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自己自身に対して他者であること(自己自身に対してこの他者であるという形でつねに具体的に目指される理想)は、他者との諸関係の第一の価値である。換言すれば、私の対他・存在は、1つの絶対・存在の指示によってつきまとわれている。この絶対・存在は、他者としての限りにおいて自己であり、自己としての限りおいて他者であるような存在である。この絶対・存在は、他者として、その自己・存在を、自己として、その他者・存在を、自由に自己に与えることによって、存在論的証明の存在そのものであるような存在、すなわちであるような存在である。このような理想は、私が私と他者との関係の根源的な偶然性を乗り越えなければ、実現されえない。つまり、他者が私に対して自己を他ならしめるときの否定と、私が他人に対して私を他ならしめるときの否定との間には、どんな内的否定の関係も存在しないのであるが、この事実を私が乗り越えなければ、この理想は実現されえない。
 この偶然性は、私の身体が私の世界‐内‐存在という事実であるのと同様に、私と他者との関係という事実である。それ故、他者との合一は、事実上、実現されえないものである。他者との合一は、権利上から言っても実現されえないものである。なぜなら、同一の超越の内に対自(あるところのものであらぬ、あらぬところのものである存在)他者とが同化するならば、その結果、必然的に、他者のもつ他という性格は、消滅してしまうからである。
 それ故、私が他者を私に同化させようと企てるための条件は、私が、飽くまでも、私が他人であることを、否定することである。要するに、このような合一の企てが、相剋の源泉である。というのも、私は、他者にとっての対象として私を体験し、この体験において、またこの体験によって、私は、他者を同化させようと企てるのに反して、他者は私を世界のただ中における対象として捉え、私を彼自身に同化させようと企てないからである。
 そこで、「他者が私の超越を超越し、私を他人として存在させるときの、内的否定」に対して働きかけること、即ち「他者の自由」に対して働きかけることが、必要になる。というのも、対他・存在(他者にとっての存在)は、2重の内的否定を含むからである。

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