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[ソウルミーナ]韓国ソウルでは、ほぼ毎日。行われない日は無い各種のデモや集会は皆さんもよくご存じだと思います。日本製のプリンターで出力した横断幕の意味はわかりませんが、彼らは毎日のエネルギーを怒りに変えながら仕事や勉強よりも無駄なことにひたむきに生きていることには感心するしかありません。

本能なのかDNAの欠陥なのかそれとも太陽黒点が異常なのか地軸のゆらめきが原因なのか、まさか脳に虫が湧いたのか定かではありませんか、デモ行為にイム教関係者がいると必ず始まるのが 五体投地 というものです。


こういうの

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「はい、そいじゃこのへんでご一緒に・・・」


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五体投地の屈伸行為は体力の向上に役立つため、非仏教界にも普及した健康法として紹介されて脚光を浴びています。そういえば皆さんとても健康そうですよね。


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正式な作法では3歩進んでバタンが正しいとか、白装束に赤いゴム手袋が必須であるとか。警察の届け出にも ”五体投地” をやる予定であることを報告する義務があるとか。いろいろ言われています。

五体投地” は、インドやチベットがみなもとだと解説されがちですが、純粋に韓国で発達したものなんですよ。何しろ彼らには信仰心ってものがありませんからイム教やウリスト教といったものの厄介なところを取り入れることが得意なのです。

見ていても「水を撒いてやろうか」「アイスクリームを落としたらどうする?」と考えるひとも多いと思います。まぁ効果的なのは生卵を転がすのがイイですね。
※実際に水を撒いたら刑札に通報されたなんてこともありました。


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景福宮、光化門の前の車道ですよ。1車線封鎖してやっていますね。通行人が珍しそうに見ていますが、関わりにならないように警察が誘導しています。


(ソウル/みそっち)



というソウルの日常でした。 雨が降ればやらないんですけどね。ふひひっ

ちなみにトウキョウで韓国人がやりはじめたらおでんのつゆなんていうのがイイかもしれませんね♡





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韓国の自動車用点火プラグはニホンなしでは点火しない
奇形的な自動車産業は「ニホンの方からやってきました」式



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[おはようミーナ]韓国を狙った日本の相次ぐ経済報復措置として、日本を訪れる韓国人観光客が減り、日本の第2の都市、大阪の観光業界が打撃を受けていると共産同和通信が7日報道した。

しかし客単価の安い韓国人旅行者が減ることでこれまで以上の上質なおもてなしに専念することが出来るとして、韓国人観光客の減少を心から歓迎する声のほうが高い。

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さて、ヨーロッパの工業国として知られるポーランドはナチスドイツに併合された歴史を持つ国である。※半分だけ

そんなポーランドではISKRA社が自動車用点火プラグを製造している。ディーゼルエンジン用のグロープラグの生産では高い評価を受け汎用ディーゼルエンジンの純正グロープラグにISKRA社製を純正しているメーカーも多い

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※ポーランド製のジェット高等練習機TS-11 ISKRAの初飛行は1960年のことである。
名前が同じだけで多分関係は無い

エンジンから機体まで自国開発したもので、のちにインド空軍にも採用されている
※ニホンのT-1ジェット練習機は1958年の初飛行。



さてポーランドでは韓国車の人気が高い高い高い、韓国国内では見向きもされないハッチバックを主体に結構売れているという。

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という韓国、現代自動車のランナップだが、これらの点火プラグにはNGK(日本特殊陶業)製が使われている。ボッシュのほうが近そうな気もするがプラグ交換するときの品番にはNGKの呼称が使われている。

そいじゃ韓国産の点火プラグは無いのか? もう一度 無いのか? 答えは 無いのだ。

何度も言うようだが、自動車大国を標榜したがる韓国には点火プラグを作っているメーカーは一つも無い
「韓国産点火プラグアリマス」なんて聞いたこともないだろう

二ホン製品の不買運動は歓迎したいが、あの国では点火プラグのひとつも作ることが出来ないのだ。

ポーランドでも純正指定はNGKという現代車の売り上げのハナシはまた別の機会に


(ソウル/みそっち)





