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8/12(金)、夜行バスに乗って宮城県石巻市へと
日帰りの「ボランティアバスツアー」に参加してきました。
前々から被災地がどうなっているのか、自分の目で確かめたかったのですが、 目的もなく現地へ行く、というのも申し訳なく、
実際にボランティアの一員としてそこへ入れば
何かしらの情報を得ることができる、と考えてのことでした。
今回私が行ったボランティアの内容は、 石巻市の中心からさらに一時間北へ行った牡鹿半島での がれきの撤去作業。 震災から5か月、ある程度道路は整備され、 石巻市の中心部はある程度ボランティアの支援が行き届いて 私達が車中から眺める風景もさほど悲惨ではなかったのですが、 牡鹿半島まで来てみてびっくり。 ここは中心地からはずれているため、なかなか支援の手が回らず、 5が月たった今でもほとんど手つかず状態 だったのです。
※ 木に衣類が引っかかっていたりするのも、そのままの状態で5か月経過しています。 最初に今回の活動を指示する地元のNPOの方たちの説明を受け、
それと現地の住民が避難場所から津波の様子を録ったビデオを見せられました。 いろいろなものが流されていく様子は、これまでもテレビで何度も見てきましたが、 実際の風景とその映像がダブるとかなり胸にせまるものがありました。 また、撮影者が「これで5回目の津波です。」と言った音声も流れて、 1日のうちに何度も大きな波が押し寄せたことがわかりました。 そして、その後あるお宅に連れて行かれて 今回このツアーに参加した総勢46名で、
そのお宅のがれきを撤去する作業を2時間余り行いました。 このお宅はもう完全に解体しなければならないのですが、 家の中に土砂が入り込んで、そのままでは解体に支障をきたすので、 家電、粗大ごみ、汚泥、燃やせるごみなどに分類しながら、 家の中のものを洩れなく掻き出す、 というのが今回の具体的な作業内容でした。
先に到着した神奈川県の団体が、半分ほど作業を終わらせていて、 後続の私たちが残り半分をやる、という形で、 作業途中でも切り上げて帰らなくてはならない遠方からの支援であっても 連携をとることで、1軒の家を解体出来る状態にまで 持っていくことができました。 現場監督のお話によると、ふつう1軒の家を解体できる状態にするのには 2日はかかる、ということです。 それが今回、神奈川の団体60名、そして我々とで 短時間のうちに1軒を解体できる状態にまでもっていけたので 大変助かった、と言われました。 作業は炎天下で行われ、たった2時間余りの作業でもかなりしんどかったです。 特に午前中の1時間は、夜行バスでの移動で寝不足だったこともあり、 手を休めて、マスクを外して呼吸を整えなければ 作業を続けられないほどだったのですが、 マスクを外すと汚泥や腐敗したものの匂いがして、 我慢できなくてえづいたりしました。 それと、作業中の怪我を回避するために、 長そで、帽子、手袋、そして鉄板入りの長靴といった装備をするのですが、 これがまた暑い 熱中症にならないように、こまめに水分を摂りたいところなのですが、 作業中はなかなか手を止めて水を飲む、というわけにもいかず、 たった2時間がかなりの長さに感じられました。 現地に到着するまでは、 帰省の渋滞に巻き込まれ、到着が遅れたこと、 石巻の中心部に着いてからすぐの作業だと思っていたのに、 そこからまたバスで1時間移動させられたことなど、 実労働時間が削られることをかなり不満に思っていたのですが、 作業に取り掛かってからは、 正直この程度の作業時間でよかったと思ってしまいました。 もう少し外仕事ができるだけの持久力をつけないといけないですね(爆 また、実際にがれきを片付けていると、そのお宅の実生活を垣間見ることになり、 平穏な暮らしが一瞬にして奪われた悲惨さを思い、胸が痛くなりました。 写真やネガなど、思い出に残る品物が出たときは、 がれきとはまた別に分別するのですが、 この方たちの無事を祈るような気持ちでがれきの中を捜したりもしました。 最後にお施主様よりお礼を言われ、無事を確認できてほっとしたのですが、 家族全員無事だったのかどうかまでは分からなかったし、 長年住んでいたお宅を家財ごと解体しなければならないのを目の当たりにしながら お礼を言わなくてはならないお施主様の気持ちを思うと、切なかったです。 休憩時間中、海からわたってくる風は心地よく、景色も大変美しく、
