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ハングル 再掲


まだご存知じゃない最近読み始めた読者さんへ




ハングル
 
 
あっちのWikiを見てみると
 
 
ハングルやハングルは韓国語固有の文字として、1443年 、朝鮮第4代王世宗が訓民正音(训民正音)という名前で創製し、1446年に頒布した。以降、漢文を固守するの士大夫たちには軽視されることもしたが、朝鮮王室と一部両斑層と庶民層を中心に続いて、或いは、1894年甲午改革で、韓国の公式の国の文字となり、1910年代に至って、ハングル学者の周時経が「ハングル」という名前を使用した。分岐点は、表音文字のうち、音素文字に属する。韓国ではハングル専用法が施行されている。
 

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▲ハングルと漢文が混在して使われた毎日新報 1944年の記事
 
 
ん?
 
 
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おおぉ〜〜 やるなぁ 工作員め



まだ韓国の人は気づいていないようです。 うひひっ




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朗報
ついに車輪の開発に成功っ 国内開発6×6、8×8車輪型装甲車登場


36年経った5分待機組のトラック、'車輪型装甲車'に変える
時速100キロ…2023年までに'戦闘用・輸送用'600台の生産



イメージ 1[国防ミーナ]韓国軍にも車輪型装甲車時代が開かれる。 軍はこれまで軍創設初期と1980年代車輪型装甲車を運用したが、主要装備で大量編成されるのは今回が初めてだ。 車輪型装甲車とは戦車や自走砲のような無限軌道式ではなく一般トラックや乗用車のように車輪で動く装甲車をいう。

車輪型装甲車は獲得と維持、運用コストの軌道式に比べて安価なうえ、各種の脱着型装甲の登場で防護力も、戦車水準に近接するほど発展、世界的に普及が拡散している。

 
防衛事業庁は現代ロテムの主管で2012年12月、研究開発に着手した車輪型装甲車が先月9日の運用試験評価で'戦闘用適合'判定を受けたのに続き、同月30日、国防規格が制定されたと7日明らかにした。

イメージ 3防衛事業庁は今月から量産に入る車輪型装甲車を2023年まで約600台を調達する計画だ。 事業費の規模は9,700億ウォンだ。

軍は30ミリ車輪型対空砲と車輪型指揮所車両なども追加生産する計画で車輪型対空砲は量産物量が数百台に達するものと伝えられた。


イメージ 2軍はひとまず、前方師団の捜索大隊と機械化歩兵師団の機甲捜索大隊で▲歩兵戦闘用(独立サスペンションを持ったタイヤ8個、8×8型、K808)を運用する方針だ。

◀歩兵輸送用(6×6型、K806)の場合、後方地域での機動打撃と捜索偵察および空軍基地の警戒用に活用する計画だ。



イメージ 4韓国軍は軍創設初期、米国が供与したM-8グレイハウンド装甲車(37ミリ砲搭載、時速125キロ)27台▶を運用したが、車輪型装甲車の存在価値も証明できず、淘汰された経験がある。
1977年代後半からはイタリアのフィアット社の6×6型CM-6614装甲車をKM-900▼という制式名で498機ライセンス生産して運営したが、当時生産技術不足と分散配置などで車輪型装甲車に対する認識が悪化する結果を生んだ。

イメージ 5軍が新たに保有する車輪型装甲車は、軌道型に比べて速度が速いだけでなく、銃弾を浴びても運行が可能な戦術タイヤと空気圧調節装置、操縦士熱像潜望鏡等の最新の技術が適用された。
※ミシュラン製タイヤ使用
軍は新たな車輪装甲車をいったん捜索大隊や機甲捜索大隊、各除隊の5分待機組用に運用する計画だ。
▲6×6型CM-6614装甲車のKM-900


イメージ 6これまで韓国軍は5分待機組用車両では原型が出て36年が過ぎた旧型K-511輸送用トラック▶を主に使用してきた。

軍は車輪型装甲車を単位除隊別で運営した後、評価段階を経て、後方師団に集中配置したり、前方機械化歩兵師団に軌道式機甲車両と混用配置するかどうかを決定することが分かった。

イメージ 7これは運用成果によって生産数量が調整されることを意味することだ。 軍のある関係者は"機械化部隊や前方歩兵師団の主力装甲車であるK-200装甲車▶の場合12、7ミリ機関銃は食い止めても、14.5ミリ機関砲弾は防御が不可能な反面、新型車輪型装甲車はすべて食い止めることができる"、"取り外しが可能な追加装甲をつける案も検討されている"と話した。 ※この場合水上航行は無くなる

防衛事業庁は"今回開発された車輪型装甲車は米国のストライカー、ドイツ・オランダ共同開発のボクサーなど海外で開発された類似武器体系より同様の性能、価格は半分に過ぎず、輸出競争力も確保が可能になる見通しだ"と明らかにした。 しかし、生産量が多くないため、単価上昇や後続支援用部品の確保難など予期せぬ副作用も予想される。


