ばあちゃんの思い出

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ばあちゃんの誕生日に

春の女神がほの見えるいい季節に♡

3月10日はばあちゃんの誕生日。ばあちゃんは1915(大正4)年に生まれました。生きていれば103歳。卯年、うお座のA型です。どれをとっても、やさしくてこまやかで、ていねいで=つまり「までい」な女性と言えると思います。

ばあちゃん子だった

いつも書いていますけど、うちは母がフルタイムで働いていたため、幼少の私はいつもばあちゃんと一緒にいました。母の実の母親なので、母もストレスなく、家事や子育てを同居のばあちゃんに任せていたのだと思います。働く女性の方たちとしてはベストな形ですね。

明治最後の年1911年誕生ですが、「明治の男」を誇りとしている祖父は、軍人だったこともあり、非常におっかない存在でした。でも初孫の姉はなついており、私は近寄りがたく、となると向こうもあまりかわいがらず、どうも苦手としていました。その分、ばあちゃんに甘えるわけですな。

お茶のみに

ばあちゃんと夕方切湯に行き、その帰りに、ばあちゃんは、仲良しの魚屋のおばちゃんの家に立ち寄っていました。2歳か3歳ごろの私は、ばあちゃんに連れられて魚屋さんに行った覚えがあります。さかなやさんと言っても、だいぶ前に廃業していたはずなんですが、ずっと「さかなやさん」て言っていました。

そこで、私はよく歌を歌っていたみたいで、「魚屋のおばちゃんは、お前の『知床の岬に・・・』がうまいうまいってほめてたぞ。また今度聞きたいってよ」などと言われたことが心に残っています。この歌は当時の私のおはこだったようです。今もこの歌を聞くとばあちゃんと魚屋のおばちゃんを思い出します。
魚屋のおばちゃんも、うちのばあちゃんと同じくいつもにこにこ、ふくよかな女性で大好きでした。

白菜の漬物

ばあちゃんはよくお茶のみに行ったり、家にもお茶のみにおばちゃんらが来たりしていたと思います。その時、お茶うけにきれいに盛り付けられた白菜の漬物が、今でも、うまかったと思い出します。自分でもたまにまるまる1個を買って、4つに割いて、天日干しして、それから漬けたりしたこともありますが、ばあちゃんのつけた白菜の漬物のようにはいかないので、最近は違う作り方にしています(4つ割りか半分のを買ってきて、葉先を中心に刻んで、昆布・はちみつ・塩・醤油で袋に入れる。食べ切りサイズ)。

もしかして、味の素かなあ・・・・。ほんとばあちゃんの漬物うまかったんだけど、ばあちゃん味の素好きだったからな。昔・・・・あれよくかけてましたよね。しかしなめてみるとなんだこりゃ?な味で・・・。今もあるんでしょうかしら。

夕飯にはばあちゃんの白菜漬けが冬は必ず出ていたな。あれでくるくるとご飯を巻いて食べるのがもうこでらんにんです。しかしあの長い白菜漬けが噛み切れず、のどにつっかかって、父に逆さづりで背中たたかれて、何とか一命をとりとめたことが2回か3回?けっこうあって 思い出すわー
私が今つくる白菜漬けは、短いから。のどに詰まんないから。

抱っこされて寝る

私は、母、父、と3人で川の字になって二階に寝ていましたが、夜、母が集まりなどで遅いとき、ばあちゃんが添い寝してくれました。これはどっかで書いたことがあったんですが、ばあちゃんのずぼんの中に、私のひゃっこい足を入れさせて、あっためてくれました。私はけっこうな年まで、川の字で寝ていました。

うちの息子たちとは小学入学早々に離れて寝せたので、(夫がそうすべきだと言った)、自分はかなりの年まで甘えていたことを振り返るに、子供だちがなんだかもごせなぁという気がしましたが、男の子はそういうもんかなーと思っています。

寝るときに、ばあちゃんは、「ねんねんころりよ」の歌も歌ってくれましたが、それ以外に「くちなしの花」「北の宿」「女の操」なんかを歌ってくれました。私もすぐ覚えて、そのころの記憶ってたいしたもんで、今でも空で歌えます。しかし女の操なんかの歌詞は実はヘビーでしたね。「あなた〜の〜ため〜に〜まもり〜とおおおした、おんなぁの〜みさあああお〜〜」とか・・・・、「まんもぁり〜」のところは絶叫していた記憶がある・・・・魚屋のおばちゃんの前でも間違いなく歌ってましたね。どう思われてたんだか・・・ 私は昔から、歌詞はスルーの人間でした。子供心にいい曲だなと思ったんですよ。




まあきょうはこんなところで。

命日に

きょうは、祖母の命日です。2月22日、今でも私には、寒くて、暗いイメージのある数です。「猫の日」などと世の中は浮かれていますが、ゾロ目は、縁起が悪いと思っています。その数年前、「矢野目のおばやん」と呼んでいたばあちゃんの姉が、同じ日に亡くなりました。本日の浜松は暖かく、12度まで上がりました。同じ2月22日なのに、えらい明るい一日だよなぁとぱんぱんになった布団を取り込みながら思います。

