池月映のブログ

合気の発見者 武田惣角 消えた真実の研究

日記

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ウキペディア辞典の修正は消されましたが、「武田惣角は宮相撲の大関」で検索すると、訂正後の内容が2番目で見ることができます。

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 辞典の修正をしましたが、抗議はなく、誰かに消されてしまいました。予想はできましたが、再度試みてみたいです。
 合気は千年以上も前から修験や忍者が気合術(気合・合気)を修行して受け継がれてきたことは、惣角翁の遺言、武田時宗遺稿集、国会図書館の文献「活殺自在気合術」で明らかです。
 明治になって修験が廃止、口伝の掟が緩和され、武田惣角が合気柔術の形で再生したことになります。日本が誇る伝統文化として認めていくべきでしょう。でも、創作した史実を知りながらも、立場上認めたくない方もおられるようです。時代は惣角翁、教授代理を経て、真実を語る第三世代へと変わり、新たな発展が期待される。
  消された方は、故郷会津に合気・大東流の顕彰碑が建ってほしくないのでしょうか。

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 会津坂下町人物紹介が訂正され、関係個所には送付しました。ウィキペディア辞典の「合気」「武田惣角」「大東流合気柔術」の一部は修正され、戸籍、妻の実家自伝、武田時宗遺稿集、易者の記録などの証拠があります。
 「合気」については、易者中川万之丞に修験道の九字護身法を修行する過程で、気合術(気合・合気)を会得した。国会図書館が公開した「活殺自在気合術」’(5〜6ページ)と、武田時宗遺稿集、大東流合気武道会報第2号の内容は一致した。
 気合術の達人浜口熊嶽は修験の子孫で、気合術(気合・合気)は昔から修験や忍者(修験道)が修行していた。明治中期になって、口伝の掟も緩和され著書が見られるようになった。剣術、柔術の相気とは異なります。
 

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 津本陽氏のネット公開第二回(実業之日本社)が、9月11日発表されています。いづれは単行本になるようです。作家として合気を長年研究され、完結編なのでしょう。
 佐川先生は易学を学び本を500冊近く持っていた。医療技術の痛点のツボを押さえる急所技がある。惣角翁に合気術を教えたのは保科近悳ではないと思う。私の易者万之丞説と内容が同じ、次の展開が楽しみです。

 現在、HP「合気の武田惣角」,メールがサーバーとつながりませんが、19日中には回復予定です。

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 津本陽氏が「鬼の冠」を発表した実業之日本社から小説を発表した。「弧塁の名人」「武道夜話」もあり、新たな証拠などをもとに書き始めました。WEB小説で第一回は30ページで、つづくとある。最初に武田惣角が保科近悳に教えられた内容もありますが、佐川は否定しており、今後の内容が注目される。出版社のネットから無料で見れますのでご案内します。
 同じ人物を何度も書かれるのは私も同じです。佐川は易の本を500冊近く持っていて誰にも話さなかった。私の易者万之丞説につながるのかと驚きました。

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