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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 暑く湿度の高い日が続いている。 モンスーン気候の特有のもので仕方ないが、あーイヤだ。 ちょっと落ち込んでいて、おまけにエアコン掃除しないといけないし、パソコンは調子よくないし、地方税増えているし、通りを行けば歩きタバコの愚か者多いし・・・ 「所長、額にシワ寄ってますよ。人類の不幸すべてをしょっているわけじゃないでしょう。リラックス、リラックス。はい、アールグレイのアイスティーです」 さわやかな声はアシスタントの片桐くんだ。 そう、視野狭窄がいかんのだ。 こんな日は、すべてを放ったらかして音楽でも聴こう。 先日、HMVから届いたディスクをかける。 ミシェル・コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア、ローザンヌ声楽アンサンブル P.ハーヴェイ(baryton)、A.クウィンタス(soprano) [仏 MIRARE」 この作品には、第1稿=原典版(編成小さく、曲目も少ない)、第2稿=1893年版/室内楽版、第3稿=1901年/フルオーケストラ版とおおまかに3種類ある。 以前はフルオーケストラ版が多かったが、現在の主流派は室内楽伴奏の1893年版である。 名盤は数多い。 フルオーケストラ版には、名指揮者クリュイタンス盤、ヘルヴェッヘ盤、私が愛聴してやまないクリヴィヌ盤、等々がある。 1893年版には、女声にかえて教会風に少年合唱を用いた慎ましいラター盤、日本で制作され好感のもてるフルネ盤など、いずれも稀代の名演だ。 ピアノ独奏用にアレンジしたナウモフ盤なんていう“変化球”もある。 ミシェル・コルボは合唱曲・宗教曲に秀でた指揮者として有名。 彼の出世作はやはりフォーレのレクイエム。 フルオーケストラ版だが、少年合唱に独唱にボーイ・ソプラノを起用して、なんとも清潔可憐な演奏のディスクだ。 今回とりあげたものは、室内楽による1893年版。 コルボとしては4枚目のフォーレ・レクイエムである。 「優しくて、清らかで、温かくて。とってもいい音楽ですね」 「・・・うん、そうだね」 「死者のための鎮魂曲というから、暗い、おどろおどろしい、縁起の良くない曲かと思っていました。これなら、BGMにだっていいかも」 ははっ、固定観念は要らない、柔らかい発想でいいね。 現代のアップテンポばかりのリズム、グローバル・コンペティションに踊らされ、ことさらに「差」が強調される中、この音楽はたしかに癒してくれる。 人は死=有限の時間を前にすれば、すべては我欲にすぎないと悟るものなのだろう。 それはすぐ隣り合っているのだが、それを思い知るのは我ら凡人には難しい。 こうしてつかの間、心穏やかな時間を持てるだけでもよしとせねば。 クラシックとかジャンルを超えて、純粋に音楽を楽しんではいかが? フォーレのレクイエム、コルボの新盤、大いにお奨めである。 「でも、所長はなんで落ち込んでたんですか?」 「う、うん。昨日の夜、夏目漱石の『こころ』なんぞを再読してしまったんだよね〜」 「えーっ、ダメですよお。あんなシリアスな小説、なんで読むかなあ! 所長にはやっぱお気軽な時代小説がお似合いです」 ううっ・・・・・・。 今日も精進の日々である。
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