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【動画】元TBSアナ・鈴木史朗氏「北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事がない」@南京戦の真実を追求する会
元TBSの鈴木史朗アナウンサー
「北京と天津に7年間いましたが、日本人からも中国人からも南京事件の話は聞いた事がない」
「日本兵は清潔好きなので、蚤、虱、南京虫が移ってしまうので、女性に乱暴するということは全く無かったと考えて良いと思う」





https://twitter.com/Jon2hz7wo5iQ/status/1073795603157532673
チャンネル写楽TV‏ @Jon2hz7wo5iQ
南京戦の真実を追求する会
第九回講演会
元TBSアナウンサーの鈴木史朗さん


#南京事件 #南京戦 #鈴木史朗 #阿羅健一
(動画)
13:23 - 2018年12月15日



元TBSアナウンサーの鈴木史朗さんによる素晴らしい講演だ!

上掲したツイッターの動画で、鈴木史朗さんは「北京と天津に7年間いましたが、南京事件の話は聞いた事がない」と述べている。

そのとおりだ。

当時は、戦時プロパガンダによるごく一部のデマ報道を除けば、世界中の誰にも「南京事件」「南京大虐殺」なんて認識されていなかった。

相手の支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見を開いて日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

したがって、当時は、支那人も日本人も第3国の外国人も、誰も「南京事件」「南京大虐殺」なんて全く認識していなかったのだ。

南京に居た支那人や日本人や第3国の外国人でさえ誰も南京での虐殺のことなど話題にしていなかったのだから、ましてや北京と天津に7年間居ても南京事件の話なんて全く聞かないのは当たり前のことだったのだ!

事実関係として、当時南京に居て事件などの情報収集に躍起になっていたプロ中のプロたちも、南京での日本軍による虐殺は全く認識していなかった!



一般市民の殺害等については、当時南京で取材していた朝日新聞など多くの新聞社や通信社の記者やカメラマンたちが「虐殺は0件」(0人)、「市民殺害なんて1件も有りえない」、「戦後言われていることは全部ウソ」だと断言している!


東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言

「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ

記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」





同盟通信・前田雄二記者の証言

「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
ところが殺されなければならない住民婦女子は(難民区)内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。
私の所属していた同盟通信の旧支局はその中にあった。
入城四日目には私たちは全員この支局に居を移し、ここに寝泊まりして取材活動をしていた。
つまり難民区内が私たちの生活圏内で、すでに商店が店を開き、露天商や大道芸人まで出て、日常生活が回復していた。
この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない





東京日々新聞カメラマン 金沢善雄氏の証言

「戦後、この時、何万人かの虐殺があったといわれていますが、不思議でしようがないのです。私は南京をやたら歩いていますが、虐殺を見たこともなければ聞いたこともありません」
ここ(南京)には1ヶ月ほどいましたが、戦後言われているような事は何も見ていなければ、聞いてもいません。ですから虐殺があったと言われていますが、あり得ないことです。松井大将が絞首刑になったのも不思議でしょうがないのです」





報知新聞従軍記者 田口利介氏の証言

―― 南京で虐殺があったといわれますが?

「当時聞いたこともなかったし、話題になったこともありません」




読売新聞技師 樋口哲雄氏の証言

「自転車を持っていたので、毎日あっちこっちに行きました」

―― その頃、日本軍による虐殺があったと言われていますが?

「どこで何があったのか知りません」

―― 見たり聞いたりしませんか?

全然解りません。だいいちそういう形跡を見たことがありません。あったとよく言われますが、どこでどんなものがあったのか。中山陵など荒らされていないし、きれいでした。
やらなきゃこっちがやられるからやったのを虐殺といっているのだと思います」




大阪毎日新聞 五島広作記者の証言

―― 第六師団は北支で感謝状をもらってないから、中支で残虐行為をやったと言う人もいますが……。

はじめて聞いた話です。第六師団でそんなことはありませんでした
先ほどの話同様、谷中将が処刑されてからの作り話でしょう。
戦後、中国の言い分に合わせた話がよく作られています

―― 南京陥落後の第六師団の行動はどうでした?

