がんばっぺない!福島

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読売本日投書欄より

いい話。
震災前5年、震災後5年というところなのでしょうね。

震災は悪いことばかりではない、と聞いたことがあります。
この方もそうなのでしょうね。

◇震災後 地元の人と絆…主婦  63(福島県いわき市)  

静かで落ち着いた暮らしを望み、夫とこの地に移り住んで10年になりました。 

海に近い素晴らしい環境に満足し、充実した生活でしたが、5年前の東日本大震災で大きく変わりました。自宅に津波の被害はなかったものの、今では高い防潮堤が造られて自宅から海を眺めることもできなくなりました。 

ただ、震災を経て、地元の方たちと絆が深まった気がします。それまでは、どこか遠慮するような雰囲気がありましたが、震災後はあいさつをよく交わし、手料理を届けたり、もらったりする間柄になりました。先日、「皆さんに助けられて10年が過ぎました」という手紙とお菓子を近所の方たちに届けました。今後も絆を深めながら、この地で暮らしていきたいと思っています。
昨日の朝の読売に、福島県の全面広告がありました。

県外の私たち向けかな??

と、思ったら、全国紙だけでなく地方紙にもだそうなので、福島県内の方もご覧になったのでしょう・
県民の方どう思われましたか。

私は、いいと思いました。
検索しても、文章を貼れないので、私が文章を打っておきます。
検索したら、なんかこの広告を批判するブログしかヒットしてこなかったので、それは癪なのでね。

あなたの思う福島はどんな福島ですか?



福島県という名前を変えないと、復興は難しいのではないかと言う人がいます。
海外のかたの中には、日本人はみんな、防護服を着ていると思っている人もいるそうです。

あなたの思う福島はどんな福島ですか?

福島にも、様々な人が暮しています。
括ることはできません。
うれしいこと。くるしいこと。
進むこと、まだまだ足りないこと。光の部分、影の部分。
避難区域以外のほとんどの地域は、日常を歩んでいます。

お時間があれば今度ぜひいらしてくださいね。
ふらっと、福島に。
いろいろな声によって誇張された福島はそこにはありません。
おいしいものが、きれいな景色が、知ってほしいことが、たくさんあります。
おもしろい人が、たくさんいます。
未来に向かう、こどもたちがいます。

あなたの思う福島はどんな福島ですか?
あなたと話したい。
五年と、一日目の今日の朝。

福島の未来は、日本の未来。
昨日までの、あたたかなみなさんからの応援に感謝します。
原発の廃炉は、長い作業が続きます。
名前は変えません。
これからもどうぞよろしくお願いします。

ほんとにありがどない。                                        

                                         福島県


この広告はクウェートからの救援金を一部活用しています。



ちょっとつっこんでみます。

福島県という名前を変えないと、復興は難しいのではないかと言う人がいます。

→初耳ですが、そんなこと、だれが、どこに言ってくるんですかね・・・・・
失礼しちゃうわね。何様かしら。

どちらかといえば、こちら?

福島第一原発という名前を変えないと、復興は難しいのではないかと言う人がいます。

う〜む。
でも誇りを持って廃炉作業に当たっている方の魂をぶち抜くような冷たい意見でもあります。

あっそうか、

福島をフクシマと言う人がいます。

こっちじゃないの?
それではあまりにもど真ん中すぎるので、変化球にしたのではないか??(深読みしすぎか?)


それから、大丈夫かなあとちらっと思ったのはここ。

避難区域以外のほとんどの地域は、日常を歩んでいます。

これはその通りだと思います。
震災特集というと、この「(全体)−(ほとんど)=(一部)」の(一部)にスポットを当てた報道がされます。
映像の力は恐ろしいもので、(一部)≓(全体)と、人々は受けとめがちだということですから。

脱線しますが、私は、津波で母親を失った幼女の、毎年の変遷を記事にしたのを見て、「この子は報道される自分は特別であると勘違いしないだろうか」と思いました。成長、進歩を写真で示すという新聞記者の意図はわかるのですが、この子の人生への影響の副作用というものを考えているのかな。というかすかな不安です。

福島県内の通常の生活を送っているほとんどの方は、この「避難区域以外の・・・・」のくだりは「そのとおりです」と思うでしょうが、避難生活を送っていたり、故郷が様変わりしてしまった、たとえ少ないにしても、一定数存在する県民の方にとっては、この部分は、悲しみをもって読んだだろうと想像します。

浪江出身の方から、震災5年にあたり、「復興とか、前に進もうとかが前面に出て
置き去りにした悲しみもあるのに」とメールいただきました。。。

お時間があれば今度ぜひいらしてくださいね。

来週末、長男が郡山引っ越しですから、行きますよ。!!圏央道つながったから、もしかしたらうまいこといったら、飛ばしたら(?)、5時間ぐらいで着かないかなあ?

