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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 春は名のみの風の寒さよ♪ 山陽地方・大阪・東海地方、そして東京と雪に見舞われている。 この2月はまだ降雪の可能性が高いという。 街に出ると大勢がゴホゴホやっている。風邪、インフルエンザが流行っているようだ。 このインフルエンザ、甘く見てはいけない。 とりわけ、H5N1型のいわゆる新型インフルエンザとなると抗体を持たない人類はかなりの数が罹患し、死者も大変な数に上るといわれている。 「新型インフルエンザ 予測される大きな被害」と題する産経新聞の記事(08.02.10)では、厚生労働省が2ヶ月間で最大64万人死亡すると試算とある。 外国の機関の研究では、日本の死者を210万人とするところもあるとか。 死者210万人・・・空恐ろしい。 スペイン・インフルエンザは、1918年〜1920年に全世界を襲った悪性インフルエンザ。 報道され始めたのがスペインであることに由来して「スペインかぜ」と言われた(スペイン人は怒っている)。 当時はまだインフルエンザウイルスが発見されず、流行性感冒などと風邪と同種に思われていた。 このスペイン・インフルエンザの経過を述べてみよう。 1918年3月8日 米国カンザス州ファンストン基地の病院にインフルエンザ患者出現(スペイン・インフルエンザの萌芽) 3月11日 カンザス州ライリー駐屯地でインフルエンザ患者107人発生 3月〜5月 インフルエンザ「春の先触れ」が米国から欧州へ(第一次世界大戦の最中で米軍が欧州戦線に参入) 4月〜6月 台湾とその対岸でインフルエンザ「春の先触れ」 5月〜6月 スペインでインフルエンザ流行、罹患者800万人⇒「スペインかぜ」 6月〜7月 西部戦線でインフルエンザ蔓延、兵士の士気落ちる 8月中旬 アフリカ西海岸の英国保護領シエラレオネの首都フリータウン付近でH1N1型のインフルエンザウイルスが高病原性を獲得⇒変異して悪性化 9月〜12月 インフルエンザ第2波:ボストンから全米に新型インフルエンザが広がり猛威をふるう/イギリスのポーツマス・リヴァプールより全英にインフルエンザ拡大、フランスはプレストより拡大 10月初旬 スペイン・インフルエンザが日本に襲来、3週間で全国に拡大(「前流行」) 11月 インフルエンザによる死者増大(とくに近畿地方被害大) 12月1日 日本で軍隊に新兵が入営し、インフルエンザに罹患する者多数にのぼる 1919年1月〜2月 インフルエンザ第3波:米国の死者総計55万人、イギリス22.5万人、フランス24万人 2月〜3月 日本におけるインフルエンザの「前流行」ようやく下火になる 6月 南半球オーストラリアでインフルエンザが猖獗をきわめる 12月 日本においてスペイン・インフルエンザの「後流行」始まる 1920年1月 インフルエンザによる死亡者増大/欧米でインフルエンザが再び発生 1月11日 インフルエンザ「地獄の3週間」 1月19日 東京におけるインフルエンザ死亡・新患者発生のピーク 2月末〜3月 インフルエンザ終息へ(日本の内地死者45.3万人、外地28.7万人/全世界で4,000万人死亡) このインフルエンザは、米国で初期の流行を見るが、そもそもどこで発生したのかは謎である。中国南西部という人もいれば、米国発生説を称える者もいる。 ともあれ、折からの世界大戦で軍隊という絶好の密集で増殖し、変異を重ねて猛毒化していった。 ドイツ側・連合国側の双方で甚大な罹患者・死亡者が生じ、第一次大戦の終結を早めた。 米国軍人の死亡原因は、なんとインフルエンザがトップのようである。 欧米における研究はけっこうあるが、日本ではスペイン・インフルエンザについてのミクロの記述がまったく見当たらないので、著者は一念発起して本書を上梓したという。 類書がなく、かなり貴重。 当時の国内各地の新聞を丹念に集めるというフィールドワークがベース。 そのいくつかが掲載されているが、かなりの緊迫感がうかがえる。 大正7年〜9年。世界中で日本で人がバタバタ死んでいった。 著名な犠牲者はコチラ。 いつ発生するかは分からないものの(明日かもしれない)、新型インフルエンザが発生する確率は100%。 日本の対応は大丈夫なのか。 SARS(重症急性呼吸器症候群)が突然出現した時に世界(WHO)は最大級の警戒態勢をとり、発症者8,069名、死亡者775名で抑えた(2003年7月11日のWHOによる推定値)。 カルロ・ウルバニ医師らによる決死の努力で水際で食い止めたのだ。 では、新型インフルエンザが水際を突破したらどうなるか。 はっきり言って絶望的。国内の医師・病院の協力体制がまったく出来ていない。 医師や看護士たちも身の安全が確保されていなければ対処できないだろう。 頼みのタミフルも、ウイルスの増殖を抑制する薬だから、発症から48時間以内でないと利かない。 