十三日、十四日は城内掃蕩で、残虐行為などありません

(中略)

―― 五島さんはいつまで南京にいましたか。

「翌年の一月十日頃までいました。
この間、南京のあちこちに行きましたが、虐殺といわれることは見ていません。
また、強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、戦後いわれていることは嘘です。(後略)」





東京日日新聞 佐藤振寿カメラマンの証言

―― 虐殺があったといわれてますが……。

「見てません。虐殺があったといわれてますが、十六、七日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました。
また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まってましたから、とても残虐行為があったとは信じられません。

―― 南京事件を聞いたのはいつですか

「戦後です。アメリカ軍が来てからですから、昭和二十一年か二十二年頃だったと思いますが、NHKに『真相箱』という番組があって、ここで南京虐殺があったと聞いたのがはじめてだったと思います。
たまたま聞いてましてね。
テーマ音楽にチャイコフスキーの交響曲が流れた後、機関銃の音キャーと叫ぶ市民の声があって、ナレーターが、南京で虐殺がありました、というのですよ。
これを聞いてびっくりしましてね。嘘つけ、とまわりの人にいった記憶があります
 十年ほど前にも朝日新聞が『中国の旅』という連載で、南京では虐殺があったといって中国人の話を掲載しましたが、その頃、日本には南京を見た人が何人もいる訳です。
何故日本人に聞かないで、あの様な都合よく嘘を載せるのかと思いました。
当時南京にいた人は誰もあの話を信じてないでしょう。
(略)」



石川達三(「生きている兵隊」作者)の証言

「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」

――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?

「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」

<br />
『「南京事件」日本人48人の証言』阿羅健一(2001/12/1)


『「南京大虐殺」はこうして作られた――東京裁判の欺瞞』冨士信夫著より

東京裁判
弁護側立証


●塚本浩次(陸軍法務局で中支派遣軍検察官、予審官、裁判官)
検察官は幾つかの殺害事件について訊問したが、塚本証人は「そのようなことは全くないと思う」との証言を繰り返した。


●中山寧人(中支那方面軍参謀として情報収集を主務としていた人物であり、その宣誓供述書の内容は、松井軍司令官の旗下部隊に発した命令の内容、南京城攻撃前に執られた措置、南京攻略の模様、南京入城後に執られた措置等詳細に亘る)

南京事件のことを私が聞いたのは、実は終戦後である。
私は南京事件なるものは、次の4つに区分して考える必要があると思う。

第1 市民に対する虐殺事件。これは絶対にそういうことはないと信じている。
第2 俘虜の虐殺。先述したような誤り伝えられた外に、これもないと考える。
第3 外国権益、特に財産に対する侵害。これは一部にあったと思う。ただし、これは中国兵がやったのか日本兵がやったのか、その点は今に至るまではっきりしない。
第4 婦女子に対する不法行為および掠奪。これは小規模においてはあったと考え、はなはだ遺憾に思う。


以上のとおり、当時、南京に居て情報収集に躍起になっていたプロ中のプロたちでさえ、南京事件や南京虐殺については1件たりとも聞いていないのだから、子供の時に北京と天津にいた鈴木史朗さんが南京事件のことを聞いた事がないのは当然なのだ!





また、上掲したツイッターの動画で鈴木史朗さんは「日本兵は清潔好きなので、蚤、虱、南京虫が移ってしまうので、女性に乱暴するとは考えづらい」と述べている。

真実だが、より厳密に言うと、日本軍への通報記録や軍関係の裁判を司る法務部長の証言などによれば、買春(売春の客)や和姦かもしれない事案も含めて全部で約7件〜10件のいわゆる「強姦事件」は認識されていた。

逆に言えば、買春(売春の客)や和姦かもしれない事案も含めても、当時の南京ではせいぜい約7件〜10件の強姦事件しか認識されていなかったということだ。

これは、古今東西、世界中のいかなる戦争でも考えられないほど、当時の日本軍の軍紀が厳正だったということだ。

また、日本軍は、道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていた。

それほど、当時の日本軍内部では、強姦、略奪、殺人などの犯罪について、厳しく取り締まっていた。

それほど厳しく軍隊内部を取り締まっていた南京の日本軍においても、殺人事件はゼロ(0件)だったのだ!



