大東亜戦争

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大東亜戦争で日本軍が降伏すると、連合国軍はアジアを再度、植民地にしようとした。
 
しかしアジアの国々は、白人など日本軍が来ると逃げ回っていたのを見て、自分達もやればできるという「独立」の風が吹いていたため、植民地支配は出来なかった。
 
その白人の恨みは日本軍に向いた。
 
シンガポールでは日本軍を全員素っ裸にしてトラックに乗せ、そのまま炎天下の市中引き廻し、繁華街を見世物のようにゆっくり走った。
 
捕虜への配慮がない白人であった。

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そのまま刑務所の狭い独房に5人入れて、足を延ばして横になることも出来ないコンクリートの上で、膝を抱えてまどろみ、毛布一枚も与えられずふんどし一つで、夜中には冷え込んで眠れなかったという。
 
最初の1週間は食べ物は何も与えられなかった。
 
1週間して与えられたのが親指ほどの大きさのタピオカとお湯のようなスープが少しであった。昼は食事がなく、夜はビスケット3枚であった。
 
たちまち栄養失調となり、体力は低下し、病人が出始めた。
 
英軍や民衆は豊かな食生活の中、死なない程度の最低量の食べ物しか出さない拷問・虐待状態であった。マレーの刑務所はどこもこうであった。
 
日本の捕虜収容所は、日本人自体が極度の食糧不足であっても捕虜にはきちんと食事を与えていた。
 
腹が減って体力が消耗している中、英軍は日本人捕虜をヤシ畑やパパイヤ畑の農作業に駆り出した。足はふらふら、めまいもする中、能率が上がらないと英軍は棒で頭や身体の至る所を思いっきり殴りつけ、日本人捕虜は血だらけになっていた。

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ベトナムに戻ってきたフランス軍も日本兵を素っ裸にして独房で絶食、絶水、火責め、電気責めなどの拷問をし、2日間の裁判で被告の陳述や、反証や、疑義は封じられて死刑にされた。
 
このような捕虜への虐待は国際法違反である。
 
我々日本人は、今の日本があるのは、お国のために大東亜戦争を戦い抜き、その後も国家の戦後処理を一身に負われたこの尊い人柱の上に成り立っていることを知らなければいけない。
 
本来は学校で教えて日本人共通の学びとしなければいけない。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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『大東亜戦争失われた真実』
(葛城奈海・奥本康大共著 ハート出版)
 
『大東亜戦争失われた真実』は共著であるが、奥本康大さんのところをご紹介したい。

奥本康大さんの父上は大東亜戦争において、『空の神兵』の歌でも有名なスマトラ島パレンバン落下傘降下挺進作戦の第三小隊長として参戦され、殊勲甲の武勲の手柄で、昭和18219日に天皇陛下より単独拝謁を賜られた。
 
当時、この作戦で油田を制圧するかしないかは、我が国においては死活問題であった。
 
この重要でしかも非常に困難な作戦を見事に完遂されたことは、日本国民のみならず、独立に目覚めたアジア諸国の多くの人々も勇気づけられたことであろう。
 
その詳細については奥本さんの前著『なぜ大東亜戦争は起きたのか?空の神兵と呼ばれた男たち』(ハート出版)に書かれている。

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この本が非常に良書であったので、今回の新刊が非常に楽しみであった。
 
新著『大東亜戦争失われた真実』で奥本さんが何度か強調している言葉がある。
 
「英霊は二度死なせてはいけない」である。
 
「一度目の死は肉体の死、二度目の死は記憶から忘れ去られる死」であるという。
 
そして「国を護るため、尊い命を捧げられた方々を日本人全員が感謝すべきなのに、わけのわからない理由をつけて蔑ろにしたりしている」と続く。
 
私はこの言葉を読んで、しばらく考え込んでしまった。
 
例えば、自分が国のために命を捧げて亡くなって、死んだ後に悪い奴だったとされて、戦った真意さえも人々の記憶から薄れて、語られなくなったなら何のためにお国のために命を捧げたのかわからない。

吉田松陰先生は、たとえ肉体が滅んでも、後世の人々が語り継いでくれれば生まれ変わって生きていることになる、と言った。
 
たった一度敗れただけで日本人は何十年も何百年も先人達を貶めたままにするのか。

奥本さんは各地の慰霊碑を訪れ、著書でその実態を伝えている。
 
レイテ島は約8万という最大の死者を出したところである。
 
「レイテ島には、戦後、遺族や戦友会の人達が建立された慰霊碑が至る所にある。しかし戦後70年以上が経過し、訪れる人も少なくなり、朽ち果てたような慰霊碑もたくさんある。ご遺族も元気な頃は、毎年お墓参りとして来られていたようであるが、代が変わってしまえば、レイテ島に足が遠のいているのだろう」。
 
国を護るために戦った方々に対する感謝の念と慰霊、顕彰、鎮魂は、今を生きる日本国民全員の肩にのしかかる「責務」である。
 
「激戦地であったサンパブロ飛行場近くにあるとされていた高千穂降下部隊の慰霊碑が撤去されていた」とある。
 

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また奥本さんは沖縄の義烈空挺隊玉砕之碑が読谷村から消失してしまうのではないかと書いている。
 
