満州事変

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし16 テロ続発


これは「責任なし15 日本人記者惨殺事件」の続きです。


 成都で8月24日に日本人記者が惨殺されると、今度は、9月3日に広東省の北海市で『丸一洋行』店主・中野順三が惨殺されました。

 北海市には、8月24日、反蒋介石を主張する第19路軍の一部、フン照垣指揮の「抗日救国軍第一師」約千五百人が進駐し、随行してきた学生約三百人とともに「打倒日本賊」「打倒蒋介石漢奸」などのビラをまき、市内要所にたむろしていました。

 師長フン照垣は、進駐してくると、商務局を通じて立ち退き要求を繰り返し、中野順三も、やむなく承知して店じまいの準備を進めていました。

 ところが、9月3日午後7時ごろ、『丸一洋行』に30才前後の男二人が入ってきて、買物客の風情で店内を歩き回りながら、店番をしていた長男の清に、いきなり拳銃をつきつけ「ここは日本人の店か」と言ったのです。

 拳銃を向けられた清は、「お父さん」「お父さん」と連呼しつつ、二階にかけ上りました。
 二人は拳銃を発射し、その発射音を合図に十七、八才の青年四、五人がジャックナイフを振り回しながら乱入してきました。

 中野一家のうち、第二夫人は年少の男児三人をつれて外出中で、店には中野当人のほか第一夫人、長男清、長女千鶴子しかいません。
 第一夫人と長女千鶴子は長男清のあとを追おうとしましたが、乱入してきた一味に突き飛ばされました。

 二階に殺到した一味は、食事中の中野順三に襲いかかり、猿ぐつわをして壁におしつけナイフで右胸部、腹部、頸部を刺して殺害しました。
長男清は二階の窓から飛び降りて逃げ、階段をはいのぼってきた千鶴子は、気を失いながら父親の殺される状況を目撃したと言います。

 (ここまでは児島襄著『日中戦争』の要約引用です)

 こういう惨殺行為はあちこちで起こりました。

(ここからはK・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』より引用)

1935年
5月 日本びいきの中国人新聞編集者二人が天津で殺害された。

8月 満州国の国境から天津に向けて走行中の列車が匪賊に襲撃され、約20名の乗客が殺害された。

11月9日 日本海軍准尉(准尉は原文のまま)の中山秀夫が上海国際租界で射殺された。

12月17日 天津の日本軍守備隊総司令官である多田陸軍中将の邸宅に爆弾が投げ込まれ、中国人の召使が負傷した。

12月25日 上海国際租界にある日本海軍の本部公館に爆弾が投げ込まれた。

1936年
1月21日 汕頭の日本領事館に所属する日本人警官が自宅から出勤途中、中国人に射殺された。

6月19日 山東省防東で日本人が中国人に射殺された。

6月26日 北京近くで中国軍の正規兵が、豊台日本軍守備隊に所属する日本兵に襲いかかり重傷を負わせた。
  それに対する謝罪を要求して中国軍の兵営に赴いた日本の陸軍大尉が中国軍兵士に刀と銃剣で切りつけられた。

7月10日 三井物産上海支店の日本人社員が国際租界で射殺された。

7月22日 天津の市役所所属の中国人警備兵が、天津の日本総領事館に勤務する二名の警官を領事館の前で銃撃した。
  一人は死亡、一人は重傷を負った。

8月23日 河北公共治安部隊の数名の兵士が天津の日本語学校を襲撃して略奪し、日本人の教師に暴行を加え拉致した。

9月19日 漢口の日本領事館の警官が中国人に射殺された。

9月23日 日本海軍の水兵が上海の街路で射殺された。他の二人の水兵は重傷を負った。

9月26日 湖南省湘潭にある日本の汽船会社の事務所に中国人の暴徒が放火

9月27日 長沙の日本領事館の建物に爆弾が投げ込まれた。

11月11日 日本の汽船会社の船乗りが上海で射殺された。

1937年
2月13日 漢口で日本人の事業家の妻が中国人に襲われた。

6月1日 中国人の暴徒の一団が天津付近の日本人経営の農場施設を襲い、一つの倉庫と三つの住居に放火し、多くの日本人従業員が負傷した。

 この他にも、数多くの暴行事件がありますが、字数の都合で省略します。

続く










●関連記事

幣原外相の対支宥和外交で図に乗った国民党
反日的教科書・無数の暴力行為(対日テロ)
第6章日本は侵略国か、それとも権利を侵害された国か(続)
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ5
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14404914.html

