サルトル、ボーヴォワール、カミユ

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自己原因

サルトルは自分の幼年期を回想して、「7歳の私には、自分以外に頼るものがなかったが、その自分なるものがまだ存在していなかった。‥‥‥私は父親のいない孤児で、誰の息子でもなかったから、自己原因となったのだ。高慢と悲惨に満ちていた。私を世界へと生みだしたのは、善のほうへ私をもたらす跳躍だった。」と自伝『言葉』で述べる。
 自己原因とは、自己自身の存在の根拠であること。従って、自己原因的存在者は、「対自としての限りにおいて即自であるような存在者」「対自によって根拠づけらる即自」「即自・対自」すなわち「神」である。

異邦人

  異邦人(原作カミユ)
         1
きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。養老院から電報をもらった。
「ハハウエノシヲイタム、マイソウアス」これでは何もわからない。恐らく昨日だったのだろう。
 養老院(老人をいたわり世話するところ)はアルジェから80キロの、マランゴにある。2時のバスに乗れば、午後のうちに着くだろう。そうすれば、お通夜をして、明くる日の夕方帰って来られる。私は主人に2日間の休暇を願い出た。こんな事情があったのでは、休暇をことわるわけにはゆかないが、彼は不満な様子だった。「私のせいではないんです」といってやったが、彼は返事をしなかった。そこで、こんなことは、口にすべきではなかった、と思った。とにかく、言いわけなどしないでもよかった。むしろ彼の方が私に向かってお悔みをいわなければならないはずだった。埋葬が済んだら、反対にこれはれっきとした事柄となり、すべてが、もっと公けのかたちをとるだろう。
 私は2時のバスに乗った。ひどく暑かった。いつもの通り、レストランで、セレストのところで、食事をした。みんな私に対して、ひどく気の毒そうにしていた。「母親ってものは、かけがえがない」とセレストは私にいった。

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「映画『緑の心』の中でルンツは創作による筋を軸として、彼らの地の役割を

演じている一群の若者たちの存在を私に知らせてくれた。彼らはその長い倦

怠、その惑い、その苦渋を私に共有させた。見せかけの破廉恥さの下から、彼

らには言い表すことも引き受けることもできない感情が垣間見えて、私は彼ら

とともにそのことに苦しんだ。」(「決算のとき」p190)

・私は『緑の心』を観ていないのだが、ボーヴォワールが共有した若者たちの

長い倦怠、惑い、苦渋を、共有できるし、言い表すことも引き受けることもで

きない感情に苦しむことができる。青年の一時期、私もそういう若者だった。

黒い峻烈な詩

「私はアラバルがフランコのスペインを表現している『死よ、万歳』にも心を

奪われた。〜略〜。

しかし現実を示すことをめざす場面には、統制された悪夢のように黒い峻烈な

詩がある。』(「決算のとき」p189)

・ボーヴォワールの映画評である。

フランコ政権末期、列車に乗る私をデッキの上からグレーの四つの目が見てい

た、グレーの制服に自動小銃を手に携えた軍人2名だ。

「顔とは分析、概念化、言葉などでは捉えられないもので、ほとんどいかなる

作家も主人公の顔をわれわれに明示するすべを知らない。プルーストはそれを

われわれに暗示することには成功しているが、しかしその輪郭はやはりぼやけ

たままだ。」(「決算のとき」p186)

・30年ぶりに会いたいと言ってきた女性が3人いた、が私は土壇場で断っ

た。顔を見せたくなかったのだ。

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