池月映のブログ

合気の発見者 武田惣角 消えた真実の研究

日記

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浜口熊嶽と武田惣角

浜口熊嶽のブログを見たら、気合術の内容は書いていないとありました。活殺自在気合術のように、これは気合、これは合気という理論までは、まだ18歳なので教えなかったのでしょう。
でも、教えた人物、実川行者が書いてあったので、世のなかに評価された。
武田惣角、易者万之丞は同じ修行をしたが、出世を求めず、文字を残さない修験の掟を守った。

8年前に武田時宗遺稿集が発表されましたが、教えた人物が書いていない。私が発見した隣の会津藩士、合気を教えた易者万之丞が書いてあったら、世の中で評価されたと思います。
大東流はまだまだ研究文献が少ないので、大学で教える忍者学のように学術的な評価が難しいのでしょう。

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 浜口熊嶽は気合術の達人として、伝記は国会図書館がネットに公開している。教えたのは修験道の実川行者です。真言密教、九字護身法も学んで、武田惣角も修験道の易者万之丞から学び同じです。「活殺自在気合術」(熊代彦太郎)に、気合は有心気合、合気は無心気合とあります。
 合気は国語辞典にありませんが、気合術から引用したものです。
浜口熊嶽の伝記に合気の文字があるのかどうか見たのですが、古くて読みにくいため、確認できませんでした。
 もし、読まれた方で合気の文字がありましたら、ご一報ください。

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忍者と合気

 合気の由来・意味。江戸時代までの文献には見当たらず、明治になって修験道の気合術、忍術気合術の著書に確認される。これは国会図書館が明治・大正の著書が古くなり、写真をデジタル化して、ネットで一冊が読めるというサービスが始まったからです。

 口伝の大東流史実は、古事記の手乞い、相撲節会、新羅三郎源義光が合気創始などは創作された仮託(歴史上の有名人)という、戦前までよくあった事例です。

 合気は世界に誇る日本の武術文化です。史実も武田惣角の人物事典も修正すれば良いのですが、修正することが目先の自分の利益に反するのでしょう。修正しなければ今後の発展はないと知りながらも、じくじたる思いがあるのでしょう。

 修験道の忍者が外国人に人気、三重大学で研究している。忍者の必修科目に「気合術」があり、合気は読心術と気合から会得できるとあり、注目されると思います。
 

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 福島県内では「戊辰戦争150年」として、人物の見直しがされている。西郷頼母は藩主の意向に逆らった人物として、会津の郷土史家は研究されていない。上級武士の家訓・忠・義、逆賊ではないという保守的な考えの方の意見が多い。今回の西郷頼母は県外の伊藤哲也氏が幅広い資料を発掘して書いている。私と同じ会津史学会員で情報交換したこともあります。
 大東流と武田惣角に関しては、新たな真実が発表される可能性があるとして、まったく取り上げられませんでした。おそらく、私の作品を意識・評価されているのでしょう。
 私としては惣角一番弟子の佐川幸義伝「深淵の色は」(津本陽氏)で、武田惣角の新たな証言が出てくる可能性を期待して、夏以降に発表予定です。


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武田惣角の手裏剣流派

 武田惣角の手裏剣の流派はという質問がありました。隣の藩士御供番佐藤金右衛門から教えられたことは確かです。御供番は武芸十八般ですが、流派は秘密にされていたようで子孫の伝記にも記述はありません。
 金右衛門の剣術は神道精武流の可能性が高い。惣角に教えられた門人山本角義がいることから、教えられるのは金右衛門しかいない。
 手裏剣の名人は日新館師範黒河内伝五郎で、白井流手棒手裏剣とあります。金右衛門と伝五郎は親戚です。日新館と御供番の職場は道路向いの隣です。御供番は伝五郎から手裏剣を習っていたと思われます。
 ですから、惣角の手裏剣は白井流と思われます。

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