再掲載


点火プラグのセラミックは青磁と同じなのに

(旧題名)なぜ韓国には世界的な自動車メーカーがあるのに源泉技術は全く無いのか
ヒュンダイ車を買ったらNGKプラグが付いてきた プラグひとつ作れない韓国
 

 
イメージ 2[ミーナのコラム]時代の趨勢は電気車へと移り変わるが、電気車ではオイル交換は不要なのだろうか。不凍液の心配はいらなそうだがウインドウォッシャー液はこれまでと同じだろう。

ガソリンエンジンに欠かせない点火プラグが陶器であることを知る韓国人はほとんどいない、しかしセラミックという物質でできているということになれば自動車工学を学ぶ大学生であれば一度は聞いたことがあるはずだ。(陶器と磁器には明確な境目が無い)

かつて朝鮮には高麗青磁という磁器があった。その伝統は途絶えて久しいが、これもまたセラミックである。壬辰倭乱で連れ去られた陶工が有田焼という輸出孝行を明治期に生み出したのに比べると韓国のセラミック産業はどのような状況にあるだろうか。(ブラタモリ:#116なぜ有田焼は)





古くはまだ電気の供給が不安定だったころ、テーブルの上の電熱器のニクロム線が赤く光っていたのが、練炭コンロに代わる熱源として羨望され、やがてオール電化時代の幕開けとなるなどとは誰が予想しただろうか。

あのニクロム線が迷路を描いていた部分がセラミックである。また、頭上の電柱の横木に等間隔に植えられていた碍子(がいし)もセラミックである

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このようにセラミックは電気の絶縁体としても使われるが、国内にはセラミック碍子生産業者は高麗碍子工業と極東陶器2個の業者だけで、ほとんどを海外から輸入して国内に流通させるだけの20個余りの中小企業等があるだけである。

高麗碍子工業と極東陶器の2社はどちらも1970年代に創業された企業であり、まもなく創業から50年目を迎えるが、当時の朴正煕大統領が電力需要の増加を見越してそれまですべてを輸入に頼ってきた家庭用〜高電圧用絶縁体を国産化させるために当時のニホンから技術を導入したものが母体となっている。

国内の碍子産業は、2015年基準総生産額はわずか150億ウォン、輸出額は約5百万ドル、輸入額はその8倍の4千3百万ドルであり、このうちセラミック碍子の割合は22.9%、ポリマー碍子は77.1%を占めるている。
セラミック碍子の場合、2011年から2015年までの生産額は75%減少し、輸入額は21.0%減、輸出額は75.0%減少した。生産額の減少は、ポリマー碍子の普及がその原因として見られ、輸入額の減少は、電力・電気市場の低迷が原因と判断される。

いっぽうニホンの碍子産業は技術および品質管理面で世界最高水準でUHV(Ultra High Volatge、1 million volts)分野で高い競争力を有していて、高付加価値の機能性碍子を生産して輸出している。 NGK Insulator:ニホンガイシは100余ヶ国に輸出するほどの世界最大生産施設を運営中で、UHV(Ultra High Volatge、1 million volts)power trasnmissionと世界最大hollow insulatorを利用したブッシングの分野で独歩的だ。
日本の場合も中国からの競争で苦戦していて製造原価が比較的低い北米、アジア、ヨーロッパ地域の日本現地法人生産基地で生産している。



◇ ◇ 


NGK、ND、ボッシュ、チャンピオン、そのくらいが自動車に使われやすい点火プラグ(スパークプラグ)として知られています。(そのほかたくさんある)

※今日の問題❶、プラグキャップが光るアレ 正式名称は何だった?

ガンスパークと答えたら座布団2枚とりあげます

まぁガソリンエンジンってことですからゼロ戦やムスタングにも点火プラグが付いていたし、廃番になっていても代用品番があったりするので現在でもオリジナルエンジンで飛ばすことができることはご存知だと思います。

※今日の問題❷ そういえばレシプロエンジンの飛行機は皆ツインプラグなのです P-82ツインムスタングの点火プラグは何本でしょう
マリーンエンジンは4バルブエンジンですよ

  
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それでもニホンにしか無くて珍しいところでは初期のロータリーエンジン10AのプラグやマッハⅢのCDI点火で使われた沿面プラグなんかがあります。 