そして「大東亜戦争の史実が風化しつつある現在、正しい史実を後世に伝えなければならない」と書いている。
 
今、政府が公式参拝しない編⊃声劼睫簑蠅世、各地に数多くある朽ちている慰霊碑の管理を今後誰がしていくのか、日本人として深く考えさせらえる一冊である。

今、奥本さんは大東亜戦争の真実を伝えるために全国で講演活動や慰霊をしておられる国士である。講演の最後には必ずみんなと一緒に「空の神兵」を歌う。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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“日本はいつまでアメリカの言いなりになり続けるのか。
なぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。
一体、いつまで謝罪外交を続けるのか。
そして、若者は何を目指せばいいのか。
日本人には、先人の勤勉な血が流れている。
自信を取り戻し、アジアのため世界のためにリーダーシップを発揮してほしい。・・・“
 
これはマレーシアのマハティール首相の言葉である。
 
以前、村山富市首相がマレーシアを訪れた時、マハティール首相に「迷惑をかけた」と謝った。マハティール首相は「なぜ謝るのか理解に苦しむ」と呆れて言った。
 
日本軍のマレーシアの戦いはイギリス軍との戦いであり、マレー人はイギリス軍を駆逐する日本軍を歓迎した。
 
マレーシアのラーマン王子は自らラジオで「マレー人よ、日本軍に協力せよ」と呼びかけた。
 
この時、学生だったマハティールは日本軍の強さと、今まで威張っていたイギリス人があっという間に敗れて逃げるのを見た。
 
そのマハティールが今年5月に92歳で首相に返り咲いた。
 
以前、マハティール首相が退陣すると、マレーシアはシナに取り込まれて「親中」に傾いていった。
 
アメリカがシンガポールを環太平洋戦略の拠点の一つにすると、シナはマラッカ海峡を封鎖されることを恐れ、対抗策として「一帯一路」構想として、シナ主導でシナからラオス〜タイ〜マレーシアまでの鉄道をつくろうと着工した。
 
この「一帯一路」の本質は、シナがお金のない国にお金を貸して開発し、払えなくなるとその領土を奪い取って借金をチャラにするという“やくざ商法”であった。
 
スリランカもパキスタンもこれでやられたことは有名である。
 
この時、シナはマレーシアに「東海岸鉄道計画」を持ち掛けていた。
 
しかしマハティールが首相になると「シナ主導の東海岸鉄道計画はリスクが高く、マレーシアに有益ではない」と一帯一路のリスクを国民に説明して中止した。
 
また、マレーシアには不法入国容疑で拘留していたウイグル人がいた。シナが「中国へ強制送還するように」と前政権ナジブ政権に強く求めると、ナジブ政権は強制送還すると言った。
 
しかしマハティールが首相になると「彼らはマレーシアでは何も悪いことをしていない」と言って、今年10月にこのウイグル人男性11人をシナに強制送還せずに釈放した。
 
このマハティール首相が、今年の秋の叙勲で最高位である「桐花大綬章」を天皇陛下から受賞された(上画像)。
 
マハティール首相が来日していたことや桐花大綬章を受賞したことは、ほとんどのメディアが報道しなかったため、知らない日本人が多い。
 
日本のメディアはシナと朝鮮のこと以外はほとんど報じない。
 
平成14年、マレーシアを訪れた日本の修学旅行生にマハティール首相はこのように言った。
 
「あなた達は日本人の勤勉な血が流れているのだから、日本を誇りに思いなさい」
 
話を聞いていた生徒達の中には、感激して涙を流した生徒もいたという。


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保守の会・在特会後援
「放射線防護学専門 高田純講演会」のご案内

保守の会が後援しますので、国歌斉唱、海ゆかば、教育勅語奉読から始まります。皆様のご参加をお待ちしております。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


12月23日は、「天長節」(天皇誕生日)だ。


一方、12月23日は、巣鴨拘置所(巣鴨プリズン)において昭和23年(1948年)、いわゆる「A級戦犯」7人の処刑が行われた日でもある。

アメリカをはじめとする戦勝国は、見せしめと、当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)の誕生日にケチをつけるためにわざわざ12月23日を選んで処刑を決行した。

ちなみに、いわゆる「A級戦犯」の起訴は、先帝陛下(昭和天皇)の誕生日の4月29日に行われた。





東条英機の遺言

東条英機の遺言
(全文)


 開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。今回の処刑は個人的には慰められるところがあるけれども、国内的の自分の責任は、死をもって償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。
 天皇陛下および国民に対しては、深くおわびする。
元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部あやまちを生じ、世界の誤解を受けたるは遺憾である。日本の軍に従事し、倒れた人および遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。
 
 今回の判決の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ、もしこれが永久の平和のためということであったら、もう少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。この裁判は、結局は政治裁判に終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せね。
 
