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1:00:33〜

「虎ノ門ニュース」(平成30125日)で「昭和の英雄が語る大東亜戦争偉大なる記憶」として、井上和彦氏が元海軍士官の深井俊之助さん(104歳)にお話を伺っていた。
 
今では当時を戦った方が非常に少ない中、大変貴重な証言である。
 
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昭和17年、第三次ソロモン海戦はガダルカナル島の付近で行われたが、深井さんはこの戦いで戦っていた。
 
「ソロモン海戦がミソだった。あれで負けて飛行機がなくなったから、あとはズルズル負け戦ばっかりだよ。悔しい、とっても悔しい・・・」と、今も悔しそうに語る深井さん。

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戦後日本はマスコミはじめ政治家も「反省」ばかりだが、昔の日本人、特に戦った軍人の本音は違う。
 
「悔しい」。これである!
 
これが真剣に戦った日本人の本当の言葉だと思う。今を生きる日本人として、この短い言葉の意味をよく噛み締めたい。
 
そして、レイテ沖海戦。深井さんは戦艦大和に副砲長として戦い、米国の駆逐艦2隻を轟沈させた。そしてレイテ島の外にある小さい島に戦艦大和をのし上げて、大和の砲弾をマッカーサーに撃ち込んでやろうとした。
 
深井さんは23発撃ったらマッカーサーは必ず白旗あげる。そうしたら停戦して、あとは外交交渉で講和の道を探る。日本はあんなに広くいらないんだ。アジアの占領地もみんな独立させればいい。日本がいるのは油だけなんだ」と、軍人として有利な条件で戦いをやめて、講和条約で終戦したかったと言う。
 
「日本軍は好戦的」というのが創られた嘘ということがわかるであろう。
 
ここで井上和彦氏は深井さんに「命を賭してレイテに突入を覚悟された。どんなお気持ちで戦われたんですか?」と聞くと、深井さんはこう答えた。
 
「なにしろ国を守らなければいけない。国を守るにはどうするかってことが頭の中にあってね、他のことは何も考えていなかった。
俺は死ぬんだと本当にそう思っていたんだよ。そうすれば家族も一般の人達も安泰になれる」
 
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実は、深井さんは海軍として昭和12年の南京攻略戦にも参加されていた。これも歴史的には非常に貴重な証言である。
 
「南京陥落して10日くらい経って我々が視察に行った時はね、中国の子供達が日の丸の旗を作って、それを振って歓迎してくれたんだよ。

後から『虐殺があったぞ』なんて言う話が出て『そんな馬鹿なことあるもんか』と言ってね。実際に僕らは子供に向かって『ああよしよし』なんてね。子供が街に出て旗振って遊ぶくらいだから静かなもんだったんだよ。

支那は略奪をやるからね。強姦平気でやるからね。日本人はしないからね。だから日本人はその頃には歓迎されていたんだ」
 
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TBS「報道特集」よ、NHKNHKスペシャル」よ、こういう真実を流すのが本当の報道である。

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『大東亜戦争 失われた真実
―戦後自虐史観によって隠蔽された「英霊」の功績を顕彰せよ!
著者 葛城奈海 奥本康大

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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靖国神社で“新聞紙”燃える 中国人男逮捕「南京事件に抗議」
12日朝、東京の靖国神社の敷地内で新聞紙のようなものが燃え、現場にいた中国人の男が建造物侵入の疑いで逮捕されました。男は「南京事件に抗議する」という内容が書かれた旗を持っていたということで、警視庁が当時の状況などを調べています。

12日午前7時ごろ、東京千代田区の靖国神社の敷地内の賛同で新聞紙のようなものが燃えているのが見つかり、駆けつけた消防によって消し止められました。建物に被害はありませんでした。

現場には男女2人がいて、神社の警備員に取り押さえられ、このうち中国人の郭紹傑容疑者55)が建造物侵入の疑いで逮捕されました。

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これまでの調べで、郭容疑者らは「南京事件に抗議する」という内容が書かれた旗を持っていて、火をつける様子を撮影していたということです。警視庁が当時の詳しい状況や日本に入国したいきさつなどを調べています。

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香港に拠点を置く団体は、団体のメンバーが12日朝、靖国神社で日本に対する抗議活動を行ったことを明らかにするとともに、抗議活動の様子を写したとみられる映像を公開しました。
 
この団体は、過去にメンバーが沖縄県の尖閣諸島に上陸したことがある「保釣行動委員会」です。
 
団体によりますと、日本時間の12日午前6時半ごろ、55歳のメンバーの男が靖国神社の敷地内で東条英機元首相の名前が書かれた紙を燃やし、「軍国主義を打倒せよ」などとスローガンを叫んだということです。
 
男は、26歳の女性メンバーと2人で11日に香港を出発し、14日まで東京に滞在する予定で、中国の南京で旧日本軍が多くの中国人を殺害したなどとされる「南京事件」から81年となる今月13日に合わせて抗議活動を行うことにしていたということです。(平成301212 NHKニュース)
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NHK「新聞紙が燃える」「南京事件に抗議する」「中国人の郭紹傑容疑者」とテレビで報じた。

しかし上の記事の半分より下に書いてある「東条英機元首相の名前が書かれた紙を燃やし『軍国主義を打倒せよ』」やこの犯人らが尖閣にも上陸した反日組織「保釣行動委員会」ということは報道せず、しかもネットでバレている犯人の顔も報じなかった。