いろいろな声によって誇張された福島はそこにはありません。

いろいろな声
いろいろな声
いろいろな声


原発の廃炉は、長い作業が続きます。

廃炉のトップの増田尚宏氏は、震災当時、ギリギリで事故を防いだ「非情のリーダー」です(文春記事はこちら)。この先もお願いいたします。

ほんとにありがどない。                                        

(^^)/                                  


「いいたてミュージアム」、巡回展が近くで行われているというNHKニュースを見て、行ってきました。
 
いいたてミュージアムは、「いいたてまでいの会」主催。同会は、2011年7月、「までい大使」や県内外の支援者によって、設立されたそうです。「までい」という言葉は、飯舘村の象徴です。ちなみに「までい」は漢字で書くと「真手」と、どこかで読んだことがありますが、「飯舘真手の会」でも「飯舘までいの会」でもなく「いいたてまでいの」会であるところにも意味があるのかなと思いました。
 
いいたてミュージアムの展示としては、飯舘村の特産物や伝統工芸のような、いわゆる村立博物館の常設展に展示されているようなものはもちろん、飯舘村の農業やなりわいに結びついた、各御家庭にあるいろいろな品、写真、はたまた記憶を想起させるものがずらっと並べてあります。毎年わずかずつ増やしているようで、巡回展ではその一部を並べているようです。
 
それらの数々の展示物は、震災前にはごく普通に飯舘村の方が使っていたり、飯舘村に出回っていたものでしょう。でも今は、全村避難が続いているので、飯舘村の中ではなくて、避難された村民の方が村外に持ち出されたものということになりますね。
 
そしてそれを眺めると、震災前の飯舘村の豊かな農村の暮らしの風景がしのばれました。
 
私が見たのは、20点ほどだったでしょうか。
 

◆ポスト型はがき

飯舘村の玄関口にある二枚橋郵便局が作ったはがきです。小さな特定郵便局が、オリジナルのはがきをつくるということに、驚かされました。
そして、私、福島で働いていたころ、通りがかりに、ここに行ったことがあるような気がするのです。あとで地図で確認してみますけれど・・・。
 

◆飯舘村特産凍豆腐の箱

立派なお酒の箱みたいな感じ。先日lこちらに講演に来られた菅野宗夫さんが作られたもののようです(知らなくて、行けなかったのが残念)。私にとっての凍豆腐といえば、立子山の凍豆腐。あちらはわらかなんかで縛って、透明な袋に入っているのですが、こちらはこんな作りなのかと、文化のわずかな違いを見た思いです。味はどうなんでしょうか。立子山のとどう違うのか、食べ比べてみたいです。お雑煮には、私は必ず実家の母から送ってもらった凍豆腐を入れます。菅野さんは米の試験栽培などもされているようです。
 

◆スズメバチの焼酎漬け

「2010年7月採集」というシールが貼ってありました。ニホンミツバチを育てている方が、攻撃にきたスズメバチを捕まえたそうです。焼酎に漬けると半永久的にもつんでしょうか?もしかして精が付くとか?とにかく、目が吸い寄せられました。ニホンミツバチが減っている、という話を以前、「鎌田喜之の目」で取り上げました。飯舘村では、どうなんでしょう。お話を聞いてみたいです。
 

◆チラシのゴミ箱

新聞折り込みチラシで箱をつくり、その中にやはり折りたたんだチラシの箱がぎっしり詰まっています。これは、私の仙台の叔母が昔作って、やっぱりこたつの上に上げておきました。母は作り溜めておきませんが、リンゴをむいたりしたときに、ささっとたたんで作ります。それなのに、私は作り方を知りません=文化の断絶です汗
 

◆ディスクグラインダー

なんか、農業機械みたいです。ドライヤーぐらいの大きさで、最初は何かのミニチュアかと思いました。いったいこれは何に使うんでしょう??作られた方も、小さい頃から、家には数々の農業機械があってよく見ていただか手入れしていたとかいうコメントがあったような。これを見て一気に「問屋制家内工業」のような、普通の博物館でよく見るような感じを持ちました。




