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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 政治が迷走している。 昨秋来の米国発世界不況が押し寄せ、好調といわれた我が国経済のもろさ・矛盾を露呈させることになった。 資本主義の行き過ぎだな。 過剰流動性がバブル景気を招き、社会にダイナミズムを与えるものの、バブルの破綻が実態経済をも弱体化させ、社会矛盾が表面化する。 改革vs現状維持の闘争が生じ、暴力が結びつけば革命や戦争と相成る。 ソフトランディングは古来困難である。 歴史は繰り返す。 以前より中国の北宋の時代に注目してきた。 強力な経済力を有すれども、軍事的には劣り、平和を金で購っていた。 侮蔑しているのではない。 武よりも文を優先したこの国に共感するのである。 戦後の日本と似ているね。 経済が頂点に達したのは4代皇帝・仁宗の頃だ。 南方の農業生産が向上し、商品流通が全国に拡大、鋳造する貨幣の量は莫大で国外に流出するほどだが足りず、為替等の金融が誕生した。 ところが、数十年の後、社会が動揺し出した。 貧富の差が大きくなり、国家財政が行き詰まってきたのだ。 対策を講じようにも、既得権益者のバリアー強し。 ここに登場したのが、王安石である。 王安石(おう・あんせき) 天禧5年11月12日(1021年12月18日)生まれ、元祐元年4月6日(1086年5月21日)没、享年66歳。 6代皇帝・神宗の熈寧2年(1069年)2月3日に、副首相に当たる参知政事に抜擢され、エネルギッシュに改革に取り組む。 健全な中産階級の存在が国力アップには不可欠との行政改革・税制改革(新法)は、猛烈な体制側の反発を受けながらも進められた。 王安石は、科挙に合格したエリート官僚でありながら地方行政のキャリアを重ねてきており、人々の疲弊・生活苦をまざまざと認識していた。 熈寧9年(1076年)10月23日、精魂尽き果てた王安石は後輩に後を譲って引退。 情熱を燃やす皇帝が崩御し、旧体制派が巻き返して、改革は頓挫。 そのうちに北方民族の侵入に遭い、国は滅んだ。 王安石の愛した梅を詠んだ詩。 梅花 牆角数枝梅 牆角(しょうかく)数枝の梅 凌寒独自開 寒を凌ぎて独自に開く 遥知不是雪 遥かに知る是れ雪ならざるを 為有暗香来 暗香の有りて来たるが為なり 制度疲労に悩む日本。 プライマリーバランスの極端な悪化、行過ぎた資本主義、肥大した行政機構… 小手先の「改革」では無理、いや中途半端な改革はかえって弊害をもたらす。 税の徴収と分配という国の形を抜本的に改めなければならないタイミング。 どうです、北宋と同じでしょう? 敢然と濁流に立つ王安石のような政治家が出てこないものか。 メシアをただ待つのではなく、私たち国民、生活者が覚醒しないといけないな。 ーーこんなことを考えた年頭である。 今日も精進の日々である。
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