jii爺の日常

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理解され難い子たち

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診断名はついていても
イメージ 2雪が少し積もったので早速近くの公園に行ってみました。いました、いました、子供たちの歓声でいぱいです。そのとき一人の男の子が、傾斜の上からそりで滑り下りて、私のほうに走ってきました。顔見知りの4年生のY君です。去年の3月まで学童保育にいた子です。イメージ 1
Y君、とてもこだわりの強い子で、幼稚園時代にはなかなかお友達となじめず、1年生の時はいつも私のそばにいました。診断名も付いていました。でも私は、ちょっと個性の強い子という位で、あまり心配していませんでした。
実際にちょっとしたきっかけでドッジボールやサッカーなど、ルールの複雑な遊びにも参加できるようになりました。
2年生の夏休み、私はY君にドッジボールの基本を教えました。2学期の直前のある日、私はY君と一緒にドッジボールの輪に入り、最初だけ私と一緒のチームにしてもらって、ルールの説明をしました。後はみんなにお任せして私は去りました。
Y君大活躍でした。その後、サッカーも大好きになり、一人で基本練習をしたりして上達、お友達の輪も一気に広がりました。
今日もY君、私の知らない子たちと遊んでいて、私のことをみんなに紹介してくれていました。そして、私にもそりに乗らないかと言ってくれましたが、そればかりはありがたくお断りしました。
 
発達の凸凹も個性の内
3年生のR君、3姉弟の真ん中。1,2年生のときは、とてもこだわりが強く、負けることが嫌いで負けるとすぐ泣きました。
失敗することが嫌だから新しいことにはあまり挑戦しませんでした。
集団の雰囲気を読むのは苦手で、団体競技は参加しませんでした。
同じような傾向の子とは遊べますが、その子たちがいないときは一人でブロックなどで遊んでいました。
お母さんも自分の子供だが良くわからない子だと言っておられたこともあります。
何かやりたい事や、わからないことがあると、私がいれば、何でもやってと言ってきました。
私は最初は一緒にやってみようと言ってましたが、このところは教えてあげるから自分でやってみように変わってきていました。
今日、私が外遊びから帰ってきたら、男の子たちの多くがコマ回しをやってました。
R君私が教えて回せるようになっていたのですが、なんだか忘れてしまって回せなくなったようでした。
様子を見ていたら、R君、「回し方忘れた。もう一遍教えて』と、自分から私に言ってきました。
このようにきちんと自分から要求できるののはすごい成長と思いました。
ところが、一緒にやって見せましたが、なかなかうまくできません。
半分泣きだしそうになりましたが、最初は馬鹿にしていた回りの子たちも声援をくれて、とうとう上手く回せるようになりました。
そしてどんどん前に習得したコツを思い出して一気に上手くなりました。
お迎えのお母さんにR君いいところを見せたくてやって見せましたが、緊張で大失敗。
それでもめげずに、3回目に成功。
私とお母さんは、途中でいじけてやめてしまったいただろう昔のR君のことを思い出し、その成長を改めて確かめ合ったのでした。
早期発見の名のもとで
今日は4人のお子さんのことで、3人のお母さんにお会いしました。その中の一人は先日爺と遊びたいと自転車で来てくれた年中さんの子.http://blogs.yahoo.co.jp/ikuji65gakudou/61985474.htmlとその2歳の妹とお母さんでした。お話しはまずその妹さんのことです。その子は生まれた時から知っていますし、一歳半になる少し前に、2時間、ファミサポでお預かりしたこともあります。その時、一歳半検診で、若しかしたら発達障害の疑いありといわれるかもしてませんが、私はまず大丈夫と思いますから、決して動揺したりしないで下さ。、少しのんびり成長しているだけで、すぐに元気で明るい子になるでしょうと、お話ししました。
そして検診では心配した通り半年後の再検査を言われました。そして先日その再検査を前にして、お母さんは受けたほうがいいか少しは迷っておられたようですが、私は、さあこんなに成長しましたよ。この子にどんな診断を下されますかと、見せつけてこられたら、とお話ししました。そして今日はその報告に来られたのです。はい、結果は全く問題なしでした。そんなこと私には、半年以上も前から分っていたと言いたいです。早期発見、早期支援と言いますが、親をやたらとと不安がらせるのも、その親の心の強さや周りの環境によってはもとても怖いです。一歳半の子のお母さんが不安な思いを強くすれば,子供にいいわけがありませんよね。1時間以上遊んで、その妹さん、初対面の家内にもすっかりなついて、声を出して、正面から顔を見てお話しして、楽しく帰って行きました。
怖くてちょっと心配ですが
明日は発達に凸凹があるお子さんと、そのお母さんたちのクリスマス親子会に出席させていただきます。2週前に会った子どもたちにはまた会えます。イメージ 1そこで私からのプレゼントは、この6種の動物にしました。家内に見せたら「変なお菓子」と言われましたが、お菓子ではありません。消しゴムです。それを25人の子に好きなのを2個ずつ選んでもらおうと思っています。イメージ 2ところがこの消しゴム、ごらんの大きな顔の口の中に入っています。あまりもたもたして選んでいるといつ噛み付くかわかりません。この容器は、今、フランスに留学中の若いアーテイストの方から頂いたものです。子供たちは主に小学生と、その兄弟姉妹たちです。さあ、どんなことになりますか

理解され難い子たち

その現場では
今日は少し重い話を書きます。私がパート指導員をしている学童保育所は私設私営で来年で8年目になります。8人の指導員がシフトで常時4人が50名の子供と過ごしています。設立以来の専任指導員のKさんは、学童保育を政策に掲げるある政党の熱心な支持者です。一人一人の子供のことより、周りの指導員や父母への党勢拡大や、指導員(専任を主とした)の待遇改善などには熱心です。子供はあまり寄り付きません。Kさんが何かを指示しても聞きません。3年遅れて入った私が指示すれば強く言わなくても子どもたちは聞いてくれます。Kさんには面白くなかったと思います。後から入ってきたパートの爺です。でも、私がKさんと一番強く対立したのは,発達障害の子供たちへの対応でした。はっきり診断名がついていている子は、自然に私の周りにいることが多くなりました。しかしそれ以外の、未受診で、常にパニックを起こしていような子については、なんだかんだと、その子の側に問題があるのだとかの理由をつけて、私が来るまでは放置されていました。2次障害が心配でした。すぐに時間外の課外レッスンや、日々の対応を他の指導員さんとも連携をとり心がけました。急速にパニックは少なくなりました。そして今はとても元気に学習に、習い事(ダンスや空手)に大活躍してくれています。そんな私たちの学童保育所、来期は公設に移行します。Kさん、市の専任指導員に応募されました。私は発達障害の加配補助指導員を主体で応募しました。来年の発達障害の子の応募はないと市の言い分です。
私の知っているお母さん方の情報とは異なります。これもひとつの現実です。

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