何もなければ、本当にのどかでいい場所なのにね、と、 作業仲間と話し合いました。 鉄板入りの長靴は、現地のボランティア団体から借りたものだったので、
それを返却しに公民館まで戻りましたが、そのときボランティアの方から 「もしよろしかったら今度は個人で来てください。」 と声をかけられました。
今回はバスツアーに参加して、偶然このような地域に連れてこられたわけですが、 個人が直接牡鹿半島まで行って作業に参加するのも可能なのでしょうか。 帰ってきてからいろいろとネットで検索してみたのですが、よくわかりません。 とりあえず各現地発の復興支援ホットラインのページを貼りつけておきますので、 興味のある方はアクセスしてみてください。 今回行ってみてわかったのは、いくら物資やお金の寄付をしたとしても 最終的には人の手を入れないことには復興は進んでいかない、ということ。 行政は、どうしても道路や公共施設の整備、仮設住宅の建設など 大きいくくりで動くことが最優先になるため、 このような地道な作業は後回しにせざるを得ないというのが現状です。 「だから地道な作業はボランティアが動かなければどうにもならないのです。」 と、今回説明してくれたNPOの方はおっしゃっていました。 私も機会があればもう一度参加したい。 でも、できればより多くの人がが少しずつでもいいから 「手を貸す」という行動に出てくれたら…とも思います。 今回、このレポート記事をアップすると同時に【呼びかけ】の記事も アップしてみたいと思います。 こういう貴重な経験が出来て良かったです。 どうか一日も早く、元の
のどかで美しい東北の夏が戻ってきますように
そうとう悩みましたが、
今回のこの1枚の被災地の写真を
【乙女写真部】の7,8月のテーマ「夏」の作品にしたいと思います。
いつも素敵な写真を掲載している「りんりんさん」には申し訳ありませんが、
私の今年の「夏」はこの体験を抜きには語れない、と思ったので。
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★ナイショさま★
訪問してみましたが主旨が良くわからないのでご遠慮申し上げます。あしからず。
2011/8/20(土) 午後 4:08
おお〜〜
お疲れさまやったね〜。
復興が遅いと思うわ。
私も解体の現場手伝った事あるけど・・・・
どんどん国が仕事を出せばええと思うわ〜。
遅過ぎるよね。
ポラポラさんはえらかったな〜〜。
お疲れさまでした。
ポチ☆^^
2011/8/20(土) 午後 5:39
★yukariはんへ★
そうだね〜。
私は震災があってからというもの、寄付も物資の供給もしたんだけど、なんかこういうのってほんとに現地の人の役に立っているのかな、ってずっと疑問だったの。
今回行ったのも、現地でほんとに必要とされていることは何だろうってことを知りたかったからなんだ。
行ってみて一番感じたのは、yukariはんが言うとおり行政がきちんと機能していない、ってことなの。
私一人がせっせと現地に赴いたとしてもどうしようもないから、自分のできること、つまり「ネットを使って現状を訴えかけること」をしてみました。
でも、ほんとは行政がお金を出して「仕事を与える」方向に持っていくのが一番なんだよね。
ボランティアでもきっと限界があるよ。そのときは国が「日当を出すからがれき撤去に行ってくれ。」と言えば簡単に人数を募ることができるはずなのにね。
そこまで手が回っていないから、こんな状況で5か月も放置されちゃっているんだよね。
私はえらくないよ。自分が「したい。」と思ったことをしただけだからね。
ぽち☆ありがと。
2011/8/21(日) 午後 0:27
一番暑い時期に行かれたんですね!ホントにお疲れさまでした!凸!
