池月映のブログ

合気の発見者 武田惣角 消えた真実の研究

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雑誌「大武道」

 書店で、新刊雑誌「大武道」(東邦出版社)を見た。武道の達人の対談の中で、山田英司氏は武田惣角を取り上げている。会津藩に伝わったという伝承は証拠がなく、否定している。しかし、武田惣角は多くの武道家と対戦し、技を残しているとありました。
 戦前は美化された仮託の史実があったものの、現代は情報化社会で歴史の証明は可能である。本音で武道を語る雑誌の姿勢は、評価できると思います。

  ユーチューブの大東流映像には甲斐武田の史実、達人の映像が公開されている。最初に武田時宗氏が書いた大東流由来があり、会津に来て西光寺観世菩薩縁起に記録があるとされる武田国次(国継)は、他家の先祖で位牌と墓碑もあります。  国会図書館の調査では甲斐武田家の文献に該当者はないと、ネットにあります。

  惣角生家の先祖は、男子跡継ぎがなく村内武田家から養子をもらって、武田性を名乗ったという説がありました。幕末は竹田姓、農民なので戊辰戦争で父は武田性をなのれなかった。小野派一刀流の額は竹田宗角で、明治5年の新戸籍から村内の竹田姓4戸は武田性になったと思われます。生家には過去帳や位牌などの証拠は残されておりません。

 小説が有名になって、北海道白滝村に惣角の顕彰碑が建ち、翌年故郷の西光寺に観世菩薩縁起の記念碑が建ちました。大東流坂下支部が建てたもので、武田国次の名前があっても、大東流と武田惣角の名前はありません。現在では字が読みにくくなっており、故郷には武田惣角の顕彰碑が建たなかった。観世菩薩縁起は消息不明ですから、ユーチューブの写真はおそらくコピーで、故郷に提供されれば喜ばれ、関係者の悲願である惣角顕彰碑も建つかもしれませんね。
 

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 今年一年は、歴史小説「合気の武田惣角」の出版で過ごしました。ネットの直売で初版は完売見通しになり、出版社の在庫はないそうです。私への注文は武術関係者がほとんどでした。皆さまのご理解、ご協力に厚く御礼申し上げます。

 一般の方の反響はマンガにしてほしい。子供向け、高齢者向けの紙芝居がいいという意見が多い。紙芝居については絵の勉強しながら作ってみたい。漫画化はキャラクター(ものまねはダメ)として書く必要があり、経験があり書いてみたい方がおられれば協力いたします。

 写真は大東流合気武道会報第2号(昭和34年4月1日)のもので、出版後に関係者から提供いただきました。
 気合は掛け声で相手を制する(有心気合)、合気は邪心がなく、虚心平気の中に寸毫の隙もなく、攻守変化自在の妙法を発することができる(無心気合)。大東流では合気に熟達したものは、気合に達することができる。
 つまり、合気の語源は気合術であるとする私の説は、大東流合気武道会報からも証明されたことになります。古事記説や相撲の手乞い説は史実を仮託(創作)したのです。会津武田家の先祖は甲斐武田の証拠もなく、神職の家柄や武道が伝えられたという証拠もありません。

 惣角翁は修験道(気合術)・医療技術・易学を学び、究極の合気術は真言密教を修行して会得しました。すべてを教えられる人物は隣村の天才易者万之丞でした。

 惣角翁が柔道家に負けた内容が、奥山氏の著書に詳細に紹介されております。襟を掴まれ、寝技に持ち込まれて絞め落とされた。惣角翁は合気術を使う間もなく敗れたことになります。
 しかし、山形警察の師範三上富治、秋田警察の師範児玉高慶は100キロを超す強豪で、講道館代表を破り日本一といわれるほどの柔術家です。惣角は半分の体重でも相手を投げ飛ばして門下生にした。三上は惣角翁のカバン持ちになった。
 高度な合気は触れる前に相手の力を抜く、触れた瞬間に技を掛けるわけで、私には惣角翁がまともに負けたとは信じられない。負けたという試合は誰も見ていないので誇大宣伝の可能性が大きい。時宗氏も認めたとあるが理由の説明がない。
 この著書には、傷害事件の裁判に松平容保公が証言し、惣角翁が無実になったという荒唐無稽な記述もある。合気術とは何かということが、著者が理解できない面もあり、信ぴょう性が低い。
合気之術は、大東流琢磨会が日本武道館の「武道」に連載されており、抜き合気などは参考になるでしょう。
 

