清香月有陰」
かなは「も能い者春 わらへと本くの 梅をさ須」
10:30から始めた条幅
午後の2時半までみっちりみんなは書き上げた。
金賞は雅峰氏になった。
今回は、風邪で体調を崩して、書かなかった。
見るだけの書初め会だった。
篆書体の運筆
篆書体には書き順はない。
どこから書いてもよい。
筆の芯を常に同じ方向にして運筆する。
書かなくても学ぶ
人の書き方を見ているだけで勉強になった。
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書道
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先日、国立博物館の平成館で展示してある故宮宝物展を観に行った。
本物を見る事が、最高の学習と思いながら行ってみた。
この日は、入り口へはすんなりたどり着くことができた。
どうしてこんなに空いているのかな?
と思ってよく考えてみた。
そういえば中国から門外不出の図会が24日まで展示されていた。
それを過ぎたら、潮が引くように客も減ったのかと考えながら、
切符を切ってもらって中に入った。
空いていると思ったら、中は結構の人がいた。
ああ、また頭越しにみるだけかと・・・
はじめの展示から観客の足は止まっている。
あああ・・、と思いながら、周りの空いている展示から見ることにした。
だから順路は関係なく、会場内を行ったりきたり
空いている所だけ、じっくり見ることができたが、
結構歩いて足が棒になった。
みんな、展示の解説のところで停まっている。
だから、私は展示の解説は見ないことにして、進んだ
そうこうしながらも
書の巻物がたくさん展示されていたので、
見ごたえはあったような気がする。
書道をやっている人なのだろうか、
「この字は、いいわねえ!」
と言っている人もいた。
まあ、ひとつひとつの字は評論せずに、感じたことは、次のことだ。
中国の長い歴史の中で作られてきた文字
その変遷を垣間見て
日本の文字の歴史は、中国と比べられないくらい浅いと思った。
そのことを感じられたことに満足して、博物館を出た。
ま、いつものことなのだが、
宣伝しすぎからくる満員状態は何とかして欲しいと思った。
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楷書・行書・草書と書いてきて、
勿論、修行の身であるが、書く量が増えれば増えるほど
満足した作品など出来上がらない。
こう書けばいいなと思って筆を動かしても、
勝手に腕が動いてしまって、
これでいいという字になってくれない。
そのもどかしさをいつも感じている。
あしたは、私達の書初め会だ。
この書初め会は、当連盟の審査があり、金・銀賞・銅・佳作の賞が授与される。
成人と学童生徒部門それぞれ授与されるが、
一年間の通信教育の中で
唯一、賞を戴ける審査があるのが、この書初め会だ。
当連盟は、通信教育だから、全国から作品が送られてくる。
2012年1月8日
会場は東京池袋で行われる。
近くの会員は、直に会場で書くチャンスである。
師範が直接、指導してくれるから勉強になる。
今年の課題は
楷書・「桃花千歳春」
行書・「青松終古春」
草書・「煎茶竹送風」
かな・「ひらがな能 散良可川天以る 歌留多会」後藤立夫
半切にいっぱいいっぱいに書く醍醐味は気分がいいものだ。
あすの書初めは、どんな作品がうまれるか。
楽しみだ。
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そんなに偉そうな事を云える立場にないが、感じたことだけは云って見よう。
日展が新国立美術館で行われた。
一番最初に入ったのは、書道コーナーだった。
去年も作品を見たのだったが、
今年はなにか新しいものを発見できるかと思い、半分期待して入った。
会場内はどの作品の大きさに圧倒されて、
見終わったときは、どっと疲れが出てしまった。
全体を見終わっての感想だが、
作品で訴える作者の気持ちが、伝わってくる作品が少なかったことだ。
一生懸命書いていることは、何となく分かるが、それ以上のことはない。
日展ではないが、
自分が書いているのも、こういう作品なのかと思ったら、
自己嫌悪に落ちてしまった。
書道を目指している所謂書道家は、何をこの日展に期待しているのだろうか。
展覧会への出品に命を掛けている書道会は、
段々自己満足の世界のような気がしてならない。
国立博物館で、古筆などを見るとき、
作品から訴えてくる何かがあるから、そう思うのだ。
習字の世界なら分かる。
だが、書道の世界なら、
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一年に一回は作品に仕上げて展覧会に出品する
これが目標で、取り組んだ。
ことしは4日、5日、6日の三日間池袋の産業プラザで展覧会が行われた。
出品は孔子の言葉で論語にあった言葉を書いた。
「吾十有五にして学に志し、三十にして立つ、四十にして惑わず・・・・」
この書体は行書だ。字数が多かったが、書いていて気持ちよかった。
もう一つは、「南山寿」の草書体だ。
今年三月の大地震のとき
酒田の親戚に寄ったとき、
床の間に掛けられていた扁額にこの言葉があった。
長寿を祝う言葉だが、
百歳で天寿を全うした母のことを思って、
今回は書いた。
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