遠くから募金や物資を送っただけで、実際体は動かしてなかったんで頭が下がります〜
上にも書かれてますが、働きたくても職場が無くなって、仕事を失ってしまってる方もたくさんおられると思うの。そう云う方を雇用して復興の基盤をって思っちゃうんだけど…今の政府は情けない事に、自分達の事で目一杯でソコまで手が回らないって言うか、それどころじゃないんかもね…
本来はボランティアに頼らなくてもイイ、ホントに周辺のお手伝いの為のボランティアになるようにキチンとした組織作りに早急に取り組んで欲しいものですが、そんな事言ってたら一向に進まないんでしょうね〜
コチラからは色んな事情で実際行くのは難しいデス…自分に出来る事、後方支援で応援したいと思います
2011/8/21(日) 午後 6:50
★ハロママさんへ★
ハロママさんもぽち、ありがとう。
ハロママさんのところからじゃさすがに無理でしょう。でも、ハロママさんならきっと近くで震災があったら真っ先に行動するんじゃないかって思います。
今日はたまたま日テレ系列で24時間番組やってて、被災地の特集を組んでいるよね。
凝視するのがつらくて、ちらちら見ては「やっぱり…」って思うんだけどほんと、いろんな映像を見てても行政に対する不満がちらほら聞こえてくるよね。
特にかわいそう、って思うのはやっぱり原発近辺の人たちかな。
福島だけじゃなく、牡鹿半島のそばに女川(おながわ)市、をいうところがあるんだけど、ここは原発で潤っていたから合併の時に石巻市から独立したんだよ。そしたら今回の事故の影響で、原発は止められ、収入減を一気に失い、支援の道も断たれ…。
ひどいでしょ?政府もだけど、東電も無責任だと心底いかっているぽらちゃんです。
後方支援、お互い頑張ろうね。
2011/8/21(日) 午後 7:01
昨日見に来たんだけど・・・またもや、胸が張り裂けそうな思いになって・・・本日またきちゃいました。
本当にね・・・・被災地は・・・一言じゃ〜言い表せない。
友達やパパ達が行った時は、正直・・・海やガレキの下で亡くなっている方を仮設安置所へ移動することから始まって・・・。
今だから、言葉で言えるんだけど。その時は目の前でみてない私もショックで。。
そして、物資も国や役所経由だと本当に困っている人の所へ渡っていない事がわかって・・・それで、例の<未来へ>の歌を歌っている彼が行動し始めた・・・な感じです。
彼は今でも、仲間で物資を持って行ってます。
見かけはあんな人達だけれど、国のお偉いさん達よりよっぽど信用している私です。。
そして・・・実際被災地に行った人達・・・かなりメンタル面・・・ショックは大きいです。
なので、今は大丈夫でもこの先長い目で、ポラポラさんも気を付けて下さい(←ん〜〜〜上手く言葉にできないんですけど。。。ポラポラさんならきっとわかってくれるかな。)
本当にお疲れ様でした。ポチリ☆
2011/8/21(日) 午後 11:41 [ sachi mama ]
★sachimamaさんへ★
何度も見に来てくれて、ありがとう。
sachimamaさんのブログでは3・11直後からいろんな活動をしている仲間の記事を沢山読んできたから、きっと関心が高いだろうと思っていました。
sachimamaさん、パパさん、お友達の行動力には頭が下がります。
そうですね〜。やっぱり現地に踏み込んでみないことには分からなかったこと、いっぱいあります。
中心部がどんどん復興していく中、過疎地は逆にますますおいてけぼりを食っているんだよね。あと、メンタルな部分でのsachimamaさんのいうことも参加してみてよくわかる。
わたしもまた行きたい気持ちはやまやまなんだけど、仕事を持っていてまとまった休みが無いと行けないし、お金もバス代くらいはかかっちゃうので、そんなに頻繁には行けないの。
だからこそ誰かしらの目に止まって「あ、手伝えるかも。」って思える人がいたらなぁ、もしそうでなくても私と同じように呼びかけをして現状を伝えてくれる人がいてくれたらなぁ、という気持ちで、この記事を書きました。
ぽちり、ありがとう。
2011/8/22(月) 午前 8:07
「一度見に来てください」と、ようやく当の被災者がいえるようになってきているというのが今の状況かなと思います。ポラポラさん、タイムリーな記事ですよ。
