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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 8月17日(日)夜、北京五輪の放送を見ようとしたらNHKスペシャル「調査報告 日本軍と阿片」に目が釘づけに。 おおっ、阿片王といわれた里見甫の映像が音声入りで登場。 関東軍がケシ栽培・阿片の製造・流通を通じて戦費調達をし、満州国の維持、日中戦争の遂行を図ったことが語られていた。 この内容は読了したばかりの本と一致。 TV番組は時代の推移を構造的にとらえ、映像によって語らしめていたのに対して、本の方はインタビューを通じてストーリーを浮き彫りにしようとしている。 ううむ、思わず唸ってしまった。 “満州の夜を支配する”といわれた甘粕正彦だが、その権力の源泉は憲兵隊の掌握と阿片・金鉱山などの実権を握っていること、また総理大臣・参謀総長となった東條英樹との個人的な関係にあった。 内蒙古で栽培されたケシを満州に運んで阿片を製造。 その阿片を上海に空輸して中国・海外に流通させる。 阿片が通貨の代わりとして用いられた。 上海で阿片販売を取り仕切ったのが里見甫である。 この当時の上海は“魔都”と呼ばれ、いくつもの勢力が入り乱れていた。 清朝末期から続く秘密結社の青幇・紅幇、蒋介石一派の特務機関「藍衣社」、日本と結ぶ汪兆銘派の「ジェスフィールド76号」、日本陸軍特務機関、そのうえに米国・英国の諜報員がいた。 日本の特務機関から送り込まれた里見はなぜ暗殺されずに戦後も生きながらえられたのか? 著者の書きたいテーマだ。 大きく言うと3つ理由がある。 まず、阿片の利益を日本で独占せずに、中国サイドにより多く配分したこと。阿片の利益の半分は蒋介石の国民党に、1/4は汪兆銘の南京政府に、残りの1/4を日本軍に振り分けたという。 2点目は、私腹を肥やさなかったこと。里見は手数料のみを受け取り、そのうえ、実に気前良く他人に金を与えたという。 そして、里見は中国語が堪能で、思考もほとんど中国人のようだった。 里見は終戦後にGHQに捕えられ、証人席に立たされるが、本人は不起訴になった。司法取引があったのか、中国側が阿片流通の実態が明らかにされるのを拒んだのか。 里見の死んだ時、彼の墓碑銘を書いたのは元総理大臣の岸信介。岸は満州建国の際に総務庁次長として産業政策を立案・実施し、また東條内閣の軍需大臣として物資の調達・流通を指揮し戦争を支えた。戦中戦後、里見からかなりの資金を融通されたであろうことが容易に想像される。 TVでは、日本軍の範囲内にしか言及していなかったが、実は中国の側も阿片によって財政が成り立っていた。 秘密結社などの地下茎が中国の根底をなしていて、政権の争奪戦は表層の雪崩にすぎないことに気づく。 現在の中華人民共和国、地方地方に根づいている共産党幹部が現在の地下茎なんだろうな。 1840年の阿片戦争以来、中国は「地下茎国家」へと変貌したが、ようやく今新たな幹を確立しようとしている。 こう理解すれば、13億人が北京五輪に異常なまで熱意を傾けるのも成る程と頷ける。 うんうん、勉強になった。 今日も精進の日々である。
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Books
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 夏はちょっとハードな本を読みたくなる。たいていは人間の営み、歴史本だ。 この3連休、ハードカバーを読了した。 甘粕といえば、「大杉栄殺し」。教科書にも載っていた。 大正12年9月1日に帝都を襲った関東大震災。 甚大な被害が発生し、流言飛語が飛び交い、そんな中で無政府主義者として著名な大杉栄と噂の愛人・伊藤野枝、親類の幼児を甘粕憲兵大尉が殺害したという事件が起こる。 軍法会議で甘粕は一貫して自分が国を憂えて行った行為と主張し、懲役10年の判決が出された(恩赦等で2年10ヶ月で出所)。 こんな殺人犯が、村上もとか著のコミックの名作「龍-RON-」(全42刊/小学館刊)では、人間味豊かな優れた魅力的な人物に描かれている。 これはどういうことか。ここが私の出発点。 そこに佐野眞一の最新刊の発売。これは読まなくっちゃいけない。 著者のスタンスは、一次情報に当たること。推断とか結論ありきの著述はしない。 まず、大杉栄殺人事件の前後の甘粕の動向を丹念に追う。 震災直後の異例の人事、軍法会議での発言と発見された死亡診断書との矛盾、これらから甘粕は軍上層部が関与したテロ行為の責任を負わされたのだろうと示唆している。 ううむ、やはりな。 出所後にフランスに渡航するが、同地における人間・甘粕の苦悩、そして満州へ。 甘粕は満州で軍と絡んだ謀略機関の仕事をするが、このあたりの事情がよく分からない。 仲介は誰が行ったのか。石原莞爾? 