インフルエンザウイルスに適用のある抗生剤はない。患者が出ないと製造出来ないから、ワクチンも間に合わない。 う〜ん、どうしたらいいんだ。 大正時代の人たちは、じっと閉じこもり他人との接触をさけるか、あとは体力と運の勝負だった。 100年近く経つのに同じかあ。 本も重たいし、内容もシリアス。すっかり疲れた読書であった。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 新刊本を手にした途端、衝撃が私を襲った。 なんということだ、香菜里屋が閉店してしまったとは! ・・・しばらく重い虚脱感が続いた。 “香菜里屋”とは、「三軒茶屋駅から、表のアーケード街を道一本外し、裏通りを歩くと、夜の暗さのなかに白くぽってりと膨らんだ光の筒が見える。光に近付くと、その白い腹に気持ちの良い文字で『香菜里屋』とある」という店だ。 「なあにもったいぶっているんですか。小説の中の店でしょう」 ドライな現代娘、アシスタントの片桐くんだ。 アルコールの度数が異なる4種類のビールがあり、もっともアルコール度数が高いものはロックスタイルで供される。メニューは置いてあるものの、ほとんどの客は工藤マスターの薦める料理を注文する。 「紹興酒をふりかけて蒸した鯛のかぶとは、潮の香りに大陸の風土の匂いが混じっている。ナンプラーを少量足すと、魚醤独特の発酵臭がさらに香りを豊かに膨らませる。店の客は、香月を含めてしばし会話を忘れた。(中略)鯛という素材の良さもさることながら、−−火加減が絶妙なんだ。」 ビアレストランではあるが、ときには日本酒も出す。 「『ちょうどいいタイミングでした。無濾過の生酒が手に入ったものですから』江戸切子の徳利に対のぐい飲み。とろりとしたお酒が注がれると、すぐに麹の素朴な甘さが香る」 著者はただ者ではない! といっても、いわゆるグルメものではない。 この店に集う客が、ちょっとした謎を持ち寄ってくる。 貧窮死した俳人には戸籍がなかった。彼のメモにあった40年前の悪夢とは−−こんな具合にミステリーが展開していく。 それらの謎を店のマスターの工藤がほろりと解きほぐす。 小さな出来事から奥深い事件が描かれ、人間の心情の機微が巧みに表現され、底流にはいつも心の温もりがある。 私が愛してやまない作品群なのである。 『花の下にて春死なむ』・『桜宵』・『螢坂』と続いてきた、この「香菜里屋」シリーズが本作『香菜里屋を知っていますか』でついに閉店してしまったのである。 収められている5作品のうちの「ラストマティーニ」は、いつもの香菜里屋シリーズ風だったが、それからはエンディングに向けて展開していく。 著者が当初よりこの結末を用意していたとは思えない。 ちょっと強引な感じもするし、また終わらせるならこうだろうなと予想もしていた。 あー、以って瞑すべし。 北森鴻は、現在もっとも脂がのっている作家だ。 縦横無尽に美術ネタが炸裂する「冬狐堂」・「雅蘭堂」シリーズ、美貌の民俗学者・蓮丈那智シリーズ、福岡の屋台のテッキとキュータのシリーズなどが同時進行中。 美術、歴史、民俗、犯罪、食・酒・・・北森鴻の作品はコンテンツてんこ盛りである。 彼の作品を未読の方、人生の楽しみを見逃しておりますぞ! cf. 北森鴻公式サイト 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 詩人の大岡信さんが編纂した『折々のうた』シリーズが全19冊(+索引2冊)で堂々完結した。 和歌・短歌あり俳句あり、歌謡や詩などを季節に沿って選定。 1979年1月25日から2007年3月31日まで、29年にわたって朝日新聞に連載したものを加筆収録したアンソロジーだ。 相変わらず感性に富んだ作品が並んでいる。 なんとも立派な仕事だ。 今回気に入ったものを次に掲げる。 薦着ても好な旅なり花の雨 田上菊舎 紙飛行機宙返りして五月かな 吉岡桂六 いつしかに春の名残となりにけり 昆布干場のたんぽぽの花 北原白秋 ところてん昭和がふつと顔を出す 藤田湘子 樹(き)には樹のかなしみのあり虎落(もがり)笛 木下夕爾 まつさらの雪に抱かれ浮御堂 明隅礼子 この『折々のうた』は、読む(詠む)たびに新しい発見がある。 何度も何度も再読している。 現代の日本人にとって必読のテキストだ。 『天才・龍之介がゆく』シリーズ。 5編のストーリーが収められている。 柄刀一は理系。 パズルを組み立てるような論理展開、奇抜なアイデアが特徴だ。 今回も例によって意表を衝いた、ヒネリの利いた内容になっている。 疲れた頭に上等な刺激剤。リフレッシュ! それにしても、最近、数学に魅かれる。 最近証明された世紀の難問の一つのポアンカレ予想。素数の分布に関する最大の課題、リーマン予想。 さらにはフェルマーの最終定理、数学の帝王ガウス、決闘で若死にした天才ガロア・・・いやあ面白い。 ミステリでも、森博嗣が理系でブレイクした。 初期の「すべてがFになる THE PERFECT INSIDER」は歴史的な傑作だろう。 脳が刺激された2冊であった。 感受性が鈍っているなあという方、なにはともあれ読むべし。 今日も精進の日々である。