昔はHITACHIも作ってたんだよ▶
 
今時のことだと、イリジウムやプラチナのプラグに変えると燃焼効率がみなぎり体感パワーが120%になって排気ガスがクリーンになるけど少々お高めなんてことを心配するようなひとも珍しいかなと思います。

※イリジウムプラグが韓国で話題になったことがある。個人レベルでプラグ交換をしようとしてジャッキアップしたが断念したというハナシが話題になったことがある。


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さてと、ニホンではマクラーレンやランボルギーニよりも希少車として知られている世界的ブランドらしいヒュンダイ、KIAの自動車に使われるスパークプラグの純正指定は、なぜかNGKばかりが使われています。NGKといえばコマーシャルで聞いたことのある日本特殊陶業(なんばグランド花月)ですよね。 
 
彼らはニホンが嫌いなんだけど韓国にはスパークプラグの製造メーカーが存在しません。だから輸入するしかないわけで、対日赤字が増えることには目をつぶっています。

個人レベルで点火プラグを交換することさえ困難な韓国人の自動車の買い方は何年後かの買い取りを大前提とした購買契約のため、痛車みたいにするひとはいない。
同様に社外のアルミやエアロパーツも全く流通していない。しかも若年層の自動車離れはニホンより深刻で20代の若者が自家用車を買うことなどほとんどない(稼ぎが無いからね)

 
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▲現代モービスのブランドで純正プラグを買うと、もれなくNGKプラグが出てくる。
 
 
そいうわけで韓国人はニホン企業が嫌いですが、走ってるクルマのプラグはNGK、あるいはNDばっかりなんですね。 そういうわけで、韓国の自動車ディーラーでスパークプラグの品番を言うときはNGK方式のB9HSとかの言い方が通用しています。
※韓国の通販サイト広告ではボッシュが多いが、これはNGKが純正指定されていてどこでも手に入るためであるそうな。


◇ ◇ 



では、韓国の国内企業では現在までただの1度も点火プラグを作ったことがない。これは本当でしょうか。(ちょっとググるとずいぶん前に海外のオートショーにキワモノが出品されたことがあるようだ、現在そのメーカーは無い)

韓国国内で初の本格的量産車であるヒュンダイポニーが1975年から生産されても、それ以外のクルマはすべて輸入車であり販社は部品をすべて輸入するしかなかったので、国産化が検討されたことは無かったのです。
一般的に韓国人が点火プラグが定期交換部品であることを知るのはしばらく後のことでした。


(以下どこかに続く)







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対戦車障害物が邪魔なので迂回路が作られている

対戦車障害物の多くは1970年代に作られたもの、道も広がりバイパスも出来たし
邪魔だから取り壊せ、いまさらそこを敵戦車が通ることなんて考えられないって


イメージ 7[国防ミーナ]ソウルっ子が歓喜の声で出迎えたキタ朝鮮軍によるソウル解放というものが慌てて否定されたのは連合軍総司令官マッカーサーによる仁川上陸作戦とソウル奪還がきっかけでした。

※ニホンが財産をのこして去った後の残有資産分配に不満を持った韓国人の多くが再分配を求めていたのが1950年頃の韓国の情勢。
その35年前の朝鮮王朝崩壊の際には資産の移転が公正に行われた為、市民への分配が無かったことに対する不満が「日帝の搾取」だったと位置づけられている。


イメージ 8元来、国や政治に関心の薄かった韓国人にとってはあまりにもドーでもいい事件だったわけですが、中国人民軍の義勇兵参戦でふたたび翌年春にソウルが解放されると、いよいよ ”祖国統一確定か” という動きまであったという韓国でした。

※中国が清王朝から国民党政府にかわり共産党政権になっても1950年の中国軍が、北方のモンゴル族ではなく漢族であるとして半島介入を歓迎する言論もあった。

しかし再び国連軍が押し戻して現在の38度線あたりが戦場になったまま停戦をむかえた朝鮮半島では、とりあえず ”食べるものが先” という状況だったため国軍の編成(再編成ではない)などは後回しにされて国連からの援助物資をいかに多く受け取れるかという課題のもとに港湾施設の復旧などが急がれ駐留連合国軍向けの物資などの横領事件なんかも多かったというのが李承晩までの時代でした。
※李承晩の時代までは韓国軍が戦ったとか勝ったりしたという ”超時空戦記” はまだ存在していませんでした。戦闘の主役は連合軍だったし、”韓国軍” は後方で共匪討伐という名の収奪事業に励んでいたのです