南京における日本軍による強姦犯罪については、きちんとした当時の資料が存在する。
(南京安全地帯の記録より強姦の事例を紹介)

そこで、記録者名のある強姦(未遂)事例61件のうち、日本軍に通報された事例を挙げると、それは次のように分類される。

①日本兵逮捕の事例は、右の「事例167」の1件のみであった。
②日本兵が憲兵に引き渡されて事例は、右の「事例227」の1件のみであった。
③憲兵に連絡された事例は、「事例426」の1件のみであった。
④日本兵が連行された事例は、「事例168」と、「事例220」の、2件であった。
⑤被害者が証人として同行を求められたのは、右の「事例146」の1件のみであった。
⑥日本兵と被害者(未遂)が連行されたのは、「事例216」の1件のみであった。

このように日本軍に通報された件数は、合計7件であった。右の計算には、あるいは見落としがあるかも知れない。そこで、東京裁判に出廷した塚本浩次法務部長の証言をも紹介しておく。
法務部とは軍関係の裁判を司る部門であった。塚本法務部長は上海派遣軍法務官として、1937年12月から1928年8月まで南京に在勤した。その間に、何件の事件を扱ったのか。サトン検察官から、そう尋問されて、彼は次のように答えた。
 《10件内外であつたかと思います。(略)10件と申しましたのは1人1件ではございません。1件の中には数人を含む場合も相当あります。》

P261
『「南京虐殺」の徹底検証』東中野修道著


上記のように、日本軍への通報記録や軍関係の裁判を司る法務部の塚本浩次部長(上海派遣軍法務官)の証言によれば、南京における日本軍による強姦事件は約7件〜10件だった。

さらに、第十軍法務部長の小川関次郎氏も、1937年11月15日〜12月14日に軍紀及び風紀犯で処罰したのは約20件程度と証言している。

以下、竹本忠雄・大原康男著日英バイリンガル 再審「南京大虐殺」』より。

http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/note.html
[六十四] 日本兵による強姦事件が全くなかったわけではない。東京裁判において第十軍法務部長の小川関次郎は宣誓口供書で次のように証言している(検察は反対尋問の機会を与えられたが、行わなかった)。

「自分は南京に着くまでの間(一九三七年十一月五日から十二月十四日まで)に約二十件くらいの軍紀及び風紀犯を処罰した。風紀犯の処罰について困難を感じたことは和姦なりや強姦なりや不分明なることであった。
その理由は中国婦人のある者は日本兵に対して自ら進んで挑発的態度をとることが珍しくなく、和合した結果を夫または他人に発見せらるると婦人の態度は一変して大袈裟に強姦を主張したからである。
しかし自分は強姦と和姦とを問わず起訴せられたものはそれぞれ事実の軽重により法に照らして処罰した」

(「速記録第三一〇号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』二五六頁)


[68] There were a few rapes by Japanese soldiers. As to the rape cases, OGAWA Sekijiro, the chief of Judicial Affairs Department of the 10th Army, testified in his 'affidavit' in the IMTFE as follows :

During my moving to Nanking from November 5, 1937 to December 14, 1937, I dealt with about twenty cases of offenses against military discipline and public morals. In the course of my dealing with crimes or public morals, I found it very difficult to decide whether the cases were fornication with female consent or violation.
The reason was that on the part of the Chinese women some of them were not so rare to take a suggestive attitude towards Japanese soldiers, and once found as having committed adultery with Japanese soldiers by their husbands or other people, they suddenly changed their attitude and asserted exaggeratedly that they had been raped. Whether adultery or rape, however, I punished indictees in accordance with the law, weighing the relative importance of the facts.

(The Tokyo War Crimes Trial, pp.32675-32676.)

上記の資料は、日本語と英語の2か国語で書かれた南京大虐殺の否定本に掲載されており、ネット上で全て読むことが可能だ!


