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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 友人の海老塚修さんから本を贈呈いただいた。 『バリュースポーツ』 海老塚 修+スポーツデザイン研究所著 遊戯社刊 \2,400(税別) オリンピック、サッカー・ワールドカップ、Jリーグ等々の大舞台で、権利関係やビジネスチャンスの交渉・調整・啓蒙を行ってきた。 これまでの活動を通じて得た、スポーツに関する要諦をまとめたのが本書。 話し言葉に順ずるすっきりした文章で読みやすい。 前半サーッと飛ばしていたが、後半に入るとにわかに注意が必要になる。 簡潔な記述に含まれる内容が、実はかなりシリアスなものなのだ。 注をつけるとすると、けっこうな分量になるだろう。 専門用語しかり、フィロソフィーしかりである。 とくに第4章「スポンサーシップのバリュー」が注目だ。 ビジネスの構造、またライツホルダーとライセンシー、その間に立つエージェントの有り様を述べている。 実際のビジネスは、ここのディテールの理解とつめ方がポイントとなる。 ここだけでも数冊の本となる。 全体の基底をなしているのは、スポーツに対する愛情、畏敬だ。 だから、単なるビジネス書にしたくなかったのではないか。 「ビジネス」や「マーケティング」ではなく「バリュー」を訴えているのはそういう理由からだろう。 スポーツの魅力の源泉、そしてスポーツを通じて各々がハッピーになる指針が書かれている。 「オリンピック開催に向けてのアピールは、今や『地元に対して何をもたらすことができるか』といった利益誘導型ではなく、『世界に対して何ができるか』という積極的に貢献しようとする姿勢なのだ」(P166) スポーツをどう活用するかではなく、それぞれのスポーツの価値を高めることが第一義、スポーツは地球を救うという強い願いが胸をうつ。 ただ昭和30年代のままに、オリンピック招致に走る老耄な輩に聞かせたいものだ。 現在、スポーツ特待生制度で高校野球が大きく揺れている。 私は高校野球選手権がキライだ。 才能ある野球少年を商品・投資対象としてみる大人たち、芸能人のように振舞う子供たち。 その一方で、純真な青少年というポーズ、その上っ面を確信的に賛美掲揚するマスメディア。 アマチュア精神は建前にすぎなくなっているのだ。 昭和44年の松山商業vs三沢高校の死闘、昭和49年の徳島県立池田高校「さわやかイレブン」の活躍・・・・名勝負は数あれど、いまや昔である。 今回の高野連の動きは、こうしたビジネス化の流れにメスを入れようとしたものととらえている。 「面白ければいいじゃないか」 これを認めたら教育ではなくなる。 高校野球の価値を高めるにはプロ化が最善なのか、一生懸命ひたむきな姿・純・勝ち負けを超えた尊さ−−そうしたものこそ大切なのではないか。 本書はそれをも考えさせる内容になっていると思う。 「所長、どうしたんですか?いつになく真面目ですよ」 とはアシスタントの片桐くんだ。 「しまった。秘すれば花か」 「いえ、それは意味ちがうと思います」 …… 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 「また時代小説ですかぁ〜」 アシスタントの片桐くんの冷ややかな声を無視して、また時代小説、佐伯泰英作品をご紹介する。 佐伯泰英著 『荒海ノ津』 双葉文庫 \648(税別) 『阿片』 講談社文庫 \619(税別) 小説史に燦然と輝く偉大な作品群である。 江戸時代の明和・安永期の設定で、10代将軍家治の御世だ。 豊後の小藩の家老の嫡男が、江戸の修業を終えて親友2人と改革に胸ふくらませ帰藩した直後、陰謀により殺しあうはめになる。 生き残った主人公、坂崎磐音が傷心のまま江戸に出て、食うために商家の用心棒をし、様々な事件に遭遇していくストーリー。 まわりの人物設定が実にうまくいったケースだ。 この最新作では、脇役の気のいい貧乏御家人の次男坊一家が窮地を脱して、おまけに花嫁を得る。 やれよかったと、安心を与えてくれる。 Amazon.co.jpで「佐伯泰英」と検索してみると、このシリーズ初期の作品が売上の上位に入っている。 新しい読者がついてきているという証である。 未読の方、時代小説はフロンティアだという方、是非トライしてみてほしい。 