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月刊「秘伝」の反応

 「合気の武田惣角」月刊「秘伝」の書評(貴重な著書)を関係者に送付したところ、武田惣角を見直したという意見が多く寄せられました。
 現在では大手書店、アマゾン、セブンネットなどで買えるようになって、サイン本の希望は少なくなりましたが、秘伝の読者から注文が寄せられるようになりました。
  私の住む郡山市で、大手書店のツタヤ、岩瀬書店は完売し、秘伝が出たらジュンク堂も完売になりました。

 出版社では、初版の部数は書店の注文で、ほぼ完売の見込み。私の持ち分も大量購入の流派もあり、予想以上に注文いただきました。講演会をやらなくても、このままで年内には完売の見込みです。購入いただいた皆様に深く感謝申し上げます。

 ブログに対するご意見はないようですが、メールでは多くの方から賛同いただいております。

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 2015.12月号月刊「秘伝」の書評です。著者の団長さんは、武道通のミュージシャン、3年前の「合気の創始者武田惣角」でも書いていただきました。
 今年、「大東流合気武道百十八カ条」(著者 石橋義久本部長)のご協力もあり、著書に写真も掲載することができました。
  さすがは団長さん、天才の能力、惣角の強さ、合気はどのような生活環境から生まれたのか、私の意図をすべて語ってくれました。
 大東流史実は、証拠のない歴史上の有名人の羅列だけで、故郷の歴史専門家の理解は得られていない。

 私は実際に故郷を取材し、関係者から明治・昭和の戸籍、小野派一刀流門人名簿、同居した妻の実家自伝、惣角が修行した神通力の証拠など、謎とされる前半生の足跡を、小説として発表しました。
 ここまでノンフィクション3作があり、発表するたびに新しい情報が寄せられ、いつのまにか10数年がすぎました。今回の作品は私の総仕上げです。

 私の作品によって、流派の史実や人物事典が、ただちに修正されるのは難しいのかもしれません。しかし、偉大な武術家の真実が語られない、史実を仮託(創作)した社会背景と借金返済事情があった。故郷に記念碑や生家の表示もない。子孫がいてもマスコミ取材さえ断っている。消息不明とされ、隠された重要人物が発表されなくても良いのかという疑問があり、多くの協力者に恵まれました。

 一度発表した史実を修正することはひじょうに難しい。宗家だけでなく、出版社、役場、行政、観光施設、マスコミなど、みな同じです。情報化社会といわれても、利害関係が優先して、必ずしも新事実が歓迎されるとは限らない。とくに歴史研究は年配者が多く、表彰や叙勲もあり、先輩の業績を批判することに躊躇してしまう傾向があるようです。

 このままで良いとは誰も思っていない。2020年には東京オリンピックがあります。新しい種目に武道は選ばれなかった。最近は多くの外人観光客が日本の武道に関心が深い。私は大東流だけではなく、日本の武道が見直され、スポーツと同じように誰もが研究し、マスコミに登場するようになればと思います。
 私が期待した書評は、月刊「秘伝」が最後です。双子で目の不自由な兄妹愛は珍しい。双子や目の不自由な小説はありますが、両方あるというのは初めてかもしれません。子供や高齢者向けに、紙芝居でボランティア活動もしてみたい。
 日本武道館の「マンガ、武道の偉人たち」に武田惣角がない。私の作品はマンガの原作にはなると思います。希望する方が出てくることを期待します。
 

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 私の住む郡山市のタウン誌に紹介されました。これまでの著書紹介の内容に加えて、史実を丹念に調査・分析をして一つの結論に達したようだ。惣角の実像迫ろうとする執念が感じられるとあります。


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