|
“TOROS NO”闘牛のメッカであるセビージャの街にこんな落書きが書いてあった。人間が寄ってたかって1頭の牛をぢわぢわ殺していく。そう、すばらしく残酷なショー。しかし、せっかくスペインに来たのだから、見ないで帰れるワケがない。と、いうワケで、オレはベンタス闘牛場に向かった。
闘牛場内に入る時、昔オヤジと一緒に神宮球場に入る時に感じたよーな懐かしい興奮があった。客は満員にはほど遠い、というよりけっこうガラガラめ。っつーか、日本人多すぎ。ケイン、濃すぎ。ピーコが、おすぎ?……んなワケないが、やっぱ、みんな闘牛見たいよね。
場外で売っていたピーナッツをばりばり喰いながらビールを飲んで待っていると、隣にいた「ホセ」と呼ばれているおっさんが話しかけてきた。「おい、日本人のコゾウ。スペインの闘牛はすごいぞ。マタドールが牛をかわしたら『オーレ!』と言うんだ。もし、しくじったりでもしたら、その時はブーイングを浴びせてやれ。」イヤイヤ、ホセ。そんな話より、オマエの耳はどーなっている。え?耳の穴から、ものすごい長い毛がごっそり生えてるぞ。風に揺れているぞ。毛深すぎだろ。毛深いと言う言葉が陳腐なぐらい耳の穴じゅう毛だらけだろ。こんなすごい穴、見たことがない。2002年、夏。全米が、泣いた。
そうこうしてるうちにマタドール達が入場してきて闘牛開始。マタドールの挑発に猛り狂う漆黒の牛。それを華麗なムレタさばきで何度もかわす。その度に場内からは「オーレ!」の大合唱。ホセの言うとおり、失敗すれば大ブーイング。オモシロイ。何がおもしろいのかわよくわからんが、気がつけば完璧にハマッているオレ。そしてよく見ると、マタドール達の動き……似ている。非常によく似ている。フラメンコによく似ている。まぁ、いい。特に腰つきとか。まぁ、いい。
で、結局、2時間で6頭の牛を殺って大興奮のうちに幕を降ろした。えー、結論です。
闘牛、賛成!殺ってヨシ。
どーしてかって?きっと動物愛護者はこう言うんだろう。「この牛たちは見せモノで死ぬために生まれてきたワケぢゃない。」と。・・・知っとるわ!タコ!そう。この牛たちは実は食用なんです。だからどーせ食べられちゃうんです。闘牛に出場しようがしまいが、結局人間に食べられちゃうんです。そうすると、きっと動物愛護者はこう言うんだろう。「ぢゃぁ、この牛たちは食べられるために生まれてきたのか?」と。・・・アホウか、オメーわ!たまたま牛は生きるために角が発達したの。たまたま人間は脳が発達したの。それで武器を作ったの。あとは弱肉強食ってヤツだ。自然の摂理だ。至ってフツーだ。そもそもテメーわなんなんだ。牛が死ぬのがかわいそうだとぅ?あ゛?コラ。テメーはスーパーマーケットで切り身になってる牛しか見たことねーんだろ?“ウシ”っていうか、“ギュウ”だろ?死ぬなんてことはテメーが気づかないだけで、けっこう身近にあるんだよ。「動物の命を奪うのには反対なので、ベジタリアンです。自分、ベジタリアンやってます。ちっす。」・・・イヤイヤイヤ、待て待て待て。オマエにとって、命とはなによ?命って、なにかね?誠意って、なにかね?ウルサイ!菅原文太は黙っててくれ。動く動物を殺すのは抵抗があるけど、動かない植物なら何の問題もなく殺せるんだね?動くか動かないかが、そんなアホなことがオマエの判断基準なんだね?あぁ、もうやってられん。本当に他の命のことが気になるんだったら、何も喰わないでそこで死んでゆけ。その方がよっぽど周りのためになるしな。オマエが一人で生きていく分のたくさんの命が救われるだろーし、空気もきれいになる。
って、偏見と無知が前面に押し出された極端な思考だけが一人歩きしてしまい、「人間ってほんとにエゴイストだよ。」なーんて思ったら、オレもその人間でした。はっはっは・・・闘牛サイコーだなっ!うは。
|