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2017年9月20日?に114号が開通という話を聞きました。
福島の外にいるので、最近知りました。大変、うれしく思います。
いろんな道を回り道して浜通りに行ったときのことを思い出します。
そのときのまとめが途中だったので、急遽当時小6の三男の感想を書きます。
まとめ(2015・平成26年8月11日の旅)
遠かった〜〜今年で3回目となったこの自由研究。今回は、6号線が行けるようになり、約350キロ走り、お父さんに聞くとここから東京をすぎるそうです。
この自由研究で一番つかれたのは帰りです。道に迷ったりしたり行き止まりだったからです。被災地のようすは少しずつ回復していっていました。浪江は「除せん作業完了」と書いてある▲というのがあったので、ぼくも少しずつ前進していっているんだなあと思いました。
土足で入らない「はじめに」で書いた「はだしでしずかに入る」をぼくは、守れただろうか。浪江にあるこわれた家。ぼくが家だったらとられたくないので、しゃしんにはとりませんでした。ぱっとみはかわってなかったけど、草は、かりとられていました。
浪江東中学校もちょっと草がかりとられていたので、草をかりとるさ業をしているようです。ローソンは休業でいけなかったのは、残念だけど、そのへんに帰還拠点ができそうなのでよかったです。
阿武隈山地 人が戻っている (川内)(都路)くねくね道をぬけ道がひろくなり昔の村みたいなこうけいが目にうつりました。お母さんはホッとしたそうです。
さぎょうをしたり洗たくとしたり車がとまってたりいいかんじな場所。田んぼもきれいで米食べたいなと思いました。
都路は、昔、お母さんがきたと言っていました。車の中でその話は何回も聞きました。なつかしいと耳にたこができるほど聞きました。
ぼくは、昔ながらの生活だと思いました。
人もいるしおちつきました。
さびしそうな家々 (葛尾)そのうち葛尾というひょうじのところに入り、なんかちがうと思いました。それは人がいないことでした。家の外はロープがはってありました。まだひなん解じょされていないのかなと思いました。
帰り道、広い道なのに通行止め一番ショックだったのは、道にバリケードがはってあったことです ガーン あんなに進んでこのままいけばつくはず!!だった道で行き止まり・・・・・・・・。それらので遠回りをして帰りました。パトカーが通った時教えてくれればよかったのに・・・・と後で思いました。
この辺は葛尾役場のすぐわきの道なので村にとって大事な道だと思います。今年の春に葛尾はひなんかいじょになります。しかし道路は28年度末つまり1年後です。次の次のはるです。大丈夫なのでしょうか。
せまい道なのに通じていたお母さんはいわき駅から399号線を走っているつもりが、いつのまに夏井川けいこくのくねくね道(県道41号)に入って線路(磐越東線)の踏切を何回もわたりながら「この道でいいんだろうか」と不安そうでした。ぼくは感じなかったけれど。と中とかもっとくねくね(287)になりました。これで行き止まりだったら、Uターンできませんでした。が川内村のひょうじがでてきて安心しました。
行き6号線すいすい行くときは、すいすい。アクシデントといればゆずりあいでいっぱいゆずったこと。開通してよかったと思う。道がつながっていることは、大切です。
「すべての道は故郷(ふくしま)に通ず」を現実に!朝9時ごろ出て、家についたのは7時です。道をまちがえたり行き止まりだったり遠回りをしてやっとゴールしておじいちゃんとおばあちゃんのまっているいえにつくことができました。
「すべての道は家に通ず」です。
でも今は、通れない道がたくさんあり、ふるさとに帰るのに倍ぐらいの時間がかかる人もいるでしょう。
だから一時も早く、道を開通した方がいいと思いました。
早く、すべての道がひなんしている人の故郷に通じてほしいです。
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三男の研究(小6、2015)
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遠かった〜〜〜〜〜今年で3回目となったこの自由研究。今回は6号線が行けるようになり、約350キロ走り、お父さんに聞くとここから東京をすぎる(くらいの距離だ)そうです。
この自由研究で一番疲れたのは帰りです。道に迷ったりしたり、行き止まりだったからです。
被災地の様子は、少しずつ回復していっていました。浪江は「除せん作業終了」と書いてあるのがあったので、ぼくも少しずつ前進していっているんだなあと思いました。