対戦車障害物でソウルを守れ

イメージ 9敵軍の進軍を遅らせるための対戦車バリケードが盛んにつくられたのは朴正煕の頃です。ニホンで言うなら昭和40年代といったところでしょうか。

ちょうど韓国が第1次建設ラッシュだったころに多発した建設途中の連続アパート崩落事故がそのヒントになったとも言われていますが、敵の進路上に障害物を用意しておく式の考え方は東西ベルリン封鎖のころに同じものが見られることなどから、かなり怪しい説であると見ることができそうです。

同様に、ソウル市内の高層アパートが特定の爆破手順で土台を破壊すると ”ドミノ倒し式” に敵戦車の侵入を防ぐバリケードになるというハナシもありますが、こちらはあながちデマというわけでもなく、20年ほど前には韓国の国防大臣が国会質疑で ”首都圏新都市マンションを防御的に活用、アパートバリケード転用” を公表したこともあってちょっと揉めたこともあったようですね。(要出典)

※北側からソウルへ通じるいくつかの幹線は狭小な山地を通るルートがあり、大型車の通行は高架となったパイパスを経由するルートが多い もちろん戦車が通れないことは言うまでもない



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爆薬を仕掛ける穴が見えている、設置されて半世紀近くなるが自然崩壊などの噂はあまり聞かない、あるいは頑丈すぎてダイナマイトぐらいではびくともしないとも言われている。
※爆薬をセットする工兵部隊はバリケード設置地区から離れたところに移転している。

※バリケードの爆破をする工兵部隊はソウル以北には一つも無い。しかも韓国の工兵部隊は2004年以降施設爆破の任務から解放されている。現在では工兵部隊の任務は橋梁構築と渡河だけとなっている。



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高陽市の外れに置かれた対戦車障害物、この道路は朝鮮戦争のときにキタ朝鮮軍のT-34がなだれ込んできたところで、たいした反撃も受けないまま中央政庁(旧総督府)前の光化門通り(現在の世宗大通り)まで歩兵の行軍に合わせて戦車隊が通った。

※240トンのコンクリートといわれた対戦車防壁はすでに解体された



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ソウルの北漢山、いまさら車も通らない山の上の旧道にもあったりする
これは青瓦台襲撃未遂事件のころにソウル北方の間道に多く設置された


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こちらも交通に不便で、すぐ隣にもっと広い道ができたため放置されているバリケード。ちょっと変わった形をしているのが珍しい






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軍事的要衝などに関係なく、隣の集落との切通し部分に置かれてみたりしていた

爆破には軍の工兵部隊が任務に当たる。 ”有事の際” に爆薬をセットして破壊する計画だったが、その工兵部隊はすでに漢江南岸に移転している 



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ナナメの土台の上に置いてつっかい棒で支えているタイプの対戦車バリケード。こちらもバイパス道路がすぐ隣を開通したために役目を終えて放置されている






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議政府市の端っこにあった対戦車障害壁、道路の上に忽然と置かれた高さ7m長さ11mと言われるコンクリート製構造物は2006年頃まで置かれていた。
これの撤去は道路封鎖して突貫工事で行われたが頑丈すぎて撤去工事の工期が1年以上も先送りされたことがある。
※設計上のミスから、決められた発破位置では役目を果たせないとも言われた。


(ソウル/2ちゃん番長)




これね、ソウル観光じゃほとんど見かけませんが、DMZ見物とかで国境近くになると全ての道にあったそうです。ところが今では道が広がったり新しく出来たり住民の反対で撤去されてみたりして邪魔者になってるんだそうです。

たいていの構造は爆薬をセットして破壊する式なんですが、これがまた誰がどの段階で誰の判断で何時やるのかということがまったく命令系統が無いらしいのです。
構造物に迷彩色を塗ったり広告掲示を許可するのは近くの駐留部隊だそうですが、実際の認可窓口はお近くの市役所らしいのです。そういうわけですから撤去要求があるとそれを審査するのは自治体だったりして、住民運動で撤去と決まれば市長がOKを出しちゃうなんてこともあるんだとか。