東條英樹? 板垣征四郎? 土肥原賢二? 著者はデータがないものは書かない。 張作霖爆殺、柳条湖事件、ラストエンペラー愛新覚羅溥儀の擁立、満州国建国という奔流の中で甘粕の顔が見え隠れする。 ここからのストーリーは先述のコミック「龍-RON-」とほぼ同じだ。 中国人系の人たちの待遇改善、最新技術導入、即断即決、右翼も左翼も抱え込む包容力・・・ 日本で拒否された甘粕は、満州という新しい国で己の価値観にもとづいた理想郷をつくりたかったのかなあ。 敗戦濃厚な中、ソ連の中立条約を破ったいきなりの参戦。 理想郷のあえない崩壊を覚った甘粕は、中国人系スタッフに機材の保全を頼み、避難のための列車を手配し、渋る銀行を恫喝して社員の退職金をつくり、大宴会を行って、そして昭和20年(1945年)8月20日の早朝に毒をあおって自殺する。 なんとも見事な結末のつけ方なんだよな。 本書は、甘粕の人生の時系列の縦糸よりも、横糸である各場面の証言・インタビューが豊富で、しばしば全体像が見えにくくなりがち。 「物語」ではない、ノンフィクションの真摯な姿勢ゆえだが。 著者入魂のルポだが、柔軟な態度・発想を示す一方で大酒乱を演じた甘粕の心の闇は晴れない。 戦後63年。 妖しくも美しい花を咲かせた満州国は遥かなり。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 またコミックをとりあげたい。 ショパン・コンクールの第1次予選最終日、主人公の一ノ瀬海がいよいよ登場する。 ショパン・コンクールといったら、新人ピアニストにとっての最高峰。 5年に1度の開催。ショパンの命日の10月17日の前後約3週間にわたってショパンの作品onlyで行われる。 天才ピアニストのマルタ・アルゲリッチがコンテスタントの一人のイーヴォ・ポゴレリチの落選に怒って審査員をおりた事件など、数々のドラマがあった。 一ノ瀬海の演奏は、最終日で疲れきった審査員や聴衆を覚醒させる。 エチュードにノクターン、ワルツ・・・・・・そしてバラード第4番! ううむ、私の大好きなバラードを持ってきたか。ショパンの全作品の中でも最高峰の部類に入る。 卓抜したストーリー展開、音楽という主観的・相対的なものを審査するという矛盾、若者の心理などを描いてまことに秀逸である。 先月に発売されて以来、十数回繰り返し読んでしまった。 バラード第4番も聴くわ聴くわ。やはりアシュケナージの旧盤が個人的にはいいと思うな。 雷句誠氏の描いた原画数点を小学館側が紛失し、損害額の算定で小学館の提示した数字に雷句誠氏が不満を示し提訴というもの。 「原稿」なのか「美術品」なのか、一般人としては興味をひかれるところだが、どうも本質は別のところにあるらしい。 雷句誠氏のブログを読むと、小学館「少年サンデー」編集部に対する憎悪はすさまじい。 ちょっとひいてしまう程だ。 漫画家と編集部は二人三脚のはず。いったいどうしてしまったのだろう? 私がかつて小学館で仕事していた時、パンフレット作成で原稿ゲラにあったキャラクターを差し替えるべく、赤線ひいたら、「渡辺さん、それはダメ!」と怒られたことがある。 「原画やキャラクターは作家の先生方からお預かりしている大切な財産。丁寧に扱ってください」 K部長、上司の久保雅一さん(第27回藤本賞受賞おめでとうございます!)、腕利きプロデューサーSさんにずいぶん言われた。 エッと驚いたが、ウンウンこれでなくてはと心から感心したものだ。 さすがは小学館。名門出版社だ。 人気作の作者は自己肥大化しがちで、ときに言動に疑問符がつくことがあるが、今回の件では「原画紛失とは、小学館どうしたの?」と思わざるを得ない。 作品に対する愛があれば、こんなことは起こり得ないのだから。 Cool Japanの根幹のコミック。しっかりしてください。お願いします。 う〜ん、愛がない、か。 「所長は最近ずっと愛がないですね」 アシスタントの片桐くんだ。 「そうなんだよねー」 「えっ、まさかこのままオチなしでエンディングじゃないでしょうね!?」 う〜ん、・・・・・・。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 無類の歴史好きで、専門書や小説の類をかなりの量を読んできた。 そんな中でも、本書は眼から鱗が落ちる思いがした。 えっ、井伊直弼って凡人だったんだ。 舟橋聖一の「花の生涯」やドラマ等で、毀誉褒貶はあるものの“決断の人”と思い込んでいた。 それを本書では、外国の強力な軍事的圧力を前に開国を迫られるという非常事態に、クーデターでトップに躍り出た凡人大老というのである。 いやはやなんとも。 父親の直中は名君をうたわれたが、文化9年(1812年)に隠居し、3男の直亮(ナオアキ)が襲封。 14男の直弼は養子にも出されず、300俵の捨て扶持扱いであった。 藩主と居候の弟では待遇が天と地ほどの差がある。ビンボーで屈折した青春時代を送っていたものと思われる。 