池月映のブログ

合気の発見者 武田惣角 消えた真実の研究

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 小説「合気の武田惣角」は、男女双子・視覚障がい者の兄妹愛、これまでの小説で初めてという特徴です。日本点字図書館に情報提供した結果、障がい者の共感が得られる。音声CD図書として、8月30日、内部のサピエ図書館から配信されました。

 小説はリクエストで選ばれ、有名な文学賞、ベストセラーが多い。受賞なしの作品が選ばれるのは珍しいかもしれません。

 視覚障がい者がパソコンでダウンロード、専用受信機(プレストーク)で聞くことができます。録音時間が7時間45分ですから、2倍、3倍の速度で聞くこともできます。

 CD録音で聞くには、サピエ図書館にIDの申請をして、2、3週間後に許可が出て利用できるそうです。IDを持っている方はすぐ聞くことができます。目の不自由な方は受信機を持っている方が多く、ぜひお勧めください。
 10月以降、CDの貸し出しも行われますが、CDの販売はしないそうです。

 今日までの3日間で、利用率第3位の好評です。

 こうなると、紙芝居をつくる計画も早まりそうですね。
 


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テレビ放映の感想

 「解明・福島の謎」 地元のKFBテレビの山崎聡子美人アナウンサーが取材して、福島生まれの武道を知っていますかと、空手、ボクシング、柔道の道場に聞いてもわからない。福島の合気道場に聞くと、それは合気道です。その元になったのは、会津坂下町生まれの大東流合気柔術武田惣角です。

 私の「合気の武田惣角」を本を持って、私の自宅を取材。合気は福島が生んだ武道です。武田惣角の概要を話しました。最後は霊山神社の写真が映り、西郷頼母のテロップで終わりました。

 県内の一般の方は、大東流のことはほとんど知らない。私が調査した藩士御供番、合気を教えた天才易者の話は放映されませんでした。放映時間が5、6分ですからやむを得ない。

 次回は武田惣角の謎を放映してもらいたいと思いました。

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 8月23日(火)、福島放送のスーパーJチャンネルの「解明・福島のナゾ」で、あの武道は福島で生まれたと番組表に紹介されています。(先週の放送時間は18時40分から7分間)

 合気道の元になった大東流として、私と霊山神社足立宮司が出演します。私の「合気の武田惣角」も紹介される予定です。
 子孫で宗家を名乗る方は、これまでのようにマスコミ、研究者の取材を拒否されています。私の作品は面会して、すべて情報提供しておりますので、黙認されているようです。

 これまでの史実では地元の理解は得られず、大東流・合気発祥、武田惣角翁の顕彰碑は建ちません。地元新聞の「みんゆう随想」とともに、県内の理解を深めてもらうつもりです。

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 今回の紹介者は、戊辰戦争後に、武田惣角生家の貸家(隣り)に入居した会津藩士御供番100石の佐藤金右衛門。御供番は藩主護衛役で武芸十八般の達人集団です。城中護身術の御式内は、関節技・当て身の柔術です。
 息子健四郎は戦死、黒河内権助の三女トミが妻(姉の次女タツが武田惣吉〔惣角の父〕の後妻になったことで、貸家に入居。「惣角一代記」に居合の名人が近くにいたとあります。
 孫の佐藤忠孝は惣角と一緒に小野派一刀流道場にかよい、西南戦争に参戦後、小学校教師になり、娘も教師になり自伝がつくられた。
 孫娘コンは、惣角の妻になった。

 大東流史実に書けば、甲斐武田から伝えられた武術という信ぴょう性が低くなるのでしょう。惣角の実母は柳津の農家生まれです。義母は黒河内伝五郎の娘富ではありませんが、同姓で親戚のため、有名な伝五郎の娘にしたと思われます。
 大東流が故郷に情報提供しない理由の一つでもあります。
 真実をを書けば、姿三四郎のようにテレビ・映画になり、顕彰碑が建ったと思いますが、それよりも宗家36代の格式を選択したことになります。

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福島民友新聞(7/2)の随想、3作目。1、2作目は自分の作品のPRでしたが、一般読者向けの内容です。
 大河ドラマ「八重の桜」のとき、たくさんの便乗作品がありました。どこにも書いていなかったのが、どうして力持ちになったのか。地元郷土史家の調査がありました。身長は同志社大学が発表した155センチよりも低い、武田惣角と同じぐらい(150センチ)の写真がありました。

 幕末の力士白真弓は、背中に4俵、胸に2俵、両手に2俵の合計8俵を、アメリカの軍艦まで担いだ記録があります。おいしい米を食べて、うまい酒を飲んで力持ちになったと、外人に答えた。

 武田惣角の生家御池村に、同じ白真弓幸平の力士がいました。お墓には武田興平とあります。惣角の父大関白糸の弟子になります。大東流合気武道宗家36代は時宗氏になっておりますが、惣角、惣吉、惣右衛門、興平と遡ります。

 つまり、興平以前の宗家の名前は他家を引用したものでした。村内には惣角生家に男子後継がなく、武田家から養子を迎え、明治になって竹田姓から武田姓になった証拠があります。
先祖甲斐武田の証拠はありません。
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