あのほら、公道に設置された物なんですよ。所有権はわからないし設置の経緯もわかんない、戦争になっても誰が爆破するのか分かんないというのが現在のようです。

しかも意外と丈夫だったりするのが驚きですね


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ホワイト国除外の日 韓国中が引火点なのに
韓国与党代表のイ・ヘチャンは日食屋でサケを飲む


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[暮らしのミーナ]イ・ヘチャンあっちの民主党代表が2日のニホンが韓国をホワイト国リスト除外(輸出手続きの簡素化対象)から除くを決めた直後、汝矣島の和食家で酒を添えた昼食会をしたことが明らかになった。

和食家はニホン式の食事を提供する韓国で人気の高いレストランであり、最近のニホン製品不買運動対象であるが、その日食店は韓国人が経営している。

日本安倍政府の無体な経済報復措置に来た国民の怒りが最高潮に達した状況で、政権与党の代表が日本の食文化を代表する和食家で昼食会を持ったという点は、国民情緒とかけ離れたという点で問題になる見通しだ。

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普段であれば、与党代表が日本料理家で食事したことは問題ではない。韓国でも人気のある和食を提供するレストランで、食材も国産を使用するからである。
※韓国産のコメを100%使用しています?

しかし、この日は、ニホンの輸出優遇措置除外措置に国民的怒りが沸き立っている状況であり、ムン・ジェイン大統領はまた、状況を厳重に認識、国民的団結を要求している中、「二重の姿」に映ることができる行動をしたという点で、問題になる見込みである。

最近、あっちの民主党指導部も、日韓の対立による国民の自発的な不買運動を意識し食堂選定に慎重を期していた姿とも相反する。


「あっちの民主党代表がニホン製品不買運動に参加していないんじゃないか」という質問に、この関係者は「ニホンへの旅を減らし、ニホン製品を買うのは止めようということであって、韓国で人気の日本食まで不買しようというわけではない」とし「私たちの家族や近所の人が運営してるじゃないか」と強弁した。


(ソウル/みそっち)




ニホンが無ければ

韓国人にとってごちそうとは韓国料理のことではありません。普段から食べ慣れている食盆式の給食が彼らにとっては韓国料理ですから無料なら並んでも食べたいという意味では韓国料理ですね。

そんな韓食っていうのは部隊チゲのような残飯ばかりではありません。混ぜることに特化したビビンバは在日のひとも嫌がる韓国料理です。 っとまあキムチが出てくれば何でも韓国料理店っていう分類もかなりデタラメですよね。

つまり思いつくまま挙げてみてもそれらが韓国料理ってことです。



たとえば朝鮮宮廷料理というものが1970年代から創作されてみたりしているのでご存知かもしれません。

あのほら、真ん中が吹き抜けになってる鍋あるでしょ。韓国じゃ神仙炉と呼ばれるあれは純然たる中華料理の鍋ですよね。これに韓国人が目を付けたのは1980年代のことです。少なくとも明治期に朝鮮に公式訪問したニホンに使節団はそんなものは見たことはありませんでした。 あの嫌な臭いのするものが山盛りで出てくると知られているものが朝鮮宮廷料理に近いかもしれません。
ニホン風な刺身なども朝鮮時代当時の鮮魚の流通条件では見つけることが困難だったようです。
つまりニホンからの公式訪問団が当時の韓国で食べたものというのはほとんど記憶に残らないけど”口に合わないものだった”という程度のものだったわけです

神仙炉は現在の韓国では炭火が下にあって温めますが、朝鮮時代の朝鮮には炭はありませんでした。生木を燃やしてはげ山になっていたじゃないですか。
※七輪で調理する時の煙突説もあるが、七輪もニホンの発明である


そいでも朝鮮宮廷料理はある

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▲韓国宮廷料理といわれる最近の”創作料理”の例

当時の韓国料理は大皿に盛ったものというのが普通でした、それはちょうどニホンで言うところの”舟盛り”にも似た一見して箸のつけにくい”観賞用”の料理だったかもしれません