兄の直亮は天保6年(1836年)には大老に就任。大御所・徳川家斉の爛熟時代を謳歌する。 ところが、兄に嗣子がなく、先代の11男の直元を世子にしていたが、この直元が弘化3年(1846年)1月13日に没してしまう。 さあ大変。残っているのは直弼しかいなくなってしまった。 世子となって江戸に出府した直弼だったが、藩主の兄・直亮が露骨にいじめる。 この直亮という人は、水野忠邦の天保の改革がスタートすると罷免され、鬱々としており、また生来人格に障害ありと父親が言っていたそうだ。 その兄も、嘉永3年(1850年)10月1日に死去。11月21日、直弼が彦根藩主となった。 井伊家は、戦場では徳川の先鋒を担っていた。 「赤備え」の武装統一。つまり、赤は敵からも味方からも明確に判別でき、死を恐れぬ軍団として敬意を払われていた(真田がやはり赤備えで有名ですね)。 幕府創設されてからも、井伊は譜代筆頭で、大老を出す家であった(大老は臨時職で、たぶんに名誉的ポストだが)。 その当主に、エリート意識過分+いじめのトラウマ埋め込み+コンプレックス潜在+自己顕示欲まるだしの人間がなってしまったわけである。 安政5年4月23日、井伊直弼が大老に突然就任。しかし、直弼には外交に対する識見も抱負もなし。ただ、大老になりたかった。 米国との外交交渉は緊迫の一途で、もはや締結せざるを得ず、6月19日、日米通商修好条約調印。 異国大っ嫌いの天皇は逆鱗。そこで、非現実的にも異国攘夷を訴える水戸藩主と幕府に、無断調印を非難・よくよく合議し公武合体を図れとの天皇の勅書を密かに送った。戊午の密勅という。 幕府創設以来、天皇が幕府に命令することはなかった。しかも幕府だけでなく、水戸藩にも(優先して)送ったことが判明。 これに、井伊直弼がキレてしまった。 水戸藩、公家、京都・江戸のオピニオンリーダーたち、自分の反対派を大量に検挙し、処刑しまくった(安政の大獄)。 それに対して水戸脱藩浪士たちが、登城途中の直弼を桜田門外に襲撃、首をとる。 本書では、井伊直弼は、勅書によって自分は失脚、切腹させられるのではないかと疑心暗鬼になったと解説する。 「小心な性格によく見られる過剰な攻撃性が反応に出る。失脚を回避するには<先制攻撃>しかない」 かくして、「凡人大老 強権発動」という次第になったと。 なるほど〜“凡人”ねえ。 現代だって、似たようなケースは多々あるだろう。 反対派切りまくるワンマン社長。能力ないくせに、ただ大臣になりたがる二世政治家。 己を知らない凡人が演じるパフォーマンス。なんとも喜劇、そして悲劇。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 別稿で、音楽の作曲家(楽譜)と演奏者との間で意図にズレが生ずることについてサラリと触れた。 つまり、演奏者の主観が強く、その人間の思想や世界観を聴かされるケースが少なくないということだ。 フルトヴェングラーの指揮する演奏なんかがそれに該当する。 感動もするけれど、なんか押し付けがましいとも。 「譜面のとおり弾くだけなら、ロボットでもいい」という主張もあるだろうけれど、それに激しく同意しつつも、曲が創られたプロセスを丹念に深く掘り下げる作業こそが大切と思い至るのである。 こんな問題意識があるところに、「のだめ」の最新巻を読んだのである。 ロシアからの音楽留学生のターニャが、のだめ(野田恵)の弾くショパンのピアノソナタ第3番を聴いていて、こう言う。 「第3楽章・・・・ラルゴ/カンタービレの主題・・・・/やだ、のだめったら。ここはもっとがっつり、うっとり聴かせてくれないと〜」 それに対する中国人留学生のリ・ユンロンのセリフ。 「また そういう自己陶酔プレイを・・・・/ショパンでそーゆープレイされると、見てはいけないものを見てしまった気になるヨ」 おお、そうなんだよ。聴き手を陶酔させるのはいいが、演奏者が真っ先に陶酔しちゃいかんだろうと思っていた。 この辺が冒頭に記したことにつながるわけだ。 「それでいいじゃん」となると、もう個人崇拝だ。 うん、コミックも実は深いものを内在しているよねー。 自己陶酔か。 例えば、料理なんかもそうじゃないかな、とも思う。 包丁技術やデコレーションが過ぎると、客を楽しませるためというよりも、自分のプレゼンテーションじゃないかと勘ぐってしまう。 皿数多すぎ、表面が華やか過ぎ。下ごしらえ・隠し味というプロの業をじっくりと味わいたいと思うのだが・・・・ 「なに言ってるんですか!色々な料理を少しずつたくさん頂けるのって素敵じゃないですか。それに料理は見て楽しむものでもあるでしょう?」 割り込みはアシスタントの片桐くんだ。 それはそうなんだが、消費者の方が上位なんじゃあないのかなあ。でも消費者がいいと言えばいいのかあ。 う〜ん・・・・ 今日も精進の日々である。
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