 天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。天皇陛下の形式については、あえて言わぬ。存在そのものが必要なのである。それにつきかれこれ言葉をさしはさむ者があるが、これらは空気や地面のありがたさを知らねと同様のものである。

 東亜の諸民族は、今回のことを忘れて将来相協力すべきものである。東亜民族もまた他の民族と同様の権利をもつべきであって、その有色人種たることをむしろ誇りとすべきである。インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。これをもって東亜民族の誇りと感じた。
 今回の戦争にて、東亜民族の生存の権利が了解せられはじめたのであったら、しあわせである。列国も排他的な考えを廃して、共栄の心持ちをもって進むべきである。


 現在の日本を事実上統治する米国人に一言するが、どうか日本の米国に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。
 また、日本人が赤化しないように頼む。
東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにしなければならぬ。実は、東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、今回の敗戦の原因であると考えている。

 こんご日本は米国の保護の下に生活していくのであるが、極東の大勢はどうであろうか。終戦後わずかに3年にして、アジア大陸赤化の形勢はかくのごとくである。こんごのことを考えれば、実に憂なきを得ぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。

 日本は米国よりの食糧その他の援助を感謝している。しかし、もしも一般人が自己の生活の困難や、インフレや、食糧の不足などを米軍の日本にあるがためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。実際にかかる宣伝をなしつつある者もあるのである。よって、米軍は日本人の心を失わぬように注意すべきことを希望する。

 米国の指導者は、大きな失敗を犯した。日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。いまや満州は赤化の根拠地である。朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。米英はこれを救済する責任を負っている。従って、その意味においてトルーマン大統領が再任せられたことはよかったと思う。

 日本は米国の指導にもとづき武力を全面的に放棄した。それは一応は賢明であるというべきである。しかし、世界が全面的に武装を排除していないのに、一方的に武装をやめることは、泥棒がまだいるのに警察をやめるようなものである。

 私は、戦争を根絶するには、欲心を取り払わねばならぬと思う。現に世界各国はいずれも自国の存立や、自衛権の確保を説いている。これはお互いに欲心を放棄していない証拠である。国家から欲心を除くということは、不可能のことである。されば世界より戦争を除くということは不可能である。結局、自滅に陥るのであるかもわからぬが、事実はこの通りである。それゆえ、第3次世界大戦は避けることができない。
 第3次世界大戦において、おもなる立場に立つものは米国およびソ連である。第2次の世界大戦において、日本とドイツが取り去られてしまった。それゆえ、米国とソ連が直接に接触することになった。米ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。この見地からいうも、第3次世界大戦は避けることはできぬ。
 第3次世界大戦においては、極東がその戦場となる。この時にあたって、米国は武力なき日本をいかにするのであろうか。米国はこの武力なき日本を守るの策をたてなければ、また何をかいわんや。そうでなしとすれば、米国に何らかの考えがなければならぬ。
 米国は、日本8千万国民の生きてゆける道を考えてくれねばならない。およそ生物としては、生きんことを欲するのは当然である。産児制限のごときは神意に反するもので、行うべきではない。

 なお言いたきことは、最近に至るまで戦犯容疑者の逮捕をなしつつある。今や戦後3年を経ておるのではないか。新たに戦犯を逮捕するというごときは、即時にやめるべきである。米国としては、日本国民が正業につくことを願い、その気持ちでやって行かなければならぬ。戦犯の逮捕は、我々の処刑をもって、一段落として放棄すべきである。

 戦死傷者、抑留者、戦災者の霊は、遺族の申し出があらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地にある戦死者の墓には、保護を与えられたし。従って遺族の申し出あらば、これを内地に返還せられたし。 戦犯者の家族には、保護を十分に与えられたし。

 青少年の保護ということは、大事なことである。近時いかがわしき風潮は、占領軍の影響からきているものが少なくない。この点については、わが国古来の美風をも十分考慮にいれられたし。

 今回の処刑を機として敵、味方、中立国の罹災者の一大追悼会を発起せられたし。もちろん、日本軍人の間に間違いを犯した者はあろう。これらについては衷心、謝罪する。これと同時に、無差別爆撃や原子爆弾の投下をなしたことについて、米国側も大いに考えなければならぬ。従って、さようなことをしたことについては、米国側も大いに悔悟すべきである。

 最後に軍事的問題について一言するが、我が国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。あれでは陸海軍一本の行動はとれない。兵役については、徴兵制によるか、傭兵制によるか考えなければならぬ。我が国民性を考えて、再建の際に考慮すべし。
 教育は精神教育を大いにとらなければならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任感をゆるがせにしてはならぬ。この点については、大いに米国に学ぶべきである。学校教育は、人としての完成を図る教育である。従前の醇朴剛健のみでは足らぬ。宗教の観念を教えなければならぬ。欧米の風俗を知らせる必要もある。俘虜のことについても研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。



 以上が昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)数時間前に、東京巣鴨において、教誨師の花山信勝師の前で東条英機が朗読した遺言の摘要である。

『秘録 東京裁判』清瀬一郎著(中央公論新社)

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