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先日、ブロ友「マリさん」の記事で、プロ仕様のシンセ群と彼女が作ったサウンドを聞かせていただきました。
キーボードで言うと、当時オーバーハイムと並んで欲しくてもとても買えなかったプロフィット5(180万くらいしたような気が)などがサラリと一覧に載っていて、もう羨望の眼差しです。
曲で使用しているのは最近の音源中心ですが、それにしてもシンセの進化は凄まじい。コンピューターの進化のスピードを考えれば良く解ります。
それにしても素晴らしいですね。アナログ、PCM、それにサンプラーを自由に使っていますし、イフェクターの使い方、ミキシングも納得です。
Macのソフトの様ですが、昔から定評がありましたからね。今は波形を読み込んでサウンド合成を行うとのこと。欲しいなあ・・・(^^)
私がこの世界から足を洗ってから早20年弱、もうすっかり「浦島太郎」状態です。
もう触発される歳ではありませんが、やはり当時の事を思い出します。
月給十数万の給料の中から一つ10万20万する機材を買い始め、最後は30万もするものをポンポンと買いそろえました。これじゃ、神様が火事という天罰を下すわけだ(^^)
30年前、まず私が買ったのはヤマハのミュージックコンピューターでした。
これはあの「ファミコン」で使われているMSX(カセットを差すタイプ)コンピューターで、データーの記録もカセットテープレコーダー。
ピーーーーガーーーーと読み込んでから曲を作り始め、データーの保存にまたピーーーーガーーーー。
その後、フロッピーディスクを使って即座にデーターを保存出来るようになった時の、あの感動と言ったら・・・。今の人には分かりますまい。
また、当時はまだMIDI(コンピューターに音源を接続して同期させる規格)が出る前でした。
キーボードはローランドのJUNO−60。ドラムマシーンはジャグ・ボックスのDPM−48。サンプリングキーボードはエンソニックのミラージュ。
これらを手弾きで演奏し、ティアックのマルチトラックレコーダー・カスタム244で多重録音していました。
YAMAHA CX−5 CX−7M
ROLAND JUNO−60
JUGGBOX DPM−48
ENSONIQ MIRAGE
そしてそのすぐ後です。MIDIが出来て各楽器に搭載され、早速買ったのが名器ヤマハDX−7。
アナログ音源からFM音源になり、今まで不得意だった金属音まで出せるようになりました。画期的でしたよ。
世界のミュージックシーンがこの音にまみれました。
と、ここで火事に遭って全て消失。全てパー。
しかし、音楽への情熱は消えません。すかさず新たにシステムを組み直し、ミュージックコンピューターCX−7Mと再びマルチトラックレコーダーを買いました。
このコンピューター、今と容量が全く違いますから、同時に出る音が8音まで。
これでオーケストラをやろうと思うと最大8音にアレンジしなければなりませんでしたが、それはそれで楽しい作業でしたね。
かえってオールオーケーより頭の体操的な喜びがありましたよ。
その後、MIDI搭載の音源が充実してくると、その音符データーをシーケンサー「ヤマハQX−3」(演奏データーを溜め込むコンピューター)に溜め込み、沢山の音を同時に出せる様になります。
こうなると、沢山の音で大きい規模の曲を書きたくなるのは世の常。
サンプリングシンセサイザー「ローランドS−50」。そしてこれを2台分搭載した音源「S−550」、PCM音源ローランド「U−110」。
これらは音のサンプリングデーターも必要です。沢山出されていましたが、これらも買いました。
そして、リズムマシーン・ヤマハRX−5と機材が増えて行ったのです。
ROLAND S−50
ROLAND S−550
ROLAND U−110
YAMAHA RX−5
しかし、機材はこれだけでは済みません。
MIDI統括する機械、エフェクターもリバーブレーター(残響マシン。エコーみたいなもの)やコーラス(モノラルをステレオの様に広げるもの)ですし、当然音源が増えればミキサーも必要になります。
トータルすると200万を超えていますが、プロフィト5に比べたら・・・ねえ(^^)
今思えば「独身ならではの投資」ですが、無駄だったとは思っていません。
自分の曲を音に出来る喜びは何事にも替えられませんし、友人の結婚式も私の結婚式も、披露宴では自作の曲を作り上げて披露? 出来たのですから。入退場から歌の伴奏から何から何までオリジナル。
仕事から帰ると曲を書き、音符データーを打ち込み。そこから数値を入力して曲に表情を付けて行く。あっと言う間に朝を迎える毎日でした。
・・・懐かしき、青春のひとこまです。
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