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今年のノーベル賞が発表されました。 注目の物理学賞は、「遠距離の超新星観測を通じた宇宙の膨張加速の発見」。 では、今回も池ちゃん流に分かりやすく参りましょう。 まずはアインシュタインが提唱した「宇宙膨張論」から。 「宇宙は膨張している」 これは簡単に言うと「膨張していないとおかしい」という考えです。 地球と太陽、月と地球の間にも引力があるように、宇宙の至る所で引力が働いています。であれば、星と星、銀河と銀河はどんどん引き寄せられて、やがて宇宙自体が小さく集まるはずである。 しかし、そうならない。何故だろう? それは、引力以上の引き離す力が働いているからだ。つまり宇宙が膨張しているからに違いない。と、こういう事なのです。 そして、その膨張速度は多分減速しているだろう、そう考えられていました。 さて、今回受賞した研究では、「1a型」という“超新星”を観測しました。 ところで、この「超新星」とは何でしょう。歌手のクループ名ではありません。 これは、太陽のように自分で光を放つ質量の巨大な星が、寿命を迎えた時の大爆発です。 まるで「新しい星の誕生」のように強い光を放つのでそう呼ばれていますが、実は新しい星ではないのです。 この「1a型超新星」の光は銀河に相当するほどのもの。 宇宙の果てまで光が強く届くので、地球からこの超新星のある銀河までの距離も、その色からどれだけの速さで遠ざかっているのかも分かるのです。 (以前書きましたが、これは「光のドップラー効果」によるもの。近づく光は青くなり、遠ざかる光は赤くなります) しかし、世の中そう甘くはない。“超新星”は、どの銀河でも100万年に数回しか発生しない稀なもの。 そのために4メートル級望遠鏡で数千もの銀河を監視し続け、50個以上の1a型超新星を見つけて「地球からの距離」と「遠ざかる速度」を正確に求めたのでありました。 そして、「宇宙の膨張速度が加速している」事を立証出来たのです。 さすがはノーベル賞。
どの研究も気の遠くなるものばかりですね。 |
物理・量子・相対論
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読売オンラインニュースでとんでもないものを目にした。 なんと、ニュートリノが光速を越えている事を確認したと言うのだ。 超光速粒子、日欧機関が観測…相対性理論に矛盾 名古屋大学は23日、ニュートリノと呼ばれる粒子が、光速よりも速く飛んでいるとの測定結果が得られたと発表した。 物体の速度や運動について説明するアインシュタインの相対性理論では宇宙で最も速いのは光だとしているが、今回の結果はそれと矛盾している。 測定結果が正しければ、現在の物理学を根本から変える可能性がある。 光の速さは真空中で秒速約30万キロ・メートルで、今回の測定では、これよりも7・5キロ・メートル速い計算となった。この測定結果について研究チームは、現代物理学では説明がつかないとし、世界の研究者の意見を聞くため、発表に踏み切った。 観測が行われたのは、名古屋大学などが参加する日欧国際共同研究「OPERA実験」。スイス・ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)から、730キロ・メートル離れたイタリア中部の研究所へとニュートリノを飛ばし、その飛行時間を精密に測定した。その結果、光速では2・4ミリ秒で届くところが、その時間よりも1億分の6秒速く到達した。光速より0・0025%速い速度だった。 研究チームは過去3年間にわたって、ニュートリノの飛行速度を計15000回測定。観測ミスや統計誤差ではない確かな数値であることを確認した。 読売オンライン最新ニュースより 今までこのブログで解説してきた「相対性理論」と「ニュートリノ」。 その全ては「光速を越える物は無い」という前提に基づいており、特殊相対論・一般相対論へと進んで行く。 では「相対論」は嘘であったのか? そんな事は無い。 この理論に基づいて、GPSも人工衛星も正確な位置を保っているのだ。 では何がどう違っているのか? 計測結果によって否定されたにも関わらず、相対論に基づいた現在の技術は成り立っている。 つまり、間違いでは無く新たな認識が必要であるということなのだ。 私は今、仕事に追われてこの画期的なニュースを追うことが出来ない。 「サイエンス」を読むことすら出来ない事が悔しい。 そのくらい、物理学にとってこのニュースは画期的であり、とてつもないものなのである。 いずれ、この話題は追跡報告をしたいと思う。興味のある方は御期待あれ!
