|
この話、すいません前このブログで書いたかどうかすっからっと忘れていますが・・・・下書きで流れた可能性もあるので、一応もう一度、ちゃんと書いておきます。
このブログはもともと、飯坂温泉にある4つの共同湯が廃止になるのを
阻止しようとした私と当時小学生の長男が作ったレポートを、ネットに書き写しておこうということで始めたものです。
その時、長野県の茅野市という諏訪湖と八ヶ岳の間の温泉もあるとこに住んでおり、地元・諏訪茅野と、飯坂を比較する上で、日帰り湯のことを「共同湯」と呼称することに(勝手に)決めました。
それで、題名が「なくさないで 飯坂温泉 共同湯」です。公衆浴場や、共同浴場や日帰り温泉やいろいろのすべての、「旅館ではなくて、立ち寄って入れる温泉」というのを包含した意味として「共同湯」とするほうが普遍的だと思ったからです。
本当は、飯坂の日帰り湯は「飯坂温泉公衆浴場」というのです。でも私の感覚として、「公衆」とくると「公衆便所」につながるイメージがあり、固有名詞ではあるが、あえて使わなかったという本音があります。
それがいつの間にか、飯坂のHPなんかを見ると「飯坂温泉共同浴場」となっています。
|
共同湯の湯煙
[ リスト | 詳細 ]
飯坂温泉には共同湯が9湯あります。現在は波来湯が改修工事に入っているため8湯となっています。どれも素朴で昔ながらの、シャワーやカランなどのない洗い場となっていますが、たまにはそんな空間でゆったりあたたまってはいかがでしょうか。大人200円、子ども100円です。ここでは、私自身、またブログお友達が撮影した湯煙漂う共同湯を紹介しています。波来湯は最後の姿となっています。
|
MASAさんの「切湯あれこれ」に出ていた一見アートの家の形。また撮ってみました。
蔦がふえて・・・いよいよおどろおどろしく。。。
少し前、出口のお湯から泥状のものが出てきて、お風呂がお休みになったことがあったそうです。
出口のところに、網状のもので受けていたときもありました。
が、今はお湯は透明で美しいです。
熱い。
にょんにょさま→
ただいま。
|
|
昨日、温泉情報も満載、情緒あふれる記事を書かれるhiroさんのブログ「歴史と旅のダイアリー」から、新着記事タイトルが目にとまりました。
飯坂温泉【大門の湯】リニューアル大門の湯の、浴槽のタイルがはりかえられるなど、整備されたという記事です。
それが、今はちょうど桜の季節。美しい桜の写真がまず目に入りました。これを見て、「そういうことか!!・・・・なるほど・・・・これは確かに、こでらんに美しさだ」と思ったことが。
hiroさんの記事をトラバもしてご連絡したのですが、前、長男が小学生のころ、大門の湯をいつも利用する方のお話を思い出したのです。
過去記事に書いてありますが ↓ ↓ ↓
「なくさないで飯坂温泉共同湯」小3長男の夏休み自由研究より【7】 hiroさんの撮られた写真・・・ほんとうに桜が美しいですね〜〜〜!!!
こりゃ、今の季節は最高でしょう。まだ桜は残っているでしょうか?
(※このとき、大門の湯含め切湯、波来湯、十綱湯の4湯が廃止される予定でした)
桜と温泉・・・・風流ですね。
私も、大門の湯の気分を少しでも味わいたいと思って、極楽湯に行ってきました(桜の花がたくさん散り始めていました。湯舟にまではいかないけれど、駐車場は花びらの時雨のようでした)。
hiroさん、ベスト・タイミングの記事&写真をありがとうございました。
|
|
よらんしょさんの記事☆飯坂の歴史年号表☆ からです。 この絵はいつも緻密ですね・・・ 椎野さんが、恒晴さんの企画で作られた 飯坂かるたも、椎野さんの絵ですよね。 火事がいっぱいあったのですね・・・ 共同湯&火事(最後のは追加)、ピックアップいたします。 110年 『鯖湖湯』日本武尊が東征のおり、 「さはこ(アイヌ語)」の地の湯に入浴したと伝承される。 798年 『波来湯』開湯 801年 坂上田村麻呂が蝦夷(アイヌ)(現・・北海道)を平定する。 (伝承) 彼により、波来薬師が建立される。 (伝承) 波来湯の開湯は、彼らの兵の負傷を癒すため。 1618年 『仙気の湯』発見。昭和42年 湯野橋本より移転 1624年 『切湯』 発見。 切傷に効果あるので有名 1689年 5月2日 松尾芭蕉と曽良が訪れ、宿泊 1789年 『穴原湯』開湯 1805年 『天王寺の湯』 藍原清吉・佐藤孫兵工が開湯 1888年 飯坂大火(湯町より出火) 鯖湖湯も焼失 1889年 鯖湖湯再建。 飯坂町誕生 1944年 7月1日 飯坂大火。(湯野から出火)温泉街炎上 1962年 3月31日 『八幡湯』『大門湯』『導専湯』開湯 1968年 3月31日 『十綱の湯』 開湯 1994年 12月21日 若喜本館火災。死者5人 2007年 若喜本館跡地撤去作業 2008年 4月1日 若喜本館下の波来湯、取り壊しのため休業 2008年 8月19日 波来湯、解体 2010年 4月 新波来湯 リオープン予定 【コメント】 ベリーナイスです(^0^) 追加ありがとうございます☆ 年号を書くと自分の頭の中がすっきりできたので良かったです。 飯坂かるた を知りたいんですが・・。どこへいったら現物と出会えますか?!