24時間テレビでもかなり詳しく現状が報道されたりして、できるところから復興は始まっているようですが、全体的には命の危険が感じられなくなったというにすぎないのではないでしょうか。メンタル面での傷も、災害直後に活躍した人、一見元気な子供たちの中に深く残っています。暮らしの中に支援が根付くようなしくみ(増税とか安易なものじゃなくて)を、ひとりひとり考えていくべきなのでしょうね。
2011/8/22(月) 午後 0:30
★ひがしのじりさんへ★
タイムリーかどうか…。
とにかく私はまとまった休みがとれたから現地へ赴いた、そしてそこで自分が考えていた以上の惨事を目にした、だから次にどうしたらいいか考えた、それだけのことです。
ただの解体作業じゃないな、って感じたのは、がれきの中からいろんな日常を垣間見たとき。
私たちにとっては単なる「可燃物」「粗大ごみ」「家電」であってもお施主様にとってはひとつひとつが思い出の品であり、いままで手に取ってきたものなんですよね。
特に写真もそうなんですが、本やミシンなんかをがれきから引っ張り出したときには、誰ともなく「ああ。」ってため息が漏れてました。
正直分別するのもつらかったです。
でも、そうやって誰かが手を入れていかなければ復興は進まない。
だから「ここにきてくれ。」という現場の声を私は記事にする決心がつきました。
お金だけで解決できない現実がそこにはありました。
2011/8/22(月) 午後 10:04
はああ〜・・・。
ため息しかでないけど、ポラポラさんが行って作業をしたことで、すこ〜し復興はすすんだんだと思う。
夜行バスで、大変だったでしょう。
そして、現実を目の当たりにすることもしんどかったと思う。
それにしても、お金だけではなんとかならないというのは、実際困ったことですね。
ボランティアというだけではなく、確かに行政機関が組織する撤去部隊がそれなりの日当でできれば一番いいんだよね。
建設でなくて撤去だけでもできればだいぶん違うんだとわかりました。
一足飛びには無理でも・・。ほんとちょっとずつ、積み重なりますように。
2011/8/22(月) 午後 10:42
★うさうささんへ★
私が今回したことはたかだか2時間の作業だから大したことないんだよ。
ただね、お金で解決しない、っていうのは厳密にはそういう方向に持っていこうとしない政府にも責任がある、って私は思っています。
たぶんここのコメントでも何度も書いたけど、ボランティア任せに
するんじゃなく、こういう地道な復興活動にも「日当いくら」という形で仕事として与えれば、少なくても身銭を稼ぐことができて、しかも復興が進むから、ある程度整備されたところで新しい事業を起こしたりすることも比較的早い段階でできるようになるのになぁ、って思います。
今の政治家は、どいつもこいつもあてにならないから、個人個人が草の根になって地道に活動するしかなくなっているんだよね。
ほんとにうさうささんが言うように、ちょっとずつでも前に進めるよう頑張っていくしかない、としか私も言えないのがすごく悔しい思いです。
2011/8/22(月) 午後 11:00
ポラポラさん。
旅行にでていて、お返事が遅くなりすみません。
じっくり。。読ませてもらいました。
ポラポラさんの行動力と、、思い、、ものすごくこの記事から伝わってきます!
数多く、知人が東北で被災して、、宮城の友達の家は海沿いで警戒地域で、未だにライフラインが止まったままときいて
驚いたのですがあれから5ヶ月たっても、手付かずの場所がものすごくあるそうですね><ほんとうに政治家は何をしているんだろう?って思います。今、自分は現地へ飛んでいくことがすごく難しい状況なので、募金や色んな呼びかけは続けているけれど、実際にポラポラさんのように手を動かす、カラダを動かす。。そうされることは ほんとうにすごいことだし、現地の方の気持ちも励まされると思います。
暑い中の作業、ほんとうにお疲れ様でした。寒い冬が来る前に、一つでも、少しでも、復興が進んでいるように 祈るだけじゃなくてみんなで行動していきたいと改めて感じました。
ぽち (・∀・)σ凸TB
2011/8/23(火) 午前 10:32
ポラポラさん、お疲れさまでした。
今、私の父は岩手県の山田町に一週間ボランティアに
行っています。私も神戸の時はボランティアに参加したんですが
テレビで見るのと自分の目で見て感じるのとは本当に
違いますね。私も行きたいところですが、行けないので
転載だけでも協力させてもらいます。
2011/8/27(土) 午前 11:03
新しいページをアップしましたらこちらが推奨されました。
素敵なブログですね。でも被災地は厳しいですね。
