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私は、幼少のころから「昔話」が好きでした。
それから、人々が昔、のっぱらにつくったお地蔵さんとか祠とかに、
たとえようもない郷愁を感じるのですが(萌え・・・ってことなのか・・)
これは、姉と小さい頃いろいろ自転車で回った影響ですね。
(なのに、姉は理系の道へ)
飯坂温泉にはそういう素朴な信仰の形がたくさん見られます。
温泉街を見降ろす愛宕山には、一の平と二の平の広々したところに遊具があり、
特に二の平の長〜〜〜い滑り台は健在でした。(写真撮るの忘れた)
子供のころ、よく遊びに出かけました。
そして子供が生まれて小さいうち、帰省時は、遊びに連れて行ったりもしました。
最近は、帰省しても、私はほぼ、家と温泉といったりきたりのみで、
だらだらごろごろ過ごし、街中など絶えて歩かなかったのですが、
久々に冬に帰省し、雪を見たために
昔を思い出し、愛宕山に行ってみました。
山のてっぺんには御社があります。
急な階段であがるもよし、
遊具のある一の平から二の平を経由して上がるもよし、
これは二の平上の宮本百合子の碑(新しい)
↓
愛宕山の下の与謝野晶子の碑に呼応して作ったのかしら
(こちらは私が生まれた時からあった)
愛宕山山頂から見た雪の飯坂町。
右はじがホテル聚楽、
左後方の御山が、舘の山
左はじ下が新十綱橋です。
雪の飯坂は10年ぶりぐらいだなー。
愛宕山も飯坂温泉再生整備計画の一環だったのでしょう。お金かけてかなり整備してあります。けど、地震でところどころ立ち入り禁止になっていました。
←道の折れ曲がり地点に、おわしました
お地蔵様。美しきなり。
こちらは、私が幼少のころ、父と姉に連れられて愛宕山の裏部分から、いもがら山方面にゆく林の部分にございました。
赤い布をめくりましても中にはどなたも
おわしません。でもそれでもいいのです。
中が何もなくても手を合わせることのできるのが日本人の魂というものです。
山はもうそれだけで「御山」であり、(福島にも「御山」地区はありますね)
古来より、人々が敬う対象だったのですね。
あちこち、ややもするとつぎはぎだらけに見える、愛宕山の「開発」。
古いものと新しいものとが混在としたように見えますが、・・・そこがいいのです。
私のように古いものを捜しに来る人
観光客さんのように、整われた道を歩き、説明の看板を頼りに訪れる人
そういう人々が訪れ見上げることで、愛宕山はいつまでも生きた山であるからなのです。
女人禁制とか、人が入らないから聖なる地だとか、信仰の山にもいろいろあるけれど
愛宕山は雑多な文化をうけとめてそこに「動かざるごと山の如し」の、お山なのだなーと
思いました。
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2011年末・飯坂温泉
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私は福島・飯坂好きですが、だからこそ、あえて苦言も申します。
私は福島後方支援隊のつもりでいつも記事を書いておりますが、
よそから来て「あれ?」って思ったことは
地元の人にわからないこともあると思うから
直した方がいいところは、指摘するのが、外に出ている私の使命かと。
そうすることでより懐の深い観光地になってほしい願いを込めて書きます。
あとでよくなっているか、チェックしてほしいという意味を込め
ファンの方向けだけに、あえて、ここに記しておくことにします。
飯坂温泉観光協会事務局長様へ
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