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量子論。 時々物理記事に出てきますが、これは一体どういうものでしょう。 いや、それよりそもそも「量子」って何? 今回は、その量子論のお話です。 量子論は、あの天才物理学者「アインシュタイン」が完成させた20世紀最大の理論「相対性理論」と並ぶ、物理学界の理論です。 では、この二つの違いは何でしょうか? それは、その理論が適応する世界の「大きさ」になります。 「相対性理論」は我々の目に見える大きさ、つまり「マクロ世界」の物理学であり、「量子論」は目に見えないほど小さな「ミクロ(1ミリメートルの1000万分の1。分子よりも小さい)世界」の物理学なのです。 しかし、何故「世界の大きさ」で理論を分ける必要があるのでしょう。大きくたって小さくたって、物理に違いは無いはずですよね? ところが不思議な事に、我々の住むマクロ世界の力学が、極小のミクロ世界では通用しません。ミクロ世界は我々が体験できる常識が通用しない「不思議世界」なのです。 ですから、アインシュタインは死ぬまで「量子論」を否定し、「神はサイ(サイコロ)を振らない」と言い続けたのです。 しかし、その主張は覆され、実験において理論が証明されました。アインシュタインも認めざるを得ないというわけです。 なるほど「適応する世界の大きさ」は分かりました。しかし「量子」とは何なのか、ここですよね? 例えば「水」で考えてみます。 「水」という“物質”を動かすと「波」という“状態”が発生しますが、波は物質では無くあくまでも「状態」であり、我々の目に見える世界では「物質」と「状態」をはっきりと区別する事が出来ます。 しかし、原子より小さいミクロの世界ではそうは行きません。区別がつかなくなります。 「量子」の代表格である“電子”の場合はどうでしょう。 電子は「物質」ではなくて「状態」です。「波」だけが存在し、「水」に相当する“物質”がありません。 このように、“物質”的な「粒子性」と、“状態”という「波動性」の両方を持つものを、「量子」と呼んで区別し、その理論が「量子論」、原理が「量子力学」となります。 最後に来て少々難しくなりましたが、「ミクロの物理が量子論・マクロの物理が相対論」と覚えておけばまず間違い無いでしょう。
「量子論」。機会があったらまた御紹介いたします。 |
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私が嫌いな量子の世界です。 以前「シュレーディンガーの猫」の記事を書きましたが、少しおさらいしましょう。 量子力学では、まだ確認していない段階では「原子核崩壊」が起きた状態と起きていない状態の両方が同時に存在していて、「観測した瞬間に(結果が分かったら)そのどちらかに確定する」という事になっています。 例えば「風船」で考えると、今にも割れそうな風船を箱に入れた時から(観測開始)「膨らんだ風船と割れた風船」の両方が箱の中に同時に存在し、蓋を開けて割れているかいないか確認した時点で確定する、という事なのです。 日常では「風船が二つ存在する」なんて事などあり得ません。 そこで、もしも「量子の世界」と「日常の世界」をリンクさせたらどう説明するのか。「原子核崩壊が起きると(量子の世界)スイッチが入って猫が死ぬ(日常の世界)装置」というパラドックスを考えたのです。 こうなると、量子の世界では「原子核崩壊」は起きた状態と起きていない状態が両方同時に存在しているのですから、それと連動している日常世界の猫も「生きている状態」と「死んでいる状態」が共存し、中を見た瞬間にどちらかに確定する事になります。 シュレーディンガーは「こんな馬鹿げた話は無い。箱の中を見る前から猫の生死はどちらかに決まっているはずで、見た途端に生死が決まるのは明らかにおかしい」と述べ、この量子論的な結論は今になっても明確な説明がつかない難問となっているのです。 さて、いよいよパラレルワールドです。 早速「シュレーディンガーの猫」を発展させてみましょう。 日常ではいくら理解しにくくても、量子的に考えるとこうなります。 