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ちょっ あぶなっ! 韓国の自律走行5Gギジュチュ公開
国土交通省長官・ソウル市長乗せ自律バス初披露で不安的中
[ソウルミーナ]昨日22日、ソウル市内で初めて5G技術を搭載した自律走行車が披露されました。ところが、中央線を越えて周辺の器物にぶつかるなど不安な姿でした。この車には、国土交通省長官とソウル市長が乗っていました。 この日、パク・ウォンスンソウル市長とキム・ヒョンミ国土交通省長官がうれしそうに自律走行バスに乗り込みます。
間もなく道路車線から外れて蛇行をはじめた自律バスの様子です。センターラインをを越えても平気で走っています。 不安な姿にカメラマンもあわてて下がるとついに、道路制御ゴムコーンに当たって、取材陣からもため息が出ました。 道路を制御し、車両は時速10kmに走ったため被害はありませんでした。しかし、ソウル上岩洞を自律走行車研究地域に宣言し、盛大に始まったイベントが、不安運行にしょげた瞬間でした。
イベント関係者は「曲線になっている市内一般道路を初めて運行してみると、いくつかのミスはあった」と釈明しました。
自律走行技術の核心は、人工知能が様々な状況に対応できるようにする膨大な情報ですが。
ソウル市は、精密交通情報を集めるために、下半期から市内バス1600台とタクシー100台に5G交通情報収集装置を設置します。しかし、まだ自律走行技術が不安定な現実の中で、安全事故対策も必要に見えます。
(ソウル/みそっち)
ということがありました。ぶつかると前後に移動して切り返しを繰り返して乗り切ったのです。まるでリモコン操縦のようですね。
おサルの運転手を乗せたほうがイイと思うのです あひゃひゃ
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韓国メディアが一斉に口を閉ざす ”韓国国籍放棄ラッシュ”
代わりに出てきた ”難民申請1万6千173人 歴代最多の記録”
[ソウルミーナ]大韓民国国籍放棄者数が昨年1月〜10月基準で3万人を超えたことが知られて非常が掛かっている。最近10年間で2万人台を維持していた国籍放棄者数が昨年だけの10月までで3万人を突破したのだ。
法務部が提出した資料によると、昨年1月から10月まで大韓民国の国籍を喪失した人は2万3791人、国籍を離脱した者は、6493人だった。
国籍の喪失と国籍の離脱を区別する国は韓国が唯一だが、どちらも韓国国籍を放棄することを意味するのは同じだ。
いわゆる外国生まれ者が成人になり国籍を選択する時に韓国国籍を捨てて、住んでいる国を選ぶことと、外国に出国して永住権、市民権を得て韓国国籍を放棄することをご丁寧に分けているのだ。
これにより国籍喪失者と国籍離脱者の統計はあるが、”国籍放棄者” という合計したものは韓国法務部では知らぬ存ぜぬということになる。
このような ”逃げ出したくなる韓国” という印象を逆操作するために最近になってニュース記事に上がるのは ”難民申請1万6千173人 歴代最多の記録” という記事だ。
昨年の難民申請が1万6千人と聞けば「韓国は世界中の難民が憧れて殺到する先進国」という自負心を満足させることが出来るし、「韓国人の仕事を奪う外国人労働者」という触れ込みも、仕事の無い韓国の非識字層にとっては現実から目をそらさせる絶好の口実になるわけだ。
韓国国内からの脱出者が多いと言っても、実際に逃げ出せるのは極めて限られた一部の社会的成功者だけに限られる。その一方で国内で不平不満を溜め込むのは海外旅行ですら困難な、海外事情を知らされない非識字層であるということになる。
韓国からの脱出が出来ない上に、国内の政治にまで不満を持つような下等国民をコントロールするのが韓国の政府の役目なのである。そのためには常に敵を作り被害者になることで、わかりやすい構図を示して見せ、「世界から尊敬される韓国」みたいな幻想を常に抱かせることが必要なわけだ。
昨年の韓国からの海外旅行者の総数は2600万人を超えたが、これを国民の半分だとみるのはあまりにも曲解である。韓国の旅行大手会社の調べでは韓国成人で海外旅行経験者は全体の25%程度と言うことになっている。この中には海外出張で海外に出る旅行回数が観光目的での旅行者の2倍も含まれているのだ。
もっと少ない回答では7〜8%ということだ。格安ツアーでニホンを訪問する延べ700万人はいつも同じメンバーなのである。
また、釜山〜下関航路では週2回日韓を往復する担ぎ屋のおばさんがいるし、仁川〜青島などの中国航路でも乗降客の半分はいつも韓国人である。
(ソウル/みそっち)
というわけで、ソウルのタクシー運転手にアンケートした結果によると 海外旅行経験者は5.5%ほどで、20台並んでいるソウル駅前の客待ちタクシーのうち運転手自身が海外旅行したことがあると答えたのが1台だけということなのです。
彼らが韓国から脱出できる可能性はほとんどありません。海外旅行者数がそのまま国籍放棄と関係するわけじゃありませんが、はじめからカウント外なひとがとても多いのが韓国の特徴なのです。
そいでも元気な慰安婦おばあさんは年に何度も国連まで行くし、バッカスおばさんはそのほとんどが海外旅行なんてしたことないでしょう。そういうのをひっくるめて2600万人っていうのが多いって言えば多いということが少しは理解できる気がするかもしれません。
そして実際に逃げ出したのが毎年3万人ですから、難民受付よりもずっと多いということは確かです。
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ソウルの名勝 200年守られてきた朝鮮後期の別荘 城楽園?