土足で入らない「はじめに」で書いた「はだしで静かに入る」を、ぼくは守れただろうか。浪江にあるこわれた家。ぼくが家だったらとられたくないので、しゃしんにはとりませんでした。ぱっとみはかわってなかったけれど、草はかりとられていました。
浪江東中学校もちょっと草がかりとられていたので、草をかりとる作業をしているようです。ローソンでは休業でいけなかったのは残念だけど、その辺に帰還拠点ができそうなのでよかったです。
阿武隈山地 人が戻っている 川内 都路くねくね道をぬけ道が広くなり昔の村みたいなこうけいが目にうつりました。お母さんはホッとしたそうです。さぎょうをしたり洗たくをしたり車がとまっていたりいいかんじな場所。田んぼもきれいで米食べたいなと思いました。
都路は、昔お母さんがきたと言っていました。車の中でその話は何回も聞きました。耳にたこができるほど聞きました。ぼくは昔ながらの生活だと思いました。人もいるしおちつきました。
さびしそうな家々 葛尾そのうち葛尾というひょうじのところに入りなんかちがうと思いました。それは人がいないことでした。家の外はロープがはってありました。まだひなん解じょされていないのかなと思いました。
帰り道、広い道なのに通行止め一番ショックだったのは、道にバリケードがはってあったことです。ガーン あんなに進んで、このままいけばつくはず!だった道で行き止まり・・・。それらので遠回りをして帰りました。パトカーが通った時教えてくれればよかったのに・・・・・と思いました。
この辺は葛尾村役場のすぐわきの道なので村にとって大事な道だと思います。
今度の春に葛尾は避難かいじょになります。しかし道路は28年度末つまり1年後です。
次の次のはるです。だいじょうぶなのでしょうか。
せまい道なのに通じていたお母さんはいわき駅から399号線を走っているつもりがいつのまにか夏井川けいこくのくねくね道(41)に入って線路(磐越東線)の踏切を何回もわたりながら「この道でいいんだろうか」と不安そうでした。ぼくは感じなかったけれど。と中からもっとくねくねになりました(287)これで行き止まりだったらUターンできませんでした。が川内村の表示が出てきてあんしんしました。
行き6号線はすいすい行くときはすいすい。アクシデントと言えばゆずり合いの道でいっぱいゆずったこと。開通してよかったと思う。道がつながっていることは大切です。
「すべての道は故郷に通ず」を現実に!朝9時ごろ出て家についたのは7時です。道をまちがえたり、行き止まりだったり遠回りをしてやっとゴールしておじいちゃんおばあちゃんの待っているいえにつくことができました
「すべての道は家に通ず」です。
でも今は通れない道がたくさんありふるさとに帰るのに倍ぐらいの時間がかかる人もいるでしょう。
だから一時も早く道を開通したほうがいいと思いました。
早く すべての道がひなんしている人の故郷に通じてほしいです。
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第1位 葛尾から浪江のつしまにいく399号線で行き止まり
第2位 福島の道の駅行ったら休み
もう一つのみちの駅に行ったらのこりはわずか
第3位 浪江のローソンに行ったら休業だった
第4位 葛尾に人がいない
第5位 昼食を食べるところが見つかるのが遅くなった。
だてから帰ったら遠回りだった
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写真の電池がなくなってしまいとれませんでしたが、葛尾村にも行きました。前の都路とあまり変わりはなかったけれど、よく見ると家にテープがはってありました。まるで人が住んでいませんでした。だから葛尾村はまだ完全に復活してなく作業に取りくんでいないのかなと思いました。
葛尾村については線量が0.449といがいに低いのでもうちょっと早く帰ってこられるんはないかとぼくは思います。
新聞によると避難解除が28年春なので、あと半年です。いまとまっている人もいるようです。1360人住んでいて、99人が泊まるしんせいを出しているそうです。
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4 浪江浪江にオープンしたローソン。ぼくたちがいったときは休みだった。日曜日だったので。
草がなくなっている。「除染完了」と書いてある。
浪江東中学校
2年前
せんりょうも低くなってきてついにかんこうこう流と復興情報の発信きょてん施設ができそうで、どんどん発てんしていってほしいです。
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