(翻訳:みそっち)



ようやく車輪が発明できたのですね。 イメージ 8


そして注目なのは水上推進装置です 

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まあひと抱えぐらいあるヘアドライヤーのようなものだとお考え下さい 水流を真横にするための”可動式フード”がついているのも見えますね
これなら簡単だし故障も少なそうじゃないですか。


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例によってジェット水流で水上航行が可能なのですが、この部分はK200装甲車で実証済みという”地上展示で焼き付く”シロモノですよ


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例によって水上航行には波除けのフードが取り付けられます、そうなると運転席からの視界は上だけってことになりますよ。


以下情報が入り次第お伝えします。








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「銀色の食器を使う貴族になった」  韓国人の錯覚ってなんだ?


好評シンちゃんシリーズ


イメージ 1[ソウルミーナ]韓国の食器といえばステンレス製のアレを思い浮かべますね、蓋がついているアレです。 それ以前は真鍮製だったと思い込んでいたりしませんか?
 
これには嫌韓ウォッチャーでもお馴染みの韓国起源説まで出てくる長い物語があったのです(ホントカ)


まずステンレス製の食器が普及し始めた時期を見てみましょう、ちょうど解説してあったので引用します。


ステンレス食器
よく'ドギーボウル'と呼ぶステンレスのちゃわんは飲食店でよく見られる。 60年代半ばに登場したこの容器はコメの生産が不足した当時にコメ消費を減らそうという政府政策で生まれたという。

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大きな器に飯をたっぷり入れて食べる習慣が小さな利益の普及のために強制的に変わったのだ。 これに多様な食べ物ができてコメの消費が減ったいまでも、飲食店でただでさえ、小さな利益にご飯を少なめに入れて出す。

いきなり韓国人の日常に現れたステンレスのちゃわんは伝統性もなく、形も様々であるため、見栄えがないのがする。 しかし、この量がご飯の標準化し、一日三食のうち、一食ぐらいはこの茶碗飯を目につくから平気で見るべきではない。 (出典:ココ


ふぅ〜〜ん、1960年代と出ましたか

ではそれ以前の真鍮製の茶碗はどうなったのでしょう、まさか供出で溶かされちゃったとでも言うのでしょうか?

ニホンでは戦争末期に梵鐘や鍋釜などの金属類が供出されたことはご存じですよね、それはニホンが戦争をしていたからでもあります。陶器製の手榴弾やお金まで出てくる勢いでしたから当時は大変だったでしょうね。
でもニホンでの金属供出っていうのは終戦の2年前からだそうですよ、昭和18年以降なんですね。朝鮮半島も当時はニホンでしたが、掛け声ばかりで、生活に使う金属類を集めたことはなかったそうです。
そりゃ集めても対馬海峡にアメリカの潜水艦がうようよしてたそうですから(対馬海峡が危なくなったのも昭和18年以降)
 
ニホンでは三菱や中島飛行機が飛行機をつくるはずだったアルミが戦後には鍋になったりしていたわけですから金属が不足した戦後でも鍋釜は自給していたのです。


◆連合国が闘った朝鮮戦争、武器はどうだった?
その一方で朝鮮戦争ではどうだったのでしょうか、当時から韓国内には兵器産業がありませんでした、ですから金属供出というものは最初からありませんでした。
※半島の梵鐘を全部持ち去ったという与太話が広く信じられています
当然のことですが、朝鮮戦争では”韓国製(韓国産材料使用・Made in Korea)”の武器弾薬などは全く使われなかったのです。(アタリマエジャン)


 
 
あの李舜臣将軍像はブロンズ色

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◆エンジン、真鍮の器溶かしてブロンズ像鋳造
銅像鋳造は聖水洞にあった大光工業社で行われた。大光修理店で鋳造技術者として働いたキムジュナム(65歳)氏とリュヨンギュ(63歳)氏は、"劣悪な経済状況で、銅材の供給が難しく、最初は国防部から持ってきた薬莢を使用しようとした"と話した。しかし、鋳物がまともに注入されず、薬きょうは全て捨て、 解体された船舶から出たエンジン真鍮の器、真鍮のさじや一般鉄スクラップなどが投入された。
※戦争のあとだったから鉄のスクラップがいくらでも転がっていたらしい

このように韓国での金属類の供出は何と、光化門広場の李舜臣像(1968年)を作るときがさいしょだったのです。 いまもあるアレですよ。
アレって銅像だと思われていますが、銅色に塗った鉄骨作りらしいですね。すくなくとも集められた材料は”鉄クズ”だったそうですから”銅像”じゃないことは明らかです


太平洋戦争中にはニホン軍による金属供出は無かった
朝鮮戦争でも金属供出は行われなかった。   

そいじゃベトナム戦争で金属資源を使い果たしたのでしょうか?