責任なし15 日本人記者惨殺事件
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26932596.html








人気ブログランキング
https://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

1日(0:00〜24:00)1回以上クリックよろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし16 テロ続発


これは「責任なし15 日本人記者惨殺事件」の続きです。


 成都で8月24日に日本人記者が惨殺されると、今度は、9月3日に広東省の北海市で『丸一洋行』店主・中野順三が惨殺されました。

 北海市には、8月24日、反蒋介石を主張する第19路軍の一部、フン照垣指揮の「抗日救国軍第一師」約千五百人が進駐し、随行してきた学生約三百人とともに「打倒日本賊」「打倒蒋介石漢奸」などのビラをまき、市内要所にたむろしていました。

 師長フン照垣は、進駐してくると、商務局を通じて立ち退き要求を繰り返し、中野順三も、やむなく承知して店じまいの準備を進めていました。

 ところが、9月3日午後7時ごろ、『丸一洋行』に30才前後の男二人が入ってきて、買物客の風情で店内を歩き回りながら、店番をしていた長男の清に、いきなり拳銃をつきつけ「ここは日本人の店か」と言ったのです。

 拳銃を向けられた清は、「お父さん」「お父さん」と連呼しつつ、二階にかけ上りました。
 二人は拳銃を発射し、その発射音を合図に十七、八才の青年四、五人がジャックナイフを振り回しながら乱入してきました。

 中野一家のうち、第二夫人は年少の男児三人をつれて外出中で、店には中野当人のほか第一夫人、長男清、長女千鶴子しかいません。
 第一夫人と長女千鶴子は長男清のあとを追おうとしましたが、乱入してきた一味に突き飛ばされました。

 二階に殺到した一味は、食事中の中野順三に襲いかかり、猿ぐつわをして壁におしつけナイフで右胸部、腹部、頸部を刺して殺害しました。
長男清は二階の窓から飛び降りて逃げ、階段をはいのぼってきた千鶴子は、気を失いながら父親の殺される状況を目撃したと言います。

 (ここまでは児島襄著『日中戦争』の要約引用です)

 こういう惨殺行為はあちこちで起こりました。

(ここからはK・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』より引用)

1935年
5月 日本びいきの中国人新聞編集者二人が天津で殺害された。

8月 満州国の国境から天津に向けて走行中の列車が匪賊に襲撃され、約20名の乗客が殺害された。

11月9日 日本海軍准尉(准尉は原文のまま)の中山秀夫が上海国際租界で射殺された。

12月17日 天津の日本軍守備隊総司令官である多田陸軍中将の邸宅に爆弾が投げ込まれ、中国人の召使が負傷した。

12月25日 上海国際租界にある日本海軍の本部公館に爆弾が投げ込まれた。

1936年
1月21日 汕頭の日本領事館に所属する日本人警官が自宅から出勤途中、中国人に射殺された。

6月19日 山東省防東で日本人が中国人に射殺された。

6月26日 北京近くで中国軍の正規兵が、豊台日本軍守備隊に所属する日本兵に襲いかかり重傷を負わせた。
  それに対する謝罪を要求して中国軍の兵営に赴いた日本の陸軍大尉が中国軍兵士に刀と銃剣で切りつけられた。

