本願寺派用

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http://www.hongwanji.or.jp/mioshie/oshie/kotoba/g090402goshosoku-zenbun.html


親鸞聖人は、迷いと苦悩の中で生きる私たちに、

本願力回向の信心をめぐまれて、お念仏申す往生成仏の道をお示しくださいました。

(本願寺御影堂平成大修復完成奉告法要に際しての消息)



「本願力回向の信心をめぐまれて」とは

苦しみの人生に沈んでいる私たちが生きている現在ただいま、

阿弥陀仏から「南無阿弥陀仏という、まことの心、仏心」をいただいて(これが本願力回向)

「人間に生まれてよかった」という生命の歓喜を獲ることができる。

死んでからではない、平生元気な現在ただいま人生の目的を完成できるから

親鸞聖人の御教えを平生業成というのです。

阿弥陀仏から南無阿弥陀仏をいただいたあっと言う間もない一念に(信心をめぐまれて)

ハッキリ「いつ死んでも極楽往生間違いない」往生一定の身になりますから

阿弥陀仏にお礼の御念仏を称えずにおれなくなる、

報恩感謝の御念仏が出ます。

御念仏とは阿弥陀仏を誉め讃える言葉です。

それを聞いた御同行も同心になって

同じ往生一定の身になっていただきたいという心が絶えない。

これが「お念仏申す往生成仏の道」ということです。

自分だけ御念仏して、他人はどうでもいい、というのはガリガリ亡者で

阿弥陀仏の御心をいただいた人とは言えません。

宿善

本願寺派による宿善の解説です。



「宿善とは、遇法獲信の現在から、過去にさかのぼって、

その縁由を喜ぶものであって、その縁由となった過去の善根については

これを自己の修する善である(宿善自力説)」(現代の教学問題)


「宿善として、善本(善根)、持戒、見仏、供仏、聞法修行、発菩提心

修善、修福などが示されている」(派外からの異説について)




「信心決定までにした、自力の善根を宿善という」わけです。

「宿善になる善根」を求めましょう。

つまり善を心がけましょうということです。













「これによりて五重の義をたてたり。一つには宿善、二つには善知識、三つには光明、

四つには信心、五つには名号。この五重の義、成就せずは往生はかなふべからずとみえたり。」

「無宿善の機は信心をとりがたし。」

「いづれの経釈によるとも、すでに宿善にかぎれりとみえたり。」

「あはれ、あはれ、存命のうちにみなみな信心決定あれかしと、朝夕おもひはんべり。

まことに宿善まかせとはいひながら、述懐のこころしばらくもやむことなし。」(御文章)

ある晩、私は哲龍さんに連れられて桐渓順忍先生の法話会に出席しました。このときも哲龍さんは信心の覚知の問題について質問しました。もともと横田先生は、「信心とは、あるようでないような、あいまいなものではなく、人信は絶対他力の確信と歓喜がともなうものである」ということを強調しておられ、哲龍さんの質問は、この師説をうけてのものでした。

  このとき桐渓先生は「信を獲るということを、渋柿が甘くなるということにたとえると、それには二通りあります。渋柿を薬品などで一気に甘くする方法と、長いあいだ日光に照らされているあいだにいつの間にか甘くなっているというのもあります」という趣旨の回答をされました。私は桐渓先生のお答えに大変感銘を受けました。

http://www.anrakuji.net/tyosaku/otitle.html

先ごろ亡くなった千葉乗隆 師のコラムに桐渓順忍師(故人、元勧学寮頭)の信仰が出ていましたが

「いつの間にか甘くなっている、という獲信」というのは異安心です。

本願寺の勧学寮頭自身がそうでなかったことを念じています。

「いつの間にか」では「短命の根機」には間に合いません。



それ真実の信楽を案ずるに、信楽に一念あり。

一念とはこれ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。(教行信証)


如来の大悲、短命の根機を本としたまへり。

もし多念をもつて本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、

いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、

一念往生をもつて淵源とす。(口伝鈔)

『中外日報』(2005年11月22日付)より 本願寺派(西本願寺)の制度



宗門内の教学に関する地位
(上から)勧学・司教・補教・助教・得業


最高機関=勧学寮
  最高責任者が勧学寮頭
  構成員が勧学寮員
     ……「勧学」という学位を有する僧侶から選出される


勧学
     ……「司教」から選考される
  勧学の選考基準は、
   1 司教に昇階した順序
   2 教学研鑚行事「安居」の出講回数(3回以上)
  と伝えられています。

もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへりてまた曠劫を経歴せん。(教行信証)




もし疑うて、信じざれば、すなわち、また還りて本の如く多生昿劫、流転す。

後に向かいて還りて逕歴すること、きわまりなく、もっとも劇苦を受く。

経にいわく、経歴多劫、受苦無窮と。




信心を獲なければ、死んでから極まりない苦しみを受けることを言われています。

道隠師は空華三師の一人です。

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