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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 今年は桜の咲くのが速いなあ。 開花宣言したと思ったら、3〜4日で満開とは。 記憶に残っているかぎりでは最速かも。 東京ではアッという間に花が散りそうなので、季節感を噛みしめるべく、急いで桜の名歌・名句を並べてみようと思う。 世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 在原業平 久方の光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 紀友則 桜花散るぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞ立ちける 紀貫之 山桜散りてみ雪にまがひなば いづれか花と春にとはなん 伊勢 いにしへの奈良のみやこの八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな 伊勢大輔 ふるさとの花のさかりはすぎぬれど 面影さらぬ春の空かな 源経信 花咲かばつげよといひし山守の 来る音すなり馬に鞍おけ 源頼政 さざなみや志賀のみやこはあれにしを 昔ながらの山桜かな よみ人しらず(平忠度) はかなさをほかにもいはじ桜花 咲きては散りぬあはれ世の中 藤原実定 吉野山こぞのしをりの道かへて まだ見ぬかたの花をたづねん 西行法師 以上が平安時代の作品。 次は鎌倉時代。 変り種は安土桃山時代の猛将にして文化人の蒲生氏郷。織田信長の女婿、秀吉が恐れたという人物。 限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春のやまかぜ 蒲生氏郷(辞世) 次は幕末の歌人の作。江戸文化の極みを感じさせる。 とられじと風にすまへる菅笠に こぼしかけても散る桜かな 井上文雄 近代の作品。 後世は猶今生だにも願はざる わがふところにさくら来てちる 山川登美子 うすべにに葉はいちはやく萌えいでて 咲かむとすなり山桜花 若山牧水 木の間なる染井吉野の白ほどの はかなき命抱く春かな 与謝野晶子 見ずや君あすは散りなん花だにも 力のかぎりひと時を咲く 九条武子 桜ばないのち一ぱい咲くからに 生命をかけてわが眺めたり 岡本かの子 俳句だ。 「定家はどうした、家隆もないぞ」、「西行は別の歌がいいだろう」、「江戸時代の香川景樹にも良い歌があるぞ」・・・いろいろとご意見はあるかと。 まあ、思いつきのものなのでお許し願いたい。 今年の花見は・・・追いつかない。 花を追って北上しようかな。 以前はよく弘前に行ったものだ。まだ肌寒い空気の中に、桜が陶然と咲き誇っていた。 また見たいものだな。 今日も精進の日々である。
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詩歌とか
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 自室には旧暦がメインのカレンダーを飾ることにしている。 京都の第一紙工社製のもの。同社の「暦.com」というサイトで入手した。 旧暦だと季節感がぴったりしている。 詩歌を味わったりするのに好適なのだ。 今日、2月22日は旧暦の1月16日。 小正月の翌日、松の内があけて、薮入りにあたる。 奉公人たちが1年に2度実家に帰れる日だ。 小僧たちがワァーイと駆け出していくのが目に見えるかのような、そんな春の陽差しだ。 ほんと暖かいな。 覚えず知らず詩句が飛び出してくる。 石ばしる垂水の上のさ蕨の 萌え出づる春になりにけるかも 志貴皇子 万葉集の巻八の巻頭を飾る一首。 早春を代表する名歌だ。 漢詩もある。 尋胡隠君 [胡隠君を尋ぬ] 高啓 渡水復渡水 [水を渡り、複た水を渡る] 看花還看花 [花を看、還た花を看る] 春風江上路 [春風、江上の路] 不覚到君家 [覚えず、君が家に到る] 中国は明の初期の詩人、高啓の名高い作品。 平易な文字による繰り返し表現でほんわかした感じが巧みに表現されている。 ほんとうは時期的に少し早いのだが、この陽気にふさわしいだろう。 ふわりふわりと駘蕩として余情豊か。 好きな詩だ。 「いやあ、ポッカポッカして、気持ちがいいね」 オフィスに着いて、アシスタントの片桐くんに思わず声をかけた。 「なにボーッとしているんですか。やっと風邪がよくなったんでしょう。週末は寒さが戻ってくるそうですよ。また仕事休まれたんじゃ困りますよ」 「まあまあ、今日は薮入りだし・・・」 「はあ!? なに訳わかんないこと言っているんですか。時代は刻々と変化しているんですよ」 うわあ、藪をつついて・・・。 今日も精進の日々である。
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私は渡辺いっこう。フリープロデューサーである。 寒い。旧暦の師走14日、冬の底だ。なんとも温もりが恋しい。春はいづこに。 こんな季節にぴったりの漢詩を思い出した。 探春 戴益 終日尋春不見春 [終日春を尋ねて春を見ず] 藜杖踏破幾重雲 [藜杖(れいじょう)踏破す、幾重の雲] 帰來試把梅梢看 [帰り来たりて、試みに梅梢をとってみれば] 春在枝頭已十分 [春は枝頭(しとう)にあってすでに十分] 春はどこにと一日中探し回ったが見つからない。 杖をついて幾重の山を越え、雲を踏破したがだめである。 しょんぼり帰って来て、庭の梅を見てみると・・・ なんと春は梅の枝先の蕾にあるではないか!そう、これで十分だ。 古来、禅問答などにも使われている詩句とのことである。 我が家にも梅の盆栽があるが、いくら見ても春は十分でないなあ。 修行が足りんのか。いや、やせ我慢はよくない。 熱い紅茶でも淹れるとしよう。セイロン・ウバにミルクたっぷり入れて、と。 「梅の画像があるとよかったですね」 とはアシスタントの片桐くんだ。 うん。あとで追加するとしよう。 今日も精進の日々である。
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