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智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい。 夏目漱石「草枕」 私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 上の漱石の文言はよく噛み締めているものだ。 小学生の時、担任の教師から、「『智に働けば角が立つ・・・』。お前は理屈ぽい。そんなことでは嫌われるよ」と注意を受けたことがある。 何ぉとも思ったが、よく出来た文言でもあるなあと肝に銘じた次第。 エピソードを思い出したのは、この本を読んだからだ。 江戸有数の太物(呉服)店・美濃屋の跡取り息子の信太郎は、みっちり商人の修業を積み、許嫁も決まったところに、吉原に繰り出して引き手茶屋の主人で×1・子持ちのおぬいと深間にはまる。 親から勘当(非公式だが)され、歌舞伎興行の経理担当をしている、おぬいの叔父のところにやっかいになる。 許嫁だったおすずが押し入った盗賊のため命を落としてフリーズする義理の世界と、人情が寄せつ戻りつする、その解決の行方が縦糸。 役者・戯作者・囃子方それに長屋の住人たちとの交流、発生する様々な事件が横糸となる。 断絶してしまった江戸の粋、ふんだんに登場する歌舞伎用語とで少しばかり入り込みにくいが、世話物の世界を見事に現代にカバーした作品シリーズだと思う。 『おすず』『水雷屯』『狐釣り』『きずな』『火喰鳥』と続いてきたシリーズは、本作『その日』でクライマックスを迎える。 その日、安政2年10月2日(1855年11月11日)、夜10寺頃に江戸をM6.9の直下型大地震が襲う。 安政江戸地震と呼ばれ、とくに丸の内・日比谷界隈の武家屋敷、日本橋〜深川の町人地域に甚大な被害を及ぼした。 この地震でかた結びになっていた人間関係がほどける。 「ゆうべ、あたしが死んでいたら、店の奥向きを束ねる新造として、なにひとつあなたへ申し送ることができなかった・・・(中略) あたしときたら片意地やらなにやらで、そんなことすら忘れていました」 頑なだった信太郎の母親のおさだが、おぬいを嫁と認め、彼女の連れ子を孫と認める。 「意地を通せば窮屈だ」、か。 シリーズを通じて、おぬいの子の千代太の純真さが大きな救いとなっている。 各々の思惑やら世間体やらでガチガチの大人たちに対して子供は素直だ。 「いまから祖母ちゃんと呼んでいいの?」 涙がこみ上げてくる場面だ。 だいたい子供とか動物とかを使うのはあざとい。 そこがウィークポイントの私はいつも泣かされることになる(笑)。 抱えているものを放り投げる、あるいは無くせば、人は柔らかく優しくなれる。 公と私、規範と運用、変えるべきものと変えてはいけないもの・・・ 自分のことしかない人間が多い現代、「義理と人情」って新しいんじゃないか!? そんなことまで思い至らせる内容だ。 お奨めの一冊である。 ※シリーズのどこから読んでも大丈夫。それでよかったら、第1作からどうぞ。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 来春テレビ朝日系で全国放送予定のドラマについてのニュースを知った。 絵本「いのちのいろえんぴつ」に基づいた作品だという。 主演は小学校の教師役でTOKIOの国分太一。 突然の難病におかされ余命わずかな少女と、いのちと向き合う内容だ。 このタイトルだけでジーンと心がうずく。 それは、昨年7月に放送されたNHK「にんげんドキュメント」を見たからだ。 脳腫瘍で余命わずかと診断された10歳の少女、豊島加純さんの実話。 腫瘍は脳幹部にあり手術不能で、刻一刻麻痺が進行していく。 なんて残酷な話だ。 加純さんが、学校の先生にもらった12色の色鉛筆で絵日記をかく。 右手が利かず、左手で一生懸命にかく。 ここには、12色の、いろがある 目立たない色もあるけれど、 みんな、 がんばってる ひとつ、ひとつ」 滂沱の涙で食い入るようにテレビを見続けた。 加純さんは星になった。 もちろん、非命は彼女だけではない。 世界をみれば、今この瞬間に多数の子供たちが亡くなっている。 しかし、彼女は絵と文字を、思いを残してくれた。 生命とはなんぞや、生きる意味って・・・ たとえ短くても、どう生きたかが大切。 いのちと向き合ったとき、人は素になれる。 彼岸で墓参りなぞして、シンクロしたニュースであり、書籍である。 あらためて生きることの意味を問う、素晴らしい絵本だ。 皆さんも是非本書と向き合ってみてほしい。 今日も精進の日々である。
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