日日是精進〜わたなべ企画事務所物語

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戦争と平和

私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。

イメージ 1一つ告白すると、「海ゆかば」という曲が好きである。大伴家持の古歌に、日本音楽界の逸材、信時潔が作曲したもの。
うかつにこの曲が好きだなんて言うと、軍国主義者に間違われてしまいかねない。それは、この曲が戦時中に「第二国歌」のように、ことに玉砕と関連して使用されたからである。
哀愁を帯びたメロディーは信時潔の一代の傑作と言っていいだろうが、黒い染みがつけられてしまっている。

イメージ 28月15日の終戦の日を目前に控え、各メディアでは太平洋戦争について特集している。
戦後62年経つが、戦争に従事された方々、被害を受けた方々の悲しみは癒えない。そのダメージの大きさにもよるのであろうが、もう一つは戦争についての総括がなされなかったせいもあるだろう。
東京裁判は勝利国によるもの。「こんな戦争を引き起こした者」への国民の審判がなかった。何もソ連コミンテルンの手先ではない(なんて古いか)。A級戦犯は悪い、廣田弘毅以外の刑罰は妥当だろう。
しかし、これに漏れている者たちがいる。

イメージ 3そもそも、1928年(昭和3年)6月4日の張作霖爆殺から戦争の道へ踏み出している(朝鮮問題は除く)。首謀者は河本大作。それまでは、ロンドン軍縮会議もあり、まだ軍の制御はなんとかできていたのだ。
続いて1931年9月18日の柳条湖事件からの満州事変。首謀者は、当時関東軍参謀の板垣征四郎と石原莞爾、奉天特務機関長土肥原賢二と甘粕正彦ら。
こんな連中は厳刑に処すべきだろう(板垣・土肥原は東京裁判で絞首刑、甘粕は自殺だが)。
その他、無謀なインパール作戦で7万人余の犠牲を出した牟田口廉也などは万死に値する。

そう、出発点は満州だったのだろうな。日露戦争で数万の日本人の血が満州の地に流された。無駄死にさせられないという思いが、ずっと底流になっていた。
でも結局のところ、国策を誤ったのだ。この歴史認識がないと、戦後をちゃんと把握できず、ましてや“戦後レジームの脱却”なぞできないだろう。
自身の眼でfactsを見つめ(その精査が大事だが)、思い知る。さすれば、国・組織と個人のあり方も考えられようし、「海ゆかば」も純粋に音楽作品として鑑賞できるようになるだろう。

今回はシリアスになってしまった。でもこのテーマではね。ブログ向きではなかったな。
今日も精進の日々である。

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