甘い狂喜

─笑って欲しかった、私の罪を全て知っても。─ 過食内容は限定書庫にしています、ごめんなさい;

■混沌■

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混沌〜はっきりしないようす。リスカや自殺のこと。
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傷跡に涙。

リストカットとか、自傷行為は、若いうちだけって。
ネットや、先生の言葉にもありました。

当時は、そんなわけない、きっといつまでも腕(私は手首からひじまで両面両腕切ってます)
を切り続けるんだって思ってました。
気づけば、いつの間にか、私は28歳になり、
不思議と腕に残るのは、消えないミミズ跡だけでした。

切りたい気持ちが消えた訳ではないんです。
でも、若い時の様に衝動的に切ってしまうっていう事がなくなりました。

年齢を重ね、先生の言葉がなんとなく腑に落ちました。

半年前の時でしょうか。
がーっと頭がぱにっくになって、三つほど、切ってしまいました。
その時は、半月ぐらい母親が不在の時なので(もうリスカしたら家から追い出すと言われてます。)
そういう面では切った事で逃げ場所を失う事はないという安心がありました。

ところが、妹が、見つけたんです。
私の真新しい傷を。
私はただただ笑いました。
「ちょっと、ストレスで切っちゃたんだよね〜」なんて。
妹も、またやったのってあきれるぐらいの感じで、この件は終わるだろうと。

でも、違ってました。
滅多に涙を見せない、妹が、泣いたんです。

「どうして、こんな事したの。」
「せっかく、綺麗になってきたのに。」
「どうして、ためこんじゃうの?。一人で抱え込んじゃうの?。」
「ママには鬱って言うけど、私にはいつも強がって何も言わないじゃない。」

泣きじゃくる妹。
私も一緒に涙が溢れて止まりませんでした。

「生きたいって思えない。」
「もう、誰かの死を迎えるのは嫌だ。」

そんな私の言葉に妹は強く言いました。

”私はずっと粋と一緒にいるから、だから、死ぬなんて思わないで”

なにか心の不安が取れた音がしました。
心強いなにかを感じました。

私は自分の事、客観的にしか見えなくて、所詮ただの物だと思っていました。
だから、栄養を入れなくても、切っても、怪我をしても、なんとも感じなかったんです。

妹の涙を見て、こんな私になんかに悲しんでくれる人がいる。
すごく救われたんです。

それからは、といってもまだ半年しか経ってはいないですが、
自傷行為はまったくしてません。
最近、針で何度も手首を刺してしまった事は、ここの秘密にしておいて下さい。

20年間一緒にいた妹ですが、とてもとても可愛くて愛しくて、
私の大切な妹です。

置いてけぼり。

中学校3年生の時、家庭環境に疲れきって登校拒否になりました。
そのまま高校受験も放棄して、定時制学校に入学しました。
 
どうしても、全日高校に通ってる人が勝ち組に見えたり、
ずっと中学校時代どうしてあんな所でみたいな感じで今でも後悔してるんですけど、
勇気をだして、中学校時代の時の友達にお手紙を書いてみたんです。
 
そしたら、さっきメールがきて、
話をしてるうちに彼と同棲してるんだっていう話もでて。
 
幸せなんだなって。
 
私は2年半付き合っていた彼と別れたばかりなので。
何となく羨ましかったんです。
 
愛されて愛するって事って、すごい事だから。
 
私はもう誰からも愛される自信も、愛する自信もないので。
 
高校時代の友達は、大学に進学したり、結婚してお母さんになったり、就職したり。
私なんか、家にほとんど閉じこもって、誰にも言えないようなお仕事を黙々と
それも収入なんて毎月安定しないし。
夜は過食ばかり溺れて、食べては吐いての繰り返しだし。
 
恥ずかしいです。
本当に私の生き方はダメですね。

昨日の事でしょうか。
朝早く、電話がありました。
お母さんの声を聞きながら、
すぐにでもまた眠りにつける意識の中、おばさんからかなって思いました。
電話が切れた後、お母さんがすぐに寝室に入ってきました。

『公園で自殺だって!。』

我が家の近くの公園で自殺があったんです。
中年の男性で、首つり自殺だったみたいです。

おばさんとおじさんが、毎朝習慣のわんちゃんの散歩してるところ、
お散歩コースの公園で、おばさんが発見したみたい。

携帯電話を持ち歩いてなくて、おじさんが警察に走って知らせたって言ってました。

小学校のすぐ目の前にある公園で。
独りで寂しくぶら下がってた男性。
お母さんが言うには外で自殺したのは、すぐに見つけてほしかったからだろうって。

そんな話を聞きながら、私はまた眠りに入りました。

夢の中で、自分が首を吊ってぶら下がってるのを、もう一人の自分が見てる夢を見ました。

その男性も、夢の中の私も。
きっと、死ぬ時は苦しかったはずです。

でも、それでもきっと。

楽になれたんだろうな…。

棺桶

ある晩、お母さんと口論になり、喧嘩になりました。

原因は『デリヘル』の事です。

どうでもいい、もう勝手にしなさい、疲れきった母。
捨てないで、そんな事言わないで、困惑する私。

お菓子を投げつけたり。
お菓子を踏みつけたり。

泣きわめいて、頭打ち付けて…、
久しぶりに発狂してしまいました。

お母さんももう心底疲れてるから、そんな私を遠くから見てるんですけど、
私はそれも不安に拍車がかかって、ますますおかしくなるんですよね(汗)。

結局、1時間ぐらいたってお互いに落ち着いて、お話モードに。
1人で暮らすのがいいんじゃないかって。
お互いに依存してるのが良くないんじゃないかって話に。

そして、お母さんはこう言いました。

『粋が死んだら…、棺桶に何を入れて欲しい?。』

お母さんは気づいていました。

私がもう死を決意している事。
いつ死んでもいいと思っている事。

実際、その時体もほとんど動けないぐらいに弱っていました。
それでも、点滴も栄養も拒絶して、
精神的にも体力的にも弱っていく私の死を母は覚悟していたんでしょう。

それを聞いて、また涙があふれてきました。

答えがなかったんです。

この21年間生きてきて、浮かぶものがなかったんです。

これまで生きていた中で、この手に残ってるものなんて一つもないって事。

ただ幸せになりたくて生きて。
もう愛せる人、愛してくれる人なんて出来ないって自殺未遂ばかり繰り返していた18歳。
この人とずっと一緒に生きていけるんだって満ち足りた19歳、20歳。
21歳の誕生日を迎える前には、私はまた一人ぼっちになってました。

これまで見てきた、感じてきたものはすべて嘘だったんじゃないかって。

それを言われてから、1週間ぐらい経って、今でも考えるけど、
やっぱり私は何も言えません。

消えたいって
強く願ったことがある

何もかも嫌になって
すべて投げ出したいって

うつりゆく日常に
変わっていく人々

色づいた毎日を過ごす周りは、本当に幸せそう

恨み
妬み
憎しみ

そんなことしか出来なかった

どんなに頑張っても
与えられることなかったから

このまま大人になっていかなくちゃいけないんだなぁって
受け入れたくなかった

怖くて
どうしようもない日は
手首も切った
流れてくる血を見ると
自然と落ち着いたんだ

でもね
でもね
生きたいって
強く願ったこともある

だから今も
わたしは生きてるんだ

死にたいって
望んだよ

それと同じだけ
生きたいって望んだから


生きようね

生きてみようね

少しずつ

少しずつ

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