以上のとおり、当時の資料から、南京における日本軍による強姦事件は、買春(売春の客)や和姦に近い事案を含めても10件程度だった。


一方、南京における日本軍による虐殺事件は、0件だった。


「南京戦の真実を追求する会」第9回講演会
~外務省目覚めよ!南京事件はなかった~
これが最後!
元TBS アナウンサーの鈴木史朗氏が語る当時の中国
《私が見た南京》
講師 元TBS アナウンサー鈴木史朗
日時:12月12日(水)

【南京戦の真実】元TBS・鈴木史朗アナ「北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事ない」
■動画
【北京と天津に7年いたが南京事件の話は聞いた事がない】鈴木史郎講演 〜私が見た南京〜 前半
https://www.youtube.com/watch?v=vcPSAB2LXxM


■動画
【日本兵は中国の民衆のために一生懸命やってきた。その方々を悪く言う事は許せない】元TBSアナウンサー鈴木史朗氏の講演 南京戦の真実を追求する会 〜私が見た南京〜後編
https://www.youtube.com/watch?v=tpC3s8cWDQI




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●南京大虐殺完全否定のまとめ

日本軍による南京市民虐殺事件は、全くなかった(0人)。

まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領した上海などに避難していた。
南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。
南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。

次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。
日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が戻って来て南京の人口は増加した。

陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、日本の軍関係の裁判を司る法務部で把握されている。
日本軍将兵は道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけられたりしていたが、「虐殺」事件は南京に居た憲兵隊などに通報されたことも全くなかった。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。
虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見もなかった。

更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。
支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

最後に、戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による南京虐殺事件は0件だった。


以上のとおり「南京大虐殺」については、事実関係として完全に虚構(捏造)であり、日本軍によって虐殺された南京市民はゼロ(0人)だった。
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」


また、捕虜の不法殺害については、南京戦に参加した畝本正己が、資料、証言を更に整理し検討し、【昭和63年=1988年】に発行した『南京戦史』(偕行社)で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみとの結論を出している。

つまり、「捕虜の不法殺害」の犠牲者は、0人〜800人というのが結論だ。(関連記事


一方、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。

支那軍は、「反戦兵士」(違法)にする極めて少数の日本兵を除き、1人残らず日本軍将兵を惨殺した。

まさに「皆殺し」だった。

日本軍が南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護したのとは、対照的だった。










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1:00:33〜

「虎ノ門ニュース」(平成30125日)で「昭和の英雄が語る大東亜戦争偉大なる記憶」として、井上和彦氏が元海軍士官の深井俊之助さん(104歳)にお話を伺っていた。
 
今では当時を戦った方が非常に少ない中、大変貴重な証言である。
 
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昭和17年、第三次ソロモン海戦はガダルカナル島の付近で行われたが、深井さんはこの戦いで戦っていた。
 
「ソロモン海戦がミソだった。あれで負けて飛行機がなくなったから、あとはズルズル負け戦ばっかりだよ。悔しい、とっても悔しい・・・」と、今も悔しそうに語る深井さん。

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戦後日本はマスコミはじめ政治家も「反省」ばかりだが、昔の日本人、特に戦った軍人の本音は違う。
 
「悔しい」。これである!
 
これが真剣に戦った日本人の本当の言葉だと思う。今を生きる日本人として、この短い言葉の意味をよく噛み締めたい。
 
そして、レイテ沖海戦。深井さんは戦艦大和に副砲長として戦い、米国の駆逐艦2隻を轟沈させた。そしてレイテ島の外にある小さい島に戦艦大和をのし上げて、大和の砲弾をマッカーサーに撃ち込んでやろうとした。
 
深井さんは23発撃ったらマッカーサーは必ず白旗あげる。そうしたら停戦して、あとは外交交渉で講和の道を探る。日本はあんなに広くいらないんだ。アジアの占領地もみんな独立させればいい。日本がいるのは油だけなんだ」と、軍人として有利な条件で戦いをやめて、講和条約で終戦したかったと言う。
 
「日本軍は好戦的」というのが創られた嘘ということがわかるであろう。
 
ここで井上和彦氏は深井さんに「命を賭してレイテに突入を覚悟された。どんなお気持ちで戦われたんですか?」と聞くと、深井さんはこう答えた。
 
「なにしろ国を守らなければいけない。国を守るにはどうするかってことが頭の中にあってね、他のことは何も考えていなかった。
俺は死ぬんだと本当にそう思っていたんだよ。そうすれば家族も一般の人達も安泰になれる」
 
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実は、深井さんは海軍として昭和12年の南京攻略戦にも参加されていた。これも歴史的には非常に貴重な証言である。
 