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これってM-1ガーランドですよね、米国製です。これを持ってベトナムに行ったのですね。このあとM-16を米軍に供与してもらって戦ったそうですよ。韓国が小銃弾を国産化したのはハンファ(韓国火薬)でしたが、これが1974年からだったようです(研究開発の開始) 
 
その直後にベトナム撤収ですからベトナム戦争での金属供出も韓国には関係なさそうです。まるっきり鉄カブトに銃に弾までまるごと武器供与してもらってお出かけしたと見るべきです。


そいじゃ、いつ金属不足になったの??




いえいえ、それ以前から金属器が無かったとしたら?

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1ガロン缶(3.8ℓ)
 
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まぁ写真の通りなんですが、現在の韓国でよく見られるステンレス製のドギーボウルが世の中に出てきたのは1960年代ということ、食盆と言われる一体式容器が生まれたのは1970年代、振り弁も1970年代の文化です。



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どんな風に見えますか?みんなバラバラの食器でしょ。でもよく見てください、右のおじさんは小さな白い茶碗で食べてるでしょ、左の女性も今で言うラーメンどんぶりのようなものの前に小さい白いのが見えますね、真ん中の人もよくみると小さくてしろいお茶碗を持っています。おかずと汁は大皿ですけどね。 使ってる箸も金属製には見えないですよ。

一部の主張では、”朝鮮では山盛りご飯を食べて...”というような記述があったりします。これを信じちゃう人もいるようですが、ニホンからの農業視察団が朝鮮の農地を一目見て「灌漑、水路の整備で農地面積が2倍になる、苗代をつくり田植えが普及すれば収穫量はさらに倍になるだろう」これが、ニホン統治が本格化したらコメの生産量が5倍になるという怪挙ですからね。元々コメなんか食べる文化はなかったのでしょ。
※朝鮮では雑穀入りが普通だったようです。


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どうですか? 真鍮製のお茶碗なんてどこにもありませんね。こちらに至っては手づかみで食べてるじゃないですか、金属製の箸・茶碗なんてものは昔は無かったのです


◇ ◇ ◇

 
◆ニホンの主力輸出品目ってなんだっけ 
 
実は興味深い資料があります 1917年といいますからヨーロッパでは第1次世界大戦のころですが。ニホンの銅器輸出が世界一位だったんですね。 なにそれ?

あの仏壇などにつかう銅器ですよ、一膳めしの一本箸のアレです。あれが朝鮮で大人気ということになったのです この流行(特需)は1932年ころまで続いたといいますから。その間に朝鮮の食器はニホン製の仏壇にあるようなアレへと進化したようなのです。

ようやくやってきたその時代の朝鮮にはもう貴族はいませんでしたけどね


現在でも、”流行(流言)に敏感”な韓国人ですからね。当時なら、金色に見える真鍮製の茶碗を見て、『王侯貴族でも使わないような金色の茶碗だ』と歓喜したことは想像に難くないでしょう。もちろんもっと喜んだのは銅器輸出で潤ったニホンでしたが。



そういうわけで真鍮色に輝く食器は朝鮮人のあこがれだったのです。  これって今にしてみると恥ずかしいですよね。
それで、”金属製茶碗起源説”というのが主張されたのです。 ”古くは高麗時代より金属精錬ギジュチュが盛んだった朝鮮半島では祭祀などに使われる金属器を広く庶民が食器として使うなど...”  こんなことですよ。

いまでも真鍮製の食器は高級品なのだそうです、だけどすぐに変色しちゃいますよね、それで最近では錫メッキされたものが主流です(5円玉の色じゃありがたくない)

そんな主張が出てきたのも1970年代です。そして食糧不足が続くと弁当検査の時代になります。振り弁に欠かせないアルマイト製の弁当箱、あれも金色や銀色でしょ。
※当時のアルミ製弁当箱はすべて日本製でした、膨大な電力を必要とするアルミ工場が韓国にできたのは1980年代になってからです。


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▲振り弁が登場する前には雑穀入りをぎっしり詰め込むのが韓国人のお弁当でした。


あれだって、最初はスキマなくギッシリと詰め込まれていたのに、コメ不足が深刻化するとスキマだらけになってオカズの”平準化”のために”班食”というお弁当の強制供出まで始まるのです

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▲数名分の弁当を強制的に混ぜるという格差解消策で実行されたのが"班食(バンチョク)"と呼ばれる風習で、大型の金属製容器に各自が持参した弁当をあけてそれを混ぜることからはじまる。
※韓国人が混ぜるのはこの頃からはじまるらしい、同じ民族のキタ朝鮮には混ぜる文化は無い(在日朝鮮人のうち、この時代に渡航してきた世代が混ぜる文化を受け継いでいる)



ほら、何もかもつながったでしょ そいうことですよ



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どうせなら、”シンちゃんが知らなかった”をシリーズ化してもいいかな、なんて考えたけど  次回”レナスレ”に書けなかったこと  乞うご期待ください。



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