2008/9/12(金) 午後 11:13 [ - ] 返信する かるたそのものはどうなんでしょう、私は実家に、薄緑色の表紙の冊子があったので、もってきてしまいました。配布されたわけではないのかな?すごく緻密でおもしろいですよ。 佐藤恒晴さん(前の代議士さん)が企画したので聞くとわかると思いますよ! 2008/9/13(土) 午後 6:12 [ iizakaumare ] 返信する あれが、噂の飯坂かるた なのでしょうか?! あの本、じゅらく で800円くらいで販売されています(^^) |
|
2008年3月31日を持って、いったん休止する波来湯にも 行きました。 当初は廃止かと思っていたのですが、 新しく生まれ変わるという構想と知ってほっとしましたが、 懐かしいちゃんこちゃんこ(階段)の風情が消えるのは なじんできた身には寂しいものです。 波来湯の上部脇にあった若喜旅館が 5人の死者を出す火災に遭い、幽霊屋敷のような状態で 長いこと鎮座していました。 それが、1年ほど前、市の助成や募金により約1億円をかけて撤去。 新しく整備しなおすため、現在は、波来湯に降りて行く脇が 板などでガードされて、いかにもむき出しの状況でした。 でも、その板には、飯坂や波来湯の由来などを書いた パネルが掲げてあったりしました。 ちゃんこちゃんこ階段も、以前の石ではなくなっていました。 幅もかなり狭い状態でした。 右側に、以前廃墟の旅館がありました。 ここで半分。右側は事務所。 このへんからは、ちゃんこちゃんこの幅は以前と同じ。 波来湯薬師。 この波来湯は日本武尊開湯、飯坂でも一番古いと 言われています。 切湯の神様は湯宿の突き当たりでしたが、 こちらは、いったん下がってからまた別の急な古びた階段を上がり、 摺上川を見下ろす位置に鎮座しています。 改築工事の後どうなるのか・・それが心配です。 湯と神様は密接な関係があるもの。 大切に後世に引き継いでほしいです。 入り口です。 こちらが脱衣所。切湯に比べると広々です。 この台に赤ちゃんのころ、子どもを寝かせておいて 私は湯船に入っていたら、「どだーん!!」とすごい音がして なぜか落っこちていました・・・。 ドアは女湯側から男湯に開けられます。 小さいころ、男湯にいる父のところに出入りしたりしました。 これが湯船です。 飯坂の共同湯は切湯、天王寺湯を除いてほとんどが この「波来湯型」と聞いています。 真ん中の筒状のところから普通はお湯が湧き出るのですが、 波来湯(女湯)は私が幼少のころより、上の管から流れてきました。 この管は、上の窓から通ってきます。 壁の向こうが男湯です。 湯温計。だれもいない状態で46度でしたので、 ちょっと熱すぎますので・・・水うめました。 これが管理室の屋根で、お風呂はもっと下になります。 この右隣部分が、旅館跡。 ここに親水公園ができる予定です。 新波来湯とどのように一体型なのか、まだわかりませんが、 飯坂温泉駅から見えるよう、ちゃんこちゃんこで降りる場所ではなく 地上に上げるそうです。 【コメント】 波来湯薬師の写真が横になってしまってます・・ この状態から修正ができません。 2008/4/6(日) 午後 10:08 [ iizakaumare ] 返信する 今回は切湯と十綱湯に入ってこようかと思ってます 波来湯はまた次回に楽しみをとっておきます 2008/4/7(月) 午後 6:52 [ lenontukui ] 返信する どんなふうになるんでしょうね〜 十綱湯ですか!これまた渋い・・・ ここが一番、住宅街のなかにうもれていて、まさに地元の生活湯という趣です。中に入れば、波来湯とか仙気とかと同じようなはずですけどね。花水坂からすぐですもんね。 十綱湯は、今姉の住居からすぐなんですが、姉はまったく内風呂主義です、(同じ姉妹でどうしてこうもまた違うか・・・) 昔、そこに今はなき叔母一家が住んでおり、小さいころからよく行き来していて、十綱湯にもよく入りに出かけました。 もう何十年も行ってないので(・・・)lenontukuiさんの記事、楽しみに待っていますね〜♪ 2008/4/8(火) 午前 10:32 [ iizakaumare ] 返信する 縦画像が横になっているのは、PCに取り込んでから その画像に右クリックを当て、画像を回転させる・・・というところをクリックします。 