今を生きるために

仏様の教えと現在…環境も含めて考えたいと思います。

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法華経の『譬諭品(ひゆほん)』に出てくるたとえ話です。
仏さまの慈悲と方便(正しい手段)、そして私たち衆生との関係が説かれています。
あらすじ…

ある町に長者がいました。
長者の家はとても大きいのですが、かなり古く壁が崩れていたり、柱が傾いたりしていました。
そして出入り口は小さな門が一つあるだけでした。

あるとき長者が外へ出ているときに、その家に火事が起こりました。
火事と聞いて長者が家に帰ってみると、燃えさかる家の中では長者の子どもたちが今にも火に焼かれそうになりながらも遊びつづけているではありませんか。
子供たちの傍では犬などがお互いに喰らいあっていたり、悪虫が地面を這いずり回っていたりというありさまなのに、子供たちは身の危険にも気づかず、遊び惚けているのです。

長者は『これはいけない。早く助け出さないと子供たちが焼け死んでしまう』と『おーい、早く外へ出なさい!そこにいると焼け死んでしまうよ!』と叫ぶのですが、子供たちは耳を貸しません。
『いっそ力任せに全員を台車に乗せて運び出そうか』とも考えますが『いや、それでは暴れて落ちて焼け死ぬ子が出るかもしれない』と、全員をどうやったら救い出せるかを考えます。

そのとき、長者は『そうだ、子供たちは以前から羊の車、鹿の車、牛の車が欲しいと言っていたっけ。』と思い出し。子供たちに向って叫びます。
『おーい子どもたち、門の外に以前から欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車があるぞ!早く外へ取りにおいで!』
それを聞いた子供たちは、前から欲しかった物がもらえると聞いて一目散に門から出て、大喜びで長者の前にきました。

そのとき長者は、子供たちに欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車ではなく、それよりももっと価値のある『大白牛車』を下さったのでした。
こうして子供たちは今にも燃え落ちそうな火宅を逃れて、安穏な世界に至ることが出来たのです。


お分かりのように、長者が仏さま、子供たちは私たち衆生です。
燃えさかる『火宅』はこの娑婆世界を意味しています。

この『燃えさかる』状況、本当に今の世界の状況を表していると思いませんか?
環境問題にしても、犯罪の増加にしても、身の回りには危険が一杯あるのに、私たちは自分だけは大丈夫とか、まだまだ大丈夫とかおもっていませんか?
先日テレビで、たとえ危険が迫っていても、まわりに大勢人がいると、意外と危険回避に動き出すのに時間がかかるという実験をしていました。たとえ『ちょっと変だな』と思っても、まわりの人びとが動き出さないと、行動に移らないということが実験で明らかにされていました。

そんな私たちを、仏さまは『一人残らず救うにはどうしたらよいか』と考えられ『子どもたちがいつも欲しがっていたものをやるよ』と『方便(正しい方法)』をとられたのです。

これはある意味『現世利益』を説かれたと解釈してもいいでしょう。ですから宗教が『現世利益』を説くことはある意味では当然のことなのです。
ただ、仏さまは子供たちの欲しがっていたものではなく、もっと限りなく価値のあるものを与えられたのです。
つまり、現世利益を説きながら、その精進の先にはもっともっと本質的な救いへの道が説かれたのです。
ここのところをよーく考えなければいけないと思います。
宗教が現世利益を説くのは当然といいましたが、そのための精進の先にはもっと本質的なものの見方、本当の幸せとは何かが語られなければなりません。

現世利益だけを説く宗教は偽者であると思います。
かといって、現世利益を一切説かない宗教は現実の衆生を救えないということになるのではないでしょうか?

『三法印』のところで書いたように、諸行無常、諸法無我の真理を悟ることによって涅槃寂静になる。その真理をわかって欲しいというのが仏さまの願いなのです。

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なんとか書いてみました。 あらすじだけで長くなってしまって、『現代にマッチしたもの』などとは、本当に思い上がりだったと反省しております。 私の今の力ではこれが限界です。それでも法華経が少しでも目にとまりますように…

2005/9/14(水) 午後 0:04 [ こまおやじ ] 返信する

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いつもコメントいただきありがとうございます。私は宗教(仏教)は必要なものと思っていますが、実際に勉強しようとすると難しい用語などが出てきて、うんざりしてしまうのです。そうした現状がなんとかならないものかと常々思っているのですが、このお話などは親しみ易くておもしろいと思いました。

2005/9/14(水) 午後 1:56 凡人 返信する

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素晴らしい教えですね。何度か聞かされたことがあります。私たちは煩悩の思いで「これが救いだ」(三車)と思っているが、導かれて出会った本当の救いは想像も出来ない救いだった(大白牛車)。仏様の親心を感じさせられる教えですね。三車が三車で終わって救われない宗教の多いこと。

2005/9/14(水) 午後 3:06 [ sei*ok*67 ] 返信する

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(つづき)ひとつ、視点が少し違うのは、火宅(=娑婆)は周りの環境や事件といった自分のそとのことではなく、自分自身のありようを照らしていると教えられます。合掌

2005/9/14(水) 午後 3:09 [ sei*ok*67 ] 返信する

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seikokuさん、おっしゃるとおりですね。自らの心の中の六道輪廻のありさまとも言えるのでしょうか?周りの環境、事件も我々の心の内なるものが引き起こしているとも思えます。

2005/9/14(水) 午後 3:37 [ こまおやじ ] 返信する

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bonjinpapaさん、いつも新鮮な問題提起をして頂き考えさせられています。さて、仏教ですが私たち在家信者にとっては難しい用語よりも、実生活で実践するために必要な仏の智慧、仏の慈悲を感じ取ることが大切と教えていただいています。実際に実生活の悩みの支えとなっている仏さまの教えに感謝です。

2005/9/14(水) 午後 3:41 [ こまおやじ ] 返信する

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三車は、本当に現世利益でしょうか?これは、三乗でしょう。ということは、仏道です。私の仏道自体に問題があることをこれは語っている。現世利益は、火宅のただ中での遊戯=わが生活。合掌

2005/9/15(木) 午前 0:26 [ kyomutekisonzairon ] 返信する

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おっしゃるとおり、三車は本来の意味では三乗だと教えていただいています。そのことは承知しているつもりですが、あえて現世利益と書かせてもらいました。ただ仏の教えに縁のない人たちの教化の方便として、本人の望むものに向けて精進するという入り口を考えてみたものです。

2005/9/15(木) 午前 6:35 [ こまおやじ ] 返信する

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当方で、このお話について、記事にしました。よかったら、見に来てください。「現代のさまざまな問題」欄の「7.(続)科学と因縁について」にあります。合掌

2005/10/10(月) 午後 8:24 [ kyomutekisonzairon ] 返信する

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こんにちは^^ 崇高な仏の現世を思う心根

しかと拝読させていただきました 有難うございます_(._.)_。

2013/11/9(土) 午後 6:05 [ - ] 返信する

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