シリーズ第1作は、安政2年10月2日(1855年11月11日)夜に江戸を襲った「安政江戸地震」直後からいきなり始まる。 この大地震はマグニチュード6.9、死者7,000名余、全半壊家屋約6,000棟、寺院の全半壊は200余にのぼった大惨事であった。おまけに江戸城本丸が全焼している。 元々埋立地で地盤の柔らかい日比谷界隈の武家屋敷(譜代の雄藩が多い)の被害は甚大で、幕府の力は一気に下降した。 詳しくは、野口武彦著『安政江戸地震』(筑摩書房)を読まれたし。 主人公の信州伊那谷の旗本・座光寺藤之助は、下士の身分だったが急使として遣わされた江戸で婿養子の殿様と入れ替わる運命に。 わあ、『ゼンダ城の虜』みたい。 逃亡した殿様を追跡したり、北辰一刀流・千葉道場に弟子入りしたりと大活劇。 シリーズ5作目にあたる最新作『阿片』では、老中堀田正睦の命で長崎に派遣された藤之助が、阿片の大量流入事件にあたる。 となりの中国・清では阿片を撲滅しようとしてイギリスと戦って敗北(イギリスの歴史でワーストな記憶ですな)。オランダ経由で情報を得ていた幕府首脳を震撼させた。 本作では、ピストルあり、軍艦の砲撃ありとにぎやかだ。 佐伯作品で後れを取った講談社が、差別化に注力して派手にさせたのか? しっとりした江戸時代らしい情緒には欠けるが、アクションが華やかで、こちらを好む人もいよう。 ヒットの条件は、「我を忘れさせる」と「身につまされる」の2つと誰だかが言っていた。 佐伯作品は、いみじくもこれを満たしている。 日頃の憂さや満たされぬ思いを浄化してくれているのだ。 「でも現実から逃げてばかりでもねぇ〜」 わっかっちゃいるけど・・・ 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 フランスのミステリーを紹介する。 フレッド・ヴァルガス (Fred Vargas) 『死者を起こせ』(田中千春訳) 創元推理文庫 \760(税別) 『青チョークの男』(藤田真利子訳) 同上 \700(税別) 「所長、この本面白かったですよ。貸してあげます」 おっ、ミステリー百戦錬磨のオイラ向かって恐れ気もなく。 アシスタントの片桐くんから押し付けられた本は、フランスものだった。 フランス・ミステリーはどうもねえ。 ミステリーは大好きで、高校時代よりヴァン・ダイン、エラリー・クイーン、ディクスン・カー、アガサ・クリスティ、フリーマン・クロフツ、横溝精史などを読みふけったものである。 フーダニット?こいつが犯人だ!あるいは「アクロイド殺し」の例のフェアorアンフェアなど、口角あわをとばしたものだ。 いまでもミステリーは元気な毎日の栄養剤である。 さて、今回の本。 フランスものとはこれまで相性があまりよくなくて、期待はしていなかったが、ところがどうして面白いではないか! 探偵のキャラクターが本格派を基準にするとどうかなとも思うが、巧みなストーリー運びである。 あとがきによると、フレッド・ヴァルガスは1957年に二卵性双生児姉妹としてパリに生れた。 女性らしいセンスの描写、テンポよい展開、サラリと書いているが深い教養に裏打ちされている文章、そしてユーモア。 訳もいいのだろう。大変スムースに読める。 『死者を起こせ』はここから事件が始まる。 金に困って共同生活を始めた3人の歴史学者たち、先史時代専門のマタイ、中世専門のマルコ、第一次大戦専門のルカ(いずれも愛称)。 彼らの隣家で不可解な事が起こる。 そこに住む引退したオペラ歌手が「木が植わっている。気味が悪い」というわけだ。 掘ったが何もない。だが、彼女が謎の失踪を遂げ、亭主に疑いがかかるが・・・ エンディングにサプライズが仕掛けられている。 う〜ん、探偵役がなあ。でも面白いねえ、これ。 『青チョークの男』は、別シリーズ。 異能の警察署長アダムスベルグが謎解き役。 パリの街に夜ごと青チョークで円が描かれて、その中に雑多なものが置かれているという事件が起こる。 クリップや人形の頭・・・アダムスベルグは警告を発し、部下たちを手配する。 そして、青チョークの円の中に女性の死体が! 犯人はわかるのだが、やはりサプライズが仕掛けられていた! ううむ、読ませる。 ヴァルガスは、本格ものを志向なんてしていない。 サラサラッと書き進めていて、伏線がチョコチョコとあって、ひねりがあり、必ずサプライズが用意されている。 探偵にだってサプライズがある。 「どう、面白かったでしょう?」 そう言う彼女の顔が見えるようだ。 フランスでは10冊程度が上梓されている。 