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欧米の人々が抱いている「典型的な日本人観光客像」とわ?それは、休暇中にもかかわらず、セミフォーマルな服装で首から日本製のカメラを提げている姿。……そー思ってた。しかし、それは「日本人が抱いている『欧米人が抱いているであろう典型的な日本人観光客像』」であり、日本人はそのスタイルにコンプレックスを抱いているためか、ところかまわず写真を撮りまくる人はいなかったように感じられた。ま、ヘネラリフェで遭遇した関西人は、それわそれわもっすごかったけどね。逆に、欧米人のほうが、デジカメやインスタントカメラ、さらにデジタルビデオなどで終始その場の雰囲気を記録に収めていた。
でね。何が言いたいかっつーとだね。オレはどーせアジア人まる出しのモンゴロイド系の顔をしているから、スペインの街を歩けばどっからどー見たって観光客にしか見えないため、べつに周りがどー見ているかなんかは気にしなかった。だから感動したポイントや記録に残したいところはシャッターを切りまくった。このモチベーションのおかげで、この旅のはじめの目的である、サグラダ・ファミリアに行った時は飽きるぐらい写真を撮ることができた。しかし!そこであの事件が起きたのであった。のであったー!
サグラダ・ファミリアの目の前でカメラを盗られて以来、写真に対する絶対的かつ盲目的信頼をなくしたと言うか、写真を撮ってでしか人は記憶に残せないものか、と考えまして、ハイ。結果、自分の中で答えは「否」!カメラを盗られ、ビジュアル的に記録ができなくなった状態。ならばオレは、経験という名のファインダーから覗いたモノを、心の一眼レフに、印象という名のフラッシュをたき、記憶という名のシャッターを切ればいいでわないか。でわないかー!
写真は確かに、連続の中の一瞬を切り取ることができるという点ではすばらしい。しかし、記録に残せるというところから来る甘えによって、記憶に残すことを怠ってしまいかねない。プリクラの前で無邪気に喜んでいる中学生たちよ。大いに語り合え。プリクラでは、見えないものは写らないんだから。
まぁ、ぶっちゃけ、カメラを盗られた後、インスタントカメラを買って、写ルンですで写しちゃったんですけどね。
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