甘い狂喜

─笑って欲しかった、私の罪を全て知っても。─ 過食内容は限定書庫にしています、ごめんなさい;

□追憶□

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追憶〜過ぎ去ったむかしを思い出すこと。。。
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家族。 ケータイ投稿記事

パパ。

パパがめちゃくちゃにしたんだよ。

ママ。

ママがめちゃくちゃにしたんだよ。

家族をバラバラ。

帰れる日もない。

あの日、何もなくなった家で、泣きながら菓子パンをひたすら詰め込んだ。

知ってる?。

戻りたかった。

私は、ただ、あの時間に。

でも、無理なんだね。

壊れてしまったから。

何もかも。

私自身も。

パパ。
ママ。
ごめんね。

パパ、ママ、何も悪くないんだ。
知ってるのに。
誰かのせいにして
逃げて
安心しようとしてるんだ、私。

もう、こんな大人になってしまったよ。

無邪気に笑ってたあの頃

みんな幸せだった?。

目を瞑って。
もう目覚めたくない。
夢の中だけでもせめて。

パパ
ママ

笑って。

私のこと
愛してるって

抱き締めて。

現在、私はエンシュアリキッド3本。
ラコール3本を処方されています。

粋は精神科で栄養士の方とお話してから、
いつ記憶障害になってもおかしくない状態だと伝えられ、
少しでもいいから栄養を取ってほしいと言われました。

栄養=食べること。

断固拒否。

胃の中に食べ物をいれっぱなしにして、
消化なんて私にとっては恐ろしい行為だから。
その日から、
私の有無は関係なくエンシュアリキッドが1日3本処方されるようになりました。

バニラ味。
コーヒー味。
イチゴ味。

記憶障害になる事、
このままの体重なら命の問題がある事を、
栄養士さんから一緒に聞いていた母は、
せめて3本とまではいかないから1日1本でもいいから飲んで欲しい、
そう言われました。

母が私の心配をしてくれてるんだ。

場違いだけど、母が心配してくれること、それが嬉しかったんです。

私にとって、
母が心配してくれることこそが、
愛情を確かめられるゆういつの手段になってしまっています。

彼に対しても同じです。

皆安心して皆で幸せになっていけたらいいんですけどね。
心配してくれる事で安心を得るんじゃなくて。

それもあった為、母の約束をその日から守ることにしました。

エンシュアリキッドは1ml、1cal、1本飲むと250calになります。
チーズ4個は学校に通うせめてもの体力をつける為、食べる癖ついてました。

エンシュアリキッド1本と、チーズ4個。

全部で大体500cal取る生活が始まりました。

最初はその独特な味になれないのと、
calを取るということに気持ち悪さがあって、何度か吐いていました。

食べる時間は朝起きて食べて、それからまた寝てました。

胃に入った状態で動くのが億劫なんです。

今まで朝起きて喉がカラカラでも、水分も怖くて取れなかった。
でもエンシュアリキッドが処方されてから、水分が取れる。
最初は気持ち悪くて仕方なかったものが、
段々日数を重ねる事に乾いた喉にとても美味しく感じるようになりました。

慣れてくると栄養をとることに抵抗が薄れてきたんです。

少量ずつだけど、お昼ご飯も食べるようになりました。

その時の1日の摂取calは1200calぐらいだったと思います。

そのせいか、38キロだった体重が50キロ近くまで太りました。

生理がきた為もあり、
嬉しくて何とか現状の体重を受け入れてあげようと思ったんですが、
命より体重を優先する心は根強いものですね。

胃が痛い。
体調が良くないから。
気持ち悪いの。

何かしら理由をつけて、お昼ご飯を食べなくなりました。

お昼ご飯をやめると、体重が一気に増加はなくなったけど、減りもしません。

その頃は、
エンシュアリキッドにも慣れ処方されている3本美味しく飲んでいました。

体重が減らないのはこれが原因だなって思いながらも、
もうエンシュアリキッド以上に美味しいジュースはないって感じで、
やめたくなかったんです。

皆が寝静まった後、お母さんが隠しているエンシュアリキッドを必死に探して、
ガブガブ飲んで、ストックを一日で無くしてしまう事が度々あるほど、
エンシュアリキッドが大好きでした。