しかもこのシナ人が持っていた旗には「南京事件に抗議する」ではなく「南京大虐殺を忘れるな」と書いてある(トップにある画像)。


更には「東条英機の名入り位牌」を燃やしていたのに「新聞紙」と報道した。


大事な部分を捏造して報道をするNHKの姿がまた浮き彫りとなった。


しかし、いくら隠しても今の時代にはすぐにバレる。
 
この「保釣行動委員会」は“香港の団体”と言われるが、それもカムフラージュで、実際はシナ共産党の組織で、資金もシナ共産党が出して反日活動している団体である。
 
今回、「保釣行動委員会」が公開した動画に一部始終が映し出されている。
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この動画を見れば、シナ人の横断幕には「南京大虐殺を忘れるな  日本政府の責任を追及する」と掲げて、「東条英機」の”位牌”を燃やしていることがわかる。
 
しかし、これは辻褄が合わない。
 
まず彼らが言う「81年目」の1213日は「南京陥落の日」である。シナはこの日に虐殺があったから「南京事件」と言っているが、虐殺の証拠なんか何一つないから「事件」ではなく「南京陥落」が正しい歴史である。
 
この南京陥落時の司令官は松井石根大将である。この時、東条英機大将は関東軍参謀長で満州におり、南京攻略には関わっていない。
 
にもかかわらず「南京大虐殺を忘れるな」と言って「東条英機」の位牌を燃やすのはトンチンカンである。
 
お前達シナ人は「南京」とか「東條」とか「責任」とか「賠償」と言えば日本人が大人しくなると勘違いしていないか?
 
本当の歴史も知らずに、我々の英霊の魂が宿る編△亮劼如△前達のクソのようなパフォーマンスのためにボヤ騒ぎするなど絶対に許されない!
 
「軍国主義を打倒せよ」と言うならば、お前達の国に戻って習近平に言え!
 
シナがやっていることこそ「軍国主義」と言うのだ、よく覚えておけ。

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著者 葛城奈海 奥本康大


転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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“国がさくらの花ならば、ひとりひとりが花びらだ 輝く誇りを持っている”
 
これはシンガーソングライターの山口采希さんが歌っている国民の歌「若い日本」である。
 
“輝く誇り”とは何か。・・・
 
爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも
 
これは昭和20年の停戦時の昭和天皇の御製である。
 
この御製が国民に紹介されたのは昭和43年であるから、この時、国民は誰も知らなかった。
 
昭和20814日の御前会議の陛下の御発言「朕の一身は如何にあろうとも、これ以上、国民が戦火に斃れることは忍び難い」を翌815日の新聞各紙が報じた。
 
この御発言が先ほどの御製に繋がり、そしてこれを実践されたのが927日のマッカーサーとの会見であった。
 
「自分はどうなってもいいから、国民を救ってほしい」
 
陛下は国民の知らないところで、国民のために命を差し出されておられた。
 
昭和20128日、大東亜戦争開戦と同じ日であった。手に鎌などを携えた青年達が皇居にやって来た。
 
当時は食糧難で自分が生きるか死ぬかの時に、皇居が荒れ放題と聞いて、宮城県から60名の青年達が上京して清掃奉仕した。
 
数日間、青年達は凄まじいばかりの奉仕ぶりであった。
 
彼らのことは早くも陛下の耳に入り、「一同に会いたい」とのお言葉があった。皇居内でこういうことが行われるのは前例がなく初めてである。

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陛下は奉仕の労をねぎらわれ、「郷里の農作はどうか」「肥料の配給はどうか」「地下足袋の配給はあるのか」と次々質問された。
 
さらに10分ほどお話をされた後、最後に「何とぞ国家の再建のために、たゆまず精を出して努力してもらいたい」と仰せになり、一同とお別れになられた。
 
天皇陛下と皇后陛下がもとの道を三十歩ほどお歩きになられた時、突如、奉仕団の間から「君が代」が奉唱された。
 
当時、占領軍が国旗・国歌をやかましく取り締り、誰も口に出来ずにいた「君が代」を歌い始めたのだ。
 
この歌声に陛下は急に立ち止まられ、背中を向けたままじっと聞いておられた。
 
すると今度は青年達の歌声が嗚咽の声に代わり、しまいに歌えなくなってしまった。
 
嗚咽の声を聴かれて陛下はその場で何度も何度もうなづかれて、そして歩いて行かれた。

 

戦時中は二十歳になるかならずの多くの若い編△良霓傭は「私」を捨てて国のために殉じた“無私”であった。この奉仕団の青年達も代価や報酬を求めない“無私”である。そして「わが身がどうなろうとも、国民を救いたい」と言われた陛下もまた“無私”であられた。
 
輝く誇りは、この“無私”である君臣一体の国柄にあるように思う。
 
 
 
「若い日本」
 
一、 日本はいつでも若いのだ 国がさくらの花ならば
ひとりひとりが花びらだ かがやく誇りを持っている
気高い理想を持っている 咲こう 咲こうよ 咲きとおせ
日本よ 日本よ われらの日本
 
二、 日本はいつでも進むのだ 国が火を吐く島ならば
ひとりひとりが溶岩だ 燃えたつ意気と情熱で
世紀を超えて進むのだ
燃えろ 燃えろよ 燃えとおせ
日本よ 日本よ われらの日本
 
三、 日本は大きく伸びる樹だ たまに嵐に折れたとて
若い芽がある 枝がある
がっちり組んで堂々と 世界の上に伸びるのだ
伸びろ 伸びろよ 伸びとおせ
日本よ 日本よ われらの日本




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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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