入院〜転院

祖母は、胆石持ちで、血圧も高く、ぽっちゃりと太っていました。ある時から、胆石が痛むので、秋月医院というところに入院しました。私は高1で、御山に住んでいる友達の自転車の後ろに乗せてもらって、お見舞いに行きました。「二人乗りは犯罪」などと言われない平和な時代です。ばあちゃんは夏ミカンが食べたいというので、(今でいう八朔かな?)よく買って持って行った覚えがあります。同室の患者のおばちゃんたちに「いいない、まごさんお見舞いに来てくっち」と言われていました。それから岩代清水か、泉駅から飯坂電車に乗って帰ってきました。

その後、ベッドに空きが出たというので、医大に転院しました。手術したほうがいいか、検査するというのです。

原町から祖母の妹が来て、付き添いをしてくれていました。1週間ぐらいたって、そろそろ帰るかといった朝、急変の連絡が来たんです。胆石なのに、なんで、まさか、という気持ちでした。

永訣の朝

病室に行くと、心臓マッサージみたいな、ああいう感じでした。イメージは、数年前に33歳で亡くなった叔母の最期と同じような感じで、まさか、まさか・・・という感じでした。昭和60年2月22日、午前8時33分、亡くなりました。寒く、地面が凍っていたように思います。でも空は青かったのです。福島で空が青いってめったにないような気がするので、これは間違いかどうかもわかりません。「なんでこんな日に、空は青いんだべ」と思ったのかもしれません。それとも、叔母の死んだ真夏の朝の青い空と混同しているのかもしれません。

その日は3学期末テストでした。私は休むつもりでしたが、母と姉に、「日にちを変えて受けると、7割か8割の点数でしか評価されないから、行け」と言われて、行きました。つくづく、情に流されない家族です。

その後、親戚が続々来たのですが、3つ下のいとこにあとで「家の前に言ったら、〇〇ちゃんが泣きながら出てきて、ドラマみたいだと思った」と言われました。

がんだった

死因は、死んでからわかりました。医大側から、解剖したいと申し出があって、その結果初めてわかったのです。今よりも死後解剖は一般的でない時代でした。祖父が受諾したから、わかったのです。開いてみたらがんでした。死んでからがんだとわかってよかったと、母に言った記憶があります。もし、当時の不治の病であるがんを、大好きなばあちゃんが患っていると知ったら、私はどうにかなってしまうと思ったのです。

今思うと、胆石で痛いのではなくて、がんで痛かったんです。さぞかし、痛かったんだろうと思います。30年後の今ならば、わからないことなんてありえないでしょう。

残り香

ばあちゃんが死んでから、押し入れの着物や上着や何やかやが入っているところをあけたら、ばあちゃんのにおいがしみ込んでいると気づき、衣類に顔を埋めてくんくんと息を吸いました。死んでも、ばあちゃんがまだここに残っていると、うれしくなりました。だけれど、しんしょもちの私は、しょっちゅう押し入れを開けるとにおいが飛んでしまう、だから、たまーにあけて細く長くいつまでも、においをかごうと思いました。

それから何日かたって・・・においをかぎたいけれど、もうちょっと我慢・・・それで、今度はいいかな?と思って、わくわくしながら押し入れを開けて鼻を押しつけたのに、においがしなくなっていていました。衝撃を受けました。時間がたつと人のにおいまでなくなってしまうのか。こんなことなら、死んですぐから、毎日毎日においをかいでおけばよかったと、後悔ばかりです。またそこで泣きました。

少しだけ救われた

浄土真宗のお坊さんが、お通夜やお葬式、法要で「朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。 既に無常の風来たりぬれば、すなわち二つの眼(まなこ)たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて・・・」と必ず説教します。このところを聞くたびに、ばあちゃんのふっくらとしたほっぺたを思い出し、またメソメソ泣いてばかりいました。

ばあちゃん子だった私は、喪失感が強すぎて、お坊さんの説く世界観が心に深く染み入り、すがりたくなりました。ひとりで、お寺に出かけて、入門しようかと思ったのですが、門の中に入る勇気が出ません。すごすご帰りました。何回か繰り返しました。今も帰省して、近く通ると思い出すのですが、近くにあったセブンイレブンが今はもうつぶれてなくなってしまいました。

それが母にばれて、「宗教に入るなんてとんでもない」と言われました。

今、浄土真宗について興味がわいていて、でも、なかなかわからなくて。あの時、仏門をたたいていたら深い理解にたどりつけたのかなあなどと思います。


(宮本常一「母の思い出」「母の記」というすばらしい文章があります。私も、そのように思い出を記しておこうと思いました。きょうは、祖母の命日なので、始めてみました。また、いろいろなことを書き留めておくつもりです。でも案外、書けることって少ないですね。個人的な話だし、自分や家族のために書くだけなので、一応限定エントリにします)

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