簡単に出来ると思いますので やって見てくださいね。 2008/4/11(金) 午後 8:29 返信する もうアップしてしまったものはだめですよね。。。 なおそうとすると、全部画像を始めから打ち直す気力がなく・・・ 2008/4/12(土) 午前 11:25 [ iizakaumare ] 返信する iizakaumareさんの足跡をたどるような散策でした 切湯、仙気の湯、大門湯、十綱湯に入浴できました 十綱湯、仙気の湯、大門湯は地元の密着した共同湯ですね 大門湯はいずれ無くなるとのこと、その時も車で来た足のご不自由なおばぁちゃんの手を携えた娘さんが入り口で介助してました 仕事がらスロープを作るなり高齢者でも安心して入浴できる環境が欲しいと思いました 入り口付近の桜が満開でした 2008/4/14(月) 午前 5:49 [ lenontukui ] 返信する 次々楽しみにしていますね。 それにしても、、件、1枚足りませんでしたね!!ごめんなさい・・・いっぱいいれればよかったなぁ! 仙気は熱かったでしょう・・・ 大門は桜がほんとうにきれいと、利用者の方から聞きました。窓を開けてると湯船に花びらがひらひらと・・・はありませんでしたか。 大門はなくなる話がいったんおさまったものの、近くに老人福祉センターだかがあって、それと重複するからどうの、という話を当時聞きました。 鯖湖湯改築の折、鯖湖湯と透達湯が近くにあるので片方をつぶしたというのと同じ考えです。透達湯は、一番広々としたつくりで、他の湯と一線を画しているような雰囲気で好きでしたが・・・。 バリアフリーのお考え、さすがlenontukuiさんですね。教えていただきありがとうございます。 2008/4/14(月) 午前 9:59 [ iizakaumare ] 返信する 2008/5/22(木) 午後 8:50 返信する 波来湯の並びの旅館に泊まると、切湯の窓が開いてると・・・女湯は危険なのです。 2008/5/22(木) 午後 9:06 [ iizakaumare ] 返信する 時代の重みをとても感じます。 なくなるのは寂しいですが、リメークを待ち遠しいです!! 時の流れはある意味仕方がないかも知れませんね^^ 2008/9/9(火) 午後 4:11 [ - ] 返信する 記録と記憶に残して、新波来湯を待ちましょう! これが、2年前のように、「利用者減で赤字だから取り壊す」でなくて、ほんとうによかったです!生まれ変わる希望がありますから。 2008/9/10(水) 午後 1:21 [ sal*l*231* ] 返信する 今昔がよくわかります。 2011/8/27(土) 午後 7:40 返信する ここ十数年、二十年ほどのことしか今では知られていないと思いますが、ほりさげてみるとおもしろいですよ。 2012/5/14(月) 午前 0:00 [ ラブリ ] 返信する 2012/5/14(月) 午後 7:56 [ iizakaumare ] 返信する https://twitter.com/joji0980/status/214034531827724288 懐かしいですね! 2012/6/17(日) 午前 1:48 [ じょうじ ] 返信する もしご存知でしたら、ここの社長さん、奥さん、あと一緒に住んでいた私の兄である方の 所在を教えていただけませんか? 宜しくお願いします。
2012/11/19(月) 午後 2:41 [ ヨウスケ ] 返信する (非常に遅れててすみません。。。)もう今はないので、撮っておいてよかったです。 2012/11/20(火) 午前 9:38 [ iizakaumare ] 返信する 若喜本店の社長さんということでしょうか。おそらく、どなたもわからないと思います・・・。ご本人の所在が分からなくてとり壊せず、カンパ中心に9千万円を集めて取り壊したと聞きましたので・・・。 2012/11/20(火) 午前 9:40 [ iizakaumare ] 返信する このブログを旅館に携わった方が見ていて、 コンタクト取れれば、と思っております。 2012/11/20(火) 午後 2:06 [ ヨウスケ ] 返信する 2014/10/29(水) 午後 2:33 [ 私も飯坂生まれ ] |