2011/8/27(土) 午後 3:23 [ BibleSeminary ]
★りんりんさんへ★
こちらこそ、仕事でなかなかブログが手につかず、お返事が遅れました。TB&ぽち、ありがとうございます。
あれからいろいろまた調べて、どうやら自宅近くから牡鹿半島へいくボランティアバスツアーにまた参加できそうだということがわかりました。時間が許せばまた参加しようと思っています。
りんりんさんもご実家が関東ですものね。お友達やご親戚が被災地のお近くでお話はたくさん聞かれることと思います。
ボランティアは自分にできることで十分だと思います。自分に何ができるか、自分なりに一所懸命考えること、少しでも記事から思い起こしていただいただけでこの記事を書いてよかったなぁ、と思います。
この「夏」の思い出はたぶん私の中では一生忘れられないでしょう。
はからずも「乙女写真部」のテーマとかぶりましたが、掲載の機会を与えてくださったことに感謝します。
2011/9/4(日) 午後 0:47
★なつさんへ★
リコメが遅れてごめんなさい。ようやくブログに向かえるようになりました。
転載してくださってほんとうにありがとう。
「手と手をつなぐ」というのは実際に手をつなぐだけじゃなく、こうやって少しずつ情報を広げていくことでもあると思います。
なつさんのあたたかい「手」確かに感じました。
後でお礼に伺いますね。私も阪神淡路大震災のときは、子どもが小さく、寄付以外になにもボランティアらしいことができませんでした。
なつさんも今は御身が大切な時期。ゆったりとした気持ちで赤ちゃんと過ごしてくださいね。あと少しです。お体大切に!!
2011/9/4(日) 午後 0:53
★BibleSeminaryさま★
ご訪問ありがとうございます。東京聖書学校の方なのですね。ブログを少し拝見させていただいたところ、ボランティア活動も組織的になさっているご様子で、おそらくそのつながりでこちらの記事がヒットしたのでしょうね。
今回の震災は長期戦になりそうなので、個人でも組織でも自分たちのできるところから少しずつ手を差し伸べることができれば、と思っています。
お互いに頑張りましょう。
2011/9/4(日) 午後 0:59
★内緒さんへ★
さきほどブログをご訪問させていただきました。
そちらにコメントを書かせていただいたのでお読みください。リコメ遅れてごめんなさいね。
2011/9/4(日) 午後 1:14
ポラちゃん、同じく読み逃げし、しかし、必ずコメントしなければと思っていました。
震災直後から、現在に至るまで多くの被災された方と関わり、自分自身、何を言っても、どんな言葉も宙を浮くような気がしています。
でも、だからと言って、黙ってはいられない、活動を止めたことはありません。
ポラちゃんが、牡鹿半島へボランティアに行かれたと知り、とても嬉しかったです。
東北に馴染みあるポラちゃんが来てくださった。そう思うだけでも胸が熱くなりました。
そして、正直、ポラちゃんの体は大丈夫かと思いました。
なぜなら、ポラちゃんは全力で働いて来たであろうから。でも、大丈夫みたいね。
「もしよろしかったら今度は個人で来てください。」やっぱり、そう言われましたか。個人でね。
お互い、できることを精一杯やりましょう。
そして、誰かと連携し大きな力が発揮できるときは、その波に乗りましょう!
被災地はまだまだです。これから私たちができることもあるはず。
アンテナを張って対応していきましょうね。
ポチ&トラバ
2011/9/4(日) 午後 3:22
★おとめ座の私さんへ★
そうなんですよね。心のどこかでいつも被災地のことひっかかってて、自分がここで安穏な暮らしをしていていいのか、っていつもぐるぐる問い返しているんですよ、自分に。
なんかね、「申し訳ないけどあんなに恐ろしいところに行く気がしない。」という声を聞いたとき、すごく悔しかったの。いえ、そう言った人に対してじゃなくて、人にそう言わせるような土地になっちゃった、ってことに対してなんですけど。
だから、なるべく一日でも早くまたあののどかな風景になってほしくて、そしてみんながにこにこ笑いながら過ごせる土地に戻したくて、やっぱりまた行きたい、って思うようになりました。
一度訪問したから、猶更ですね。
とりあえず今年1年はボランティア活動保険が有効なので、できるかぎり行ってみたいと思っています。
できれば寒くなる前に少しめどがたつようになると良いのですが。
ぽち&トラバありがとうございます。
2011/9/5(月) 午後 7:15