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▲韓国の伝統的な料理シリーズの切手(2004年発行)韓国料理のイメージとしては大体こんな感じになっている、しかし神仙炉は1970年代にブームになった中華料理の亜流である

ニホンでは宴会文化というものがあります、バス1台分位の人数が伊東のハトヤに行くようなあれです。これはもうお風呂上がりに浴衣を着て大抵はステージがあってカラオケで盛り上がるのでしょう。

いまでこそ韓国といえば罰ゲームとしか考えられていませんが、1990年代までの韓国といえば、”キーセン観光”しかありませんでした。


もしも何かの拍子に”社員旅行が韓国だった”なんてひとがいるかもしれません、どんな食べものが出てきましたか? 飲み物はビールだけだったでしょ。
もうちょっと規模を小さく考えると、”お得意先と一緒”に韓国にゴルフに行ったひともいるかもしれません、食べ物や飲み物はどんなものが出ましたか? 



当時”宮廷料理”なんてものは無かったでしょ

ニホンでは新年になるとお得意先も呼んで新年会があります、これは地元の宴会スペースのある割烹などが使われました、人数分のお膳が並んで偉い人から順に座ったりするアレですね。
固形燃料でグツグツするのもありますよね、でも自宅で固形燃料を使ったり、先づけや小鉢が並ぶような一般家庭の食卓はありません、だからといって天ぷらを家で食べないという家もほとんど無いでしょ。

韓国では最近になってビビンバとかも綺麗に盛り付けるようになったけど文化の原点は”混ぜ合わせたものを食べさせる”ってことですから食材の再利用にも抵抗感ってものがないんですよ、そしてロクなものじゃないってわかってるんです


韓国のごちそうってこんなのでした


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あの暗殺現場の直後の写真です。テーブルの上には当時の韓国では最高の宴会料理が並んでいたことでしょう。

※そいじゃポッキーが出ていればニホンの総力を挙げた最高の歓待なのかいうとそれは案外事実だったりするらしい。



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白黒写真しか残されていないのでテーブルの上に何があったのかを正確に記することはできませんが、取り皿が無い+飲み物は洋酒+スプーンが無い そんな特徴がみられます。  ※あと灰皿が無い


最近の韓国では韓食が儀式用の並べ方で伝統料理風にアレンジしています。



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▲ものすごく並んでいるがこのうちで食べてもイイのは数皿だけ






1970年代の韓国に行ったら宴会料理でコレは無かった

まず、ビビンバはありません、外国から来る賓客に出すようなものではなかったからですね、同様に参鶏湯(サムゲタン)も無かったでしょう、あれは保養食でしたから特定の時期だけに食べるものなので観光客に出すようになったのは最近のことです。
ノリ巻き(キムッパ)も出ないでしょうね、あれは屋台などで食べるものですから

焼肉に葉っぱを巻く?、これは骨付きカルビハサミで切るのをご記憶の人もいらっしゃるとおもいますがおそらくこれがメインだったものと思われます。

冷麺も無かったでしょう、そのかわりチヂミは冷えたのが並んでいたはずです
飲み物はビール日本酒がふんだんにあったようです、洋酒となるウイスキーは当時関税が高くておいそれと手に入るものじゃなかったハズです

マッコリなんてものを当時の韓国で飲んだ記憶のあるひともいるかもしれませんが当時のマッコリは今のものと違ってかなり酸っぱいものでした、それをおそるおそる観光客向けに飲ませていたという記録はあります(マッコリの製品名はわからない、たぶん自家醸造品だったらしい)



三千院こころふうつぶやき

というわけで反日最前線の韓国与党党首が日式食堂に行ったというおハナシですね、どうだったかな、ココロはキムチも好きだけどハングルが書いてあるとやっぱり買わないかな
「韓国産のコメを使用しています」なんてニホンじゃ考えられないですよね。韓国の宮廷料理が嘘っぱちなんてちょっとびっくりです、そいじゃチャンネル登録よろしくね


鬼ころ姫風つぶやき

鬼ころわね、ストローで飲むから鬼ころなんです。頬をすぼませてストローで飲むなんて背徳感あるじゃないですか。そいうわけで、このあいだの投票日も鬼ころを飲みながら・…・・



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自分じゃ食べないんです だから大丈夫






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