お昼ご飯はやめても、エンシュアリキッドはやめませんでした。

増えたり減ったりする体重。
増えると鬱になるし、減れば気分はいい。

減っていく数字を見るのは幸せと一緒でした。

体重を減らす事。

体重を優先気持ちが戻ってきて。

3本から、2本、1本…。

そして今は飲んでいません。

完璧に夜の過食嘔吐に使っています。
お母さんももうそれは諦めて見てます。
さすがにそれでも飲むときは申し訳ない気持ちで一杯になりますが。

体重は増える時もありますが、
少しずつでも数値的には左肩下がりにはなっています。
動くのが辛い体がいいんです。
心地いいというか…。

狂ってしまった神経。

エンシュアリキッドをやめてからカリウム数値が一段と悪化して、
倒れて緊急に夜中病院に運ばれる事が、しばしば多くなりました。

エンシュアリキッドの凄さをしみじみ感じながら、
それでも飲もうとしない自分がいます。

けど、倒れてお母さんに迷惑をかけるのは嫌なので、
チーズ4個、豆乳1本、寝る前に飲むゼリーを摂取してます。

体重の変化を観察して、これならcalは大丈夫だと認めれたからです。

内科の方でも、
ラコールという経口栄養剤が最近処方されるようになりましたが、
それもエンシュアリキッド同様飲んでません。

これは、バナナ味と、ミルク味を処方されています。

1本200calです。

夜、過食嘔吐に飲む時、以前はあんなに美味しく感じていたものが、
あり得ないぐらい不味いなって思うようになりました。

体重を尊重する心は、邪魔する存在の味さえも変えてしまうんですね。

あの人の話

粋には、16歳の時付き合っていた人がいました。

その人は、女の人でした。

1つ年上で、遠距離恋愛をしてました。

粋は決して同性愛者とかじゃないですよ;。
性別関係なく、”その人”が好きだったんです。

ある事をきっかけに知り合って仲良くなって、付き合うようになったんです。

私も一生懸命にバイトしてためて、会いに行ったりしてました。
最後に会った時、その人の家にお泊まりさせてもらって、
ディズニーランドにお泊まりしたりして遊びました。



ずっと一緒にいるって約束をして。
将来学校卒業したら一緒に住もうねって約束して。
結婚は出来ないけど、幸せな家族を作ろうねって約束して。

死ぬ時は一緒だよって約束して。

私のためなら死ねるよって言ってくれました。

でも、当時は私は過食症にかかったばかりで、過食症にかなり振り回されてました。
体力的にも、精神的にも。
その時は、バイトを3本かけもちして、夜間の学校にいって、
短時間で過食して終わらせて、すぐ寝てという生活をしてました。
バイトか学校…休んでる時間もなく、段々余裕がなくなり常にイライラしてる状態になってました。
お母さんとの仲も最悪な状態でした。

自分に余裕がなくて、私はいつも不安ばかりその人にぶつけてばかりいました。
リスカした時も心配ばかりかけて。
切ったらそのままにしておけばいいのに、心配してほしかったのか、
メールで教えたりしてました。
すぐに心配してかけてくる電話で、
自分が愛されてるかどうか試そうと最低な事をしたました。

あの人が、悩んでいたことも気づかないで…。



自分の進路に悩んでたんです。



それを私は何も知らないで、ただ自分のことでひたすら、ぱにっくって。
あの人の不安を見ていなかったんです。
それなのに、あの人は何も言わないで、いつも私の傍にいてくれました。

何度も、何度も。
別れたい、離して、心に入ってこないでと当たり散らしても、
大丈夫だよ、って。
暖かい感情で包んでてくれました。

きっと、これから先もあの人がいてくれる。
この幸せな時間はずっと続いて行くんだ。
自分勝手な私はそう感じました。




付き合ってから、もう少しで1年がたつという日。
私の17歳の誕生日をまじかに控えた日。

私はまた不安定に陥って、あの人に『別れたい』というメールをだしました。
あの人なら、また嫌だよって言ってくれて、とめてくれる。
そう思ってたんです。

でも、違いました。


頼ってばかりで。
当たってばかりで。
支えようとしなかった。

追い込んでたのは私です。


その日を境に、あの人にお別れを告げられました。






あの時
あの人が離れたくないと涙を流した時
私がそっと抱きしめていたら

あの時
あの人の不安が少しでも解って
心の支えになってあげられていたのなら


まだ一緒にいられたのかな…








今付き合ってる彼を好きになってから、
前向きに考えてこの人だけを愛していこうと考えてました。

だけど、またあの人みたく私を捨てるんじゃないかって…
そう考えると怖くて、怖くて。

またあの時みたいな辛い別れをしなくちゃいけないのなら、
私は忘れていく怖さを取ろうと思います。


ずっとなんてない。
絶対に捨てられる時がくる。


そっと、彼の元から離れていこうと決心しました。

連絡は取れないようにしてます。

このまま彼の事を忘れていきますように。


もう二度と愛してる人に捨てられたくないから…。

虐待の話

お父さんはよく働く人だった。

それでも私の家には、借金という地獄が終わった時がない。

お父さんも、お母さんもギャンブルが好きで。
お父さんは、借金を作ってまで打ち込む悪い所があった。
しまいには、会社のお金を使い回すまでした事がある。

借金がでてくる度に、お父さんは土下座して謝って。
そして、全額返済する為に、お母さんが一日中働いて毎回のように返していた。
お母さんはそうゆう所はすごい人だと思う。
一人で何千万という金額をこれまで返してきたのだから。

