美々と父さん、母さんの気ままな一日

ぼ〜と気まま暮らし、だ〜ッて走る事もあるか見てやってね

美々のなげき

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昨年のアジ大会は一回だけの参加で練習もお休みしていたので仲間からは夜逃げ説まで出ていたそうな。
 
3月の東日本大震災発災から人生観が変化したようです。
 
6月20日で仕事をリタイヤしました。
 
やっと美々フィールドの道具を組み立てて並べてみました。
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ちょっと草刈りをしないとダメだったみたいです。
日照り続きで土が固いしネズミの穴だらけ。。。大丈夫かな〜
 
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美々パピのテンションは微妙?
アジリティー復帰なるか ちょっと心配です。
 
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アジ連の合間には旅行もしてみたいです。
美々パピがいるのでいつも車旅になってしまいます。
 
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いつか新屋塾にも挑戦したいと夢見るおじさんが見つかりました。
時間はたっぷり余裕、予算はゼロ円生活のおじさんの挑戦がスタートします。
 
 
 
東日本大震災から40日になろうとしています。
地震、津波の話題から原発事故に日本の関心事が向いてきているように思う今日この頃。
ほぼ毎週末沿岸部に出向いていますが徐々に片づけが進んでいる地域といまだに手が付けられていない所と有ります。
 
そんな中
アジリティー仲間のお声がかりでグリーンピア三陸宮古に避難している方達にワンちゃんに触れる事で一瞬でも和んでいただけたら嬉しいねって出かけてきました。
 
設営は田老町でご実家やお友達が被害にあった中、避難所でボランテア活動をしている
タロチャンドックスクールの先生にお任せしました。
 
次の2枚はタロちゃんのブログから転載しました。
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青空が広がる気持ちの良いお天気でたくさんの家族連れやワンちゃんを連れた方が参加してくれました。
中には飼っていた愛犬が津波に流されたという女の子が美々を抱いて離さなかったり思い出を話してくれました。
 
スタッフは20頭近いワンちゃん、フェレット1匹とその家族、タロチャン先生、青森の大鰐からボランテアの高校生
スタッフは青森、秋田、岩手の混成チームとなりました。
 
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チョコ ボ−ダーの赤ちゃんも2頭参加(3か月?)里親さん募集中だとか。。。。。よだれが出そう
青森の高校生にももしゃもしゃされていましたよ。
 
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美々もパピも模擬アジリティーの走行を見てもらいました。
美々はスタートからバーを2本落下、スラロームをスピード通過で見ている人からお〜といわれていましたよ。
 
パピはお母さんと一緒 あわやクリーンランかと思われたのですがスラロームの真ん中辺で誰かがおろしたおやつを発見、食べてから走行継続。
やんやの喝采を浴びていました。。。。鼻が良いのか食い意地が凄いのか良く分かりません?
 
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終了時スタッフが持ち寄った菓子類や玩具を子どもさんたちに配布したり
愛犬の食べ物が不足している方に餌を配布したり
食べ物模擬店では大人も子供もお菓子やポップコーンなどいただいて大喜び
私もおこぼれでお芋饅頭とフルーチェをごちそうになりました。
 
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帰り道に写した田老のメイーンストリート 道路がきれいに片づけられておりました。
長い道のりになりそうですが一歩づつ前進しているんだなと思い祈って来ました。
 
 
避難所の子供さんご家族の喜んでくれる笑顔に元気を貰い却って励まされた一日でした。
報道では部分的な映像しか目にできませんが衝撃的な現場の目撃情報を見てしまいました。
報道カメラマンの渡辺さんのブログ・・・変更しました。
 
 
 
宮古の漁船漁業を営んでいる方の「漁師の徒然なブログ」
 
 
美々・パピの先生のブログ
 
無断でアドレスをコピペしたけど許してもらえる事を願っています。
 
震災から20日を迎えようとしています。
片付けや自分の記念品探しが始まっていますがいまだ復興の端緒にはついていません。
時間が経つにつれて被災地は疲れが増幅し周囲は関心が薄れていく傾向にありますが息長く応援を続けていきたいと思います。
 
時間が有ったらみて現場の凄さを感じてもらえると嬉しいです。
 
 
今日、陸前高田市まで物資の補給に行ってきました。
17,19日の補給行の時と違い緊急物資輸送の車両が格段に増えていました。
 
全国から水の補給車も続々被災地入りしています。
支援の輪がどんどん広がっているなって実感しました。
 
柴田ビアン&モティーパパと避難所でお会いしてきました。
ビアン&モテイーは訓練所の新屋所長が迎えに来てあずかってくれたそうです。
奥様は特養老人ホームの介護に励んでいるそうでお逢いできませんでしたがお元気なそうです。
 
陸前高田市の津波の様子を複数の方から伺ってきました。
大きな地震の揺れが有って津波が来るなってほとんどの方は覚悟したそうです。
そこで避難場所に指定されている高台に避難したそうです。
たどり着いて振り返って見たら津波防波堤をはるかに高く越えてきたのが見えたそうです。
海抜2〜3Mの場所に高田球場が有りますがナイター照明のランプの下部辺りまで達していたそうです。
それを見て危ないと思って更に高い所に避難した人と避難場所だから大丈夫だろうと留まっていた人がいたそうです。
その避難場所から更に上部まで津波が来たために流された人がいたと話されています。
その高い津波の第1波が押し寄せてそれが引き切る前に第2波、第3波と連続して押して来たために水量が膨らんで陸地の奥まで到達した事。
その寄せ波に長時間もまれたために壊滅的な破壊力が発生した事が考えられます。
 
市役所の4階まで波が到達、屋上に逃れた人が助かった。
高台にあった気仙小学校の3階部分まで波が到達。
海辺から10数キロ離れたJR矢作駅の上100m位まで津波が到達。
陸前高田市の平野部は全く残っていません。
斜面や高地の住宅や農地は被害が有りませんが世帯数の大部分が被災してしまっています。
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復興に向けて被災者が結集して物資の荷受け、分配、配送などに携わっています。
日々力の結集が膨らんでいます。
応援をお願いします。
 
 
 
 
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この中央付近には調味料や漬物を作る工場や民家が並んでいたところです。
何もあとかたがありません。
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四階にあった建屋が流失して機械のみが残っています。
 
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お醤油を絞る圧搾機の太い支柱が折れ曲がっています。
 
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気仙大橋は流されその橋脚部分に打ち上げられた民家の二階家屋根部分
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高台の神社に打ち上げられたワゴン車、神社の中は破壊されています。

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