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いよいよ今回は「予知夢」の非科学的な考察です。
今まで物理記事で度々出てきましたが、「辻褄が合わないのなら合うように式を変えてしまう」というやり方があります。
「未来を夢で見る」「しかし、時間の行き来など出来ない」
さて、この辻褄が合わない方程式をどう変えれば良いのでしょう。
「夢だから未来を見ることが出来る」
と、こうすれば良いのですが、しかしこれではまだ弱い。
相対性理論でも、ワームホールの様な「空間のねじれ」を通れば時間を行き来出来ると考えられています。しかし、巨大な質量故に押しつぶされて消滅してしまいますし、光の速度以下で簡単に行き来出来る距離にワームホールは存在しません。
ではどうするのか。そこで出てくるのが、先ほどお話しした「方程式を変えてしまう」考え方です。
アインシュタインは、それまでの「時間は不変」の上に立つと、どの方向から観測しても光の速度が一定となった測定結果では公理が成り立たず(『速度*時間=距離』)、「速度が一定なら時間と距離が動くと考えればよい」として相対性理論を考え始めました。
また、パウリ博士は「『1−1=0』が成り立たないのなら、成り立つように見えない何かが飛び出している事にしてしまえばいい」と、強引に未知なる物質・ニュートリノを理論上で作りだしてしまいました。
この理論で行けば、「ワームホールをくぐり抜けられる、光より速い何かがある事にしてしまえば良い」となります。
では、それは一体何か。
まず、巨大な質量にも押しつぶされないものとして、「信号」の様な非・物体であると考えてみましょう。
実際は、脳波そのものは電気信号・パルスという物質であり、光速を超えられません。
そこで考えられるのが、人類が今でも計測出来ていない「念」のようなもの。
例えば「心」を例にとりましょう。
世の中には「4歳児程度の人工知能」が存在しますが、果たして「心」を持っているのでしょうか。人間の1歳児・2歳児は立派に心を持っています。
昨夜のテレビでは「犬のテレパシー」をやっていました。
遠く離れた飼い主が帰り支度を始めた途端に、犬が飼い主の帰宅を待つ為に玄関に移動しました。これこそ「念」「心」が飛んでいる証拠です。
あると分かっていても計測出来ない「念」や「心」。計測出来ないのですから、これが光の速度を超えないと、どうして言い切れるのでしょう。
近いものとして「霊波」も考えられます。
これも計測出来ていませんが、電気・電波と近い性質を持っていて、電気製品に吸い寄せられると考えられています。
いずれにせよ、これらの波動? が光より速く飛び交い、遠く離れた知人の危機を察知したり、ワームホールをくぐって時空を移動し、人の脳がそれを受信して映像として感じ取るのです。
それどころか、「念」にはそもそも「速度」というものが無いのかも知れません。「空間の移動」であれば瞬時に移動も出来るし、場合によっては量子の世界の様に「同時に存在する」事も出来るでしょう。
生きている人の念が地球の反対側に存在する「生き霊」などもこれで説明が付きます。
ワームホールさえもくぐり抜け、時空間を自由に行き来できる「念」「心」「意識」。
これこそが「予知夢」の正体である。
どうでしょう、言い切ってしまいました。
ところで、私は冒頭で「非科学的」と確かに言いましたが、これらは明らかな絵空事としては書いておりません。科学的事例も交え、かなり信憑性を高めているつもりです。
ただ、この手の話の弱みは「反証出来ない」ところ。
この様な、一見科学的に見えて、実は全く根拠の無いものを「疑似科学」(偽科学)と言い、定義としては「反証出来ないもの」として分類されています(似たようなものに「類似科学」がありますが、それとはまた違います)。
他には疑似科学と言うとどんなものがあるでしょう。
例えば「血液型診断」「健康食品」「マイナスイオン」「ピラミッドパワー」等々、挙げればキリがありません。
ところが、この「疑似科学」ほど話として面白いものは無く、昔から人が飛びつきテレビや雑誌でも特集が組まれるのがこの分野でもあります。
脱線しそうなので、この話はまたいずれ・・・。
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