調べてみれば1950年に作られ、会長の経歴も嘘でした。
[暮らしのミーナ]今年4月より200年ぶりに一般公開された『朝鮮三大庭園』で知られる、ソウル城北区城北洞にある城楽園 は、ソウル都心に残っている庭には、まれに風景がよく保存されており、1992年12月23日、大韓民国の史跡第373号に指定され、2008年1月8日には大韓民国の名勝第35号の再指定された。
ソウル市と文化財庁、建物を所有する韓国家具博物館はこの6月11日まで城楽園を初めて一般に一時的公開した。
▶19世紀の朝鮮王朝第25代の哲宗王在位当時の吏曹判書のシムソンウォン(沈相應)の別荘であった城楽園は、ニホン植民地時代には義親王李堈殿下(朝鮮高宗の五男1877年3月30日〜1955年8月16日)が離宮として使用していたところである。
※本邸は渋谷区常盤松町101番地にあった
以後、1950年シムソンウォンの子孫である故・シムサンジュン済南企業の会長が買収した後、 城楽園という名前を付けた。
朝鮮時代の別荘様式の面影を今に残す歴史的に貴重な建築物として高く評価されている。 ◇ ◇ ◇
ところで200年ぶりに一時的に一般開放された韓国の3大伝統庭園「城楽園 ソンラクウォン(ソウル城北洞)」が裁判所の競売市場に出てきたことが確認された。
これは最初の所有者であったシムソンウォン(哲宗の時の吏曹判書を務めた)の子孫が資金難を経験している影響である。
「いやぁ、あれは1950年に建てたもので、由来は全部嘘っぱちですよ」
実は李親王別邸は存在したという記録はあるが、場所はここではなく1927年の火災で消失されて原型を知ることができません。李親王がここに日帝時代の35年を実際に住んでいたのか正しく考証されていない状況です。
城北洞谷の別荘が初めて世の中に明らかにされたのは、1961年6月のことだった。東亜日報が連載した「ソウルの新しい名所 "という連載記事で初めてこのソンラクウォンが紹介されたものである。(当時は成楽園)
ソンラクウォンこの世再び知られているのは、1992年12月26日、当時の文化部がソンラクウォンを史跡第378号に指定されたときからだった。当時、文化部の根拠資料がどのような独自の調査結果ではなく、「所有者の自己の記憶」に基づくということだ。 裏庭の建物も1953年にシム氏が作ったものと記録されています。
1961年の記事を見ると、シム氏はこの一帯を観光施設を備えた近代的な公園に造成しようとしており、その時に建物と池を作りました。
城楽園という名もシム氏が付けたものです。
結局、城楽園で朝鮮時代と推定されるのは、人工池の霊壁紙と泉、岩に刻まれた文等だけです。しかし、金正喜(号・秋史)の文字と知られているそれぞれも議論が起き文化財庁が再調査中です。 ※秋史 金正喜:朝鮮末期の割と有名な書家
[文化財庁関係者] ""秋史 金正喜の書」なのか、それも私たちが今見ているのです。正直今の状況で何が合って正しいと間違っているというのに..."
もっと不合理なのは歴史的な起源だ。ソンラクウォンは吏曹判書を務めたシムソンウォン(沈相應)の別荘と知られたが、これを根拠する明確な資料がないことが分かった。
純祖の時にこの場所を造ったファンジシャ、哲宗の時にこの場所を所有したというシムサンウン。どちらも歴史の中で見つけられない人物だということだ。
シムソンウォン(沈相應)という人物名は、承政院日記に出てくるが、哲宗の頃ではなく「高宗」の時であり、官職も吏曹判書ではなかった。つまり全くの別人だ。
シム氏宗親会は「シムソンウォン(沈相應)」という人物が系図に記載されておらず、高い官職に上がった人物が系図から落ちることは極めて珍しいという立場を明らかにしたりもした。
また文化財庁もこれに対して公式記録はまだ見つからなかったと釈明した。それにも文化財指定の後、20年以上にわたり、ソンラクウォンを「吏曹判書を務めたシムソンウォン(沈相應)の別荘」で紹介しており、議論が起きている。
文化財庁は、ここを使用した資料を追加で確認するなど、全面的な再検証作業をしていると、結果を総合的に発表すると明らかにした。
(ソウル/みそっち)
なにしろ1代で財を成した方だそうですから、韓国じゃそっちのほうが偉いのです。
韓国じゃそれが普通ですから問題になることはありません。 成功した企業の創業者がイイところに別邸を建てて庭を造ってその由来を創作しただけなのです。朝鮮末期の吏曹判書のシムソンウォン(沈相應)っていうのが実在しない人物で、そこを買い取ったのが5代孫と名乗る会長(故人)がご先祖をでっち上げていたということです。
※吏曹判書っていうのは正二品 まぁ今でいう次官級
あるいは資料とかも幾度もの戦乱で焼けちゃったのでしょう。そういう ”都合” で出来上がっているのです。
城北洞っていうのはソウルの北の方で、各国の大使公館なんかがあるところです。
近くにはニセモノ贋作の宝庫と呼ばれる ”潤松美術館” がありますね。 あのほら”朝鮮風俗画帳”みたいのを発見したところですよ。 あれも強欲な収集で文化財のすべてを収奪した日帝時代には存在していなかったニセモノですからね。
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