7月10日 三井物産上海支店の日本人社員が国際租界で射殺された。

7月22日 天津の市役所所属の中国人警備兵が、天津の日本総領事館に勤務する二名の警官を領事館の前で銃撃した。
  一人は死亡、一人は重傷を負った。

8月23日 河北公共治安部隊の数名の兵士が天津の日本語学校を襲撃して略奪し、日本人の教師に暴行を加え拉致した。

9月19日 漢口の日本領事館の警官が中国人に射殺された。

9月23日 日本海軍の水兵が上海の街路で射殺された。他の二人の水兵は重傷を負った。

9月26日 湖南省湘潭にある日本の汽船会社の事務所に中国人の暴徒が放火

9月27日 長沙の日本領事館の建物に爆弾が投げ込まれた。

11月11日 日本の汽船会社の船乗りが上海で射殺された。

1937年
2月13日 漢口で日本人の事業家の妻が中国人に襲われた。

6月1日 中国人の暴徒の一団が天津付近の日本人経営の農場施設を襲い、一つの倉庫と三つの住居に放火し、多くの日本人従業員が負傷した。

 この他にも、数多くの暴行事件がありますが、字数の都合で省略します。

続く










●関連記事

幣原外相の対支宥和外交で図に乗った国民党
反日的教科書・無数の暴力行為(対日テロ)
第6章日本は侵略国か、それとも権利を侵害された国か(続)
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ5
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14404914.html

責任なし15 日本人記者惨殺事件
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26932596.html








人気ブログランキング
https://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

1日(0:00〜24:00)1回以上クリックよろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし15 日本人記者惨殺事件


これは「責任なし14 中国が満州を侵略した」の続きです。


 満州事変以後、中国では反日が激化し、国民党中央常務委員会は、高等中学校以上の学校に「青年義勇軍」、初等中学校以下に「童子義勇軍」を組織させ、各学校の教職員、学生に「不買日貨」を宣誓させました。

 そして、これら「義勇軍」には、各自の胸に「団結奮闘雪恥救国」と墨書した白布をぬいつけ、毎朝の朝礼のさい「誓雪中国国恥」、「恢復中国領土」、…等のスローガンを高唱することを義務づけたのです。

 こうやって反日で高揚させられた学生達が、成都で日本人記者惨殺事件を起こしました。
 以下は児島襄著『日中戦争』の要約引用です。

----

 1936年5月、日本政府は1931年以来閉鎖していた成都の総領事館を再開しようと岩井英一領事代理を派遣しましたが、中国は上海で「成都駐在」を拒否しました。

 川越大使が「ともかく行け」というので、岩井は重慶まで行きましたが、中国側が「護照」(通行証)を発行せず、飛行機の搭乗券も売らないので、結局あきらめました。

 一方、岩井領事代理には、上海から四人の同行者がありました。『大阪毎日新聞』上海特派員渡辺洸三郎、『上海毎日新聞』記者深川経二、南満州鉄道上海事務所員田中武夫、漢口の『瀬戸洋行』店主瀬戸尚の四人です。

 彼らは、ともかく行く事にしました。瀬戸は商用で、他の3人は取材でです。
 総領事館開館には関係ないので、「護照」はすぐに発行されました。

 四人が成都に着くと「日本総領事館開館反対」の民衆大会が開かれ、「岩井領事は即刻四川を去れ」のビラが貼られていました。彼らは『大川旅館』に投宿します。

 そうした所、四人の部屋に中学生達が押しかけ、在室していた渡辺洸三郎と瀬戸尚の前でビラの文句を読み上げ、二人をにらみつけて立ち去ったのです。

 学生達が護衛の警官と大声で押問答をかさね、次第に市民たちも内庭に集まってくるので、警官は、しっかり鍵をかけて外に出るなと指示しました。

 午後五時ごろ、階下からガラスが割れる音、家具を打ち壊す音が響き、その音が一階から二階へと上昇して来、四人は危険を感じたので、室内の机、椅子をドアにあてがって防禦物としました。

 そうしたところドアの上半部が破られ、破口から中学生がのぞきこみ叫びました。中学生の叫びを合図に体当たりが加えられ、バリケードを蹴散らして十数人が乱入してきたのです。

 四人は「護照」を示し、総領事館と無関係であることを説明し、相手はようやく部屋を出て行きましたが、ものの30分もすると、また群衆が押し寄せ、前にも増して激しく打ち壊しをするようになりました。

 中国人警官はこの間に約40人に増員されていますが、丸腰なので静止できません。群衆は、またも四人の部屋に乱入し、今度は「殴れ」「殴れ」と叫びながら四人に殺到してきました。

 たちまち、深川経二が異様なうめき声をあげて倒れ、田中武夫は、その後は自分の記憶しかないと言っています。
 田中は両手を縛られた後、財布、時計その他身につけたものを略奪され、外に引きずり出されましたが、