日本でも逐次翻訳していくという。 大いに楽しみだ。 「ふふ、ヴァルガスにはまったみたいですね」 「自慢げだねえ。鼻の穴がピクピクしているよ」 「なっ、失礼な!所長の表現がヘタッピーだから、片桐男説なんて出るんですよ!」 わがブログ3歩進んで2歩下がる。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 『一瞬の風になれ』を読んだ。 昨年から評判を呼んでいて、書店で平積みされている水彩画の表紙の本3種類が気になっていた。 メディアでもてはやされているから読むというのは矜持がゆるさんと無視していたが、どうにも我慢ならず手にとった次第。 主人公の神谷新ニは県立高校に入って、それまで夢中になっていたサッカーをやめて陸上部に入る。 天才肌でJリーガーとなった兄には才能で及ばないと見切りをつけたのと、親友の一ノ瀬連の走りっぷりに魅かれたからだ。 やはり天才スプリンターだが体力のない連と、体力は十分だが素人の新ニが互いに刺激し合い、部員たちと県大会、南関東大会、そしてインターハイへと励む−−青春物語の王道だ。 新ニの一人称の文体。 十代の毎日がよく書けているなあ。 セリフや会話の絡みが抜群にうまい。 「可能性−−いつまでも捨てたくない言葉だ。でも、ずっとしがみついているわけにはいかない言葉だ」 ずっと読み続けてクライマックス(第3部)の400mリレーの決勝。 4人が疾走、バトンがすごい速さでつながって、一陣の風となる。 胸が熱くなった。 物語はハッピーエンドで終了・・・ではなくて、次を見据えて終わる。 彼らは高校生。道はさらに続き、ingなのである。 コミックの名作「タッチ」(あだち充/小学館)で、甲子園でのドラマは一切画かれておらず、ラストのカットでさりげなく優勝盾が置かれてあったのを思い出した。 いわゆるスポ根ものではない。 かつての「巨人の星」や「あしたのジョー」などとは異なるんだよね。 汗と涙でネトネトでなく、風のように爽やかなわけ。 いやがおうでも十代の頃を思い起こさせられ、何度も読み返してしまった。 これは強くお奨めである。 「所長、さっきからコーヒーばかり飲んで、どうしたんですか?変ですよお」 いつもの紅茶ではなく、ブラックコーヒーを飲んでいたら、アシスタントの片桐くんに見とがめられた。 「うん、ちょっとね」 青春小説を読んで、どうにも胸が甘酸っぱく、口の中がしょっぱくなってなどとは口がさけても言えない。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 東京にもようやく初雪があった。もう彼岸入りというのに寒の戻りだ。 雪につられて手にとった本がある。 贅沢品はいっさい禁止され、違反者は厳罰に処された。 推進者の水野忠邦はエキセントリックに「改革だ。文句のある者は名乗り出よ」 と強行突破を図る。 なにか小泉内閣みたい。そういえば、水野忠邦の肖像画を見ると、細面でどうも小泉前首相に似ている。 庶民はファッションもエンターテインメントも禁じられ、鬱屈とした生活を送った。 「しずり雪」は、そんな時代を背景にした物語。 蒔絵師の孝太は、幼馴染の小夜を嫁にしたが、改革で仕事がなくなって困窮している。そこに、やはり幼馴染でチンピラまがいの作次がこっそり闇ルートの仕事を持ち込んでくる。少ない手数料をもらう下っ端だ。 作次には以前に何度も金を貸すが返ってこない。 「悪りぃな、孝太。勘弁してくれ。俺にはおまえしかいなくてよ」 同じ貧乏の環境で生まれ育った仲、どうしても突き放せない。お金もほしい。孝太はやむなく引き受ける。 いい仕事で発注先が喜び、ああよかったと息をついたのもつかの間。闇のルートは次の仕事を押し付けようとする。 「・・・なぁ、また頼まれてくれるか?」 「いや、それで終わりにしてくれ」 「・・・悪かったな、無理言ってよ」 雪の朝、岡っ引きの友五郎親分が孝太をたずねてくる・・・ 私は読むたびに涙を禁じえない。せつなくて、いじらしくて。 これは傑作だ。 この作品は短編だが、推敲に推敲を重ねたのだろう。 他に3作品が収められているおり、それぞれ読み応えはあるが、やはり完成度がちがう。 なお、友五郎親分が軸となって全作品がつながっている(単行本ニ作目も)。 文庫化されて入手しやすくなった。是非一読してほしい。読まないと損だ。 人を思いやる心。すたれてほしくないな。
今日も精進の日々である。 |