「南京陥落して10日くらい経って我々が視察に行った時はね、中国の子供達が日の丸の旗を作って、それを振って歓迎してくれたんだよ。

後から『虐殺があったぞ』なんて言う話が出て『そんな馬鹿なことあるもんか』と言ってね。実際に僕らは子供に向かって『ああよしよし』なんてね。子供が街に出て旗振って遊ぶくらいだから静かなもんだったんだよ。

支那は略奪をやるからね。強姦平気でやるからね。日本人はしないからね。だから日本人はその頃には歓迎されていたんだ」
 
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TBS「報道特集」よ、NHKNHKスペシャル」よ、こういう真実を流すのが本当の報道である。

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【新刊紹介】
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『大東亜戦争 失われた真実
―戦後自虐史観によって隠蔽された「英霊」の功績を顕彰せよ!
著者 葛城奈海 奥本康大

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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靖国神社で“新聞紙”燃える 中国人男逮捕「南京事件に抗議」
12日朝、東京の靖国神社の敷地内で新聞紙のようなものが燃え、現場にいた中国人の男が建造物侵入の疑いで逮捕されました。男は「南京事件に抗議する」という内容が書かれた旗を持っていたということで、警視庁が当時の状況などを調べています。

12日午前7時ごろ、東京千代田区の靖国神社の敷地内の賛同で新聞紙のようなものが燃えているのが見つかり、駆けつけた消防によって消し止められました。建物に被害はありませんでした。

現場には男女2人がいて、神社の警備員に取り押さえられ、このうち中国人の郭紹傑容疑者55)が建造物侵入の疑いで逮捕されました。

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これまでの調べで、郭容疑者らは「南京事件に抗議する」という内容が書かれた旗を持っていて、火をつける様子を撮影していたということです。警視庁が当時の詳しい状況や日本に入国したいきさつなどを調べています。

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香港に拠点を置く団体は、団体のメンバーが12日朝、靖国神社で日本に対する抗議活動を行ったことを明らかにするとともに、抗議活動の様子を写したとみられる映像を公開しました。
 
この団体は、過去にメンバーが沖縄県の尖閣諸島に上陸したことがある「保釣行動委員会」です。
 
団体によりますと、日本時間の12日午前6時半ごろ、55歳のメンバーの男が靖国神社の敷地内で東条英機元首相の名前が書かれた紙を燃やし、「軍国主義を打倒せよ」などとスローガンを叫んだということです。
 
男は、26歳の女性メンバーと2人で11日に香港を出発し、14日まで東京に滞在する予定で、中国の南京で旧日本軍が多くの中国人を殺害したなどとされる「南京事件」から81年となる今月13日に合わせて抗議活動を行うことにしていたということです。(平成301212 NHKニュース)
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NHK「新聞紙が燃える」「南京事件に抗議する」「中国人の郭紹傑容疑者」とテレビで報じた。

しかし上の記事の半分より下に書いてある「東条英機元首相の名前が書かれた紙を燃やし『軍国主義を打倒せよ』」やこの犯人らが尖閣にも上陸した反日組織「保釣行動委員会」ということは報道せず、しかもネットでバレている犯人の顔も報じなかった。

しかもこのシナ人が持っていた旗には「南京事件に抗議する」ではなく「南京大虐殺を忘れるな」と書いてある(トップにある画像)。


更には「東条英機の名入り位牌」を燃やしていたのに「新聞紙」と報道した。


大事な部分を捏造して報道をするNHKの姿がまた浮き彫りとなった。


しかし、いくら隠しても今の時代にはすぐにバレる。
 
この「保釣行動委員会」は“香港の団体”と言われるが、それもカムフラージュで、実際はシナ共産党の組織で、資金もシナ共産党が出して反日活動している団体である。
 
今回、「保釣行動委員会」が公開した動画に一部始終が映し出されている。
         ↓
 
この動画を見れば、シナ人の横断幕には「南京大虐殺を忘れるな  日本政府の責任を追及する」と掲げて、「東条英機」の”位牌”を燃やしていることがわかる。
 
しかし、これは辻褄が合わない。
 
まず彼らが言う「81年目」の1213日は「南京陥落の日」である。シナはこの日に虐殺があったから「南京事件」と言っているが、虐殺の証拠なんか何一つないから「事件」ではなく「南京陥落」が正しい歴史である。
 
この南京陥落時の司令官は松井石根大将である。この時、東条英機大将は関東軍参謀長で満州におり、南京攻略には関わっていない。
 
にもかかわらず「南京大虐殺を忘れるな」と言って「東条英機」の位牌を燃やすのはトンチンカンである。
 
お前達シナ人は「南京」とか「東條」とか「責任」とか「賠償」と言えば日本人が大人しくなると勘違いしていないか?
 