旅館の庭、周辺は群衆で埋め尽くされていて、群衆は口々に田中を罵りました。
 現場には、警備司令部から派遣された武装兵士約二百人が来ていたのですが、発砲して群衆を解散させるでもなく、傍観していました。

 学生が田中を連行してくると、兵士が田中を引継ぎ市中を引き回しました。次々に群衆の殴打を受けながら夜の街を歩かされていましたが、右耳を棍棒で強打され倒れました。

 警官は「この男は死んだ」と叫んで、なおも殴ろうとする群衆を制し、人力車でカナダ人経営の『四聖病院』に運ばせたのです。田中は病院で気がつきましたが、群衆はなおも病院内に押しかけ、入れ代り立ち代り懐中電灯で田中の顔を照射しています。

 午後11時ごろ、督弁公署に移され、軍医の手当てを受けて、ようやく田中は安堵しました。瀬戸尚も督弁公署に運ばれていて、二人は無事を喜びあいましたが、残る二人の安否が気がかりでした。

 翌日、二人の死体が王府街の火神廟前で発見されました。二人とも全裸にされ、さんざん殴られ、顔もぐしゃぐしゃに潰されて、酸鼻をきわめた殺され方でした。

 この後、惨殺は広東省に飛び火します。

つづく










●関連記事

幣原外相の対支宥和外交で図に乗った国民党
反日的教科書・無数の暴力行為(対日テロ)
第6章日本は侵略国か、それとも権利を侵害された国か(続)
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ5
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14404914.html

成都で第11回「日中友好交流会議」を開催・野中広務らが出席
1936年に成都であった日本人記者惨殺事件
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/20254672.html








人気ブログランキング
https://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

1日(0:00〜24:00)1回以上クリックよろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし14 満州を侵略したのは中国


これは「責任なし13 満州事変は侵略か?」の続きです。


 辛亥革命で清朝が滅んだ時、蒙古・ウィグル・チベット等、清朝に征服されていた諸民族は独立を宣言しました。
 ところが中国は、これを許さず侵略に乗り出したのです。自分たちが満州族の支配を排して独立したにも関わらず。

 当然、満州も自分とこの物と決め付けています。
 この考え方の不自然さに気づかない日本人が沢山います。

 満州族から独立した中国が、「満州は自分の物」と言うのは、日本から独立した韓国が「日本は韓国の物」と言う様な物です。
 そして中国が「蒙古やウィグル、チベット、台湾等を自分の物」と言うのは、韓国が「台湾や南洋群島を自分の物」と言うのと同じ事なのです。

 満州族が中国を支配し《同様に蒙古やウィグル、チベット、台湾等を支配していた》のです。
 それは、日本が韓国を支配し、《同様に台湾や南洋群島を支配していた》のと同じ事でしょう。

 そんな中国の理屈が通るのなら、韓国が日本や台湾を自分の物という理屈も通ります。
 満州は、中国の領土ではありません。満州人の土地です。

 中国が満州・蒙古を侵略していたのです。
 満蒙の人達は中国の侵略に抵抗していました。

 日本政府は中立と称して満蒙独立運動を見殺しにしていたので、日本の民間人有志(本土から来た連中、のち右翼と呼ばれる)がこれを応援していたのです。

 日本政府が「日本人有志の行動」を妨害したため、中国の満蒙侵略は順調に進みました。
 侵略者中国は図に乗って、日本人居留民を迫害、法律を無茶苦茶に変え、

日本人が生きていけないまでに追い詰めたため、関東軍が立ち上がり、一向一揆のように暴虐な侵略者を追い出し、満蒙独立運動を助けて、土地を本来の所有者である満州人に取り返してあげたのです。

1931年9月、柳条湖事件

9月下旬、遼寧省、吉林省、黒龍江省、コロンバイル等は独立を宣言

10月、満州各地の代表が揃って、天津に溥儀を訪ね出馬を懇請

11月、溥儀、天津脱出

1932年 満州国建国、溥儀執政に就任

 出来たばかりの満州国に自衛能力はありません。官僚組織も不十分です。いきおい関東軍が指図することになります。
なにしろ中国が常に再侵略を狙っていましたから。 この後も中国は満州を度々侵犯します。