 
などなど。。。
 
「までい」を説明するのより、「までい」を具現化したものを目の前にする方が、すっと心に入ってきますね。
 
私は今回の展示を見に行くときに、実は、また、「震災のあたりまえの暮らしを取り戻したいのに」「東電が憎い」というような悲しみに彩られた「いつもの」展示会なんだろうと思っていました。
 
しかし、違いましたね。これは、浜松にいていろいろ福島県からの避難者の方を支援するイベントに行ってみて、初めて、違ったと感じました。震災5年にして、初めてです。つまりは、いかに「福島」というイメージが、「悲しみでアピールする」存在になっているかということです。それは当然のことだとも思います。そして、県外の人達が「かわいそうな福島県」「助けよう」「寄り添おう」と、奮起する。そういう構図です。勢い、原発反対運動の団体と結びつきます。「悪いのは東電だ」というスローガンに収斂されていくのです。

いいたてミュージアムは、「飯舘村の『までい』な生き方って、いいなあ。飯舘村民ではないけれど、なんか懐かしい感じがするし、自分も似たようなふるさとの生活を思い出せるなあ。今は、全村避難で、生活品が、こうやって芸術品みたいにかしこまって並んでいるけれど また暮らしの中で使われるといいなぁ」と思わせるものでした。なんというか、将来に繋がっていくような感じがしたのです。。明るい、暖色系のイメージを持ちました。

震災のことというと、遠く離れたところでは、なかなか人は行きにくいというのは、あると思います。政治的なにおいもあるかも、とか敬遠されがちです。
でも、そんな中で、小さくともこんな活動がされているのですね。
 

 

喪失について

西川美和「永い言い訳」より

震災後のさまざまな「喪失」について、重なり、参考になる部分があるような気がするので抜き書きします。大切な人、家、故郷、文化、誇り、自信・・・・目に見えるもの、目に見えないもの、何かを失った方は多いと思います。

実は私、この本の主人公、津村氏の言い分「なるほどなあ。喪失はそうとらえるものなのか」とブックマークしたのですが、その後、一番下の津村氏に当てた編集者の批判手紙を読んで、「そうだったのか、私は借り物の言葉にその通りだと思っていたんだ」と、、自分の考えが浅はかであったことを知りました。


(妻をバス事故で失った津村氏、バス会社の遺族への謝罪説明会において)

「いささか、感情的な展開になってしまった部分はありましたが、それはある意味無理もないことで、建設的な話し合いというものは、こういう感情的なプロセスを経ずには到底始められるものではありません。昨日まで生活を共にしていた家族や友人をある日突然失うということを、ここに居る誰もがまだきちんと受け止められていないんです。ぼくももちろんそうです。人間のメカニズムというものはそんなことを早々に受け容れられるようには作られてないんですから」
会見後、「津村啓」は夜のニュース番組の記者から呼び止められて、カメラの前に立った。

「とにかく、今はみんな一刻も早く悪者をみつけ出してしまいたいし、責任の所在をはっきりさせたい。それは実質的には必要なことかもしれないけれど、でも急ぐべきではないし、感情的に進める作業ではないはずなんです。・・・誰もが一刻も早くこの悪夢から逃れたい。けれども、残念ながら、おそらく誰も逃れることは出来ないでしょう。失われた人は失われたままである、という悪夢とともに生きる術を探るより他に、残念ながら私たちは道がないんです。この道がまぎれもない茨の道であることは間違いないでしょう。だからむしろ今は我々も、また会社側の方々も共に協力して、この先の長い道程を耐えていくための信頼を・・・」
(津村氏、同じくバス事故で妻を失った夫と一緒にドキュメンタリーに出て、そのラストで)

「自分が残された意味って何なのか、と、そういうことをやっぱり考えてしまいます。彼女が失ってしまった時間を、自分は一体どう生きていくのか。ぼくは妻の人生に対して悔いもありますが、その思いを、今命ある人たちの人生にどれだけ投射して、良い時間を作っていけるかこの別れがなければ生まれ得なかった幸福を、ひとつでも紡ぎ出せるのか。そしてまた、この別れがなければぼくは悲しみに向き合うことも知らなかった。身近な人の死は辛くて、受け入れがたくて、自分を見失いそうになるけれど、でも無理に忘れようとするなんていやだ。ぼくは妻の死とともにありたい。ずっと、考え続けていきたい。考えながら、残されたぼくの残された時間を作っていきたいと思っています」
謹啓・・・・先日、テレビにて津村先生のドキュメンタリー特集拝見しました。・・・・
私はこれ以後この手紙に大変厳しいことを書き連ねるつもりです。・・・
もし仮に我々がお互いに他人同士で、あれが私に一面識もない小説家の番組であったとしたら、遠慮なく「退屈千万の二十数分」と評したに違いないということです。とりわけ番組の末尾に流れた、先生のインタビューらしき弁舌、確か、子供は大人さながらに立派な人格をもっているとか、ご自身が残された意味云々、まさにテレビにはもってこいの平易かつ高邁なお言葉でありつつも、失礼ながらどれもどこぞで聞いたような借り物めいた空々しい模範解答にしか聞こえなかったと言えば、先生はどのように反論なさるでしょうか。