本当の歴史も知らずに、我々の英霊の魂が宿る編△亮劼如△前達のクソのようなパフォーマンスのためにボヤ騒ぎするなど絶対に許されない!
 
「軍国主義を打倒せよ」と言うならば、お前達の国に戻って習近平に言え!
 
シナがやっていることこそ「軍国主義」と言うのだ、よく覚えておけ。

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昨日、編⊃声劼播贓蟇儺‖臂の位牌を燃やした、シナ共産党の資金で反日活動をしている保釣行動委員会のシナ人に繋がるニュースである。
 
今年1213日から南京市では「南京大虐殺追悼式典」の時刻に1分間の「黙祷」と「車は停止してクラクションを鳴らし続ける」ことを義務付けた条例を施行した。

アホか?

当時の南京の人口は11月18日から12月21日まで20万人のまま変わっていない(警察庁長官の王談話及び南京安全区国際委員会「人口調査表」)。つまり人口減となる虐殺はなく、12月13日は「南京陥落」の日である。

しかも南京戦を戦っていたのは蒋介石国民党であり、毛沢東共産党ではない。大体、9000万人以上の虐殺をしてきたシナ共産党が何を言うか。
 
このアホらしいニュースを日本の各メディアが一斉に報じた。
 
まるでシナの“広告塔”そのもののメディアを見る思いである。
 
こんな”嘘”を報じて、関西生コンの逮捕者数十人の”大事件”は全く報じない。
 
これだけでも日本のメディアが如何に日本国民のためになっていないかがわかる。
 
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南京虐殺から81年 追悼の一斉警笛や黙とう義務付け
旧日本軍が多くの中国人を殺害したとされる「南京事件」から81年となる13日、中国政府は追悼式典を開きました。(平成301213日 テレ朝)
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「南京事件」から81年、追悼式典では日中関係に配慮も
旧日本軍が多くの中国人を殺害したとされる「南京事件」から、13日で81年です。追悼式典では日中間で議論がある犠牲者数について、「30万人」だと改めて強調。日本に対する厳しい言葉が減り、日中関係への一定の配慮がみられました。(平成301213 TBS
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追悼式典で日本批判“封印” 「南京事件」から81
1937年に旧日本軍が多くの市民を殺害したとされる南京事件の追悼式典が、13日朝、南京市で行われ、およそ8,000人が出席し、共産党幹部は、演説で30万人が殺害された」と主張した。(平成301213日 フジテレビ)
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日本のテレビ局は自ら日本を貶める南京の嘘虐殺をそのまま報道しているが、これを見てシナは笑っている。
 
もし日本が逆の立場で、シナがシナ自身を貶める嘘話を報道をしたり、シナ政府がその嘘話に謝罪ばかりしていたら、「バカなシナ人だ」と笑ってしまうだろう。
 
日本はそういうバカなことをしているのである。
 
我々の先人を貶めているのはシナだけではなく、こういう嘘をそのまま報じているマスコミにも原因があるのだ。
 
どうして「南京虐殺はなかった」と真実を言えないのか?
 
30万人」の捏造に反論する識者を出演させてきちんと反論するべきである。
 
それが日本国のマスコミの姿である。
 
しかし、それ以上に、日本政府はこれに何も反論しない。
 
30万人の南京大虐殺」など、今やいくらでも反論できるであろう。

日本国のために仕事しろ、と言いたい!

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

検証、南京虐殺は真実か、南京大虐殺館はウソンコ写真館…保存版、うそんこ写真特別展示室、中国の脳内妄想満載





南京も嘘っぱち!

慰安婦も嘘っぱち!

特定アジアは嘘っぱちだらけ

我が国は反日国と断絶し


『親日国』

『海洋国』

と共に歩むべし

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転載元転載元: 未来を見つめて 夢の彼方へ!

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