 中国が満州を侵犯したため関東軍は熱河作戦を断行、結果、本来の満州の領域を回収しました。

次に、中国が長城の南から熱河を侵犯したため、長城作戦を行い、長城の南へと反撃、長城の南に非武装地帯をつくる塘沽停戦協定を結んで事変は終了しました。

 ところが、1934年(昭和9年)11月 宋哲元の部下の馮治安の部隊が突如、熱河省を侵犯し、大灘西方20キロの断木梁という部落に進出
 1935年5月24日、「抗日義勇軍」を名乗る匪賊が長城を越え熱河を侵犯したのです。

 そこで土肥原少将は、6月28日、断木梁侵犯なんか絶対に出来ない様にと、新たに《京綏鉄道以北の察哈爾省内に非武装地帯を設定する》という協定を秦徳純に結ばせました。

 いわゆる土肥原・秦徳純協定です。

 2年後日中戦争が始まりますが、戦後、日本がいなくなると、中国は、早速、満州・蒙古・ウィグル・チベットを侵略し、満州の地名を抹殺しました。満州語は既に絶滅の危機に瀕しています。

 というわけで、満州を侵略したのは中国です。日本はそれを一時中断させたに過ぎません。

 日本は、満州国というカイライ政権を作り侵略したと言われますが、少なくとも満州国は独立国でした。建前だけでも。
 ところが中国は満州を完全に中国の一部とし、満州という地名すら抹殺したのです。どちらが悪質か明らかでしょう。

 日本に満州侵略を妨害された中国は、逆恨みしてテロを激化させます。


 つづく










●関連記事

責任なし7 満州事変の背景
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26545300.html

責任なし8 満蒙独立運動1
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26573808.html
責任なし8 満蒙独立運動2
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26608321.html
責任なし8 満蒙独立運動3
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26648393.html
責任なし8 満蒙独立運動4
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
日本は歴史の学習効果なく100年前から進歩しない
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26686330.html

責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26788294.html

責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
「梅津・何応欽協定」→「土肥原・秦徳純協定」→冀東防共自治政府設立
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26821643.html

責任なし13 満州事変は侵略か
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26860979.html








くつろぐブログランキング
→ビジネス・経済→政治
http://kutsulog.net/index.php?id=66431
クリック、よろしくお願いします

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

Yahoo!掲示板


投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし13 満州事変は侵略か


これは「責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで」の続きです。


 世間一般では日本が満州を侵略したことになっています。そしてそれに都合の良い材料はゴマンとあります。
 しかし、果たしてそれでいいのでしょうか。

 満州事変が起こるまでには、長い中国の反日策謀と嫌がらせがありました。日本はこれに耐えていたのです。

 第一次南京事件における、日本領事館襲撃、居留民に対する暴行・乱暴狼藉、そして済南における大虐殺等、これら“人間の所業とも思えない”中国人の暴虐に警戒感を抱いた日本人が、満州を分離しようと考えても不思議ではないでしょう。

 満州はもともと中国人の土地ではありません。満州人の土地です。従って、分離しても何の問題もないはずです。

 中国が辛亥革命で清朝を倒した時、他の民族も独立を宣言しました。ところが中国は、蒙古や他の民族の独立を認めないと言うのです。自分たちが、満州人の支配を脱して独立したにも関わらず。

 そのことから、満蒙独立運動が起こり、中国は満蒙を侵略しました。そして、そこにある日本の利権を侵害したのです。中国の圧迫は段々激しくなります。

 一方、済南虐殺事件を見るに及んで河本大佐は中国の動乱を満州に入れないため、張作霖爆殺を決行しました。
 ところが、これが中国の迫害をさらに激化させ、日本人の生存権をことごとく奪う挙に出られたわけです。

 その為、こらえ切れなくなった関東軍が自衛行動を起こし、本来の土地の持ち主に返して上げる挙に出たのです。

 元々中国が、満州を侵略していたのです。日本は土地を本来の持ち主に取り返して上げたにすぎません。侵略者の中国に、侵略呼ばわりされるいわれはありません。満州人に言われるのなら別ですが。