「観測を始めた瞬間に、『生きている猫がいる世界』と『死んでいる猫がいる世界』に枝分かれする」 つまり、世界(宇宙)が二つ存在する。この「多重宇宙論」で解釈できる、となります。 これは「状況の数だけ宇宙が生まれ、枝分かれして行く」のですから、当然猫を見ている自分も複数存在します。 ただし、互いの世界は一切接点が無く、自分にとってはそれぞれの世界が「唯一の世界」であり、物理的に孤立していて気づきません。 つまり、観測を始めるたびに世界が枝分かれをし、世界が増えながら同時進行して行く多重世界なのです。 量子力学では、この解釈を「多世界解釈(パラレルワールド)」と呼び、難解な性質を説明する一つの解釈として用いています。
観測する度に世界が分かれる「ねずみ算式パラレルワールド」。 不思議・不可思議・超違和感。 やはり私には「量子力学」は性に合わないようです。 |
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コメント欄にて「光の速度」についてやりとりがありましたので、今回はその内容を解りやすくお話しいたしましょう。 「相対性理論」とは、1900年頃にアインシュタインが確立した画期的な理論でした。 学問としては非常に難しいのですが、「話」としてはとても面白く、単純なものです。 今回は、なぜこの理論が生まれることになったのか、その背景をお話ししましょう。 1887年、「アルバート・マイケルソン」と「エドワード・モーリー」によって、ある実験が行なわれました。 それは二人の名前からとって「マイケルソン・モーリーの実験」と呼ばれたのですが、その実験結果があまりに不可思議だったために、当時の物理学界は新しい理論を作るしか説明する方法が無かったのです。 では、その実験結果とはどのようなものだったのでしょう。 これは、今までの常識では考えられない事でした。 例えば、時速5キロで動く歩く歩道の上を、同じ時速5キロの速さで歩いたらどうなるでしょう。 歩道の外から見ると、5+5=10キロで移動しているように見えますが、歩道の上で立ち止まっている人からは時速5キロで移動しているように見えます。 (以前記事で書きましたので詳しくはそちらをご覧下さい) 「解ったつもり『相対性理論』4」 これを地球で考えた場合、私たちの目から見る地球は「動く歩道の上」と同じで動きを感じませんが、地球の外から見ると、自転しながら凄まじいスピードで太陽の周りを回っています。 であれば、移動速度と光の速度が足し算或いは引き算される筈なのですが、何と観測者が地球上のどの方向から観測しても光の速度が一定だったのです。これでは「速度=距離÷時間」の公理が成り立ちません。 これは明らかな「矛盾」です。 ニュートン以来培われてきた「時間と空間は絶対・不変である」という原理が正しければ、速度が不変などという事などあり得ないのです。イコールではなくなってしまうのですから。 さて、この矛盾をどうやって解決すれば良いか? そこでアインシュタインは考えました。 「光の速度が変わらないのであれば、それを公理とする(光速度は常に不変)」 と、書き換えられた既存の方程式。 これで「式」としては辻褄が合いますが、今度は不思議な現象が起きてしまいます。 「速度=距離÷時間」の「速度が一定」ということになると、「距離」に合わせて今まで不変とされていた「時間」が変動せざるを得ません。 つまり、高速で飛んでいるロケットから見る光と、制止している場所から見る光の速度が同じとなるには、「観測する空間の移動速度が増すと、時間の速度が遅くなる」となるしか無いのです。 ここから「相対性理論」は始まりました。 この先は過去記事を読んでいただくとして、「相対性理論」はあくまでも時代の産物。「実験結果から生まれた矛盾の解決」であった事がお分かり頂けたでしょう。 「矛盾があるなら無いように公式を変えてしまう」 何とも大胆で面白い話ですよね。 注:ここで言う「相対性理論」とは、「特殊相対性理論」と呼ばれるものです
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