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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 先の日曜日2/4、穴銭愛好家の集まり『細道の会』に出席した。 これは古銭収集家として著名な故安達岸生氏の著書『穴の細道』にちなんだもの。 平均年齢えらく高く女性はいないというぢみーな集まりである。 しかし、研究水準というか鑑識眼がすごい(収集意欲も)。 入会して2年。いろいろ勉強させていただいている。 その時の会で、メンバーの方たちから購入した品々を披露しよう。 上段左は、「秦半両」。秦の始皇帝の時代(紀元前220年頃)のもの。 漢字が少なく、あまり収集対象ではないのだが、状態がいいので、まあ1品あってもいいかと。 上段右は、「太貨六銖」。中国南北朝時代の南朝・陳の貨幣。大建11年(579年)鋳造が始められた。 銖というのは当時の量・通貨単位で、通常は5銖だが、6銖ということはインフレ通貨を意味する。 上の秦半両とセットで\10,000。状態最美だし、まずまずリーズナブル。 若手のコレクターHくんより購入。 中段の4枚は、安南=ヴェトナムの貨幣。左から祥聖手の祥聖通宝、紹平聖宝、太平聖宝、治平聖宝。 ヴェトナムも漢字文化圏で、中国にならって多様な穴銭をつくっている。 自由奔放な書体とその組み合わせが魅力だ(楷書と篆書が交ざっているとか)。 歴代王朝が鋳造した正規のもの(歴代銭という)と、地方政権・占領軍政などのつくったもの(手類銭という)がある。 「祥聖手」というのは手類銭。祥聖通宝を代表的なタイプとし、それと共通する銭貨を表している。属するものは4つ。すなわち、掲示されているものですべてだ(新たに発見されなければ)。 \3,000で収集完了できたのは大きい。泉友(穴銭コレクターをこう称する)、偉大なる先輩のH.R氏に感謝したい。 下段は同じくH.R氏より購入したもの。至道元宝、通称は「玉至道」という。日本銭だ。 日本は、教科書でならった和同開弥をはじめとして天徳2年(958年)につくられた乾元大宝までのいわゆる皇朝12銭以降、正規通貨を鋳造しておらず、江戸時代になってようやく寛永通宝がつくられた。 それまでは、主に中国の貨幣を輸入して国内で流通させていた(平氏政権とか室町幕府ですね)。 しかし幕府が衰退してくると輸入量が減り、困った商人は領主にせまって、あるいは自分たちで中国銭を加工して貨幣をつくった。その一連が「鐚(びた)銭」といわれるものである。 ※「鐚」ってヒドイ言われようですね。中国銭に比して品質がわるかったせいでしょうね。 この玉至道は、至道元宝の「至」の字が「玉」に見えることから名づけられた。 鐚の類は集めてなかったのだが、あまりにも状態がよく、錆がいい味付けしているので購入。\7,000は安い。ヤフオクなんかでは、これより状態が3ランク低いものが\6,000〜7,000で取引されているようだ。 充実した収集に満足だが、これでデートする金がなくなった。 (バカですね〜) びくっ。空耳か・・・ 今日も精進の日々である。
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Antique
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「所長あてに配達記録郵便が届きましたよ」 アシスタントの片桐くんが封筒を手に示す。 「やっ、来たかー♪」 「何んですか?Hなものじゃないでしょうね」 「しっ、失礼な。ちがうよ」 いそいそと鋏を入れる。出てきたのは・・・ 私は渡辺いっこう。フリープロデューサーだ。 今回は、私のホビーの一つを紹介しよう。 画像に注目してほしい。 これは順治通宝。中国の貨幣である。清の時代の初め、順治年間(1644〜1661)に造られ、使われた。 順治元年、明の崇禎17年3月19日(寛永21年3月19日/1644年4月25日)、漢民族最後の皇帝・毅宗が紫禁城の裏山の万歳山で縊死した。農民反乱軍によって帝都北京が陥落したのである。 一月後、満州族の軍団が反乱軍の首領の李自成を打ち破り、北京入城。大清帝国の始まりである。その最初の皇帝の時代の貨幣が、この順治通宝だ。 4年前の年末年始にヒマしていて、のぞいたのがヤフオク。かねてから関心のあったアンティーク>貨幣>硬貨>世界>アジアと進んだところ、あるある。ひとつ入札してみよう、でハマってしまったのであった。 そもそも貨幣の円形は天を示し、穴(孔)の方形は地を表しているという。□のまわりを4つの漢字が散りばめられている。長い年月の間に錆がついて絶妙な味わいのものもある。ああ、美しい・・・。 古銭収集には現役のテキストがない。中古本市場から色々と探した。ヤフオクで知り合った古くからのコレクターたちからも随分ご教授いただいた。 中国の書籍やら何冊もの拓本集やらを入手し、同好の士の会にも入った。けっこう費用かかったんだよね。 フリーになりビンボーになり、久兵衛とかバー通いとか辞めていたのに、少しずつ“出血”していく・・・ コレクションは1,100点を超えた。希少なものもいくつかある。贋物も掴まされた(ヤフオクの当該カテゴリーは贋物だらけ。要注意です)。本物の佇まいが少しは分かるようになった。ようやくコレクターのとば口に立てたようだ。 さて、件の順治通宝。面メンと背ハイ(表と裏ですね)とを掲示しているが、背の上に臨と薊とある。 これは鋳造された地を意味していて、「臨」は山東省臨清府局、「薊」は直隷省薊鎮局。両品ともなかなか希少なものである(背右臨、右薊もあるがこちらはやや多い)。 背に一文字のものは全部で31+α(αはバリエーション)あるが、残りは「背二」と「背右延」、「背上荊」の3つ。「右延」というのは幻で存在も疑われているので、まあ後2つだ。「背二」は難物。でもきっとゲットしてやるぞー! 「所長、ニヤニヤして不気味ですよ」 ・・・ハッと現実に戻る。 「もうっ、コゼニ集めなんてやめて仕事してください!」 「なっ、小銭(こぜに)じゃねー、古銭(こせん)じゃあ!」 今日も精進の日々である。
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