 関東軍がふんぞり返り、満州を我が物のように扱っていたのは事実です。しかし建前は独立国です。朝鮮や台湾と違って日本に併合していません。ということは、将来において真の独立国になれる可能性は残されています。

 侵略を邪魔された中国は、逆恨みして、反日運動を激化させ、執拗に満州再侵略を試みました。この事が熱河作戦をよび、それが長城の南に非武装地帯を作るという 塘沽停戦協定を招いてしまったわけです。

 それでも、中国は、執拗に満州侵略を繰り返します。その為、“断木梁侵犯なんか絶対に出来ない様にと、新たに《京綏鉄道以北の察哈爾省内に非武装地帯を設定する》”という新たな土肥原・秦徳純協定を結ばせられてしまいました。

 それでも尚、緩衝地帯へ匪賊を侵入させ熱河を侵犯させたり、はたまた華北に便衣隊を送り込み、共産党の策動を許して、華北を物情騒然とさせたりするものですから、梅津・何応欽協定を結ばされてしまったのです。

 ところがそうすると、中国は経済改革でもって満州国潰しを画策してきました。その為、土肥原少将は、満州国防衛のために、やむなく、北支に親日的政権を樹立させることにしました。

 別に日本は侵略しようとして、そうしたわけではありません。中国が執拗に攻撃してくるからそれに対応し、自衛していただけです。
 中国は、自分の攻撃を隠し、日本の反撃を侵略と宣伝します。

 中国が先に何をやったかを見ずに、山東出兵、張作霖爆殺事件、満州事変、錦州爆撃、熱河作戦、長城作戦、関内作戦、北支に非武装地帯設定、梅津・何応欽協定、土肥原・秦徳純協定、冀東防共自治政府と並べれば、日本の侵略に見えるでしょう。

 でも先に中国が何をしたかいう事に気づけば、全てが逆である事が見えてきます。
 中国は、先に殴っといて、反撃されると「侵略だ!」と言ってるわけです。彼らの無分別な乱暴を抑止する行為を侵略と言ってるのです。

 日本の行為を侵略と言うのは簡単です。教科書も世論も外国も皆そう言ってますから。証拠を挙げる必要もありません。それは一番楽なやり方です。

 しかし、その前に中国が何をしたかを知るべきでしょう。

 つづく










●関連記事

責任なし4 第一次南京事件(1927年)
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26397744.html

責任なし5 済南事件1
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26435169.html
責任なし5 済南事件2
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
済南事件の日本人犠牲者の検死写真が『レイプ・オブ・ナンキン』や支那の教科書では731部隊の人体実験と掲載
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26474473.html

責任なし6 張作霖爆殺事件
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
ロシアの歴史家ドミトリー・プロホロフはソ連特務機関が暗殺したと断言・謎が残る張作霖暗殺
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26510769.html

責任なし7 満州事変の背景
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26545300.html

責任なし8 満蒙独立運動1
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26573808.html
責任なし8 満蒙独立運動2
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26608321.html
責任なし8 満蒙独立運動3
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26648393.html
責任なし8 満蒙独立運動4
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
日本は歴史の学習効果なく100年前から進歩しない
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26686330.html

責任なし11 中国の満州侵犯と熱河作戦
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26788294.html

責任なし12 塘沽協定から冀察委員会まで
Yahoo!掲示板でrekisisiranai さんが語った真実の歴史
「梅津・何応欽協定」→「土肥原・秦徳純協定」→冀東防共自治政府設立
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/26821643.html









人気ブログランキング
https://blog.with2.net/in.php?671525

くつろぐブログランキング
http://kutsulog.net/index.php?id=66431

1日(0:00〜24:00)1回以上クリックよろしくお願いします


  ∧_∧
 ( ・∀・) よろしく ↑
 ( ∪ ∪
 と__)__)

転載元転載元: 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
いかづちまる
いかづちまる
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

友だち(10)
  • 大和タケル
  • 妻田北
  • 水を護る国家事業の実施を
  • 日中国交正常化45年南京80年に学ぶ
  • マレーシアにまた行きたいな
  • 平和防災愛国
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事