生きる(恩田 洋のハートフル・ワールド)

心で見聞し、心で感じ、心のおもむくままに生きるための道標

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 人は、皆迷いながら生きている。絶えず岐路に立たされながら歩を一歩一歩進めている。人間とは、弱い生き物。自らの煩悩に絶えず苛まれ、甘い誘惑に心を奪われながら、かろうじて歩を進めていると言った方が正しいかもしれない。楽しいことも、苦しいことも色々ある。楽な人生など、どこにもない。皆、悩み苦しみ生きている。ただ、心の持ちようで、辛く苦しい人生も、楽しく感じられる。夢や希望も持つことができる。

 「心の持ちよう」こそが、人生の極意かもしれない。煩悩と誘惑に満ち溢れた人間社会にあって、物事を見極め、歩を進めるためには、心で物事を見聞し、心で感じ、心で判断するしかない。しかし、昨今、人々は「心」の大切さを忘れかけている。本来、人間は、生まれた瞬間から、全ての事象を心で感じ、心に忠実に行動するように生れついている。だが、物質文明に翻弄されながら生きていくうちに、自らの心の叫びさえ聞こえなくなってしまっている。心に従えば、生きるということは、そんなに辛く悲しいことではない。いや、少なくとも、辛く悲しい思いが軽減され、心が癒されるはずだ。

 最近、「癒しビジネス」だなんていって、あらゆる方法で心を癒すことを金銭にする商売まで繁盛している。それだけ、心を病んでいる人が多いということかもしれない。いや、心を病んでいると思い込んでいる人が多いというのが真相だ。実際には、心を病んでいるのではなく、心の声を聞き感じるという人間が本来持ち合わせて生まれてきたはずのことを忘れてしまっているだけだ。心の声が聞けない、聞こえないのであれば、心が癒されないのは当たり前。心が癒されなければ、悩みが多くなり、苦しみも倍増されて当たり前。全てが悪循環になっているのだ。

 「生きる」ということは、大変なことだ。人間に課せられた最も大きな試練であるかもしれない。しかし、心の持ちようで、「生きる」ということは、楽しく意味深いものになることは間違いない。辛いのは自分だけ、苦しいのは自分だけというエゴイスティックな考えばかりをしているから、人は苦しいのだ。十人十色、どんな富豪にも、悩みや苦しみはある。逆に、どんなに貧しくとも、喜びや幸せを感じることができる。第六感である自分の心を閉ざし、人と自分を比較し、自分自身を悲劇の主人公にしたてあげるから、悩み苦しみ不満も生まれるのだ。満足感というのは、心が満たされて初めて感じられる感情。それならば、心に忠実に生きるのは、当然の原理。心の声に耳を傾けるのは、当たり前。当たり前のことが、当たり前にできなくなっているから苦しく辛いのだ。簡単なことである。このことを、一人でも多くの人々と共有したく、このブログを立ち上げた。

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始めまして、私も「当たり前のことを当たり前だ」と言えない世が出来上がった事を悲しく思います。資本主義・市場経済による物質文明・ブランド品・高級車・セレブ・勝ち組・負け組み・などは、幻想に過ぎないと伝えております。(足るを知る)日本から配信したい。

2007/2/8(木) 午後 8:29 [ kazu ]


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