・・・人間はそもそもの性分として、他人の苦しいのを鑑賞するのを好むものです。綺麗事を言ったって駄目です。・・・こねくり回した結果、芯に鬆が立ったような多弁に比べて、あの子供たちの父上のかいま見せた表情や、ほんのわずかな言葉のほうが、よほど真に迫り、現実との格闘のくるしさを想像させ、胸に突き刺さったではありませんか。失礼ながらあのひとには、哲学も、思索も、悟りもないでしょう。この悲劇の末に、何か得られるものがあるだろう、など考えたこともなく、ただ、「奪われ者」としての苛酷な現実に、丸腰で対峙している。しかし、そこがあのひとの勝利、先生の敗北の所以にほかなりますまい。・・・何か真実味のあるものに奉仕することで、過去の悲しみや失意が帳消しになったと思うのは単なる気のせいです。それはそこに在るままです。そしてそれこそが、貴方の葛藤が縦横無尽に絡みつくはずの、本来の場所ではないでしょうか。

悲劇的体験を金儲けの道具にするのは芸のない者のすることだと貴方は笑われますが、できればぜひとも芸のあるわが悲劇というものを見せてはいただけないでしょうか。

福島県民健康調査に協力し、福島に住む自分や子供、隣人の健康を守ってください

関連記事
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福島再生への12項目

 
震災1年、福島を愛する方々にお会いし、話を聞き、
人や自然やすべてを愛する女性の映画を見て、帰省から戻りました。
 
9日は、宇野賀津子先生(ルイ・パストゥール研)とbloomさんを囲む勉強会、昼・夜の部に出て、都合7時間ぐらいみっちり勉強できました。bloomさんの報告としぼーさんの報告どうぞごらんください。

10日「ご縁玉」の上映でした。乳がんになってしまった山ちゃん先生の最晩年を、1人のチェリストが癒しにいくノンフィション。前日、宇野先生にお聞きした「がんにならない生き方」とリンクする内容で驚きました。さしずめ、前日の勉強会が理論編で、映画が実践編。どちらか1つだけでは、私にはわからなかったに違いなく、これも「震災1年・福島」のご縁なのかと。

11日、震災の日早朝、はるばる大分からアカペラさんが深夜バスで到着されました。放射線技師として、1年前の3月に郡山でスクリーニングをされたアカペラさんは、前日に観た山ちゃん先生のご友人。そんなお話に加え、放射線についてのお話もいろいろ教えてくださり、前々日の勉強会の話とまさにリンクし、これもご縁なのだなと。

頭の中がパンパンですが、この3日間の3つのできごとは、福島放射線震災1年ご縁ということで、すべてつながっているのだと思いました。クロスし、重なり、浮き上がり、「復興にはこれがカギだ」と私が個人的に感じた事項を横断的に取り上げて、以下のようなテーマで書いとこうか?と思っています。(※予定)
参加された方は、題目で「ははぁ〜あのことを書くんだな」と、わかると思います。
 
 
★放射線解釈&対処のコツ

1.放射線は活性酸素発生源の一つ
  http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-660.html#more
2.晩発性障害は生き方で克服
3.「快」引き出しがんに対抗
    http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-666.html#more 
4.計測・開示・管理・継続
  http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-672.html
5.非常時における報道の使命
6.震災1年、福島の医師の現状報告
  http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-758.html

☆心の復興元年 

1.素人はだれを信頼するか
    http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-675.html
2.「他人様の子だけは守る」
    http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-764.html
3.非常時こそ泰然自若と臨機応変
5.「本当の被災者」見極める
  http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-761.html
6.「絆」脱し「ご縁」で具体化
http://leika7kgb.blog114.fc2.com/blog-entry-682.html

番外
・危険に傾いた友人から逃げない(近視眼的・具体的目標)
・リスクコミュニケーションとは(課題)

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