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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 こんな記事があった。 「ベルギーのワーテルロー(Waterloo)で21日、1815年6月18日に行われた『ワーテルローの戦い(Battle of Waterloo)』の記念イベントが開かれ、当時の兵士に扮した1,200人近くが欧州22か国から参加した」 そうか、ワーテルローの戦いか・・・。 ※記事そのものはコチラ 英雄ナポレオン(ナポレオン1世)は、魔術の如き戦術で連戦連勝、ヨーロッパ全土に君臨した。 対英貿易を禁じた大陸封鎖令に叛旗を掲げたロシアに対して65万もの軍勢(第一次大戦まで破られず)で遠征を行うものの、ロシアの焦土作戦と冬将軍に敗退。 1813年10月、一斉に蜂起したプロシア、オーストリア、ロシア他の連合軍とドイツ・ライプツィヒにおける壮絶な戦闘に敗れ、パリ防衛もならず退位、地中海のエルバ島に配流の身になった。 ヨーロッパの新体制を討議するウィーン会議がぐずぐずしている間に、ナポレオンはエルバ島を脱出、1815年3月1日にフランス本土に上陸、3月20日パリに無血入城した。 さあ、ワーテルローの大戦である。 まず、6月16日にリニーの戦いでプロシア軍を一蹴。ナポレオンの往年の強さを思わせた。 敗走するプロシア軍に対してグルーシー元帥に追撃を命じる。ああ、これが躓きの第一歩。 運命の6月18日。 ナポレオンは、雨でぬかるんでいるので大砲の移動が困難と考え、騎兵主体の攻撃を選択。これが第二の躓きだ。 フランス軍の前衛を指揮する第三軍のネイ元帥は、防備を固めるイギリス軍に騎兵隊1万で突撃を敢行。多大な犠牲を払いながらも突破のチャンスをつくった。 ここで総予備の近衛兵を繰り出せば勝利!しかし、ナポレオンは躊躇してしまう。 なんと側面にプロシア軍が猛進してくる。3万のグルーシー軍をまいて戦場に戻ってきたのだ。 ナポレオンは近衛兵を投入したが時すでに遅し。イギリス軍も逆襲し、プロシア軍と挟撃。さしものフランス軍も壊滅状態となった。 フランス近衛兵団を統率するカンブロンヌ将軍にイギリス軍が降伏を呼びかける。カンブロンヌ将軍の答えが有名だ。 「近衛兵団は死すとも降伏せず(La Garde meurt mais ne se rend pas)」と言ったとも、あるいは「糞ったれ!(Merde!)」と言ったとも。 たぶん後者だと思うな(笑)。 かくして、ナポレオンのフランス帝国の栄光は幕を閉じた。 ネイの突撃の前に砲撃するのがセオリーだよな。アウステルリッツの時のように敢然と近衛兵を投入できないとはナポレオン老いたり。いやいや、この頃はもう彼の体調は思わしくないんだよ。グルーシーの阿呆でなく別の将軍に任せたらニ正面に敵を受けてなかった。 −−ヨーロッパ人の大好きなテーマである。私も好きだが。 そうそう、かのロスチャイルドはこの戦いで大儲けして財閥化したんだっけ。 これも面白い話だが別の機会に。 「やっと長話が終わりましたか。ところで、<ワーテルロー>ってフランス語読みで、英語だと<ウォータールー>ですよね」 白けさせるのはアシスタントの片桐くんだ。 「おいおい、にっくきイギリスの味方する気なの?男のロマンが分かっていないなあ」 「戦闘ごっこなんてどうでもいいんです。なんといってもウォータールー橋ですよ」 「Waterloo Bridge・・・・・・ああ、映画『哀愁』か。ふふん、メロドラマやん」 「なに言ってるんですか名作ですよ、名作。所長だって、『風と共に去りぬ』に続いてヴィヴィアン・リーがなんとも神々しいって、机にブロマイドを貼ってるじゃないですか」 げげっ、見たなあ! 今日も精進の日々である。
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