|
再びボスニア・ヘルツェゴビナ。今回は、首都サラエボのラティンスキー橋 Latin Bridgeを訪れた。この橋の誕生は1541年で、サラエボ市内を流れるミリャツカ川にかかる橋の中で最も古い。オーストリア皇太子が暗殺され、第一次世界大戦のきっかけともなったサラエボ事件の現場でもある。前回のモスタル橋と同様、1990年代の内戦で破壊。ユーゴスラビア時代はプリンツィプ橋と改称されていたが、ボスニア・ヘルツェゴビナ建国後に再建され、元の橋の名前に戻された。サラエボの歴史を語る生き証人でもある。 |
ボスニア・ヘルツェゴビナの橋
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
ボスニア・ヘルツェゴビナの内陸にある小さな町モスタル。その市内を二分するNeretva渓谷に架かるのがモスタル橋 The Mostar Bridgeである。長さ約30mの小さなアーチ橋だが、この橋の完成は1566年と古く、世界遺産にも指定されている。ただし、現在の橋は、2004年に再建されたもの。1993年、旧ユーゴスラビア内戦により破壊されたためである。町には依然銃弾の跡や崩れた建物が散見されるが、橋周辺は観光地化され、真新しい道路に店やレストランが軒を連ねている。静かなたたずまいを想像していたが、クロアチアのリゾート地から日帰りツアーのコースとなっていて、観光客で溢れかえっていた。 |
全1ページ
[1]