弟の死が、母の心に陰りを灯して。
その上に、お父さんの借金返済の毎日。

母の精神状態を壊すには、十分な材料だった。

逆らわない私をいい事に、母は毎日のように虐待をしてきた。
髪の毛を引っ張って引きずり回し、お腹を何度も蹴る。
少しでも気にくわない事があれば、びんたを腫れ上がるまでする。
誰も家にいない時は、頭に壁を血が出るまで打ち付けられた事もあった。

私は怖くて、怖くて。
助けを求める為に、押入の中に隠れながら、おばに電話した事があった。
でも、おばに繋がる前に母に見つかってしまい。
『この恥さらし!!』って結局、助けを求めるところか、いつも以上に痛い目にあってしまった。

それからは、抵抗しない、助けを求めない事にした。
これ以上痛い目を見るのは嫌だったから。
虐待が一日中続く事はない、一日のほんの少しの間だけ我慢すればいいんだ。

虐待の事は今でも恨んでいて、時々母にこの話をする。
あなたのせいで、私は消えない傷を負ったんだと。
心がスカスカなのも、あなたが愛情をくれなかったからだと。
もう終わってしまった事は、母にとっては過去の話。
あれは虐待じゃないと母は言い切っている。



ママ…。

私の心は傷だらけです。

穴が空いた心では、誰も愛してくれないし、愛し方も解りません。


叩くことで落ち着くその手。

蹴る事で満足するその足。


抵抗しなかったのは、殴られたかったからじゃない…

ただ、抱きしめて欲しかったんだ…

友達の話

”何できたの?”

”脱落者”


中学3年生の時、私はおかしくなった。
ずっと留め続けた、糸が切れてしまった。

小さい頃から、取得していたいい子。
物心つく頃から両親は傍にいなくて、小学生上がるまでは親戚の間をたらいまわしにされていた。
その中で、私が生きやすくする為の手段だった。
手間がかからない子になれば、少しでも長く家に置いてもらえたから。
小学生になって、両親が戻ってきて私を引き取った後でも、仮面をはずす事はなかった。
いい子を演じていれば、ずっと傍にいてくれると思ったから。
もう二度と、家族とは離れたくなかった。

小学生の頃、いい子を演じている私に友達は沢山いた。

いい子で、優しくて、気が利く面白い子。

一人が好きで、自分勝手で、暗い子。

本当の私はこっちなのに、一人になるのが嫌で仮面をかぶる事をやめなかった。

たまに、”八方美人”、”嘘つき”と言われる事もあったけど、
私が謝れば済む事。
悪くもないのに謝って、棘がない環境に整えてた。

中学生になって、小学校よりも2倍近く生徒の人数が増えた。

その分友達も増えた。
その分気疲れも増えた。

しきつめられた授業。
終わる事ないくだらない会話。

面白くなくても笑って。
場を盛り上げる為に笑わせて。

いつのまにか私の心には、死にたいっていう気持ちが生まれていた。
死ねば、このありきたりな日常から開放されるかもしれないってそう思ったから。
その時から、リスカを覚えて、血を見るようになった。

その事を誰かに相談する訳にもいかなくて、とりあえず仮病を使って母を騙し、
たまあに学校を休むようになった。
たった一日の休みでも、私はすべてに解放されたようで嬉しかった。
学校が休みの土日も、友達に誘われた用事で一杯で、休む暇がなかったの。
断ればいいだけの話なんだけど、気を悪くしてしまったらいけないとか、折角私を誘ってくれたんだもん。そう思うと、どうしてもできなかった。

そして、中学3年生の冬、高校受験を前に迎えた時、私は学校に行けなくなった。
受験勉強が嫌になったせいもあるけど、学校に行って友達と喋るのが嫌になったからだ。
こうなるとたった一日でも学校に来てほしいと担任に言われても、行きたくないし、
部屋にこもりっぱなしになった。

夜、家にあるだけのお菓子を口に詰め込んで、太ったと後悔したら、おかゆばかりを食べ始める。
拒食症の手前だった。

これが病気だと気づかないまま、時間は流れ、卒業式を迎えた。
母は、行かなくてもいいと言った。
でも、私は最後だけは出ようと思った。
中学校生活に終止符を打つために。

しばらく会ってない人たちの中に入って行く。
普段気にならなかった人の目線が気になる。

おどおどしながらもクラスに入っていた。

一瞬、教室がざわめく。
そして、一瞬にしていつもの雰囲気に戻った。

仲が良かった友達も、
クラスメートの皆。

私の存在を無視した。

あんなに仲良くしてくれたのに、どうして?。

頭の中をぐるぐる回った。

後から、友達から聞いた話、
私が休んでいる間、受験勉強を自宅でしているんじゃないか。
学校に行っている時間を勉強に使うなんてずるい。
そう皆言って私を怒っていたらしい。

私がこれまで頑張って築き上げてきたものは、こんなにももろく。
たかが受験勉強なんかであっさり壊れた。




あんな思いをするのはもう嫌。

でも、本当の友達も作れない。

壁の取り方が解らない。

自分自身が分からない。


私の生き方は、どうしてこんなにむなしいんだろう…。

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